第16話  前段

「礼一君はこの後私の部屋に来てください」

 甲板での用事を済まし食事をした後、ホアン船長が礼一に声をかける。

 ちなみに今日の晩御飯は昨晩と同じアラ汁であった。どうやらその日に取れた獲物は晩飯の際に一緒くたに鍋に入れて食べてしまうのが一番良いようである。日にどれほど獲れるかわからない食料を保存するために魔道具を使い、魔石を使い、というのは無駄が多すぎるということである。最低限必要になる野菜等のみ厨房にまとめて保存しているそうである。

「失礼します」

 船長室の戸をノックして中に声をかける。何気にこの部屋に一人で訪れるのは初めてである。船長と一対一で話す場面というのも、これが初めてなのでので少々緊張する。

「どうぞ入って下さい。昨日洋君には教えていたのですが、礼一君には話していなかったので、言っておいた方が良いと思ってお呼びしたんですよ」

「えっと、何の話ですか?」

「あなた方の戦い方や言葉の訓練についてですよ。一応パントレさんには頼んではいたのですが、彼はどちらかというと感覚派なので、どうしても及ばないところが出てくると思いまして」

「そうですね、いやそうでした」

 実際昨日は酷い目にあった。確かにお陰様で魔力の感覚は掴めたものの死ぬかと思った。

「いや、昨日は出来たらやってほしいぐらいの感じで彼には頼んだつもりだったのですが。彼も新しい仲間が出来たということで何気に嬉しかったのでしょう。何だか張り切ってしまったようで申し訳ないです」

「いえ、全然問題ないです。一応パントレさんにはお世話になりましたし、身体は痛いですが、その分得るものもありましたし。ところで感覚派以外の訓練っていうと、理論的に考えるような訓練があるんですか?」

「そうですね。理論的にはとてもしっかりした訓練です。ある意味超感覚派な訓練とも言えますが。試してみますか?あ、上手くいくかはわからないものなので辞退してもらっても結構ですよ」

 そう言われて引き下がるなんて漢じゃない。

「いえ、やらしてもらいます。出来るように精一杯頑張ります」

「絶対やれって話ではないので、不安だったら別にやらなくてもいいんですよ」

 ホアン船長はやけに引き留める。

「男に二言はありません。やらしてもらいますよ」

「そうですか。では説明させてもらいますね。まず最初に魔力というのは初めは何物でもないということを覚えておいて下さい。例えば礼一君は今、魔道具を身につけていますよね。魔道具というのは色々な種類がありますが、誰が魔力を通しても用途に沿った反応をしますね。ところがパントレさん達が戦う時に見たと思いますが、身体の一部に火を纏ったりといった事を誰でも出来るかと言えばそれは出来ません。もっと正確な言い方をすると、誰でも魔力を火という現象に変化させて纏えるかと言われるとそれは否という事です。人によって纏えるものは異なるんです。例えば私であればホラっ」

 そう言ってホアン船長は、服の袖を捲り上げて手を礼一の方に差し出す。何が起こるのかと見ていると、手から水がぼたぼたと床に落ちる。何というか微妙な光景である。

「おっと、調子に乗って出し過ぎました。まぁ見てわかるように私の場合纏えるものは水です。正直これは戦闘面では使いようがないですし、パントレさん達のものと比べると見劣りがしますが」

「その水って飲めるんですか」

 つい気になって礼一は説明に口を挟む。

「飲めないことはないでしょうね。ただ幸い私は自家製の水を飲まねばならぬ程、困った事態に巻き込まれたことがないので、そんなことをした経験はありませんが」

 そう言いながら、ホアン船長はハンカチを取り出して手を拭う。

「話を戻しましょう。兎に角、人によって纏える現象が違うということです。勿論この現象というのも元を辿れば魔力ですから、放っておけば大気中で勝手にマナへと還っていきます」

「じゃあその水や魔道具で作った水を飲んでも、そのうち体内でマナに戻っちゃうんですか?それじゃあ幾ら飲んでも無意味という事になりませんか?」

 急に礼一は不安に襲われる。もし今考えたことが事実なら、昨日から自分が飲んでいる水は全て魔道具製なので、残らずマナに還ってしまっていて身体に吸収されていないことになる。つまりは現在深刻な水分不足ということになるのである。

「言ったじゃないですか。魔力は大気中でマナに還るんです。人間の体内ではマナから魔力に変わることはあっても、魔力からマナに変わることはないので安心してください」

 礼一は安堵すると同時に、もっと話を良く聞かなければと前のめりになってホアン船長の話に耳を傾ける。

「兎に角人によって纏える現象が異なるということですが、これは魔力を身体に染み渡らせて強化する過程で、魔力が人それぞれ異なるパターンで流れることが原因と言われています。私は魔道具の専門家ではないのでそこまで詳しく説明は出来ませんが、魔道具に刻まれている機構というのは、人間の体内で行われているこの動きを再現しようとした結果できたものだそうです。ここまで大丈夫ですか?」

「はい。理解できています」

「良かったです。取り敢えずここまでの話は人間の身体には魔道具の機構ような働きがあるという位で内容を掴んでおいてもらえればそれで大丈夫です。さてそこで身体強化のやり方はどうすれば良いかという話になるのですが、魔力の動かし方が分からないということであれば、早い話感覚さえ掴めれば出来るようになるということですよね。別にこれはそんなに難しいことではなくて、私達が皆日常生活の中で至極当然に、息を吐くように行っていることなのですから」

「はあ、でも昨日あんなに苦労しても出来なかったんですよ。俺にとっては滅茶苦茶難しいことです。こういう当たり前のことって単純であればあるほど分かり難いじゃないですか」

「まあまあ、それを解決する画期的な方法があるんですよ。礼一君、洗脳って知ってますか?」

 何だか雲行きが一気に怪しい方向に向かい始めた。

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