第13話  散策

「それでは頼む」

 老人は戸口で三人を見送る。

 結局小僧二人のお守りをする羽目になったシロッコはその声に背を向け、ずんずんと歩き去る。

「ありがとうございます」

 出遅れた二人は急ぎ老人に頭を下げ、後を追う。礼一は前へ追い縋りながら掌中にある老人から貰ったばかりの紹介状を握りしめる。何せようやく手に入れた安息地への切符なのだから落としては堪らない。まぁそれもこれも件の老人の話が本当だった場合に限るのだが。

「これから貧民街を抜けるぞ。くれぐれも身体が見えないように注意してくれ。それとあまりキョロキョロしない方が良い。道行く人と目が合ってしまう。いっそ顔は伏せておくのが無難だろう。正体がバレたら一大事だ」

 前を向いたままシロッコが警告する。そういや目ん玉も黒いんだった。危ない危ない。二人は俯き、前を行く靴を見つめて足を動かす。こうして三人は一列縦隊で以て街を歩く。

 貧民街を抜け、川に架かった橋を抜けた辺りで町模様がガラリと変わる。明らかに人通りが増え、往来を喧騒が埋めている。いつの間にやら鼻がもげそうな臭気も消え、代わりに人いきれに包まれる。

「気を付けろッ」

 横からぶつかって来た男が声を荒げる。何だよ、民度低いな。少しばかりイラッとしたものの、下手に目立つ訳にはいかないので礼一は言い返したくなるのを我慢して歩を進める。その後も幾たびか通り過ぎる人にぶつかられる。頭から被っている布がずり落ちないかと冷冷物だ。

 歩くこと四半刻、混雑した場所から抜け出した三人の向かう先には全く人気がなく、人の住んでいそうな建物すらも周囲には見当たらない。如何にも郊外といった殺風景な景色が広がり、彼方には行く手を阻むように大きな山が聳え立っている。

「シロッコさん、俺たちの目的地って町の中じゃなかったんですか?一体何処に連れて行くんですか?」

 だだっ広い道に三人きりという状況に心細くなり礼一は尋ねる。今ではさっきまで散々ウザいと思っていた雑踏が恋しいほどだ。

「ん、軍の施設はこれよりずっと先だぞ。街中になんて造れる訳ないだろ」

 気楽そうに前をプラプラ歩きながらシロッコが返事をする。それを聞いて軍の施設がそこそこ大きなものであることを理解する。考えれば元の世界でも自衛隊の駐屯地なんてのはそこそこ大きく場所を取っていたように思う。あそこまで混みあった街中に居を構えることは難しいだろう。

「それともう一般人が通ることも殆ど無いだろうから君達も多少楽にしてもいい。勿論姿は見えないようにしておいて欲しいが、そう律儀に固くなって歩く必要はない」

 遥か遠くをボンヤリと眺めながらシロッコが二人に言う。まだ仕事が終わっていないというのにそんなに気を抜いて大丈夫なのだろうか。何だか頼りなくって逆に緊張してしてしまう。

 とは言え人目を気にしなくて良いというのは有難い。二人は無意識の内に力を込めていた手を解し、幾分気を楽にして歩き出す。前を歩くおっさんの影から目を離して空を見上げれば、能天気に青空が広がっている。

「あのシロッコさん、あとどれくらいで着くんですか?もうさっきから大分歩いてますけど人っ子一人見当たらないし、それっぽい建物も見えてこないんですけど」

 もしや道を間違っているのではと不安になり、礼一は鼻歌を歌いながら歩いているシロッコに声を掛ける。心地よく風が吹き、陽気に鳥が鳴き、長いこと三人で歩き通し。これじゃあまるでシニアクラブのハイキングだ。こちとら老人ではないが絶賛体調不良中である。出来る限り早く目的地に到着して休みたいのだ。

「ん、もうちょっと」

 鼻歌に集中しているのか上の空といった様子で返事が返ってくる。おいおい大丈夫か。首を傾げながら足を運ぶ。

「空気がうまい」

 隣から呑気な感想が聞こえたのでそちらを見ると、洋がすっかりくつろいだ風にあっちへフラフラこっちへフラフラと道草を食いつつ歩いている。何をやっているのかと注視すると、彼は道端の草花を弄繰り回している。その姿には緊張感のきの字もない。

「若者がそんなに生き急いでも仕方がないぞ。道はまだまだ長い」

 感傷的な気分にでも浸っているのか臭い台詞が飛んでくる。いやさっきもうすぐ着くって言ったのはあんたじゃないか。どうやら彼とはまともに話せないようである。それ以上の会話を諦めた礼一は身体に残る倦怠感を出来る限り無視しようと遠くを眺めたり洋を真似て道草を食ったりし始める。そうすると意外と気は紛れるもので束の間、気分の悪さを忘れる。案外こういった田舎生活も悪くないのかもしれない。ぼーっとそんなことを考えながら最早散策に近い状態で道を往く。







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