第35話  悪人

 見覚えのある洞窟が見える。

 現在礼一達はルチン族の島のパンダモドキと遭遇した地点へと向かっている。

 長老から島の中を自由に動き回る許可は得たものの、それ以上島のことや魔物について教えて貰うことは出来なかった、そのため一から自分達で魔物を探そうということになったのだ。

「うぜぇな」

 木陰から礼一達の様子をチラチラと窺うルチン族に対して、パントレが文句を言う。行動を逐一見張られるなんて良い気がしないのは確かである。

「丁度この洞窟にこもってたんですよ。引きずり出されてた時はもう終わりかと思いました」

 礼一はパンダモドキに襲われた時の状況をパントレ達に説明する。彼らは礼一の説明を聞きながら洞窟の中を覗いたり、地面に何か痕跡が残っていないか確認したりしている。

「ふーむ。壁の傷の大きさと付いている位置から考えると言う通りの大きさはありそうだね。」

 フランが所見を述べる。

「よっこらせ。こっちは案の定何もわかんねぇな」

 地面にへばりついて何か痕跡はないかと探していたパントレが起き上がる。彼の方は収穫なしである。仕方あるまい。あれから大分日数が経っているのだから、残っている方が奇跡だろう。

「情報が少ねぇ。魔物を探しに森に入った方が手っ取り早ぇかもな」

 パントレは何の気もなしにそういうが、礼一はその言葉を聞いて焦る。

「それって今からですか。一旦船に戻って準備した方が良くないですか?」

 森の中にどれだけ沢山の化け物がいるのかわからない。正直もう一度パンダモドキに出くわすのは勘弁願いたい。礼一は出来る限りパントレを引き留めようとする。

「いや用意は船に乗る前に済ませてきたじゃねぇか。おいらは準備万端だぜ。腹減ってんだ。さっさと魔物を捕まえて船で飯が食いてぇ」

 礼一の言う準備は主に心の準備のことだったのだが、そのニュアンスがパントレに伝わる訳もなく一行は森の奥深くへと踏み込んでいく。

 森の中はジメっとして暗く、鬱蒼と生い茂る木々のせいでまったく前が見えない。

「よっ、よっ、よっと」

 フラン達が幅広の薄い刃物を振り回し、目の前に立ちふさがる枝や下草を刈り払いながら進む。

「全然進まねぇな」

 子分達が頑張って道を開いてくれているというのにこの男は。

 パントレは先程からちっとも進まないことにイライラした様子で地面を蹴りつけている。まるで子供だ。

「さくっと探せる良い手はねぇのかよ。あの長老何も情報を吐かなかったな。けち臭ぇ。おい、あんたさん達が襲われた時何か特別なことしてたか?」

「額に変なの塗られてたぐらいですよ」

 そうパントレの質問に答えて礼一ははたと気付く。

「そういえばあの長老、俺たちの額に塗りつけた液に魔物を誘き寄せる作用があるとか言ってましたね。パントレさんはそういった類のもの知りませんか?」 

 少量額に塗っただけで匂いを嗅ぎつけて魔物が襲ってくるのだから、相当効果のある液には違いない。

「そうか。ふむ。ちょっと待ってろよ。あのジジイの所に行ってくる」

 良いことを思い付いたとばかりにポンと手を打ち、パントレが小人の集落の方に歩いていく。見ればさっきまでイライラしていたのが嘘のように、晴れ晴れとした笑みが彼の顔に張り付いている。

「何しに行くんですか?」

「まぁ待ってろって。名案が降って湧いたんだ。戻ってきた時にはいい夢見せてやんぜ」

 パントレはあからさまに悪いことしか起こらなそうな台詞を言い捨てて去って行ってしまう。あんたの頭が沸いてるよ。寝言は寝てから言ってくれ。

「余計なことしそうだね」

 フランが呟く。そこまでわかってるなら止めようよと礼一は思うが、フラン達はどうやら違うようである。

「どうせまた船長に怒られるようなことだろ。流石は俺たちの大将だぜ。後悔のない人生を送ってら」

 ヴァスがそう言うと三人でゲラゲラ笑っている。やっぱこの人達頭のネジがどこか外れているんじゃなかろうか。それに言うとしたら後悔がない人生ではなくて反省のない人生だ。

 残された礼一達は先に進む訳にもいかないので、その場に座り込んで休憩する。

 暫くくっちゃべっているとパントレが上機嫌で戻って来る。

「上手くいったぜ。やっぱおいらは天才だな」

 彼はへらへら笑いながら、皆の前にどかっと腰を下ろす。

「何やらかしてきたんですか?」

 礼一は若干の諦めと共にパントレに尋ねる。

「こいつを拝借してきたのさ」

 彼はそう言って懐から何かを取り出す。それ見た瞬間、礼一の脳裏に数日前の記憶が蘇る。

「こいつのことだろ。長老を煽てて良い感じに酔っぱらわせたら簡単に渡してくれたぜ」

 そう言いながらパントレは件の壺を天高く掲げる。それは本当に渡してくれたと言うのだろうか。後で絶対問題になりそうだ。洋を含めた全員の視線が明らかに彼を疑う色で染まっている。

「おい、折角取って来たんだから褒めろよ。まぁいいぜ。これで魔物が寄って来るだろ。うし、ちょろちょろっと」

 パントレが何の前触れもなく、地面に壺の中身を垂らす。黒い粘性の高い液体が地面にボトリと落ちる。

「何やってんですか。魔物が寄って来るじゃないですか?」

「だからやってんだろ。馬鹿なのか」

 今回の場合魔物を殺して持ち帰ることが目的なので、パントレのやっていることは目的に即している。

 しかし礼一にとって魔物がワラワラやって来る状況なんてものは平にご容赦願いたいところである。

「ぼさっとしてないで構えろよ。あんたさん達の話が本当ならもう少しで魔物が来るはずだからな」

 こうなってしまっては逃げ帰る訳にもいかず、礼一も皆に倣って渋々武器を構える。

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