第20話  険悪

 銛の整備作業は思っていたよりやりづらい。長物な上に重いので、片手で持って片手で擦るなんてことは出来ないし、使う前からそこまで綺麗な状態ではなかったのでどれだけ洗浄を続ければ良いのかよくわからない。

「大体で良いよ。まだ替えは沢山あるからね。もう大丈夫だし、そこのぼろ布で水気を拭き取っちゃって」

 フランにそう言われたので、二人は洗うのを終いにして、銛を拭いていく。

「拭けたら銛を両手で水平に持って、先端と尾っぽの位置を見比べて曲がったりしてないか確認してね」

 フランは銛を片手で持ち上げ、片眼をつぶって銛をためつすがめつ観察している。二人も真似して確認しようとするのだが、そもそも碌に身体強化が出来ず、力もさして強くない二人にそんな芸当は中々出来ない。水平に銛を持ち上げている内に、腕がプルプル震え出したと思えば、もう銛のずれを観察するどころではなくなる。結局片方が銛を持ち、もう片方が素早く曲がっていないかを確認するという協力プレーで何とか乗り切った。

 有難いことに、フランは早々に自分の作業を済ました後も、手こずる二人を何も言わずに見守ってくれていた。

「お待たせしました」

「大丈夫だよ、それじゃこれを倉庫に運んじゃおう」

 銛を運び込む作業も中々に難航した。

 肩にめり込む銛の重さに礼一は眉根を寄せる。なにしろ銛といってもほぼほぼ金属の棒であり、それを礼一と洋で二本づつ持っているのであるから結構な負担である。

八本ある内の半分を軽々と担ぎ上げているフランを見て、船乗りの仕事をやっていけるのか二人は不安になる。

「さてと、こっちはこれで終わりだね。もうじき甲板の作業も終わるだろうから食堂に行って待っとこうか」

 倉庫に銛を運び終わり、礼一と洋はヒリヒリと痛む肩をさすりながらフランの後についていく。

 食堂の扉の前に着くと、丁度ピオが階段の方からこちらにやってくるのが見える。

 彼は片手に抜き身の包丁を引っ提げてニコニコ笑いながらこちらに歩いて来る。いやお仕事してたのはわかるけど、怖いからやめなさいよ。

「はー、終わったー」

 ピオは片方の手で包丁を持っている方の手の凝りを解すかのように揉んでいる。

 鮫の皮は切り難いと聞いたことはあったが、やはり捌くのに苦労したのだろうか。

 四人で食堂に入る。ピオは準備の為か厨房に引っ込んでしまう。

 残りの三人は一仕事終えた倦怠感で脱力して椅子に座る。特に礼一と洋は鮫を捕獲するなんて体験自体が初めてであり、その衝撃を処理できずにボケっとしてしまっていた。

「おや、もう獲物が取れたのですか」

 出会いは突然に。あれだけ会うのが気まずかったホアン船長がヒョコっと顔を出す。

「あー、こんにちわ」 

 昨日の今日なので、正直話すのが躊躇われ、礼一は挨拶もそこそこにホアン船長を視界の外に追いやってしまう。

「礼一君昨日は大丈夫でしたか?体調に異常はないですか?」

 こちらが気まずく思っていること等まるで知る由もないかのように、ホアン船長が顔を近づけて喋りかけてくる。

 礼一が返事も出来ずに戸惑っていると、怖い顔をした洋が、船長と礼一の間に割って入る。

 ホアン船長も二人から不信な目を向けられているとわかり、苦笑いをして座ってしまう。場には険悪な雰囲気が立ち込める。

「ちょっとどうしたの?何でそんな変な感じになってるの?」

 フランが横合いから声を掛けるが誰も返事をしない。

 気まずい時間が続くこと数分、どたどたと廊下から足音が聞こえてきたと思うとパントレ達が食堂に飛び込んでくる。

「ふー、やっと終わったぜ。手こずらしてくれたもんだぜ」

 パントレ達は解体した鮫の入っているであろうたらいを持って、厨房の中に行きピオに対して何やら話し掛ける。ピオに煩いとばかりに速攻厨房から投げ出されたところを見ると、またしょうもないダル絡みをしたのだろう。

「ったく。いつも通り容赦ねぇな。ん?あんたさん達そんな怖い顔してどうしたんだ?」

 パントレが食堂の重苦しい空気に気付き、声を掛ける。

「何とかしてくださいよ。大将。この人たち出会い頭に急に変な雰囲気になったと思ったら、そこからうんともすんとも言ってくれないんですよ」

 フランがパントレに向かって泣き言を言う。

「ああ、どうせ昨日の洗脳云々のことで微妙な感じなってんだろ。あのなぁ、言ったろ。船長だってお前ぇらの為を思ってやってんだぞ。説明が足りなかったのは悪かったと思うがな」

 パントレが此方に向かって言う。しかしどうやら洋はどうやらその言葉に納得していないようで、疑わし気な顔でパントレを見つめる。

「だぁー。もうしょうがねぇな。じゃあ飯食った後、甲板で船長と勝負してみろや。お前ぇらの考えが如何に甘いかわかるからよ」

 投げやりにそう言うとパントレはもうこれ以上は何も言わないとばかりに、椅子の上にふんぞり返ってしまう。

「あのー、大将まで険悪になられても困るんですけど」

 フランがやれやれとばかりに溜息を吐く。

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