第14話  登山

 それからどれ程時間が経ったのであろうか。遂に遠方に見えていた筈の山の麓に到着してしまう。ここまでの道程で軍の施設には行き当ることはなかった。歩き詰めで足は棒の様、足裏がジンジンと熱を持つ。

「もうちょっとだから後少し気張ってくれ」

 早くも真っ暗闇に覆われている山を背にシロッコはそう告げ、前の暗がりへ足を踏み入れようとする。まさか今から山を登るとでもいうのだろうか。さてはここは姥捨山か。尤もその場合捨てられるのは礼一達二人になるのだが。そんな不吉な想像が頭を掠める。

「今から山に登るんですか?もうすっかり暗くなってますけど」

 まさかそんな訳はないよな。言外にそう含みを込め、礼一は語気を強める。

「ん?目の前には山しかないだろう。なら登るしかないだろう」

 シロッコは英国の某登山家マロリーさんのようなことを言って先に進もうとする。いやいやちょっと待て。

「施設は何処だ?」

 そう言って洋がシロッコの服の裾を掴む。答えるまでは離さないといった感じで手首を捻って手繰り寄せている。もう何処にあるかもわからない施設とやらのために歩くのはうんざりなのだろう。

「実のところ到着はもうしてるんだがな。入口が上なんだ。妙な構造だが我慢してくれ」

 そう答え、彼はさも面倒臭そうに山の頂上を見上げる。しかし何だ。彼の今の発言を聞く限りではこの山自体が基地になっているような言い草ではないか。それじゃあまるで山賊だ。確かにこのおっさんの格好を見るに丁度良く汚い上に腰からだらしなく剣を下げており、無精ひげを生やしている。山賊と紹介されても違和感がない。

「俺達は山賊とかじゃないぞ」

 礼一の考えを見透かしたように不機嫌そうなおっさんの声が響き、それを最後に三人は会話を止めて山を登っていく。

「あッ」

 やらかしたという後悔よりも先に鈍痛に襲われる。慣れない山道に加えて、足元が不如意なためおむすび並みに転がりまくる。

「おい君、大丈夫か。俺の歩いた後をそのまま付いて来るように言っただろう。足を下す前に地面をちゃんと見るようにしてくれ」

 上からシロッコの声が響く。しかしそれが簡単に出来ないから苦労しているのだ。何しろ三人が歩いているのは山道とは名ばかりの獣道である。足を踏む場所すら覚束ない。むしろ何処に安定した足場があるのかを教えて欲しい位である。

「大丈夫です。痛った」

 自分の無事を知らせるために声を上げてから礼一は顔を顰める。ただこけるだけならばまだ良い。しかしそこがこの場所の嫌なところで、こけた先に待っているのは凹凸だらけの地面と無駄に出しゃばる草木である。引っ搔き傷はできるは痣だらけになるはで洒落にならない。

「すいません。お待たせしました」

 何とか立ち上がり、前に居る二人に追い付く。

「ん、本当に大丈夫か?二人とも兎に角気を付けてくれ」

 そう言うシロッコの声には心配と若干の呆れが滲んでいる。それもその筈、礼一と洋は揃って山に入ってから同じような失敗を幾度となく繰り返し、既に満身創痍疲労困憊状態なのである。翻ってシロッコはといえば、アイベックスか何かのようにヒョイヒョイと欠片ほどの苦労もなく歩き回っているのだ。同じ人間なのにこうも差が出てしまうのかと最早感心してしまう程である。

 お荷物が二つもあるということは当然移動速度も相応に遅くなる。

「息が荒いな。休憩が必要か?」

 シロッコの問い掛けに二人は礼一と洋は無言で首を縦に振る。一度でもクロスカントリー走の類をやった人ならわかることだが、不安定な場所で動くには全身の筋肉を総動員しなくてはならない。おかげで今の二人の身体は全身くまなくガッチガッチに強張ってしまっていた。

「最初であればそのぐらい疲れてしまうのも仕方がない。慣れればそこまで苦労することはなくなる。もう少し歩けば頂上だ。後少しなら頑張れるだろう?」

 土気色の顔で休憩する二人を慰めるようにシロッコが語り掛ける。最早考える力も残っていない礼一と洋は辛うじて頷いて応じ、身体を起こす。

「ん、もう一踏ん張りだ。そら行くぞ」

 シロッコの声に従って動き出す。歩くこと数分唐突に目の前の木々が消え、山のてっぺんが視界に飛び込む。星明りの下、黒々と大きな塞が闇夜に浮かび上がる。一帯は石壁で囲まれており堅牢な要塞といった態だ。

「よく頑張ったな。到着だ」

 そう労われるのを待たずに二人は地面に座り込む。ようやく辿り着いた。泥だらけで空腹、疲労もピークだがこれで休める。心からホッと安堵する。

 シロッコも二人の様子を察してか、暫くの間休むに任せておいてくれる。有難い。

「そろそろ良いか?あそこにある門から中に入れて貰わなくてはならない」

 そう言って差された指の先には開けるのにそこそこ人手の要りそうな物々しい扉が待ち構えている。









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