第38話  秘事

 食堂に着くともう机の上に料理の皿が並べられ、皆食事を食べ始めている。

「おい早く食わねぇとなくなっちまうぞ」

 頬一杯に料理を詰め込んだパントレが怒鳴る。彼のことなので冗談ではなくほんとに喰い尽くしてしまいそうだ。急ぎ食卓に加わる。

 皿の中の料理は魚を極限までカラッカラッに炙ったような見慣れない見た目だ。

「ピオ、これは何ていう料理?」

 取り敢えずシェフに質問してみる。

「〈贄喰い〉だよー。炙ってんのー」

 数日前に礼一と洋を喰おうとしていた魚が無惨に斬られ炙られ皿に盛り付けられている。惨めだ。立場というのは無常に変わりゆくものである。この調子でいけば新世界の神になれると礼一は勇みいり、〈贄喰い〉を口に放り込む。

 予想通りというか、予想以上に歯ごたえが凄い。嚙み切ろうと力を入れても歯が押し返される。何だか食べ難い食べ物である。その一方で噛めば噛む程旨味が溢れ出す。どうやら身と皮の間辺りから味が浸み出している。顎の筋肉を犠牲にしても良いと思える程に美味である。

 料理はもう一皿、葉野菜と島から持ってきた黒い果実の和え物が出されていた。これはちょっと礼一の苦手な部類の食べ物であった。そもそも料理にがっつりフルーツが使われていることに違和感を感じる。礼一の実家ではカレーピラフにレーズンは入っていなかったし、酢豚にパイナップルも入っていなかった。基本こういった料理自体に馴染みがない。

 美味しくないことはない。ただちょっと苦手なのだ。人間ある程度は育った環境に基底されるものである。礼一の場合はフルーツを料理に使わない環境にいた為自然それが常識として染み付いているのだ。

 とまれかくまれ食事を済ませて甲板に出ると、魔物の解体を終えたホアン船長が何やら頻りにメモを書き込んでいる。

「よう。船長。これからどうするんだい」

 パントレが声を掛けると船長は顔を上げる。

「今夜魔物を集めに向かいましょう。あちらの長老には島で何をするかは伝えていませんし、伝えてもどう言われるかわかりません。なるべく目立たぬようにさっさと用事を済ませて、朝一番にここを発ってしまうのが良いかと思います。今回は私も島に行きますので代わりにフランさんがピオさんと一緒に船に残って留守番をお願いします」

 礼一としては出来れば自分が船に留まりたい。あの島には上陸したくないのだ。どうせ船長達に同行しても戦力にならないので居残り部隊に志願しようと口を開きかける。

「礼一君と洋君は色々と経験を積むために私達と一緒に来て下さい」

 不幸にも直後に船長によってその口は閉ざされる。

「ぎゃははは、残念だったな」

 あからさまに肩を落とす礼一を見てパントレが爆笑する。地獄に落ちろ。

 傍らでは洋が拳を閉じたり開いたりしている。島に出かけることを嫌がるどころかむしろやる気十分といった感じだ。

 どうも彼は先日〈海童〉の群れとの戦闘を経験して以来様子がおかしい。先程の島での魔物襲撃に際しても驚くほど冷静に振る舞い、魔物の攻撃をかわしていた。早くもバトルジャンキーの道へ足を踏み入れようとしている。

「パントレさんとこれから打ち合わせをして作戦を決めます。皆さんは夕方、日が沈む直前に甲板に集合してください。では解散」

 ホアン船長はパントレを伴って船長室へと向かうために階段を下りていく。後に残された礼一達は各々これといった予定も考えておらず互いに顔を見合わせる。

 結局皆で少し早いが夕食の食材を獲ったり、船内の掃除をしたりとただの船乗りとして仕事をこなすことになる。急な休みが取れても仕事をしてしまうのはワーカーホリックの日本人だけかと思っていたが、そうでもないようである。やらなければならないことなど探せば探す程出て来るので、瞬く間に時は過ぎ夕方となる。

 茜色の甲板に四つの影法師が伸びる。

「それでは作戦を伝えます。どうやらパントレさんが余計なことをしてくれたようで魔物を集める手段については困らないようですね」

 ホアン船長が腕を組んでパントレを見下ろす。

「悪かったぜ。勘弁してくれよ」

 パントレは皆の前で小さく縮こまっている。ざまぁない。

「ま、そういうことですので件の液体を使って魔物を誘き寄せることにします。そこから先は私に任せて下さい。生きたまま連れ帰ることが大事なので皆さんは魔物と戦わずに周囲を警戒してください。ルチン族がどういう反応をするかもわかりませんから」

