第39話  目的

「ここだぜ。ほら、ここらに死骸があったはずだ。ん?おかしいな。ねぇぞ」

 パントレが草むらを掻き分け、昼に仕留めた魔物の死体を探すが見つからない。

「持ち去られましたかね。まぁいいでしょう。ちゃっちゃと終わらせてしまいしょう。皆さんはなるべく下がって私から離れてください」

 ホアン船長はパントレから没収した壺の口を開けて中身を地面にぶちまけ、短杖を掲げる。

「さア、おいでませ」

 すぐに木々がざわめき、ただならぬ気配が周囲に満ちる。魔物達のキーキーと鳴く声がさざめくように森に溢れる。

 礼一達はというと、ルチン族の動きを警戒するぐらいしかやることがないので、正直手持無沙汰だ。

 船長一人を危険に晒すのもどうかとは思うが、あの船長である。どう考えても死ぬ姿を想像出来ない。

 森の中の賑わいは徐々に静まり、夜のしじまが辺りに満ちる。さっき迄の喧騒がまるで嘘のようだ。

 木の葉が擦れる以外音のしない世界で船長は短杖を一振りする。

 風切り音が森に木霊したと見る間に魔物達がゾンビのように木々の間から這い出す。彼らはまるで命令を待つ僕のように船長の前で額づき動きを止める。

「では帰りましょうか」

 船長がクルリと此方を振り返る。そうしてぶちまけた魔物寄せの液体にそそくさと土を押し被せた後、魔物を引き連れこちらに帰って来る。礼一は取り敢えず恙無く作業が終わったことに胸を撫で下ろす

 残りの面子と喜びを分かち合おうと後ろを振り向くと、何故かパントレ、ヴァス、コロナの三人が険しい表情をして森を睨みつけている。

「まだ終わらねぇぞ。おい、船長、先帰っててくれ。ヴァス、コロナいくぞ」

 彼らは船長率いる魔物軍団と入れ替わるように森の方へ歩を進める。もう十分仕事は終わったのにこの上何をしようというのだろうか。特段指示も出されず取り残された礼一と洋はズンズン進んでいく彼らの背を目で追うことしか出来ない。

 寸秒の後に森の奥から地響きが聞こえ、目の前に乱立する木々が倒しながら巨大な影が姿を現す。

「うげぇっ」

 悪夢再来。最恐出現。絶対に出会いたくない存在がそこにいた。

 あっ!やせいのバケモノパンダが とびだしてきた!

 礼一は迷わず にげる を選択し速攻で後退する。

 パントレ達は三人でバケモノパンダを取り囲み、攻撃を加える。どうやら前の〈海童〉のユニークとは異なり、パントレ一人でボコすことは出来ないようで三人がかりで挑みかかっている。

「野郎の右半身に攻撃をぶちこめっ」

 パントレが鋭く指令を下す。バケモノパンダは右腕を負傷しているようで僅かに動きが鈍い。そこへ三対一の新選組方式で攻め立てるのだから段々と均衡が崩れ、パントレ達の旗色が良くなり始める。

 ヴァスとコロナが魔物の攻撃を防ぎつつ斬り付け手数で圧倒する間に、パントレが隙を突いて短刀を魔物の急所に突き立てる。終いにはパントレが魔物の背に飛び乗り、各所の傷口に炎を纏った手刀を突っ込んだものだから魔物も堪ったものではない。地面を転げ回って彼を振り落とす。

 そんなことを繰り返している内に遂に魔物も力尽きたのか地面にその身を横たえ動かなくなる。

「手間取らせやがる。おし、帰るぞ。船長を待たせてんだからな」

 三人は即座に踵を返してその場を立ち去ろうとする。礼一達も慌ててその後ろを追おうと化け物に背を向けて歩き出した。

 グッ

 突如何者かに礼一は身体を締め上げられる。必死に首を動かし自らの身体を見下ろすと毛むくじゃらの手が見える。バケモノパンダが悪あがきで最後尾を歩く礼一を捕まえたのだ。パニックに陥り必死にもがいて逃れようとするも力不足でそれは叶わない。クソッたれ。またこの状況かよ。

 一巻の終わりを覚悟した礼一だが、怪物の手から力が抜け自由を取り戻す。尻餅着地を決めて身体をさすり異常がないか確認する。

「危ない」

 すぐ後ろから洋の声が聞こえる。見れば彼の背の向こうには化け物の巨体が倒れている。

「汚い」

 洋がそう言って片腕を横に払うと、ベチャッと何かの液体が地面に飛ぶ。礼一は恐る恐る立ち上がり彼の背中越しに魔物の様子を窺う。

 驚いたことにこちらに歯をむき出して息絶えた魔物の目の部分がぽっかりと暗い空洞になっている。ここ至ってようやく礼一は親友に助けられたことに気付く。どうも洋は魔物の目ん玉から腕を差し入れて脳を引っ掻き回したようだ。再度彼の腕を見れば先程の液体の正体が魔物の血であることがすぐわかった。

 急に生臭い血の臭いがむわっと鼻につく。

 と、突然洋が地面に顔を伏せ、地面に吐瀉物を吐き出す。彼は相当気持ちが悪かったようでそれから数分の間えづき続けていた。

 洋は決して戦闘狂になった訳ではなかったのだ。ただ生き残るために自分の中で踏ん切りを付けていたに過ぎなかったのだろう。今更ながらそのことに気が付き、礼一はそろそろ自分も逃げ回ってばかりいないで覚悟を決めて戦わなければと気持ちを改める。

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