第42話  軽率

「ん、いや何だ。石が意思を持つなら、そいつに頼んで魔力を現象に換えてもらえば丁度いい罠が作れると思ってな。離れた場所でも現象を発生させることが可能なら君の能力にも使いどころが出てくるだろう。今日一日の間に試しておいてみてくれ。」


 礼一の方にそう指示を出した後、洋の方にも能力を使い慣れておくよう伝えると、シロッコは挨拶にいくだとか言って気ぜわしくその場から立ち去る。そういやこの基地にやって来てから上級の兵舎の方に顔を出していなかった。到着の報告でも済ましに行くのだろう。とまぁおっさんのことは置いておくとして、一番の問題はこちらのことだ。魔石の奴と話し合わなきゃならない。


「おい、聞こえてるか。俺の魔力を渡したら感応石から現象を発することは可能か?出来そうだったら試してみてほしいんだが」


「うーん。わからないけどやってみるよ」


 こうして魔石と礼一との試行錯誤が始まった。まぁ結論から言うと魔力を現象に変換することは出来た。しかも礼一の手から魔石が離れた状態でだ。だが大変なのはそこからだった。確かに現象が出ることには出たのだが、それはとてもじゃないが安定したものではなかった。魔力を渡して上手いこと毒煙が噴き出すこともあれば、どれだけ魔力を注いでもうんともすんとも言わないことが同じぐらいあったのだ。大体にして石の中で魔力から現象に変化する原理がいまいち謎。どんな具合で魔力を注げば魔石が現象を発動するのか。そこはもう自分自身の勘に頼るほかなかった。これは厄介だぞと礼一は本腰を入れて作業を開始する。


「ざっと80%ぐらいか」


 試行錯誤すること数時間、ひと段落がついたので伸びをして背中を解す。丁度成功する割合がそれぐらいに達したのだ。


「おーい。聞こえるか。こっちで現象の発動ちょい手前くらいになった魔力を送れば、そっちの石から毒煙を出すことが可能ってことだよな」


「うん。そうだよ。後はもうちょっとドンピシャの塩梅でビャーッと魔力を渡してくれれば完璧に発動できるようになるから頑張ってね」


 まぁある程度使い物になることを確認出来ただけ良かったとしよう。礼一はもうすっかり暗くなった塞の壁際をぼうっと眺めて胸の内に溜まった息を吐きだす。と、視界の端に人影が走ってくるのが見えた。そいつは両手に何かを抱えながら汗を掻き掻きながらこちらに走ってくる。影との距離は段々縮まり、それにつれて徐々に輪郭がはっきりし、人相が明らかになってくる。といってもやって来たのはこの場に欠けている一人だったのだが。


「ん、何とか回収できた。大変だった」


 シロッコは透明な石をぼろぼろ地面にふるい落とし、地べたにあぐらをかく。石は感応石に似たようなので、ざっと五十個ばかしあった。


「何を珍しそうにしている。これは君のために持ってきたものだ。ん、早くやってみてくれ」


 おっさんはそう言うや否や、石を一つ取ってこちらに投げつけてくる。


「うわっと。まだ出来るとも言ってないじゃないですか。まぁやりますけど」


 礼一はぶつぶつ小言を紡ぎながら先程までの作業をやってみせる。魔力を現象に変わる寸前の状態まで持っていき慎重に石へ注ぎ込む。魔力はどれだけつぎ込んでみたところで魔石の反応が変わることがないのは、ここまでの試行で判明しているので、最低限魔石と会話できるようになった頃合いで終了だ。


「こんなもんですよ。そら発動しますよ、はい」


 さっき粗雑に投げ付けられた意趣返しに、魔力チャージ済みの石をおっさんの方へ放ってやる。


「ん、待て待て待て、危ない。殺す気かっ」


 礼一の現象の効果の程を知っているシロッコは慌てて立ち上がって距離を取る。すると今まで彼が座っていた場所でボンっと毒煙が巻き上がる。死ぬかどうかはわからないが人に向けるものではない毒々しい色だ。


