第15話  二日

「ちゃっちゃと鳥を仕留めよー」

 ピオがそう言うと懐から棍棒を取り出す。

 礼一と洋は未だ竿の先でじたばたと暴れている鳥を見ながら、どうすれば良いのかと目線を交わす。

「ほらー、さっさと引き上げてー」

 そう言われて二人はおずおずと竿を上げ、おっかなびっくりに鳥を手繰り寄せる。

「後やっちゃうねー」

 もたもたしている二人の様子がもどかしかったの、ピオは甲板で暴れている鳥をむんずと掴み、頭を棍棒で殴って気絶させると、足と羽を夫々を一括りに縛って身動きが取れないようにしてく。

「完了ー、じゃあ持ってきてねー」

 作業が終わると、もうここには用はないとばかりに、ピオはさっさと甲板の下へ降りてゆく。

「おい、おいらたちもさっさと行くぞ」

 呆けている二人にパントレが声をかけ、自分が仕留めた鳥を肩に乗せて歩いていく。

 二人もそれに倣って鳥を抱えて甲板の蓋の中へと入る。肩に触れる生温かさが、まだ鳥が生きていることを示しており、礼一の背筋に冷たい感覚が走る。

 鳥は沈黙を保ってはいるものの、いつ目を覚まして暴れ出すかわからない。ゆっくり運んでいて、肩の上で意識を取り戻されては堪ったもんじゃない。

「うへぇ、出来るだけ早く持ってこう」

 洋も言葉にはしないものの同じように感じているらしく、二人は先を歩くパントレを追い越して、急ぎ食堂に向かって歩を進める。

「うん?どうしたんだ?グダグダやってると思ったら急に走り出しやがって、変な奴らだな」

 パントレが後ろでぼやく声が聞こえるが、そんなことは構っていられない。

 食堂に着き、一切合切をピオに任せ、皆で机を囲んで料理が出来るのを待つ。

 しかし食堂のすぐ奥に厨房があるというのは酷なものだ。良い匂いが散々漂ってきて涎は溢れているというのに、肝心の料理を口にすることが出来ないのだから。

「もうちょっとー、待っててー」

 腹を空かせたパントレが厨房の入り口から奥を頻りに覗き込むので、ピオが彼に声をかける。パントレはお腹をさすりながら気もそぞろに自分の席に戻り、凄い勢いで貧乏揺すりをする。あまりに激しくするので行儀が悪いというより一種の曲芸のようである。

「よしー、完成ー」

 ピオが大皿を抱えて持って来て、テーブルにドスンと乗せる。皿の上は一面に丸めた葉っぱが敷き詰められている。

「何ですか。これ?」

「葉っぱ巻きじゃねぇか。最高だな。おい」

 パントレは熱いのを我慢しながら、隙間から湯気の漏れている葉っぱ巻きを摘んで手元に置き、葉っぱを縫い留めている串を抜いて中身を広げる。

「堪んねぇ。いい匂いだぜ」

 立ち上る湯気を嗅いでパントレは満足気に呟くと、先程抜いた串で中の物を刺して食べ始める。

 他の皆も次々に食べ始めたので、礼一と洋も無くなっては敵わないので、皆の真似をして食べ始める。

 葉っぱの中には、甲板で獲った《飛行魚》が一口サイズに切られて、野菜と一緒に蒸されている。

 口に入れると身がほろほろと崩れ、同時に脂がジワリと浸み出して非常に美味である。一緒に入っている野菜も丁度良い歯応えで、魚に合っている。味付けは塩味のみだが、寧ろそれ以上は要らないぐらいに魚の味がしっかりしているので良い塩梅である。

「旨っ」

 洋まで細い目を最大限に開いて驚いている。

 そうして礼一と洋は料理を平らげていく。勿論皆も一切言葉を喋らずに皿の上の料理を次々に片付けていく。

 昼食の後、色々と雑務を済ませているとあっという間に夕方になる。そろそろ魔物が襲ってくる時間である。全くお化けでもないのに毎日夕方になったら出てくるなんて律儀なものである。

 今日も船長からGoサインが出ていないので礼一と洋は魔物とは戦えない。そのため昨日と同様に見学に徹することになった。

「魔物って何でこの時間に出るんですか?」

「魔物が全部夕方に出る訳じゃねぇぞ。〈海童〉はこの時間に出んだ。ま、出るように仕向けてんだけどな」

 パントレはそう言って船の縁から海面を監視している彼の子分たちの方を顎でしゃくる。

「魔物にも知性はあんだから、やつらも真昼間の襲撃より、夜襲の方が成功する可能性があることぐらい考えてんだろうよ。今は水面に顔出してないからわかんないだろうが、日が暮れるこの位の時間にもなればもう船の周辺に集まって襲撃のタイミングを窺ってんだよ。だから敢えて海から見えるところに姿をさらしてやつらに襲ってくるように誘い水を出してんだ。そうすると、ほれ、おいでなさったぜ」

 魔物が続々と船に押し寄せる。そこから先の展開は昨日と大して変わらず、一方的な蹂躙劇が繰り広げられる。そうして魔物の掃討が済んだ後、汚くなった甲板を片付ける。

「そういえば、魔物の魔石とかは取らなくていいんですか。船を動かしたりするのに消費しているならできるだけ沢山持っていた方が良くないですか?」

 掃除をしながらふと疑問に思い、礼一はパントレに尋ねる。

「嫌だろ。こんなキモい奴をバラして魔石取るなんて真っ平ごめんだぜ。やりたいなら勝手にやれや」

 パントレはまるで今にも吐きそうな顔をしてそう言う。

「それにな、船を動かしてる魔道具にこの〈海童〉の魔石は使えねぇぞ。船長の杖に嵌ってるのと同じ種類の魔物の魔石じゃないと操作できねぇからな」

「だったらこの〈海童〉とか言う魔物の群れを率いているボスの魔石を嵌めた杖を使った方が良くないですか?そうしたら航海しながら補給も出来るじゃないですか」

 礼一がそう言うと、パントレは呆れたような目で彼を見て、はーっと溜息をつく。

「あのな魔物にだって生息域ってもんがあんだぜ。どこにでも〈海童〉がいるわけねぇんだから、その魔石を当てにして航海するなんてリスク高過ぎんだろ」

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