第30話  洗濯

「夜明けだ」

 水浴びが終わり、すっぽんぽんのまま甲板の蓋に手を掛けたところで洋の呟きが聞こえる。

 地平線を見遣れば、遠く向こうの空が茜色に染まり始めている。雨は未だパラパラ降ってはいるが、素っ裸の上に水を浴びた直後なので気にはならない。

 太陽は礼一達の勝利を祝福するかのように、空一杯に紅の横断幕を広げて明るい顔を覗かせる。

 皆ちょっとばかし感傷的な気分になって目を細めながら暫しお天道様を眺める。それ程に綺麗な日の出であった。

「さてと、戻るか」

 パントレが気持ちを切り替えるようにそう言う。その瞬間に全裸の野郎が揃ってセンチメンタルに太陽を鑑賞していたことに気付き、礼一はゾッとする。

 こみ上げる吐き気をこらえながら、彼らの裸体を照らす太陽に背を向けて船の中に飛び込む。

 それにしても疲れた。さっさと休んでしまおう。そう思って自室に戻ろうとしたところで、礼一は自身の手に汚れた服が握られていることを思い出す。面倒だが仕方ない。洗ってしまわなければ。

 ドンッ

 という音が続けざまに背後で響く。

 振り向けばパントレ達が甲板から階下に飛び降りてきている。

「おいっ、勝手に先にいくんじゃねぇよ。これからピオの所でお湯を貰うんだからな」

 そう言って彼は食堂の方へのしのしと歩いて行く。

「おーい、ピオお湯をくれ」

 パントレが中に向かって呼びかけると、すぐに扉が開く。

「順番に持ってってー」

 死体の片付けには参加せず一足先に戻っていたピオが顔を覗かせて、夫々にお湯の張ったバケツと手渡してくれる。お湯は何だか白く濁った色をしている。

「よしっ、全員持ったな。じゃあ浴室にいくぜ。ピオあんがとよ」

 パントレがそう告げ、皆で浴室に向かう。早く寝たい。

 浴室に着いた後、皆夫々持ってきたお湯の中に汚れた服を浸す。

「何でこんなに濁ってるんですか?」

 白濁した湯を指して、礼一はパントレに尋ねる。

「こいつはサポンの実を煮たもんだ。これで洗うと汚れがよく落ちるんだぜ。もっとも身分の高い奴らはもっと上等な石鹸やらを使ってるそうだが、おいら達は冒険者だからな。こいつで十分間に合ってるし、分相応ってもんよ」

 何だかよくわからないがサポンの実とやらには石鹸のような効果があるみたいである。

 礼一も片手に持っていた服を湯に浸して揉み洗いをする。

 服は相当汚れていたようで、瞬く間にお湯がどす黒い色に染まる。汚いがバケツ一杯分しか湯を持ってきていないのでそのまま納得がいくまで徹底的に服を洗う。

 そうして汚れた湯を捨てて水を汲み、再度揉み洗いを行う。しっかり洗ったお陰かすっかり汚れは落ちた。

「いつもこうやって洗ってるんですか?」

出来れば毎日綺麗な服を着たいのでパントレに聞いておく。

「おう。まあおいら達は面倒臭いからよっぽど汚れない限り水洗いで済ませてるけどな。船長やピオなんかは毎日身体洗うのまでこのお湯でやってるらしいぜ。まったくよくやるよな」

 気が知れないといった様子でパントレは呟くが、礼一にとっては聞き逃せない情報である。

 どうやら最初に船のことを教えて貰う相手にとんだ外れくじを引いていたようである。正直ここ数日水で洗い流すだけでは汚れが落ちた気がせず、気持ちが悪かった。

 明日からは身体を洗う際には絶対ピオの所で湯を貰おうと礼一は心に決める。

 洗濯を終え、皆で食堂にバケツを返しに行き解散する。

 礼一は自室に辿り着くと、戸口に干されてすっかり乾いた服を手に取って部屋に入る。

 今洗濯したばかりの服は部屋の中に干す。先程戦闘に使った金属棒の長さが丁度良かったので、一つ拝借した。机に上に渡せば立派な物干しの出来上がりである。出っ張った両端にズボンと上着、パンツを掛けるだけでよい。

「ふー、疲れた。眠い」

 礼一は誰に言うとでもなくそう呟きながら、服を着てベッドにダイブする。

 今日の予定をどうするかは聞かされていないが、もう魔物も襲って来ないはずなのでゆっくり休めるだろう。意地を張らずにさっさと撤退を決めてくれた船長の大英断に感謝である。

 この後船は一路小人共の島に向かうであろう。欠片程のいい思い出もない地だが、体勢を立て直すためには行かざるをえまい。

 出来れば補給を済ませ次第とっとと離れてしまいたいし、叶うならば島に上陸せずに船の中で待っていたい。

 荷物の積み下ろしやらがある都合上、それが許される願いではないことを理解しつつも礼一は僅かな可能性を夢見る。

 魔物との戦闘を何度か経験した今でも、島の奥に棲むパンダモドキには勝てる気がしない。

 それにあの化け物の脅威を退けていることを考えれば、小人達も相当に強いのであろう。とてもじゃないが、ここ数日の付け焼き刃で勝てる相手ではない。

 一旦彼らが礼一達のことを捕えようとすれば、成す術がないのである。平穏無事に事が運ぶことを祈りながら礼一は目を閉じる。これまでの経験上そんな都合の良い展開が訪れることはまずないのだが。

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