第31話  離床

バンバンッバンバンッ

 信じられないぐらいに煩い音で目が覚める。

 ちょっとは気を遣えと思いながら音のする方を見ると、部屋の扉がガタガタ震えている。外で異常が起こっているのかと慌てて起き上がって扉を開ける。

「あー起きた起きた。飯を狩に行こう」

 部屋の前にはパントレの子分三人が勢揃いしていた。どうやら騒音の原因は彼らのようだ。一体どうやればあんなに煩くなるのかと苦情を言いたくなる。

 彼らの後ろで洋がぶすっくれているのを見るに、彼も同じように起こされたようだ。

「よし、じゃあ次は大将の番だな」

 三人の中では一番背の低いコロナがそう言うと、彼らは示し合わせたように足を上げ、パントレの部屋の扉をバカスカ蹴り始めた。そりゃあ煩くもなる。まったく迷惑千万な起こし方である。

「うっせーぞ。ふざけんな」

 部屋の戸が内側に引かれると共に、超絶不機嫌なパントレが顔を出す。

「大将、遅いよ、早く準備して下さいよ」

 子分達は反省する風もなく、パントレを急かす。実際どうも彼らには悪気などこれっぽっちもないようで、寧ろ起こしてやったぐらいの物言いである。

「早くしないと船長にどやされますよ。あの人あんなに飄々と振舞ってる癖に、飯の時間が遅いと地味に不機嫌になるですから」

 成る程。ホアン船長にどやされるぐらいなら煩くても良いから起こされた方がマシだ。礼一は心の中で納得する。パントレもそれを言われると、仕方ないとばかりにのそのそと部屋から出てくる。

「今どんぐらいだ?」

「もう日が沈む頃合いですよ。さっさと晩飯用の獲物を捕まえないと日が暮れちゃいますよ」

 パントレと子分の会話を聞いて、自分達が随分長いこと寝ていたことを知る。

 ただそうは言ってもまだまだ眠いし、疲れは取れていない。

 今回はどうやら船長の治療を受けていないからか寝ても全然体が軽くならない。早いとこ飯を済ませて眠りたいところである。

 甲板に上がって一昨日と同じ方法で鮫を仕留める。

 顔だけ見ればとてつもなく凶悪な面構えだが、これでどうして身は淡泊且つフワフワと来ているのから不思議である。

 甲板に横たわり夕日に照らされた鮫を見ていると、何だか自分が簡単に命を落とすことを示されているようで不安に襲われる。諸行無常は世の常と言っても今暫くは平穏に生きていたいものである。

 今回は銛の手入れは礼一と洋の二人に任された。多少は仕事を任せて貰えることに喜びを感じながら、結局銛の重さに大層難儀して仕事を終える。

 疲れ切って食堂に辿り着くと、どうやら皆とっくに作業を終えていたようで、椅子に座って談笑している。既にホアン船長も来ていて皆の話を面白そうに聞いている。

「おや、ご苦労様。もうちょっとで料理も出来上がるようですよ」

 船長にそう声をかけられたところで、礼一は大事なことを思い出す。

「そう言えば、昨日言ってた俺の現象のことって結局何だったんですか?」

 忘れない内にと、早速訊いてしまう。

「ああ、そのことですか。まだ多少時間もあることですし、説明しましょうか」

 そう言って船長は椅子に座り直して、礼一達の方へと身体を向ける。

「現象を纏うといっても、正確には完全に現象になっているかと言うとそうではないのです。魔力から現象に移り変わる中途半端な状態で体表に表れているに過ぎないのです。自分の魔力なので自分には悪影響はないですし、半分魔力なのですぐに大気中に散ってしまいます。勿論自分以外には悪影響があるんですけどね」

 これが船長が言っていた自身には害がないということかと礼一は納得する。

 しかしあまり人目に触れるところで使わないほうが良いというのはどういうことであろうか。パントレや彼の子分達が最初に出会った時からこちらのことを警戒することもなく、バンバン使っていたことを考えると聊か奇妙である。

