第21話 勝負
昼食は鮫の揚げ物だった。よく臭いだなんだと聞く鮫の身であるが、揚げ物にしたお陰か、はたまた身に香辛料らしきものが摺り込まれていたお陰か全く臭みを感じることなく美味しく頂けた。
ただどれほど料理が美味であろうと、食卓のどんよりとした雰囲気は晴れない。フラン達子分三人が必死に会話の糸口を開こうとするものの、まったく話は盛り上がらない。
それぞれえも言われぬ座りの悪さを抱えて食事を終え、食堂を後にする。
「おしっ、ちゃんと揃ってるな。じゃあ武器の替わりにこいつを渡しておく」
甲板に着くと、パントレが二人とホアン船長に片手程の長さの木の棒を手渡す。
「ルールは簡単だ。どっちかが動けなくなったら終了だ。そいじゃあ構えろ。おいらが手を叩いたら開始だぞ。あっ、あんた等と船長の二対一での勝負だからな」
二対一とは舐められたものだ。ただこちらはすぶの素人で向こうは多少腕に覚えがあるのだろうから、丁度良いのかもしれない。
まぁ船長は身体強化は出来るのだろうが、身体に纏えるのは役に立たない水なのだからその点で苦労することはないだろう。そんな軽い気持ちで礼一は棒を構える。
「じゃあいくぞ」
パンッとパントレが手を打ち鳴らす。
礼一と洋は目くばせをして先手必勝とばかりにホアン船長に飛び掛かる。
二人でタコ殴りにすれば武器を扱う技術云々が取り沙汰される隙もなかろうと思っての行動だったのだが、意外にもホアン船長は焦ることもなく、洋の方に手を一振りするとスッと後ろに下がる。
途端に洋が失速し礼一一人が船長の目の前に飛び出す形となる。そして礼一も船長の前に着地したところで何故かすっ転び、二人ともが隙を晒すことになる。
訳が分からぬ間に、礼一は転んだ状態で鳩尾を蹴られて蹲り、洋は喉元に棒の先端を突き付けられて動きを止める。
勝負は始まってから一瞬で、瞬く間に二人の望まぬ方向で片が付いてしまった。
「そこまでっ、にしても派手に負けたなぁ」
パントレの声が頭の上から聞こえる。
「わかったろ。船長は別に直接の戦闘が専門って訳じゃねぇ。おいらたちに言わせりゃ素人に毛が生えた程度の腕前だ。ただな、それでもあんたさん達のことなんか一捻りで片付けられるってぇことよ」
悔しいが認めざるを得ない。正直今落ち着いて振り返っても何がどうなったのかいまいちよくわからないのだから。
「やったことは子供騙しにもならないことですよ。水を飛ばして洋君の目を潰して、足元に水を垂らして礼一君を転ばせただけです。ただこんなつまらないことでも今のあなた達だと死んでしまうんです。船に乗っていればこれから先危険の度合いは更に増しますし、あなた達の今後の為にも力を付けるのは必要なことなんです。説明が足りなかったのは申し訳なかったですが、これで理解して貰えましたか?」
ホアン船長は礼一のことを助け起こしながらそう告げる。
実際に手も足も出なかった上に、ここまで言われてしまうと、素直に事実を受け入れるしかない。二人は船長に謝罪をし、改めてこの船の一員として力を尽くすことを誓うのであった。
ホアン船長も流石に何の脈絡もなく、二人に危険な施術をしたことは大層反省したのか、今後はしっかりと説明することを約束してくれた。
「これで一件落着ってこったな。それにしても弱いな。ちょっと修行をつけてやるよ」
その後甲板にてパントレ主催のぶつかり稽古が行われ、礼一と洋が悲鳴を上げたのは言うまでもない。
今回は怪我が治っているということもあってホアン船長も助けてくれることはなく、二人はひーひー言いながら甲板に汗を垂らして這いつくばるばかりであった。
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「はぁあー。もう奴らが来る時間じゃねぇか。おい、今日はあんたさん達も戦うんだぞ。自分の部屋から武器を取ってこいよ」
パントレにそう言われて、礼一と洋はヨタヨタと歩いて自室に剣を取りに行く。
昼からの修行の結果、二人とも一通り身体強化が出来ることには出来るようになったのだが、礼一は足に、洋は目に強化が偏ってしまい、満遍なく全身を強化して動き回ることは未だ出来ずにいる。
これで果たして闘えるのかという不安を抱きつつ、兎に角剣を引っ掴んで甲板に取って返す。
「おっし、どんと来いや」
甲板ではパントレがやる気を漲らせて騒いでいる。昼からあんなに動いたのによく体力が持つものである。
「俺ら何処に陣取れば良いんですか?」
「良さげな所にいりゃあ良い。いいか、こういうのは大体勘だ」
礼一のそこそこ大事な疑問に、脳筋先輩がクソほどアカデミックな返事を寄越してくれる。この人に聞くんじゃなかった。
礼一と洋は取り敢えず甲板の中心に背中合わせで立って戦闘に備えることにする。
そこからのは魔物の動きはこれまでと全く同じであった。礼一と洋は時たまパントレ達の攻撃を潜り抜けて近付いてくる〈海童〉を、死に物狂いで、蹴飛ばしたり、剣で殴ったりして自分達から遠ざける。そうすれば後はパントレ達の攻撃に巻き込まれて勝手に死ぬので作業としてはとても単純であったし、自分の手で殺した実感もないので気分的にも楽であった。
ただ一つ気になったのは、今回の襲撃が一昨日昨日と比べてやけに長いことであった。
これまでは日が沈む前には余裕で殲滅出来ていた魔物が、日没間際になってようやくまばらになった事からもそのこと明らかである。
「うへぇ、疲れた。何で今日はこんなに満員御礼の大盛況なんですか?セールでもやってんのか」
礼一は盛大に愚痴を吐き出す。
「そりゃあ、奴らの本拠地に近づいてる真っ最中だからな。数も増えらぁ」
パントレがなんの気もなしにそんな事を言う。
先輩、頼むからこれ以上不吉な事は言わないでくれ。
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