第19話  銛打

 礼一はこの後食事の際に、昨日ぶりに船長に会うのを憂鬱に感じながら、漸く出来るようになった身体強化を試す。まずは足で試そうと魔力を流す。

 やっていると、自分の足の中により自然に魔力が流れる経路があることがわかってくる。ただ意識的にそこに魔力を流しながら、戦闘を行うなんて器用なことを出来る気がしないので、どうしたものかと頭をひねる。

「あの、パントレさんって戦闘中にどうやって身体強化をやってるんですか。これ集中力保たないですよ」

「おっ、出来るようになったのか。そいつぁ何よりだぜ。戦闘の時はがむしゃらに使えば良いんだよ。その代わり普段練習する時は正確に魔力を道に流すことに集中すりゃいい。余所見しながら戦うなんてそれこそ命取りだかんな」

 成る程。では今は兎に角どれだけ正確に魔力を流せるかだけに集中しよう。礼一は練習に専念することにする。

 何だかじっと針の穴に糸を通すような作業をしているようで、気付けば精神的な疲労の度合いが凄まじいものになっていたので、一旦練習を中止する。

一体どのくらい時間が経ったのだろうかと周りを見渡すと、パントレが既に皿に盛ってあった芋を完食して、ピオにちょっかいを出しに行っているのが見える。

 取り敢えず練習は一定の成果が得れたのでここまでとしよう。右足に通っている魔力の道を多少なりとも感覚的に覚えることが出来たのだから、とっぱじめにしては上出来だろう。あとはこいつを実戦で使えるかどうかである。

 礼一は机にしなだれかかって休憩する。頰に触る木の冷たさが心地よい。目を瞑ってパントレの喧しい声をBGMに小さな幸せを堪能していると、コツンっと頭を小突かれる。

 眠れる獅子こと礼一を起こすのは誰ぞと顔を上げると、頭上に洋の顔が見える。

「俺の頭は木魚じゃないんだから叩いても眠気が覚めることはないし、煩悩が去ることもないぞ」

 礼一は洋に文句を言うが、彼はそれには反応せずに、礼一の調子が戻ったことを確認すると、頰を緩めてもう一度その頭を小突くと椅子に座る。

「眠い、眠い、夜の番は辛いよ」

 昨晩見張りをしたのであろうパントレの子分二人が部屋になだれ込んでくる。

「やぁ、今日は眠くってしょうがないから仕事は手抜きさせて貰うよ。あ、そうだ。フランと大将に全部押し付けよう」

 二人は椅子にグダッとなって座って、仕事をサボる算段を始める。

「おい、聞こえてんだぜ。しっかりやんねぇとぶっ飛ばすぞ」

 ピオにダル絡みをしていたパントレが厨房の入り口からこちらに向かって怒鳴る。

「うわっ、大将だよ。どうぞご勘弁してくれんなもし」

「人の顔見て幽霊に出くわしたような反応してんじゃねぇよ。お前ぇらが仕事しなかったらおいらがサボれねぇだろ。どうしても面倒ならそこの若造二人を使え。若者はバカ者って言うからな。上手いこと丸め込めばやってくれんだろ」

 礼一と洋は、まったくこの人たちは揃いも揃ってと呆れながら、目を合わせてパントレに仕事を押し付けてやろうと無言の内に誓い合う。

 矢張り志を同じくする親友とは良いものである。何ものにも変えがたい。

「全員揃ったなら、昼飯を獲りに行くぞ」

 フラン以外の全員が揃っていることを確認すると、パントレは先程までふざけていたのが嘘のように凛々しい顔をしてそう告げると食堂を出て行く。礼一達も後を追う。

 最後尾を歩くピオは餌の謎肉が入ったたらいを持っている。また〈飛行魚〉を釣るのだろうか。

 甲板に出ると、食堂にはいなかった子分の残りの一人フランが足元に銛を並べて待っている。彼の傍にはその他何やら袋が幾つか置かれている。

「遅いですよ。何してたんです?」

「悪ぃな。こいつらがふざけててな」

 フランの小言を、いけしゃあしゃあと他人に責任を押し付けることで受け流したパントレは、銛を手に取り重さを確かめるように手の中で転がす。

「ああ、皆んなで騒いでたんですね」

 フランは即座に真実を言い当て、もう小言を言うこともなく残りの面々に銛を渡していく。

 銛は金属製で長さが両手を伸ばしたのより少し短い程、先端には返しが付いていて刺されば抜けない仕組みになっている。銛の尾っぽには縄が取り付けられており、投げたら最期どっかに行ってしまう心配もない。難点は何しろ金属の棒なのでこれを投げろと言われると少々戸惑う程に重いことである。

「魔力を通して身体を強化してやってみろ」

 パントレが礼一と洋の二人にそう言ってから、ピオに目配せをするとピオが海にたらいの中の餌をぶちまける。

 船の縁から下を覗き込んでいると、それから数瞬経った後に水面が沸き立ったと思うと、礼一達の眼下に突如として大量の鮫が姿を現わす。

 礼一が銛をどうやって投げたら良いのかとわちゃわちゃしていると、パントレがその肩を掴む。

「落ち着けや。いいか、まずおいらが一匹狙って打ち込む。そうしたらおいらの銛が刺さった鮫に銘々自分の持ってる銛を打ち込むんだぞ。わかったな」

 その言葉を聞き、皆で顔を見合わせて頷き、各々が作戦を理解していることを確認する。

「じゃ、いくぜ」

 パントレは銛を構え、弓なりに身体を反らす。一拍おいた後に、引き絞った矢が放たれるかの如く、全身運動により銛が投げられる。

 銛は海面に一直線に向かい、群がる鮫の内の一体に突き立つ。

 それを鏑矢にして船上から皆が次々に銛を投擲する。全弾命中とまではいかないものの次々と鮫の身体に銛が突き立つ。よく狙いを付けられるものである。それに速度が目で追えない程に凄まじく速い。それを見て矢張り此処は元いた世界ではないのだと実感する。

 礼一と洋も皆に続こうとしたものの、上手いこと身体を強化することが出来ず、バランスを崩してこけてしまう。

「まぁ最初はそんなもんだぜ。練習するこった」

 パントレが二人に慰めの言葉をかける。

 海面を眺めていると銛が突き立った鮫以外は餌が見当たらなくなったのか海中へと姿を消していく。

「よし、揚げるか」

 皆で夫々の銛の縄を引っ張る。鮫は小型で、既に絶命しているのかピクリとも動かない為、労せずに引き揚げることが出来た。

「包丁取ってくるー」

 ピオがそう言って船の中に入っていく。パントレ達はパントレ達で鮫に突き立った銛を引き抜きにかかる。礼一と洋もわからないなりに懸命に手伝う。

「おいらたちはここでピオの手伝いをするから、あんたさん達は銛を整備しといてくれい。やり方はそうだな。フラン、教えてやんな」

 ようやく銛が抜けるとパントレが指示を出す。

「了解。じゃあまずここで銛を洗っちゃおっか。血が付いてるとまずいしね」

 フランは二人にそう言うと、甲板に置いてある袋の一つから、水の出る魔道具とぼろ布を三人分取り出す。そしてそれらを礼一と洋の二人に渡すと、手本を示すかのように二人の目の前で黙々と作業に取り掛かる。

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