「あまり人に見せない方が良いというのは何故ですか?手の内を晒さないようにとかそういうことですか?」

 礼一が尋ねるとホアン船長はどう返答するか悩むように眉間のしわを揉む。何か非常に微妙な類の問題のようである。

「何と言うか礼一君の纏うその現象は一般にあまり歓迎されないものなんですよ。それは端的に言ってしまうと毒の類なんです。それも猛毒の。そういったものにはどうしても後ろ暗い噂が付きまといますし、実際にそういった類の仕事についている人が多くいることも事実です。それは社会の中で無意識の内に虐げられるからなのか、本人の元々の気質によるものなのかどちらかはわかりません。ただ少なくとも周囲の人からはそういった目で見られることは確かでしょう」

 うっわ。いきなり人生ハードモードじゃないか。確かに受けが悪そうな能力だけどまさか差別されるだなんて思ってもみなかった。

「別に一事が万事そうという訳ではないんですけどね。礼一君とは違いますが、そういう能力を持った人で、それを隠して普通に生きている人も沢山います。現象に頼らなくとも生きていく術はいくらでもあります。ちょっと考えてみても良いかもしれません」

 ホアン船長の話を聞いて礼一はすっかり困ってしまった。正直なところ今の礼一にはパントレ達のように冒険者として生きていくぐらいしか選択肢が思い浮かばない。

 教国に着けばこの船の人々とも別れることになるだろう。

 ホアン船長は教国で自分の兄を連れ戻す必要があるらしく、現地でこの船の乗組員を解散するらしい。

 パントレ達であれば、冒険者として名が売れているのですぐに別の船に雇われることも可能だろうが、礼一達二人はそれも叶わない。

 そんな困難な状況に加えて獣人としての差別も付いて回る。この上更に難儀な条件が付くなんて勘弁して貰いたい。泣きっ面に蜂どころの騒ぎではない。

「ゆっくり考えればいい。付き合う」

 困り果てた礼一を見かねたのか洋が声を掛けてくれる。弱気の礼一はその言葉を頼りに頷くしかない。

「ほいよー」

 暗い雰囲気を吹き飛ばすようにピオが熱々の料理を机に置く。

 今日の晩飯は一様に蛹の様な生地に包まれている。中身はどうなっているのだろう。

 手に取った感じではクレープのような触感の薄い生地である。齧り付くとサクリと小気味良い音が口中に響く。それと同時にもったりとしたクリーミーなソースの味わいが広がる。どうも中には先程獲った鮫のフライが入っているらしい。

 あっという間に平らげて次のものに手を伸ばす。口に入れて少し驚く。てっきり先程と同じ中身かと思っていると今度はピリ辛のソースと刻んだ野菜が入れてある。これはこれで美味である。

 今度は何が出るかとお代わりすれば、次は酸味の強いドライフルーツを蜜で和えたものが入っている。程よい酸っぱさで口の中が引き締められる。

 結局この蛹のような料理の味はこの三種類で、色々と味の変化を楽しみながら食事を終える。

 気付けば先程まで深刻に悩んでいたことをすっかり頭の隅に押しやってしまっていた。

 心地よい満腹感でボケっとしている礼一を見て、ピオがフーッと鼻から息を噴き出してニコリと笑う。食べるだけで幸せになれるのだから料理というのは偉大である。

 最終的に礼一は楽天家の彼らしく、ケセラセラの精神で乗り切ろうと決める。

 わからないことに悩んで若き生を無駄に使うなんて勿体ない。兎に角目の前のことを取り組んでいけば良い。後はなるようになるのだから。そう決めると礼一は即効で自室に戻って全力で寝た。

 一連の流れを眺めていた洋は礼一らしいとでも言うように、少し笑って彼も彼で全力で寝るべく自室に戻る。

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