第23話 心痛
「そろそろいいかね。ちょいと、もう十分わかったんじゃないかい。大事なことを伝えるからこっちに来な」
飽きもせずに魔石の力を確認する二人に対して店主が声を掛ける。かれこれ十分以上検証作業は続いたが、見たところ能力や弱点は概ね教えられた通りであった。要は物は使いようで、自分に合った運用が肝心という訳だ。
「そうそう、能力については伝えといたから改めては言わないよ。後でこっちの奴に訊いておくれ。これから話すのは力を使う上での注意点さ。普段から注意すべきことだからよく聴きな」
いやに親切に解説してくれると思ったらそういうことか。余計な問答を嫌った店主に説明役を押し付けられたのだ。やられた。礼一はもの言いたげに彼女を見詰めるが何処吹く風で講釈は続く。
「そう身構えることもないよ。一つのことだけしっかり守っていれば問題ない。定期的に魔力を使うこと、それだけさ。そんなことかって顔をしてるね。軽く考えちゃいけないよ。下手すると自我を失うことになるからね。ま、あんた達は嫌でも毎日魔力を使うだろうしそこまで心配はいらないがね。ただ出来れば朝起きた時、夜寝る前に魔力を使う習慣をつけときな。注意としてはそんなところさ。では私はここらで...」
「自我を失った人を見たことがあるんですか?あと理由を教えて欲しいんですけど。いやお忙しいのわかってはいるんですけど俺達もあなたぐらいしか情報を持っている人を知らないんですよ。お願いします」
早々に帰り支度を始めた店主からは質問NGオーラをびりびり感じるが、礼一としても引き下がれない。あれをするな、これをするなという注意なら何となく理由がわかりそうなものだが、今の注意では全く意図が掴めない。答えがわからないというのは怖いものだ。不安だけが膨れ続ける。
「まったく黙って言うことが聞けないのかい。面倒だね。ま、疑問も抱かずに頷かれたらそれはそれで心配だったけどね。シロッコ、あんたはご存じないのかい、知らなそうだね。しょうがないね。ちょっとこっちに寄りな。あまり人の耳に入れたくない内容だからね」
店主は気だるげにこちらに向き直ると、手招きをして三人を手元に呼び寄せる。
「こんなことを言うのはなんだがね。あんた達は自分がどういう存在かわかるかい?」
「それは...人間..ですかね」
声を潜めて店主の質問に答えながら礼一は斜め上を見上げる。人間だよな。
「人間ねぇ。確かに人間さね。身体に魔石が入っていて魔物と同じ力が使えるだけのね。ま、どちらの身体も弄り回している私みたいなのからすればあまり気にならないがね。開いてみれば人間も魔物も臓器の位置や肉の付き方は大体一緒さ。そうでもなければあんな簡単に体内で魔石を作るなんて出来ない。寧ろそれだけ似通っているのに人間にだけ知性があるなんて区別の仕方をする方が不思議さ。おっと本筋から外れたね。何にせよ、あんたは自分自身を人間だと主張するが周りはそれをどうやって判断すりゃいいんだい?」
店主は揶揄うように問い掛ける。どうやってか。知性云々は先に言われてしまったしな。
「見た感じ人間じゃないですか?角が飛び出ていたり、気持ち悪い毛が生えていたりはしませんし」
「そう、そういうことさ。あんた達は外見で同じ人間と認識されているのさ。ところがね、定期的に魔力を使うようにしないとその外見すら徐々に魔物のそれになってしまうんだよ。そしたらもう人ではいられなくなる。自我を失うっていうのは所謂人間としての自我が消えるということさ。誰からも人間と見なされなくなればもう魔物として生きていくより仕方がなくなるからね」
うっへぇ。知らず知らずに時限爆弾を抱えていたのかよ。礼一は盛大に顔を引きつらせる。しかしそうなると今の自分は大丈夫なのだろうか。一応魔力は使えているが問題となっている魔石に関してはどういう状態か全く不明だ。
「あんたはまず魔石を使えるようにするんだね。そう直ぐに外見が変化したりはしないから焦らずにやるといい。魔石の意思は魔力を溜め込めば溜め込む程に大きくなる。念のため、なるべく魔力を使って魔石を空の状態にしておきな。三日経って何も反応がないようなら私のところに来るように」
そう言うと店主は今度こそ荷物を纏めて立ち去ってしまう。三日というのがデッドラインなのだろう。意気消沈する礼一に残りの二人が気まずそうな顔を向ける。先程迄のはしゃぎっぷりを悔いているようだが、それは別に良い。彼らは何も悪くない。
「まだ時間はたっぷりあるんだし悠長にやりますよ。それより二人の魔石について話しましょう」
何たって俺が気を使わなければいけないんだ。礼一は空元気で殊更に明るい声を出す。こうして何だかんだ仕切り直して説明を済ませ、各々で魔力に体を慣らしていると夜になる。今晩はウルグさんが帰ってくることもなかったので食事は苦玉。例に漏れず糞まずい。とまれ異世界式十秒チャージ飯を済ませた後は汗を流して部屋に戻る。
「そろそろ寝るか」
礼一は歯を擦っていた木の枝を窓の外に放り投げ、筵と布で拵えた寝床の中に潜り込む。この部屋にある品の数々はパシが融通してくれた。彼は補給班に所属しており、頼んだものは大抵寄越してくれる。
「しかしどうしたもんかな」
天井を見上げながら礼一は苦り切った声を出す。ようやく一人きりになったところで昼の悩みが再燃したのだ。因みに洋とは初日こそ同じ部屋に寝泊まりしたが、その後は勝手が悪いということでそれぞれ別の部屋に分かれた。
「そもそも“魔物の家”で施術を受けた後に余計なことをした記憶なんてないしな。こっちに来てからは訓練していただけだし.....あっ」
これまでの自分の行動を振り返る中で、とある記憶に行き当たり礼一は声を上げる。そういや施術を受けた翌朝に妙な出来事があったな。すっかり忘れていた。確かよく分からない奴が声を掛けてきたんだっけ。
「おーい、おーい」
試しに呼んでみる。どうせ誰もいないのだ。可能性のあることは何でもやっておきたい。
「おーい、おーい、聞こえてるか。おーい」
逆立ちをしてみたり、目を瞑ってみたりと手を変え品を変え呼び掛け続けること数分、感応石を手に身体強化をしたところで反応があった。胸部を中心に魔力が引き抜かれ、腕を伝って感応石に流れていく。一瞬怖気づき感応石を手放しそうになったが間一髪思い留まる。こんなことこれきりかもしれないのだ。チャンスは逃したくなかった。
そうして待つこと数十秒。緊張と期待とが綯い交ぜになった礼一の掌中で感応石が胎動し、脈を刻む。まるで一つの生き物のように。
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