桃花幻想恋々賦—ひねくれ先輩男子と真面目後輩女子の日々—

青樹春夜(あおきはるや:旧halhal-

出逢い

第1話 夏の名残

 何家かけの庭は広く、季節の花があふれるように咲き、よく手が行き届いている。


 もうすぐ秋という時期であったが、まだ残るように夏の白い花が屋敷の東北の蔵近くに咲いていたので、何家かけの令嬢・花蓮かれんは泊まりに来ていた友人を連れて夜の花見に繰り出した。


 とは言っても自分の家の庭だから供なども付けず二人だけで出歩いてみる。


 白い花の名は二人とも知らなかったが、暗闇に浮かぶほの白い花を友人は気に入ったようで飽きもせず眺めている。


 その内に花蓮の方が飽きて先に部屋に戻ると言う。


 友は「わかった」と花蓮に軽く手を振った。




(人がいる)


 と、黒い影は胸の内で呟いた。下調べでは夜分にはこの蔵の巡回は一刻に2回ほどだと知らされていたからだ。


如何いかがする?」


 別の人影がかしらとみえる黒い影に尋ねる。目をらせば合わせて三人の男達が何家かけの庭の木々の上に潜んでいるのがわかっただろう。


「俺一人で良い」


 黒い影は二人を下がらせた。


(どうせお前らは足手纏あしでまといだ)


 男はそう思いながら隠れていた樹から他の樹へ移動する。


(……?)


 男は動きを止めた。

 手慣れた仕事ではある。が、気配を消して移動した筈であるのに蔵の前の人物が辺りを伺うように視線を飛ばしたのだ。


 そこまで移動してくると、蔵の前に立ち彼の「仕事」の邪魔をしている人物の風体が月明かりに浮かび上がってくる。


 体つきは小柄だが、きちんと襟を合わせた袍(礼装)に動きやすい下衣姿である。しかも腰には刀をいていた。


 その手がつかにかかっている。


(気づかれたか?)


 男は樹上で動きを止めたまま、息を潜めてその人物との距離を測る。


 此処ここからなら一撃で仕留めることができるであろう。


 ぐずぐずしていれば巡回の者がめぐって来てしまう。さっさと済ませて蔵の中の物を頂いて帰る——それが男達の目的ではあるが、騒ぎになることは極力避けたい。


 何せ蔵の中の物が狙われたと思われるだけでも不味いのだ。その後の警備が厳しくなるのは想像にかたくない。


 盗みを命じた者も早く手に入れたがっている。手ぶらで帰ったところで叱責を受けるのは間違いない。


(ならばこの者を切って捨てても今夜のうちに仕事を済ませた方が良かろう)


 そして男は呼吸を整え始めた。



 つづく


次回『縁というもの』

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