 どうやら今回は戦う必要がないらしい。小人達を警戒するだけで良いならお安い御用である。

「魔物は浜辺で拘束して船に連れ帰ります。下手な騒ぎになるのは嫌なのでなるべく作業は静かに手早くお願いします」

 船長はルチン族が此方の動きを見て何かしないか心配なようだ。些か気にし過ぎではないだろうか。

 島民にとっても邪魔な魔物を連れて行くのだ。感謝されることこそあっても非難されることなど有り得まい。

 一通り作戦を伝えると、船長は皆に魔物をどうやって縛るか手解きを始める。

 マネキンがいないので、パントレが魔物役をやらされている。勝手なことをした罰らしい。ふん縛られて地面でモゾモゾしながら呻く彼を見て、ヴァスとコロナがゲラゲラ笑う。

「覚えてろー」

 三下の悪役のような台詞が足元から聞こえる。

 一通り船長から教示を受けた後、皆で舟に乗り込み浜辺に向かって漕ぎ出す。

「真っ暗で何も見えねぇな。明かりはねぇのか」 

 縄で縛られたままパントレがぼやく。彼は必死に顔だけ船縁から突き出して外の様子を窺っている。バランスの悪い体勢なので後ろから押したら落ちそうだ。

「おい、押すなよ。押すんじゃねぇぞ。頼むから押さないでくれ」

 何か嫌な予感がしたのかパントレが惨めに哀願する。だが三回言われちゃ敵わない。もう押してくれと言っているようなものである。どれ、落として進ぜよう。

 礼一は謎の使命感に駆られ、舟を漕ぎながらパントレを蹴り落そうとする。

「パントレさん大きな声で騒がないでください。ルチン族に気付かれます。それと同じ理由で明かりも点けられません」

 後ろからホアン船長の声が聞こえる。そういや船長も同乗していたんだった。余計な事をして大目玉を喰らうのは御免なので礼一は足を引っ込める。

「いいですか、今回の作戦では魔物どうこうより、ルチン族に気付かれないことの方が重要です。島に着いたらなるべく音も声も立てないようにしてください」

 悪いことをしている訳でもないのにコソコソしなければならないとは嫌なものだ。

 それに船長ともあろう人があんなゴクチビの小人に気を遣うなんてらしくない。

「何でぇ。気付かれても別に大した問題にゃならねぇだろ。あいつらそんなに強くないだろうしな。縄で縛られたおいら一人でも余裕で捌けるぜ。船長も気が小せぇ」

 先程注意を受けたからかパントレが小声でぼそぼそ愚痴る。少なくとも気を遣わなければならない原因の一つはあんたが壺をパクってきたことだからな。

「パントレさん五月蠅いですよ。ルチン族に気付かれないようにするのは、魔物がおそらく彼らの食料だからですよ。誰だって余所者に食い扶持を持っていかれたら怒るでしょう」

 うわっ。あの小人達魔物食ってたのかよ。道理で人を食ったような態度で不埒な真似をする訳だと礼一は勝手に納得する。某冒険友情活劇に出て来るバリアを張る実でも食べたのであろうか。

 それにしても何故島に一度も足を踏み入れていない船長がルチン族の食生活など推測できるのだろう。小人の様子についてなんて、知りもしないし、報告もしていないのに変なものだと礼一は首を捻る。

「皆さんが運んできてくれた魔物はガリガリに痩せていました。あれは島に魔物以外の動物がいないことの証左ですよ。大体魔物が島の中心に居座っていること自体おかしい。魔物は周囲に存在する他の動物を喰い尽くします。故に通常あの狭い島でルチン族と魔物が同時に存在することはありえません。本来どちらかが滅び、どちらかが生き残るしか道はないのです。あの島はどこかおかしい。まぁ既に大凡察しはついているのですがね。鍵は魔物が何処から食料を調達しているかでしょう」

 船長はそこまで考察してから、皆が自分を見ていることに気付いて口を閉じる。

「兎に角気付かれないようにしてください。何があるかわかりませんから」

 怖いよ。思わせぶりな発言で話を終わらせないでくれ。

 船長はその後真相を開示することはなく、兎に角気付かれないように静かにしろという注意を繰り返す。そうこうする内に舟は島に到着する。一行は揃ってそろそろと舟を下り、昼に行き着いた森の辺りへと向かう。

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