第40話  会談

 浜辺が見える辺りに来て、礼一達は異常に気付く。上陸してきた地点に幾つも松明の明かりが揺らめいている。恐らくルチン族のものだ。

 今あそこにいるのはホアン船長一人である。焦りを覚え、一行は足を速める。

 近くに着くと舟の前で船長とルチン族が相対しているのが見える。魔物の群れが丁度彼に付き従う護衛かのように守りを固めている。

 礼一達はルチン族に気付かれないように松明の光の外から船長の傍へと歩み寄る。

「ああ、戻りましたか。ちょっと面倒なことになっていましてね。話し合いで片が付くと良いのですが」

 船長が忍び寄る礼一達に気付く。

 それにしても先程まで命がけで戦っていた魔物がこちら側についているというのは妙な感覚だ。尤も六人だけでルチン族と事を構えるより大分頼もしいことは確かであるが。

 暫くするとルチン族の集団がざわめいて左右に割れ、長老が進み出でる。

「こんな夜中に騒がしくしているのは誰かと思えばあんた達かい。その魔物はどうしたんだい?そう武器を抜いて構えられては物騒で敵わないよ。収めてくれやしないかねぇ」

 長老は舐めるようにこちらの様子を探る。

「どうもお騒がせしてすみません。挨拶が遅れましたが船長のホアンと申します。これ以上喧しくするのは忍びないですし、直ぐに船の方に帰らせて頂きますよ」

 船長は言葉を選ぶようにゆっくり返答する。

「そうかい、そうかい。魔物はこちらで片付けて置くから急ぎなら早くお帰り」

 不思議なことに長老は此方から魔道具を渡していないのに言葉を理解し、返事をする。

「いえいえ。こんなもの放置して帰るのは申し訳ないですし、こちらで連れ帰らせて頂きますよ。それとも何か不都合でもありましたか?」

 互いの腹の中を見透かそうとするように船長と長老の視線がぶつかる。見守る礼一達の手にも薄っすらと汗が滲む。

「島のものを勝手に連れて帰られちゃ困るねぇ。島の中で自由に動いて良いとは言ったけど何でもかんでも持っていくだなんて些か図々しくはないかい?」

「それはそれは。まるっきりの善意だったのですが申し訳ない。ただこちらとしてもこれは必要なものなんですよ。それに自分で捕まえたものを持って帰るのは正当な報酬だとは思いますがね。私達もこれ以上余計なことはしたくはないですし、あなた方に無用な手間を掛けるのも心苦しい。このまま帰して頂けるのがお互いにとって一番だと思うのですが?」

 表面上は穏やかに会話していた二人だが、船長の最後の一言で両陣営に緊張が走る。お互いに武器を持った大人である。ぶつかれば双方ただでは済むまい。

「そういえば先程森で大きな魔物に出くわしたのですが、あんなのをいつも仕留めているなんて大変ですね」

 唐突に船長が話の脈絡と関係のない内容を口にする。途端に小人達がガヤガヤと騒ぎ始め、長老も少し目を見開き顔色を変える。

「大きな魔物というのはあんた達を縦に二つ並べたぐらいの大きさの奴かい?そいつをどうしたんだい?」

 何故だか長老が前のめりになって船長を問い詰める。

「いえ、一体だけでしたので、何とか倒しまたよ。そう言えばあの魔物の死体はその場に置いてきてしまいました。お手を煩わせるようで恐縮ですが後始末をお願いしてもよろしいですか?」

 船長の言葉を聞き、長老は一瞬目を伏せ溜息を吐く。

「有難いことだね。丁度あれには困っていたんだよ。そうかい。そういうことなら片付けはこちらでやっておくよ。ほれ急いでいるならさっさとお帰り。引き留めて悪かったね」

 まるでお手上げだとでも言う様に急に態度を変え、長老は追い払うように此方に手を振る。

「それでは失礼します。また何時か」

 船長がそう言ったのを最後に小人達は自分達の集落に向かって引き上げていく。あまりに呆気ない幕切れに驚きながらも礼一達は小人達を見送り、出発の為に計十五体の魔物の手足を夫々縛り、舟の舷に括り付けていく。

 作業後の舟は趣味の悪い装飾品を取り付けたようになっている。果たして浮力は保つのだろうか。用意は出来たのに動かない源実朝的展開にはなって欲しくない。

 パントレが舟の重さに眉をしかめながら、海に向かって目一杯押し出す。

「それでは帰りましょうか」

 波間に浮かんだ舟の上に船長がひらりと飛び乗り、それに続いて皆も船に乗り込む。

「うげッ」

 見れば縛り付けられた魔物が白目をむいて顔を半分水に浸け溺れかけている。礼一は一刻も早く舟から降りようと必死になってしゃかりき櫂を動かす。

「なぁ船長一体どういうことなんでぇ」

 暫く船を漕いでいると、パントレが徐に皆が疑問に思っていることを口にする。正直礼一達には船長と長老の間でどういうやり取りが交わされていたのかいまいち理解出来なかった。よくわからないが緊迫した雰囲気が漂い、その後に急に手のひらを返したかのように島から解放されたのだから何が何やらさっぱりである。

