第37話  解体

 船に戻るとホアン船長が甲板で待っていた。手には先日戦闘の際に使っていた短杖を握っている。

「ご苦労様」

 船長は皆を労うとすぐさま魔物の傍に膝をつく。

「これが礼一君達が言っていた魔物ですか。大きさは標準的ですが、見たことのない種類です」

 船長はそう言いながら、杖の先を魔物の腹に当てて縦一文字にツーと線を引く。もう死んでいるからであろうか。切られた魔物の腹から血が噴き出してくることはない。魔物の腹を開くと、船長は徐に腕まくりをしてその中に手を突っ込む。

「ふん、ふむ。ああ、ありましたね」

 そう言って引き抜かれた手には血みどろの塊が握られている。

「思っていたより大きくない、と。これじゃあよく見えませんね」

 船長は手を前に出して現象を纏う。ぼたぼたと水が垂れ、血が洗い流されていく。

 綺麗になった船長の手に握られていたのは、キラキラと光る淡黄色で半透明の石であった。

「礼一君、洋君、これが魔石です。綺麗でしょう。そうだ。冒険者になろうというのですから一応説明しておきましょう。魔石は冒険者にとって討伐の証明であったり、直接売ることで金の種になるものです。収入源と言っても過言ではないでしょう。その質の良し悪しは主に大きさと色で決まります。この魔石を見てください。とても薄い色をしているでしょう。これは安物です。通常強い魔物であればある程魔石の色が濃くなり、値も吊り上がります」

 魔石を日の光に翳しながら船長は話す。礼一は個人的には色が薄い方が綺麗だと思いながら話を聞く。この場合宝石等ではなく、魔石の質を問うているため、綺麗かどうかは関係ないのだが。

「さてそれと大きさですね。残念ながらこの魔石だと大きさもそれほどありません。基本的に魔石の大きさは魔物の種類毎に一定で変わりません。ですからどれだけ強い個体であっても魔石の大きさは皆一緒です。唯一例外があるとすれば、ユニークです。ユニークは魔物の群れの中で稀に発生する大型個体ですが、同種の他の魔物と異なり非常に大きな魔石を持っています。ただ如何せんその姿を見ること自体滅多にありません。礼一君はこの短い期間で二回もユニークに遭遇する機会に恵まれたのですから幸運ですね」

 そんな幸運欲しくない。神様がいるなら返上したいぐらいである。

「以上が魔石についてですが、それを踏まえた上でこの魔物を評価するとすれば討伐する価値もないといったところでしょうか。魔石の色は薄く大きさも小さいですからね。それに放っておいてもさして脅威にもなりません。魔物にとって魔石とは魔力を蓄える重要な器官です。その色の濃淡や大きさの大小は即ち蓄えられる魔力量を表します。魔石の色と大きさからわかるようにこの魔物は蓄えられる魔力量が非常に少ない。つまりは弱いということです」

 何だか散々な評価である。死んだ後にこれほど酷評されるとは魔物自身も夢にも思わなかっただろう。

「あとはそれ以外の身体の構造だったりが分かればよいのですが。まぁ良いでしょう。ここからは私の個人的な趣味みたいなものなので皆さんは昼食を取りに行ってください。この後の予定は食べ終わった後にでも話しますよ。ああ私は良いですよ。もう食べましたから」

 個人的な趣味って何だよ。思わず礼一は心の中で突っ込みを入れる。魔物を腑分けすることが趣味とかあまりいい趣味してないぞ。かの愛称がスズキ目、ハゼ科の有名な動物研究家兼作家でさえも趣味は麻雀だったというのであるから、解剖が趣味だなんてのはよっぽどの変わり者である。

 むしろよくこんなグロいことをする前に飯を食べれるものだと礼一は半ば感嘆する。自分であれば、解剖する前に食べても後に食べても嘔吐すること請け合いだ。

 今はこちらの世界に来てから散々な経験をして感覚が多少バグったので平気だが、本来はこんな光景とてもじゃないが見てられない。

 小学校の時に猫のホルマリン漬けを見たが最後、残りの授業を全てボイコットしてトイレで吐きまくったことを思い出す。

 結論矢張りこの船長の感覚はイカれている。

「あ、一応仕事でもありますからね。しょうもない勘ぐりで私のことを引いた目で見るの止めてくださいね。折に触れてそんな扱いをされると私も心が傷ついてどんな暴挙に出るかわかりませんから。ね、礼一君」

 おう、ばれてっら。脂汗がツーと額を伝う。

「いやあ、そんな目で見てませんよ。いつもお仕事一生懸命やられてる姿に惚れ惚れしてるだけですって。流石船長。魔物の解剖までされるなんて仕事の幅が広すぎます。半端ないです」

 しどろもどろになりながら礼一は弁明する。

「これは船長の仕事じゃありませんよ。何言ってるんですか。船乗りが魔物の解剖するとか意味不明でしょう。この暑さで頭やられましたか?」

 船長が真顔でこちらを見ながら告げる。

 あんたさっき仕事とか言ってたよな。

「そういえば言ってませんでしたね。私船長の他にもギルドの方の仕事もしてるんですよ。今は丁度こうやって国外に出ることになったので、航路上に出没する魔物について調査してまとめているんです。国に戻ったら報告書を出さないといけないので大変ですよ」

 ん?前にどこかの誰かから聞いた話と違うような。船長はギルド辞めたんじゃなかったのか。

 礼一は情報の発信源を見る。当のパントレは明後日の方角を見ながら口笛を吹いている。どうやら彼の話はデマだったようだ。

「ギルドは調査とかもやってるんですか?」

「はい。そうですよ。本部にいた頃は各地を渡り歩いて魔物の情報をかき集めたものです。何しろ移動が大変でしてね。本部の仕事は魔物の情報を集めて支部に提供することなので一日たりとも休めないんですよ。魔物の情報なくしてギルドの運営は成り立ちませんからね」

 何とも大変な職場だったようだ。

「まぁ調査が目的なので強い魔物と戦うことは滅多になく、命は保障されていましたけどね」

 船長は魔物の死体を解剖しつつ、時折手を止めては傍らに広げた帳面に何やらゴチャゴチャと書き込んでいる。そうやって作業している姿の方が、普段船長室で見る姿よりよっぽどしっくりくるのだから不思議なものである。

「その、危ない研究の類はやってたりはしなかったんですか?違法なものとか?流石にそんなことしてませんよね?」

 パントレの情報が信用できないというのであれば、此方も大方デマだろう。いやデマであって欲しいと願いながら礼一は問いかける。

「  」

 一向に返事が返ってこないので船長の方を窺うと、何も言わずに黙って微笑んでいる。

 うえっ、マジか

「それでは俺はここら辺で失礼して。食堂に行って参ります」

 あまり深入りしないようにと礼一は急いで甲板を後にする。

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