第41話  行末

「さぁちゃっちゃと作業を終わらせてしまいましょう。ピオさんが晩御飯を作って待っていてくれていますよ」

 甲板に登るなり船長が手を打ち鳴らしながら皆に号令を下す。

 礼一達は魔物の手足の拘束を解き、代わりにその首っ玉に縄を括り付けてその端を甲板に置かれた重しに結ぶ。魔物が気絶でもしているかのようにぐったりして動かないので作業はスムーズに進んでいく。計十五体の魔物は船首、両側の船縁、船尾の四方向に三体づつ割り振られ、残りの三体は甲板中央に配置された。

 魔物を重りに繋ぎ止めながら礼一はデジャヴに襲われる。これは当に自分達があの島でルチン族から受けた扱いではなかったか。これぞ正しく同じ穴の狢である。

 今頃島に残っている魔物達にまるで奴隷商人かのように口汚く罵られているのであろうかと思うとぞっとしない。

 とは言っても作業を止めるわけにもいかず、まるで言説と一致しない自分達の行いに苦笑いで頬が引きつる。

「さーてと、飯だ飯、さっさと下に降りるぜ」

 作業が終わったところでパントレが伸びをしながら真っ先に階段を降りていく。礼一もそれに続こうとしてふと立ち止まり、恨まれちゃ堪らないと海風吹き荒ぶ甲板に放置されている魔物に南無阿弥陀と手を合わせる。完全に気休めだがやらないよりましだろう。ただ気分は一向に晴れないので階段を踏む彼の足取りは重い。

 食堂に入ればいつも通りに温かい食事と談笑が待っている。仮初めでも良いからその日常を取り戻そうと礼一は足を急がせる。

 世の中ままならぬものである。誰もが幸せを求めながらも、それが別の誰かの悲劇の中で成立しているとは何たる奇妙であろうか。

「お帰りー。早く食べよー」

 礼一が足音重く食堂に入ると、既に椅子に座ってアラ汁を口にしながらピオがこちらに声を掛ける。いやあんたもう食ってんでしょうよ。

 すっかり馬鹿らしくなったのとようやく普段の生活に戻った安心とで、気が抜ける。礼一は悩みを脳の外にぶん投げて心の赴くままに皆と一緒に賑やかな音を立てながら汁を啜り、具を咀嚼する。行儀が底辺に落ちた食事風景なので元の世界の人々が見れば目を引ん剝くこと請け合いである。もう数日この生活を続けているが食事はスプーン一本に依存し、その他は手を使うしかないのでマナーもへったくれもない。

 そう言えばこの人達と出会ったのもほんの数日前なんだよな。皆の顔を眺めながらやけに仲良くなったものだと感心する。

 食事をしながらそんな事を考えていると目の前の鍋があっという間に空になる。すっかりくちくなった腹をさすりながら、先を咬んで解した木で以て口の中を掃除する。みっともないが歯ブラシがないのでこうするより他に仕様がない。

「さて今後の予定ですが、魔物の邪魔さえなければ教国へはあっという間についてしまいます。全速力で船を飛ばせばかかっても三日程度でしょう」

 皆食事を終え一段落したところで船長が今後の航海について説明する。

「〈海童〉に襲われることもないですし、甲板に出ては魔物を縛り付けている意味がないので皆さんは船の中に待機していて下さい。明朝教国に向けて出発します。それでは」

 ホアン船長はそう告げるとさっさと食堂を出て船長室の方に向かってしまう。明日に向けて準備でもあるのだろうか。

「そう言えば気になってたんですけど、フランさん達っていつから一緒なんですか?というか何で大将と子分っていう関係なんですか?」

 パントレが厨房のピオにちょっかいをかけにいったので、丁度良い機会とばかりに礼一はフランに尋ねる。

「うーん。もう大分長いよ。話すと長くなるんだけどね。うちのグループは元々大将以外の俺たち三人で作ったものなんだよ。よくある話なんだけど、俺ら三人は幼馴染でね。揃いも揃って冒険者になったもんだから、自然一緒に組むことになったのさ。一応そこそこ腕は立つ方ではあったと思うよ。基本的に冒険者は、よっぽど腕が立って有名でもない限り大体依頼の達成数で評価が決まるんだけど、一応俺たちは三桁の大台に乗るところまでは依頼を達成していたからね」

「それって凄い事なんですか?」

「凄いというか、俺たちの仕事は魔物と戦う事だから、依頼不達成っていうのは勝てなくて死んだって事なんだよ。百回以上生き残ってるって考えたらそこそこやる方なんじやないかな。ああ勿論魔物と戦う以外に今回みたいな仕事もするよ。ただ冒険者のギルドではこんな仕事は紹介してないからね。今回のは、船長のところの商会の会長と大将が知り合いだったって事で直接来た仕事だからね。また扱いが別なんだよ」

 死線を百回以上超えてると聞き、そんな殺伐とした生き方があるのかと礼一は驚く。

 と同時にもうちょっと敬意を払って接さなくてはならなかったのではと不安になって、自分の膝を頻りに擦る。

 一方洋の方はどうやら最初からある程度分かっていたようで、眠ったような目でボケッと無感動にフランの顔を見つめている。

「それでどこでパントレさんの子分になったんですか?」

 冒険者をやっていたというだけでは、一切フラン達とパントレとの繋がりが見えないので礼一は興味津々に尋ねる。正直あんなに派手な見た目のよくわからない性格の人と何にもなしにグループを組むということは考えにくい。礼一にすれば至極当然の疑問であったのだが、その質問を聞くなりフランは大層決まりが悪そうな顔をする。

