第36話  回収

 急に辺りの雰囲気が一変する。上空で枝葉の擦れる音が聞こえ、何者かが動き回っているのがわかる。

 突如パントレが礼一の服の腰の辺りを掴んで後ろに引っ張る。突然のことで対応できず、礼一はよろめくように後ろに下がる。次の瞬間

 パンッ

 と先程礼一が立っていた場所に石礫が着弾する。

「気を付けろ。奴ら少々頭が回るらしい」

 パントレの注意を受け、皆何か飛んできても大丈夫なように樹上に意識を集中する。そうして銘銘で反撃に転じられるように、上から目を離さずに腰を屈め、片手で足元の地面をさらって小石を拾い上げる。

 それから寸刻お互いが相手の様子を窺い、じりじりと時が経過する。

 突如視界の端で何かが動いた気がし、礼一は咄嗟に地面に身を伏せる。頭上で風切り音が鳴り、次いで甲高い鳴き声と共にドサリと何かが地面に落ちる音がする。

「まだいるぞ。気を抜くな」

 礼一は慌てて身を起こす。どうやら今のはパントレ達の内の誰かが礫を投げて魔物を仕留めた音のようだ。残る魔物が何匹かはわからないが見逃さぬよう目をしっかりと見開く。

「いたッ」

 囁くようなフランの声が横合いから聞こえたかと思うと、礼一と洋を除く全員が一斉に礫を投げる。礫は無事目標に命中したらしく、森に魔物の悲鳴が響き渡り木から影が落ちて来る。

「ふう。これで全部だな」

 パントレはそう言いながら先程足元に垂らしたルチン族秘伝の魔物ホイホイに念入りに土を被せ、匂いが広がらないようにする。それを見て皆ようやく構えを解く。一気に緊張が緩み、ホッと安堵する。

 落ち着いたところで、先程魔物が落ちたと思わしき場所の確認に向かう。捜索を開始してすぐに生い茂った草の中に死骸らしきものが折り重なって倒れているのを発見する。

 草を掻き分けるとその姿が露になる。鋭い爪や牙といった特徴は以前目にしたバケモノパンダと一緒である。一方で全体的な身体の造作は異なり、四肢が長く猿の手足を見ているようだ。

 この身体あってこそあの超速の投擲が行えたのであろう。肩甲骨の位置がやや下にあることから骨格としては人間のそれに近いようだ。一説では人間は樹上での生活を捨てたことで肩甲骨の位置が下がり、上手投げが可能になったらしい。そのことを考えれば、この魔物も普段は地上で生活しているのかもしれない。

 礼一が取り留めのないことを考えている間にも、パントレ達は死体を物色している。どうやら持ち帰る死体を選んでいるらしい。

「こっちは見事に頭が潰れてんなぁ。これじゃわかりにくくていけねぇ。こっちも駄目だ。損傷が酷すぎる」

 出来るだけ状態の良いものを持って帰りたいようで、彼らは暫しの間仕留めた計五体の死体を見比べながら、ああでもないこうでもないと言い合いをしていた。

 最終的に外傷が少なく首の骨が折れている死体が選ばれた。厳正なる審査を突破し、栄光ある一位を獲得した一体は両足を掴まれてパントレに引き摺られていく。あまりに可哀そうな光景でユダス・マカベウスも流せない。

「おい、さっさと帰るぞ」

 パントレはそう言って舟の方向へ死体を引き摺って走り出す。折角選んだ綺麗な死体は彼が一歩踏み出す毎に見る間に損壊していく。さっきまでの作業の意味を問い返したくなる。

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