第41話  難航

「とことん頑強な足だ。奴らの足は鋼のようにムキムキでそれでいてしなやか。ん、この険しい岩山を片足で跳びまわっているんだ。否が応でも鍛えられているのだろう。そして奴らの攻撃はその頑丈な足を活かした突進だ。突進と言っても君達が想像するような平面を移動するそれではない。山上から一気に飛び降り下界の対象を圧殺する。踏み潰すという表現のが近い上下運動の突進だ。考えてもみろ。そんな勢いでぶつかられてみろ。ん」


 結果はお察しの通りと言わんばかりにシロッコは手を打ち鳴らす。


「そんな魔物どう倒せってんですか?どう足掻いたって避けて逃げ回るのが関の山じゃないですか。第一俺も礼一もそこまで魔力も能力も使いこなせていないんですよ」


 頭上からハンマーが如く魔物の足の裏が降ってくるなんて笑えない。こっちはゲームセンターに蛸殴りにされているワニの玩具じゃないんだから。まだまだ実力不足を実感してばかりの礼一は抗議の声を上げる。


「ん、だからこそだ。今の君達は弱い。それは何も悪いことではなく事実だ。だがな。そう焦ったって実力がすぐ付くなんてことはない。だったら今ある手札の中で何が出来るかを今一度考える必要がある。今回はそのいい機会という訳だ」


 シロッコはギャーギャー騒ぐ礼一に対し、久方振りに先輩らしくそう告げると、二人が今何が出来て何が出来ないかの仕分けを始めるのだった。


「多少魔力を使った状態での戦闘は可能、山中を走り回ることはまだ無理と。ん、能力の方はどうだ?」


 そう問いかけられて礼一はギクッとする。洋の方は既に能力を問題なく使えるのがわかっている。しかし自分はというと、使える兆しすら見えていないのだ。魔石に話しかける作業は暇がある時にちょくちょく続けている。でもそれだけだ。話して終わりでそこから先の進展はない。


「いや。まださっぱりです。俺の場合だと現象を使っている方がまだ役に立ちますよ。シロッコさんは好まないみたいですが」


 話していても自分自身が戦力外に感じられてきて、礼一は若干しょげてしまう。


「ん、別に能力が使えないことを責めたりけなしてしている訳ではない。それに現象が有用ならそれも立派な武器になる。前に話したのはあくまで基本的な考え方であって、この場においてそれをとやかく言うつもりは毛頭ない。ところで能力の方は実際どこまで使えているんだ?」


「どうもこうも、ほら。こんな感じで外見からは色の変化しかわからないですね」


 地雷を踏みかけたことに気付き慌てて訂正しつつ質問を重ねるシロッコの目の前で、礼一は感応石に魔力を通して見せる。石はすぐさま紫色に変色し、手の中で鼓動を打つ。


「色が変わって会話ができる。本当にそれだけですよ」


 ぶっきらぼうな口調でそう告げるとおっさんは難しそうな顔でうんうん唸りだす。今の会話から良いアイディアを捻りだそうというのだろうが、あまり期待は出来ない。礼一だって色々試してはみたのだ。多めに魔力を込めてみたり、魔力を注いだ状態の石で何かを殴ってみたり。でもその全てにおいて何か新しい変化が起きることはなかったのだ。

「ちょっと貸してくれないか。ん、矢張り俺の場合だと魔力を込めても色が変わるだけだな。声も何も聞こえない」


 礼一から魔石を借り受けたシロッコはしげしげとそれをながめる。


「感応石自体はただの空っぽになった魔石に過ぎないから魔力を注ぐだけなら誰でも出来る訳だが。ん、こいつが体内の魔石との会話を媒介するものなのか、それとも魔石の意思がこちらにも宿っているのか。ちょっと訊いてみてくれないか。もしかすると打開策が見つかるかもしれない」


 しばらく石をこねくり回していた彼だが、突然何か閃いたという顔をして石を突き返してくる。


「はぁ、わかりました」


 おいおい、本当かよ。石を受け取った礼一は幾分か疑いの念を抱きつつも再度、魔力を流す。


「おーい、聞こえてるか。なぁ俺と話しをしてる時ってどんなんだ?普通に話してるのかそれとも意識が石の方に移ってたりするのか?」


「会話してる時?うーん、前に死体を使ってた時と一緒の感じかな。自分が二つに増えて片っぽが石の方に、もう片っぽは身体の中に入ってるみたいな。今喋ってるのは石の中にいる僕の方で、身体の中にはまた別にもう一人の僕がいる状態。お互いが何を考えているかはわかっているけど、何をするかはそれぞれ自由かな」


 うーむ、わからん。てっきり魔石を電話替わりに会話しているのかと思ったら、話の方向が急転換。人格が二つあるとかいう直ぐには理解できない答えが返ってきた。浅い知識の底を懸命にさらってみるが、ミリガンさんの名前ぐらいしか出てこない。

 だが卑しくも上官のおっさんから出された疑問である。答えない訳にはいかないだろう。礼一はわかっているレベルの範囲のことを砕きに砕いて口述し始める。


「ん、すると何だ。こっちにも意識があってこっちにも別に意識があると言うのか。でも元々一つだったんだろ。何処からもう一人を調達してきたんだ。計算が合わないぞ」


「だから元々一つだったのが二つになったんですよ。俺だってよくわからないですけど、取り敢えずそういうことだと思って納得してください」


「ん、そうは言ってもな。まずそこが不確かでは話が進まない。もうちょっとよく分かるように講釈をぶってくれ。申し訳ないが君の解説はずいぶん不親切だぞ」


「これでも精一杯言葉を尽くしてやってますよ。ああ、もう」


 わからない者がわからない者に説明しているので意思の疎通は難航を極めた。そうしてあわやシロッコと礼一が連れだって暗礁に乗り上げようとしたその時、それまで蚊帳の外に立っていた洋が助け舟を出す。


「要はその石の中に意思が宿るかを確認したいんだろ。じゃあもうはっきりしてる」


「ああ、そういうことか。いいですか、シロッコさん。現時点で魔力を流している間、この身体の中に納まっている魔石の意思は感応石の方に移っています。そういう解釈で大丈夫です。正確には違いますが、今はそういう前提で話を進めて下さい。それで何かいい案があるんですよね?」


 ここまで面倒をかけさせておいて何も出ない訳はないよな。少しばかり圧をかけながら礼一はシロッコに問いかける。

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