「いやぁ、それがねぇ。実は大将って言ってるけど、別に子分とかそういう関係じゃないんだよね」

「え、じゃあ何で大将って言ってるんですかか」

 あんだけ大将大将と言って顎で使われているのに子分じゃないと言うのは変な話である。

「大将ってのは酒場の大将って意味なんだよ。あの人実はフダの国じゃあ結構名の知れた冒険者でね。当然お金もそこそこ持ってるもんだから、お酒が好きってだけの理由で自分の酒場を持ってたんだよ。で、俺たちはそこの常連だったから、大将って呼んでるんだよ」

「えっと、じゃあお酒飲んでて仲良くなったからグループを組んだとかそういう理由ですか?」

 意外としょうもない理由のようである。

「いや、そうじゃないんだよね。うーんとなんて言うのかな、《酒樽の誓い》ってのは文字通り誓いなんだよ。ほらこれを見なよ」

 そう言ってフランは懐から丸めて紐で縛られた紙を取り出す。

「いや、俺達文字読めないんですけど」

「おっとそうだった。悪い悪い。えっとね、上から順に読むと、誓約書 フラン、ヴァス、コロナの三名は、破壊した建物及び酒、酒樽の代金を稼ぎ終わるまで炎熱酒場店主パントレの手となり足となり働く事をここに誓う。もしこの誓いを破った場合上記三名の冒険者としての資格を剥奪することとする」

 おいおい、何やらかしたか知らないけど《酒樽の誓い》って本当に文字通り誓約で縛られた関係だったのかよ。

「えーと、何やらかしたんですか」

 礼一は恐る恐る尋ねる。

「いや、俺達は一応常連だったから大将ともそこそこ仲が良かったんだよね。ただ仲が良くなるとそれだけ遠慮もなくなっちゃってね。口喧嘩の発端が何だったか忘れちゃったんだけど、そこから殴り合いになっちちまって。ほら俺たちも大将も火を纏うでしょ。ぼこぼこ殴り合う内に喧嘩だけじゃなくて店内まで加熱しちゃってね。結果的に店は全焼。俺たちはその責任を取らされたって訳さ」

 いやいや上手い事言ってる場合じゃないでしょ。建物一つ焼いたとか馬鹿にならない負債が発生しそうなんですけど。

「というかそれパントレさんにも原因があるんじゃないですか?」

 ふと疑問に感じ礼一は尋ねる。

「そうなんだよな。後で気付けばそうなんだけど、その場じゃそんなことまで気が回らなくってね。誓約書書いちまったもんだから今更ひっくり返す訳にもいかなくって困っちゃったよ。あれは大将に一杯食わされたな。全くしょうもないことばっかり上手くやる人だぜ」

 フランはそう文句を言うが、その顔に恨みつらみといったものは見られない。まぁ本人達が気にしていないならそれで良いのだが。

「それでこの奴隷契約の期間はどれぐらいなんですか?」

 この問題において最重要となるであろう部分に礼一は切り込む。するとフランは先程の気まずそうな様子から一転ニヤリと口の端を緩める。

「実を言うと、教国に行って帰ってくる間の働きでチャラにしてくれるってことで話がついてるんだよ。だけどそこが大将の間抜けなところでさ。俺たちって別に大将を介してホアン船長の仕事の依頼を受けてる訳じゃなくて直接受けてるんだよ。だからこの仕事で働いた分の報酬は大将の手にはびた一文たりとも入らないのさ。本人は未だに気付いてないから何も言って来ないけどね。教国の港で最後の仕事が済んで報酬を渡される時が見物だよ」

 フランが此方の耳に口を近づけ声を潜めてそう言うと、後ろの二人までニヤニヤ笑う。

 まったくこの人たちは良い性格をしているというか、性格が悪いというか。礼一はすっかり呆れてぐるんぐるんと目を回し、天上を見上げる。

 結局その日は皆疲れたのかしばらくくっちゃべった後に誰からともなく部屋に戻り寝てしまった。礼一も島に行ったままの泥んこ状態でベッドに横たわる。

 結果、翌朝になって惨状に気付き朝っぱらから水浴びをする羽目になる。どうやら皆同じ失敗をしたようで浴室に全員集合といった体になる。

 仕方なく身体やら服やらを洗い、各自部屋へ引き上げる。

 その後は、本日より三日間船の中に缶詰めになるということなのでピオの指示で朝っぱらからひたすら甲板で魚を釣り上げる。礼一は今すぐにでも部屋に引っ込みたいので必死で餌を投げまくった。兎に角甲板で恨めし気に此方を睨みながら呻いている魔物を見たくないのだ。

「はいー。もう十分だよー」

 ピオの合図で作業が終わるなりいそいそと釣り上げた魚と釣り具を持って食堂に直行する。

 本日の船外活動は以上で終いなので他の皆も早々に甲板から引き揚げ、食堂でピオが焼いた魚を頂く。

「にしても三日間籠りきりってのは辛ぇな。身体が鈍ってしょうがねぇだろ」

 パントレが文句を言う。

「いつもやってるみたいに奇声を上げながら廊下を走り回れば良いじゃないですか。得意でしょう」

 船長の反応は素っ気ない。

「は?おいらそんなことしてねぇぞ。ん?おいお前ら何頷いてんだよ」

 申し訳ないが、甲板で水浴びをした後に全裸で晩御飯について連呼しながら歩き回っている姿を見ているので、船長の発言も否定しがたい。

 兎に角こうして一日が始まった。船は一路教国に向けてひた走る。彼らの航路の果てに待っているのは明暗どちらであろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る