第2話 縁というもの

 蔵の前の人物が、つつと右へ動いた瞬間、それに誘われるように男は樹上から怪鳥のごとく躍りかかる。


 男の剣は彼の体重を乗せて、真正面から下の人物へと振り下ろされる。


(真正面だとッ⁈)


 男は相手の右手側から斜めに斬り伏せるつもりであった。それが今、正面から斬りかかる形に変わっている。


 その一瞬。


 相手も剣を抜いた。両手で真っ向から男の一撃を受け止める。


 鋭くも重い剣戟けんげきの音が一度だけ響いた。そのまま二人はひたと動きを止める。いや、剣をまじえたまま動けなくなっていた。


退けば斬られる)


 お互いがそう思って、ギリギリと互いの刃を押さえたままじりじりと足を擦り合わせて横へ移動して行く。


 だが、小柄な方がやはり押され気味になってきた。最初の一撃が重かったのであろう。


 男の方は自分の優位をようやく見出した。


(こいつ子どもか?)


 それ程に押しに弱い。男は溜めた力を一度に押し出し、相手から離れて間合いを取る。


(これでしまいだ)


 そうして剣を振りかぶった時、今までになく強い月明かりが雲の切れ間から差してきた。その光に相手の姿が浮かび上がる。


「あッ!」


 男は思わず声を上げた。


 月明かりの中、剣をこちらに向けて構えているのは男の姿をした少女であった。




 男物のほうを着て下衣も男がはくような仕立てだ。髪も結い上げずに少しだけ留めて艶やかな黒髪をそのまま流している。


 剣の構えは正しく、ひとかどの鍛錬を積んできた事は先程の一合が示していた。


 その一方で少女の瞳は驚きに見開かれていた。白くほっそりとした顔立ちは整っていて、化粧っ気が無いが美しかった。その濡れたような黒い瞳が男の姿を映しだしている。


 その表情から自分の姿を見られたのだと男は察した。


(ここは退くしか無い)


 幸い顔は隠していて、眼だけ出ている状態だ。全身黒衣である上に特徴があるわけでも無い。『ただの盗賊』で処理されるだろう。


 黒衣の男はそのまま後退りし、背後の闇へと姿を消した。やがて男達の気配は何家からは消え、後にはただ一人、剣を手に立ち尽くす少女の姿があった。





「しくじったそうだな?」


 少しからかう口調で、友人のケイが部屋の戸口に立ったまま声をかけて来た。背が高いので戸口をくぐる時は頭を下げて入って来る。


「まあな」


 盗賊まがいの事をしたカイは仏頂面で返事する。何家かけから戻ってから数時間後の事である。カイはまだ黒衣のままであった。そもそも普段から黒づくめの姿であるからケイにはあまり違和感は無い。


 カイは表向きには蔵の前に見張りが居たと報告したが、主人であるケイの伯父がそれを信じたかどうかは定かではない。共に何家に忍び込んだ二人がどこまで見ていたのかもよくわからないままであった。


 カイは分不相応に与えられた自室の床几とこにごろりと寝転んだ。


 幸い「仕事」を失敗した事はさほど責められはしなかった。


 主人あるじは「まだ時間はある」と薄く笑ったのみである。


 その甥であるケイはカイの友人でもあるが、同時にまた主人でもある。


 カイは使用人の身分であるからだ。


 彼らを結びついたのは名前の音が似ていたからかも知れない。


 カイケイ——。


 それは主従の結びつきが先にあったのだが、今や腹心の友と呼んでも良い関係である。



 つづく


 次回『塊と恵』

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