第43話  放任

「いや、うーん。食べられるものがあるのは嬉しいんだけど」


 少しばかり期待して開いた包みの中には食べ飽き見飽きた緑色の玉が四つばかし入っていた。


「苦玉か。腹は膨れるんだろうけど」


 鼻を近づけただけで青臭さが漂ってくる塊を礼一と洋は無言で口に運ぶ。うむ、安定の不味さに最早安心感すら感じる。舌から伝わる味を無視し、無心でそいつを齧る。


「寝るか」


 他にすることもなく、かと言って今日一日散々繰り返した作業を今からまたする気にもなれず、礼一は座った体勢からゴロンと後ろにそっくり返る。暗い倉の中で眠気がどうッと押し寄せ、瞬く間に二人を飲み込んだ。


「こんなとこにいたのか。ん、起きた、起きた」


 眩しい光が瞼を焼き、同時に戸口から入ってきたおっさんが喧しくがなり立てる。


「朝に塞の前に集合と言っておいただろ。ん、石に魔力は込めたのか。危ないんだからもうちょっと管理に気を使ってくれ」


 寝転がった礼一と洋の身体の周囲に散らばった感応石に目をやったシロッコは眉をひそめて早速注意をしてくる。


 やっべ。作業するの忘れてた。宿題を忘れた小学生のように礼一は盛大に焦る。


「あー。それが忘れて寝ちゃってまして。はい、どうもすいません」


 こういう時は下手に隠したりせずに白状してしまうに限る。そう思った彼は正直にぶっちゃけ、精一杯眉を下げて申し訳なさそうな表情を作る。


「ん、何だ。それなら危険はなかったということか、それならいいのだが。これから作戦を説明をするから、その後にでも早急にやってくれればいい」


 あまり礼一が準備を整えることに期待していなかった様子でそう告げると、おっさんは本日の討伐の手順を述べ始める。


「今回は君達二人とこっちの二人とで二手に分かれて行動する。ん、こちらの方針については別で話すとして先に君達の方の作戦を伝えておく」


 シロッコは集まった四人の真ん中に一本線を足で引き二分割にする。つまりはシロッコとバルバロ、礼一と洋の二つのペアが出来た。


「まず昨日も言ったと思うが、《半身》は上から襲ってくる。従ってベストは奴らの下に位置取らないことだ。だがそもそも山を登るもの。それは不可能。ん、となれば相手が上から飛びかかってくるのを前提に対応策を練らなければならない。ここまでは大丈夫か」


「はぁ」


 いや無理だろ。と心の中では突っ込みまくっていた礼一だが、もう一々文句を言うのにも疲れてしまって気のない返事をするに留める。


 その後シロッコが語ったところによると、彼は洋に魔物を引付させた上で避けさせ、そこに礼一の毒の罠が炸裂するという戦略を練っているようだった。まぁ上手く決まればいい感じに《半身》を打ち取れそうではある。だが礼一は一言聞かないではいられなかった。


「それで俺はどこに隠れていればいいんですか?」

「隠れる。ん、どういうことだ。君も一緒についていかないと罠が仕掛けられないだろ」


「いやいや、そりゃ罠は仕掛けますよ。仕掛けさせてもらいますとも。ただそいつを設置した後は何処かに隠れていないと俺まで魔物の襲撃の巻き添えになるじゃないですか」


 囮は礼一に任せる筈だろ。罠を仕掛けるだけの自分が危険な目に遭うのは話が違うと礼一はすかさず文句を言う。


「ん、そこら辺は君達二人で詰めておいてくれ。俺たちは俺たちでやっておくからそっちはそっちで頑張ってくれ。《半身》は群れで固まって一つの山で棲んでいる訳ではなく、あちらこちらの山に散らばっている。俺たちは塞から見て右側の山を探して回るから、君達は左側を。ん、ではな」


 おっさんはしまったという顔を一瞬覗かせてから、直ぐに何事もなかったかのようにそう宣言すると物言わぬバルバロの肩を引っ張って出口の方へと逃げていく。


「おいおい。それはやばいだろ。あんた俺たちの面倒を見る役じゃなかったのか」


 ぼやきは晴れた空の彼方へと消えていく。


「ゴホンッ、そろそろ俺たちも自分達でやっていかないといけないということか。仕方ない。なっ」


「・・・」


 咳払いをし、襟を正して振り返った礼一の視線の先で洋が立ったまま眠っていた。これぞ咳をしても一人というやつだ。


 大して背のない独活の大木を揺すり起こし、塞を出る。向かって右側の山下を眺めるとシロッコとバルバロが坂を駆け下りていくのが見える。彼らはあちら側の山々を担当するらしい。そう判断した礼一と洋は180度反転して地面に屈み、逆側の斜面を見下ろす。


「さーてどうするか。俺は魔物に襲われたら対処のしようがないからな。なるべく遠く離れていたい。何かいい方法はないか?」


「わかった。考えよう」


 礼一の口から出た如何にも腰抜けな台詞を聞いた洋は、意外にもすんなりその要望を受け入れて考え始める。


カチャンカチャン


 洋の手元で弄ばれた石が音を鳴らす。


カチャンカチャンカチャンッ、


 と鳴っていた音が止まる。


「わかった」


 そう言うと洋は座ったまま、腕を振り被りブンッと振り下ろし、その手から大空へ何か小さな物体が飛び出し彼方へと消えていく。


「ふむ」


 彼はそいつの行く末を見守って納得したような声を出し、礼一の方へ親指を立てて見せる。


「な、何だよ。いいアイデアでも浮かんだのか」


 突然の合図に礼一は戸惑う。しかし洋はそんな彼のことを気に留めることなく塞の中に戻っていく。


「おい。待てって」


 あいつ倉庫に戻って寝るつもりじゃないだろうな。そんな疑念を抱きながら礼一は彼を追いかける。

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