第15話  到達

 シロッコに促された二人は彼に随って門へと近付く。

「ここで待っていてくれ」

 石壁に設けられた大扉の前に到着したところでシロッコはそう告げて、前動作もなくヒョイッと壁を飛び越えて向こう側に行ってしまう。

「は?」

 その場に残された礼一と洋は目の前で起こったことが理解できずフリーズする。数秒経って漸く現実に頭が追い付くが依然驚きは薄れない。

「なぁ扉ってどうやって使うものなんだ?」

 幼稚園児でもわかる馬鹿みたいな質問が礼一の口をついて出る。当然開け閉めする以外に答えはない筈だ。

「さぁ」

 もう疲れたと言わんばかりに洋が答える。駄目だこりゃ。

 ギィー、

 思考を放棄した二人の耳に蝶番の軋むような音が届いたかと思うと、扉に僅かな隙間が生まれる。

「おい、さっさと入ってくれ。本来この時間に門を開くのはご法度なんだ」

 忍び声でそう呼び掛けられたため、二人は急いで門内に滑り込む。中にはシロッコの他に見知らぬ男二人が立っており、僅かに警戒を含んだ目でこちらを見つめている。

「この二人で間違いないか?こういう事は今回っきりにしてくれ」

「ん、間違いない。悪いな、俺一人なら問題なかったんだが二人には難しくてな」

 男の内の一人に釘を刺され、シロッコが軽く頭を下げる。どうやら門番か何からしい。

 彼らは無愛想に片手を挙げてその謝罪に応じると、それ以上何か咎め立てすることもなく門脇の小屋へと引っ込んで行く。

シロッコは肩を竦めてそれを見送ると塞の中へと進み出す。

 そのまま奥に進んでいくのかと思いきや、三人は塞本体の前でまたしても門にぶつかる。当然と言えば当然なのだがこの真夜中である。開いている訳もない。

「そうだよな。ん、それはそうだ。この時間だしな」

 シロッコが厚く高い防壁を仰ぎ見てブツブツと独り言を言う。流石の彼もこの高さを越えて侵入するのは難しいようだ。尤もビル三階分の高さなので、越えられたら越えられたで仰天ものだ。見上げた先では松明でも焚いているのか僅かに光が漏れている。

「すまない。流石にこの中には入れない。今日はここで休むことにしよう」

 シロッコはそう言って地面に座り、落ちていた石を拾い上げて手元で弄び始める。何処までも気楽だ。

 しかしそこまで高くはないがここは山である。夜ともなれば肌寒く、これから相当に冷え込むことは想像に難くない。ヘトヘトに疲れた状態でこの寒空の下、数時間耐え忍ぶなんてのは礼一と洋にとっては地獄である。

「ん、これで良し」

 月光で石の表面を確認し、シロッコが満足げに呟く。何やら背を丸めて細工していたのは分かっていたがこの状況で呑気なものだ。洋と身を寄せ合いながら礼一はそんな感想を抱く。

 するとシロッコは軽快に立ち上がり、勢いよく腕を振りかぶるやいなや防壁の上目がけてその石を投げつける。いやいやあんた急に何してんだよ。

「痛ぇっ。糞がッ何処のどいつだ。ぶっ殺してやる。ぁあんッ。こいつぁ……」

 案の定というかブチ切れた誰かの声が降ってくる。

 言わんこっちゃないと礼一はシロッコを白い目で見るが、彼は安堵したような微笑を浮かべて立っている。この人頭大丈夫か。そう思っていると今度は壁の上から品の良さげな老人の声が聞こえてくる。

「シロッコさんですか。こんな夜更けにご苦労様です。今そちらに荷物を下ろしますからちゃんと受け取ってくださいね」

 そう言い終わるか終わらないかわからない内に壁の上から何かが飛来し、シロッコに激突する。もの凄いスピードでぶつかったからか彼は丁度枕投げを顔に食らったようにぶっ倒れる。

「あの大丈夫ですか。結構嫌な音が聞こえましたけど」

 飛んできた何かの下敷きになり動かないシロッコを心配して礼一は声を掛ける。

「ん、ああ大丈夫だ。それよりほら君達の分もあるから取っていくといい。意外と温い」

 そう言われて礼一と洋が彼に近寄ると、その身体の上には筵やら布やらが積もっている。二人は言われるままに必要分を取り、近くに筵を敷いて寝転がる。確かに上から布さえ引っ被ってしまえば寒さは大分とマシになる。

 こうして身体の末端部の冷たさに目を瞑れば最低限寝られる環境が整った。

「ほら」

 シロッコの声と共に、礼一の頭近くに何かが落ちてくる。見れば道中散々お世話になった水袋だ。こいつのお陰で礼一も洋も喉の渇きには襲われずに済んだのだ。半身を起こして水を流し込むと、ろくすっぽモノを食べていない胃が音を立てる。満足した礼一はまだ多少中身のある水袋を洋に渡してしまって再度床に就く。眠りに落ちるのは簡単で、あっという間に寝入ってしまう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る