「冗談でも洒落にならない。万が一があったらどうする。ん?まったく君は後先を考えなさすぎる。兎も角、明日の出発までにそこに積みあがっている石に魔力を詰めておいてくれ」


 おっさんは悪ふざけに大層を腹を立て、今夜どこで寝食を済ませるのかすら告げずに立ち去ってしまった。あー、ちょっと軽率すぎた。礼一はそう後悔するが後の祭り。しょうがなく洋と一緒になって散らばった石をかき集め、塞の中をあてどなく歩き始める。


「どこにも人がいない」


 服の腹部を受け袋にして石を持ち運びながら洋が一人ごちる。すっかり暗くなった塞内で外を出歩るく人は殆ど居らず、従って誰にも道は訊けない。


 ポン、ポロン。そんな困り切った二人の耳に楽器の音が届いてくる。


「あの人まだ昼のあの場所にいるのかな。答えてくれるかわからないけど行ってみようぜ」


 絶望の淵に沈みかけていた礼一には、か細い音色が福音か、はたまた地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸のように感じられた。


 彼は洋を引き連れ、お腹の石がこぼれないよう注意を払いながら音の鳴る方へ向かい始める。


 音は遠いようで近くもあり、近いようで遠くもあり、歩き回っても発信源に中々行き当たらなかった。だが、ある瞬間を境にはっきり近い位置で聞こえ出し、遂に目的の人物と相見える。


「バルバロさんでしたよね。こんばんは。実は泊まる場所を探してまして・・・」


 昼と同じ体勢で楽器を抱くバルバロに対して思い切って話しかければ、彼は胡乱な目を此方に向け、瞬きを二回、三回としてから、サッと立ち上がってふらふら移動を開始する。


 ついてこいということだと解釈した二人は暗闇で踊る楽音に追随する。先頭に楽器持ちを据えた行列は昼間であればその奇妙な編成で広目屋さんぐらいには人目を惹いたことだろう。まぁそれにしては前で流れる音楽が言いようもなく物悲しかったが。


 不景気でいけねぇや。そう内心で不満を垂れる二人だったが、大人しくその後もあっちへこっちへ連れ回され、終いに到着したのはある意味バルバロの奏でる楽器の音にマッチした崩壊寸前の倉庫であった。

 

 どうしてこうも毎回真面な寝床にありつけないのだろうと運命を呪いそうになった礼一だったが、まぁ建物があるだけマシだろうと気を取り直し中に入る。


 納屋の中はキチッキチッと整理整頓が行き届いており、住んでいる人間の几帳面さが伝わるようだった。尤も礼一と洋の二人は、人が暮らしていける状態にあるというその事実にもうすっかり安堵してバルバロに指し示された布が敷かれた部屋の一角にどっかり腰を据える。


 ぐーッ


 腰を落ち着けると今度は腹が鳴る。しかし最悪寝床も晩飯も両方諦めるつもりだったのだ。寝る場所を確保できただけで十分で、飯ぐらい明日にでも回してよいかなという心持ちでやり過ごすことは可能だ。


 バルバロはと言えば、礼一達を招じ入れてからはあとは勝手にしろとばかりにこちらに背を向けて寝始めてしまった。つくづく何を考えているのかわからない。単純に此方と話すのが嫌だったという線も拭えないが。


「おやっ」


 倉庫の真ん中、礼一と洋寄りの場所に綺麗に結わえて置かれた袋が見えた。始めにここへ立ち入った際に目にした覚えはないし、おんぼろ倉庫にはいささか不釣り合いで周囲の景色からは浮いている。


「開けてみるか」


 目いっぱいに手を伸ばして袋を手繰り寄せた礼一は、もぞもぞと固く結ばれこぶを解きにかかる。

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