第32話  予定

 計一日分程寝たお陰であろうか。翌朝目が覚めると身体はすっかり調子を取り戻して元気が漲っている。 

 早速皆がいるであろう食堂に向かおうと、扉を引いて廊下に出る。

「よう。もうすっかりピンピンって顔だな」

 丁度向かいの部屋のパントレも同じタイミングで起きたようで、廊下を挟んで顔を突き合わし挨拶を交わす。

「寝てばっかりいると身体が鈍っちまう。そうだ。後で修行しようぜ」

 パントレは礼一が賛成する以外の未来を想像できないのか、そのまま返事も聞かずに食堂に向かって歩き出す。

 礼一も文句を言うタイミングを失い、後で断固拒否してやると心に誓って後を追う。

 食堂に入ると、ホアン船長が先に来ていて椅子に座っている。機嫌が悪い様子は見られないので、腹が空いて来た訳ではないようである。礼一は心の中で少し安心する。

「あれ船長こんな早くどうしたんだ?」

「パントレさんに礼一君おはよう。今日の昼頃にはルチン族の島に着くので、到着後の予定を決めようと思いましてね」

 ホアン船長は少しばかり眠そうな顔をして答える。見れば目の下にパンダのようにはっきりと隈がある。夜更かしでもしたのだろうか。

「もう着くのかい?やけに早いじゃねぇか」

 パントレの言う通り、島から魔物と激突したポイントまで行き着くにはもう少し日数が要った気がする。

「もう魔物の出る心配もないので夜通し船を走らせていたんですよ。いくら余裕があるとは言っても、どれぐらいで〈海童〉の群れを攻略出来るかわかりませんし、急ぐに越したことはありませんから」

 そりゃ隈も出来る訳である。船長という立場上全責任が彼の肩に掛かっていることはわかるが、無理はしないでもらいたい。

 とはいえ実際に損害が出れば謝って済むものではない。上に立つ者も大変である。

 礼一達が船長と話していると、皆丁度起きたのか次々と食堂にやって来る。さして間を置かずに全員が揃ったので船長が島に着いた後の予定を伝え始める。

「まずはルチン族の長老と交渉します。先の予定はその話し合いの結果次第ですが、取り敢えず今日は彼らの島の近くに停泊することになるでしょう。交渉はパントレさんに任せます。心付けとして多めに武器類を渡して、島の中を動き回る許可を得ておいて下さい。その他食用の果物とホゴの木の葉を要求して下さい。船には私一人が残っていれば十分なので、皆さんはパントレさんに付いて行って下さい。当座の予定としては以上です。後の話は交渉が終わって一度帰艦した後にしようかと思います。大丈夫ですか?」

 特に異論も出ず、船長の指示通りに動くことに決まる。

「では島に着くまでに準備を済ましておいて下さい。昼ご飯も島に着いてから考えるので狩りをする必要はありません。それでは」

 連絡が一通り済と船長はさっさと食堂を出て行ってしまう。

「おっし、用意するとすっか。全員おいらについて来い」

 パントレはそう言って、皆を引き連れて船倉に向かう。

 船倉に着いた後は皆で小人達が使う用の短い槍やら剣やらを担いで甲板に運ぶ。礼一と洋も多少皆の足を引っ張りながらも仕事をする。

 相次ぐ死闘により身体強化が大分上達しており、前回よりは楽に荷を運ぶことが出来た。

 甲板に着くと、パントレが一人階下に向かったと思うや小舟を下から引き揚げて運んでくる。

「よっこらせっと。おし、全員荷物をこの中にぶっこめ」

 ガシャガシャと喧しい音を立てて荷物が小舟に積み込まれる。後は島に着くのを待つばかりである。

 到着まで食堂でダラダラしようと礼一は階段に足を掛ける。

「おい、修行するって約束したじゃねぇか。早速やるぞ」

 どうもそうは問屋が卸さなかったようである。

「嫌ですよ。馬鹿みたいに無茶苦茶するじゃないですか。脳筋思考で勝負するのは懲り懲りです」

 振り返って拒否するために言葉を紡ぐ。

「何だと?」

 どうも気に障ったらしくパントレの顔が真っ赤になる。そうしてそのまま此方に突っ込んでくる。

「ちょっと待ってよ。話せばわかる」

 慌てて礼一は声を上げる。

「問答無用」

 どうやら礼一はどこぞの首相と同じ結末を辿るらしい。

 額を汗が伝い、胸が激しく波打つ。

「ったく、面倒臭ぇことしやがる。仲間に危ないもん向けるんじゃねぇよ」

 パントレの文句が頭上から降って来る。

 知るか。何にもなしであんたと修行するなんて自殺行為だ。

 今回礼一は遠慮なく最初から現象を纏っていた。

 加えて何故か巻き込まれた洋と協力して二対一で攻め立てたので、パントレも少々手こずったようである。

 何しろ礼一の現象は触るな危険の劇毒である。容易に手を出せば大けがするので面倒な上に、隙あらば洋が死角から捨て身の特攻をかけるので油断出来ない。卑怯上等。勝てばよかろうなのだ。

 洋の纏う現象は何かの鉱物の粉のようなものらしい。あくまでも体表に留まっているだけのものなので、拳が硬くなったりということはない。従って今回の勝負では彼の能力はそこまで役には立たなかった。

 むしろパントレにとっては死角から組み付かれて一瞬動きが止まることの方が何倍も面倒だったようである。

 とは言え、結局多少手間取った程度で軽く伸されてしまった。

 動く速さ自体が違うのだ。とてもじゃないが攻撃を当てるなんて出来ない。

 現時点では彼我の間にどれ程の実力の隔たりがあるのかすらわからない。

「先下行ってるぜ。お疲れさん」

 パントレの足音が遠ざかっていく。

 遂にここまで来てしまった。太陽が間もなく真上に到達しようとしている。そろそろ島に着く頃合いであろう。

 それにしても一体どうやったらあそこ迄強くなれるのだろう。一応身体強化も使えるようになったというのに、これ程まで差が出る理由は何であろうか。やはり踏んだ場数の差だろうか。

 疲れ切って動かない身体の代わりに頭の中でグルグルと思考が巡る。ただその割に大した解決策も出てこないのでそのうち礼一は考えるのをやめた。

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