第44話  一転

 案の定、洋の足は倉庫の方へと向かっていく。おい、やっぱり寝るんじゃねぇか。


「なあ、もう充分寝ただろ。また寝るのかよ」


 礼一は声を掛けるが、洋は止まらない。どんどんと進んでいってやっぱり納屋の内へと姿を消す。


「まったくどういうつもりだよ」


 意図を図りかねつつも続いて敷居を跨ごうとすると、ヌッと顔に布を押し付けられる。


「おいっ、やめろって。ぺッ、汚いな」


 どこの誰が使ったかもしれない襤褸に包まれた礼一は慌ててそれを引きはがし、洋に抗議する。しかし彼は意に介さず、手本でも示すかのように自分の手に持った同じような布を頭から被って見せる。


「これで姿が隠せる。ほら」


 そのままの状態で小屋から進み出た彼はそう言って地に伏せる。摺れたカーキの布地が乾燥して白茶けた地肌に馴染んで同化する。確かに姿は隠れる。だが、それでどうするというのだろう。


「鈍いな。起きてるのか。search and destroyだ。早く弾を拾ってくれ」


 洋は小馬鹿にするようにそう言って、寝床の中に忘れたままになっている魔石の山を指さす。


「ああ、そういうことか」


 ここに来てようやく謂わんとするところを察知し、礼一は納得する。隠れて魔物を探し、相手が気づく前に魔力を込めた石を投げつけると、そういう作戦らしい。


「じゃあ俺は弾の補充をして、お前はそれを投げるってことか。雪合戦かよ。まぁいいや、魔物からは離れていられるし」


 礼一はせっせと床の中の感応石を拾い集め、近くに置かれていたズタ袋に詰め込む。


「よし行くぞ」


 袋を担ぎ上げ、肩で風を切っていざ出陣。と行きたいところだったが、今回は敵に見つからないようにすることが第一なので、礼一達は盗人さながらにそろりそろりと出立した。


「まだ《半身》は見えないか?」


 尾根を伝って近くの山へ移動を開始した二人だったが、先に相手を発見した方が勝ちという勝負で、尚且つ頼りになるのは相方の眼だけという状況。礼一のストレスは一直線に上昇していく。

 幾時代かの戦争で独軍が丁度今の二人と同じように戦ったらしいがよく気を病まなかったものである。彼らの場合は、砂漠の中で戦車に乗りながら遠くに敵が現れないかと目を凝らしたそうだが、砲弾が飛んでくるのも魔物が突進してくるのも怖さで言えば似たり寄ったりだろう。しかし、少なくとも勝負がつくまで何か月もそんな環境に身を置くなんてのはぞっとしない。


「俺たちってまだ恵まれている方なのかもな」


 自分より悲惨な立場にあった先人の影を追憶し、少し冷静さを取り戻した礼一は敵を探す友の横で感応石に魔力を込め始める。この広い山地にあっては盲目も同然な自分だが、せめて備えは万全にしておこうと思ったのである。


「見つけた」


 洋は立ち止まって山肌を見つめた後にそう呟くともっとしゃがむようにこちらを手で制する。


「石を」


「了解」


 二人は言葉少なに敵を倒す準備を始める。礼一からは見えないが、洋の顔の向く先から推察するに前方右側の斜面のどこかに魔物がいるようだ。


「出来た。はい」


「もう一個準備を」


「わかった」


 着々と準備は進み、遂に洋が腕を振る。


「殺ったか?」


「いやまだ」


 魔力を込めた石は半々の確率で現象の発動に失敗する。たとえ石自体が命中したとしても魔物を倒せるとは限らないのだ。


「よし、死んだみたいだ」


 敵が倒れたのを確認したのだろう。洋は首尾を伝えるとふっと力を抜く。


「なぁ仮になんだか外したり現象が出なかった場合はどうするつもりだったんだ」


 結構緊張していたらしい彼に不安を感じ礼一は尋ねた。知らない内に危ない橋を渡らされるのは御免である。


 洋は疲れたように閉じていた細い目を開けてこちらを見るとゆっくり口を開く。


「全力で」


「おう、全力で、」


「逃げる」


「マジかよ」


 こちとらそんなに早く移動できない。外したとなったら尻に火が付いたように逃げ回らなくちゃならないしそれで逃げきれるとも限らない。


「なぁ何個かまとめて投げられないか。なぁ頼むよ」


 安全を確保するためには数を打つしかないと礼一は洋に懇願する。


「そんなに数はない」


 礼一の手に持つズタ袋を指差すと洋は淡々と事実を告げる。まさか山の遠く何処かに飛んでいった石を逐一回収する訳にもいかないので手持ちを制限せざるを得ない。故に投げる石は一個つであるし、外したら隠れるか逃げるかの二択を選ぶより仕様がない。これには礼一も不承不承に折れ、今まで以上の真剣さで感応石に魔力をつぎ込むのであった。


 さて、運を天に任せ討伐を再開した二人であったが、想定以上に現象は発動してくれた。それに仮に不発に終わった場合でも、地面にうつ伏せになってじっとしていれば敵に発見されることもなく無事にやり過ごすことができた。僥倖、僥倖。


 昼前には当初予定した範囲の魔物を討伐し終わり、礼一も洋もさも満足気にほほ笑む。あとは残りをやっつければ帰ってぐーたら三昧だと心も躍れば体も踊り、陽気に山地を駆ける。


 そんな折である。油断もあったのだろうが、定期的に立ち止まって索敵を行っていた洋の眼を掻い潜り、全く予期しないタイミングで礼一達の元へと魔物が襲来した。


 ドガンッ、


 という音と突如として辺りに立ち込めた土煙に放心しかけた礼一であったが、上へ逃げろという洋の叫び声が聞こえて我に返った。そして彼の指示通り岩だらけの傾斜を足を滑らせまろびつつも死ぬ気で登る。

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