第34話  嫌悪

「お帰りなさい。どうでしたか?」

 船長室にてホアン船長に交渉の結果を報告をする。

「万事上手く運んだぜ。島の中での行動も認めて貰えたしな」

「それは良かったです。これでようやく今後の動きを決められます。ところで礼一君と洋君に尋ねたいことがあるのですが、君達が島で遭遇した魔物は一体だけですか?」

 安堵した表情を見せた後、船長が急に此方に話を振る。

「はあ、一体だけですね。あいつが魔物かよくわからないですけど」

 未だにあのバケモノパンダがどういった存在なのか礼一にはわからない。船長は魔物だと言うが、先の〈海童〉を見るに魔物とはそこ迄大きいものでもなさそうだ。

「おそらくですが、礼一君達が遭遇したのはユニークでしょうし、あの島にいる魔物の標準サイズはもっと小さいかと思います。さてどうしますかね。パントレさん、島に行って魔物を一体狩ってきて貰うことは可能ですか?」

 船長がパントレに問う。

「おう。お安い御用だぜ。それで何をしようって言うんだい」

「いえ、島に着く迄に考えていたことなのですが、わざわざ魔物と戦うのも馬鹿らしく思えましてね。魔物同士だと争わないんですからいっそ利用してしまおうかなと」

 船長はそう言って詳しい説明を始める。話を聞いた当初礼一は船長の頭がおかしくなったのだと思った。勿論懇切丁寧な説明のお陰でやらんとしていることは概ね理解出来た。ただそんなこと出来るのかと疑問に感じたし、そもそもそんなことを思い付く船長にドン引きした。あのパントレでさえ、少々躊躇う素振りを見せているのだから相当である。

 船長の計画では、この島の魔物を大量に捕獲して船の周りに生きたまま縛りつけ、〈海童〉の目を騙くらかそうということらしかった。いくら魔物とは言え、同じ命ある存在にそんな酷い仕打ちするなんてとてもじゃないが想像出来ない。船長は〈海童〉の領域を抜ければ戒めを解くと言っているが、それまでに照り付ける日差しと空腹で大半が地獄のような苦しみの中息絶えるだろう。それに解放すると言ったってどうせ海の上である。陸上の魔物が生きていける訳がない。この世界に地獄があるかはわからないが、あればきっと閻魔様の台帳にその罪業が記されること間違い無しである。礼一は恐る恐る船長に人道的観点からその作戦の中止を進言する。

「私にとっては今更ですよ」

 船長は乾いた声で笑って一蹴する。一体どういう経験をしてきたらこう言う人が出来上がるのだろう。

 その後パントレや他の船員も多少苦言を呈したものの、対案が出ることもなく結局船長の指示通りに動くこととなる。

 沈黙した空気が異常に重い。島に向かうために舟に乗り込んだ一行だが、全員苦虫を嚙み潰したような顔をしている。皆船長の案には多少なりとも嫌悪感を抱いたのは事実だ。しかし同時に船長がそのような案を採用したのは、自分達の力不足によるものであることは各々痛いほどにわかっていたのである。

「まぁあれだな。おいらは正々堂々とやり合うのが好きだが今回はしょうがねぇ。船長だって元いた環境がそういう場所だったのかも知れないしな。ああいう発想は普通なのかもな」

 パントレが気まずい雰囲気を取っ払うようにやけに大きな声で話す。

「あの人元々何処にいたんですか?」

 丁度気になっていたことである。

「ああ、フダの国のギルド本部だ。おいら達冒険者は基本自分の拠点とする都市のギルド支部に籍を置いているんだが、船長は国の中心にあるギルドの中枢にいたって訳よ」

「ん?冒険者だったんですか?」

 確かにホアン船長がパントレ達と壁を作らずに気安く接していることを考えれば、冒険者だったとしても不思議はない。

「いや違ぇ。ギルドの職員の方さ。ただ支部にいる職員は冒険者の管理と依頼の管理をやってるのを見るが、本部の方はよくわからねぇ。表向きは何でも魔物について調査や研究やらをやってるって話だが。かなりえげつないことをしてるとかいう噂もあるな」

「本部では支部のような仕事はしないんですか?」

「言ったろ。本部は国の中心部にあるんだぜ。魔物なんぞ来る訳ねぇ。魔物が棲んでるのは辺境か僻地だぜ。おいら達冒険者が辺境の掃除人なんて言われるのも、人も碌に住まないド田舎で武器を振り回す野蛮人って意味だからな。都会の人混みの中で頭振り回してるような奴にとっちゃ、おいら達は魔物と一緒に映るらしいぜ」

 パントレの説明はいまいち要領を得ない。一体本部は何を行うところで船長は何をしていたのだろうか。

「これ以上はおいらも知らねぇから説明出来ねぇぞ。大体本部には支部を統括する役目もあるんだが、結構放任主義でな。支部の運営は支部長に任せっきりで、口出ししてくる事なんて滅多にないらしい。関わり合い自体ねぇんだから本部が何やってるかなんて殆ど誰にもわからねぇし、おいらなんぞが知る訳もねぇ。大体今喋ったギルドの話も、うちの汚ねぇハゲ頭の支部長から聞いたことの受け売りだしな」

 恐らくこういった話は一部のお偉方しか知らないのだろう。いくらパントレが名のある冒険者といっても、ギルドに所属して日銭稼ぎをしている身の上に変わりはない。ギルドの裏事情に明るくないのも当然である。

 あと支部長ハゲてるんだ。ドンマイ。

「まぁ、兎に角だ。船長がこれまでに相当危ねぇ仕事をしてきたのは確かだぜ。この前のアレはおっかねぇ。何処であんな物騒な技を身に付けたんだか」

 パントレはそう言うと、船長が甲板で行った殺戮ショーを思い出したのかブルっと身体を震わせる。

「船長自身は多少怖いとこはあるがいい人なんだがな。有難てぇことに」

 船長に対するフォローのつもりかパントレがボソリと呟く。

 確かに船長がこれ迄どれだけ後ろ暗いことに手を染めてきたかはわからないが、彼の人格は極めてまともなものである。多分。

 些か考え方に問題がありそうな人ではある。しかし少なくともこれまで礼一が見てきた彼は、乗組員や船のことを第一に考え、無私の心で実直に船長を務めあげていたことに違いはない。おそらく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る