「まぁ事実は小説より奇なりと言いますが、今回の一件は当にその通りですね。簡単に言ってしまえばあそこの島民は島の中に旅人を招き入れ魔物の餌にしていたのですよ」

 船長は何でもないことのようにそう答える。だがそれを聞いた礼一達はびっくり仰天である。間接的とは言えカニバリズムが行われているなんて思いもしなかった。

「おい。それじゃあ奴らが寛容だとかいう噂も、」

 パントレがハッと気付いたような顔で何か言いかける。

「その通りです。これまで聞き知った情報ではルチン族が多少の条件はあれど彼らの島に人を受け入れてくれることを以って彼らを寛容としていましたが、どうやら全く違う意図があったようですね。まぁ本人達も一名を除いて自覚がなかったようですが」

 人を死に追いやり、更には自分達の糧とした上で自覚がありませんとは恐れ入る。礼一は憤りを通り越して呆れてしまう。散々妙な世界に迷い込んだと思っていたが今回の件の異常さはこれまでの中でも群を抜く。

 それと同時に自分達が島で一夜を生き抜いた際にはむしろ丁重にすら扱われた事に疑問を感じる。あれは何だったのだろうか。

「間違いなくあの長老は明確な意思を持って島を訪れた旅人を死に追いやっていたのでしょう。考えてもみてください。彼らには魔物を誘き寄せる取って置きの液体があるんですよ。魔物が旅人を襲うように仕向けるのは簡単なことだった筈です。加えてその壺が置かれているのが長老の家とくれば自分が犯人だと言っているようなものです」

 船長は猶も話を続ける。

「だがよう。おいら達みたいに生き残る奴もいるだろう。礼一達だってそうだぜ。流石に悪い噂の一つも漏れようってもんだろ」

 パントレが疑問を溢す。

「そこがネックなんですよ。船でパントレさんから聞きましたが彼らの掟の中には裁きを森に委ねるというものがあるそうですね。礼一君達もそれで森に放り込まれたと。私に言わせればその教えこそがこれまでの彼らの所業を成立させてきた最大の鍵ですよ。彼らの掟に従えば森で生き残った者は試練を通過したものとして丁重に扱われるのです。命からがら助かった者としてはどうですか?気前よく森に入れてくれただけでなく、瀕死のところを助けてもらえた、ルチン族の評判はうなぎ登りにしかならないんですよ」

 確かにそう考えると上手く出来た掟だ。だがエゲツない。あそこにいる長老以外の全員がその掟を頑なに信じていると言うのか。

「こちらが魔道具を渡していないのにあの長老やその周囲の人間がこちらと意思の疎通が取れていたのも妙な話です。おそらく彼らは我々に会う前から一定数の翻訳の魔道具を持っていたのでしょう。仕入れ元はこれまであの森で非業の死を遂げた船乗り達に違いありません。あの小さな島の森にユニークがいるだなんて誰も思わずに森の奥まで踏み込んでしまったのでしょう」

 船長の話を聞き、礼一達は何ともやりきれない気持ちになる。

 長老以外の島民は自分達の掟を正しいものと信じているのだろう。それに長老も一族を生き延びさせる為に致し方なくにこういった手段を取っているのかもしれない。

 また客観的な事実として存在するのは島に立ち入った余所者の船乗り達が魔物と戦って死亡したということだけである。そこに長老の思惑があったりにしろなかったにしろ彼らが死んだ原因は自らの力不足と情報を掴み損ねたことにある。言わば自業自得なのである。

 パントレ達の話を聞く限りこの世界には万国共通の法などないし、仮にあったとしてもこの島でそれが通じるとは考え難い。この島にあるのはせいぜい落ちているものの所有権は拾ったものに帰属するといった程度の慣習法ぐらいだろう。

 そもそもこの島は礼一達の島でもない。勝手に上陸して声高に私法を叫ぶなんて蛮行も良いところである。

「理屈はわからねぇでもないが、不憫でならねぇや」

 パントレがぼそりと呟く。

 礼一もその言葉には大きく頷く。少なくともこれまでに死んでいった船員達は哀れだ。それに礼一と洋も一歩間違えば彼らと同じようにこの島に骨を埋めていたのである。到底他人事とは思えない。

 大方人間皆自分なりのルールや規範、信念を持っているものである。それを他人に押し付けることは嫌煙されて然るべき行いだろうが、心の内で文句を垂れるぐらいなら罰は当たるまい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る