第7話  道具

 船長室の前に着くと、中からホアン船長と先程船長室に向かった三人の話声が聞こえる。

「ちょいと聴きたいことがあんだ。船を動かしてる魔道具あんだろ。あれってどんな仕組みだ?」

「ああパントレさん。そうですね。そもそも魔道具は装身具として自らの魔力を利用して使うものと、魔石を利用する大型のものとがあります。船に付いているものは後者です」

 またもノックもなしに部屋の中に踏み入り早速質問を開始するパントレに対し、ホアン船長は丁寧に話し始める。

「魔石を使う魔道具は更に、魔石を燃料としてのみ使い単純な運動をするものと、人が操作をするものとの二つに分けられます。この船のものは操作するタイプで、今私が持っているこの杖を通じて指示を出して操作しています」

 そう言って船長が手に持っているやけにごつい杖を示す。

「このタイプのものはそもそも魔物の群れの仕組みを利用しているものなので、魔道具の説明としては微妙なのですが。。良いでしょう。お二人はどうも色々と知らないことが多いようなのでこの機会に話してしまいましょう」

 ホアン船長は椅子に腰掛け、一冊の本を手元に引き寄せ流し見しつつ語り始める。

「魔物とは人間以外の人型の生物のことを指す言葉です。地域によって生息する種類の差異があったり、はたまた何処にでも共通している魔物がいたりしますが、基本的に二足歩行で到底人間には見えない異形であれば魔物と捉えてしまって構いません」

 ここまで話すと船長は顔を上げる。

「ところでお二人は人間と魔物とでは何処が違うのか分かりますか?どちらも二足歩行をし、集団で動いているにも関わらず、人間側は魔物を駆逐しようとし、魔物側は人間に襲いかかるその理由が」

 全くもって答えに見当がつかず、二人は顔を見合わせた後、船長の顔を窺う。その様子を見て少し笑いながら船長は答えに触れる。

「正解は体内に魔石があるか否かです。我々人間は魔力を使う際に大気中にあるマナをその都度吸収し、体内で魔力に変換して使用しています。しかし魔物は常日頃から我々が魔石と呼んでいる彼らの臓器でマナを変換し、更には蓄えており、魔力の使用に際してはそこから魔力を引き出して使用します。魔石という臓器は、成長し大きくなれば成る程それだけ魔力を蓄えることができ、加えて魔物においては本能を司る臓器とも言われ、それ自体に意思が宿っており、より魔石の大きな個体に自然に集団が従い群体行動を取っていると考えられています」

 ここまで一気に喋ってしまってから、ホアン船長は別の本を手に取る。

「お二人が島で出くわした化け物というのも少なくともある程度二足で動き回っているので魔物と言っても良いのかもしれません。先程何故魔物が人間を襲うのかと言いましたが、実際のところ彼らにとっては、我々人間はその他の動物とさして変わらなく映るようです。ただそこに餌があるから獲って食べるというそれだけのことらしいですね」

「魔物の事は一応冒険者稼業やってんだからわかるぜ。ただそれがどうして船の魔道具の話に結びつくんだ?」

 さも退屈そうに靴紐を弄りながら話を聞いていたパントレが、首をひねって船長に尋ねる。

 「先程魔石には意思があり、魔物は大きい魔石を持つものに従う習性があると言ったでしょう。船底の魔道具は表面こそ装着型魔道具と同じように機構が刻まれていますが、魔力については球体の中に詰まった魔石から引き出したものを使っています。その際にこの杖に嵌っている群れを率いるものの魔石に自身の魔力を通して指示を与えることで、ある程度魔道具を任意にコントロールすることが出来るのです」

 確かにホアン船長の杖の宝石は人の頭二つ分程の大きさがあり、表面にはびっしり模様が刻まれている。

「その魔石にも意思が宿ってるんですか?危険だったりするじゃないですか?船長が意識乗っ取られて暴れ出すとかないんですか?」

 先刻までは只々綺麗だと魔石に魅入っていた礼一が、それが特殊な力を持つものだと聞いた途端、ビビって矢継ぎ早に質問をする。

「確かにその危険性は有りますし、実際そう言った事故が起きたという例もあります。しかしこの杖の機構には、魔石に魔力を通す限度ラインが設定されているので、そう言った事故が起こる可能性は限りなくゼロに近いでしょう」

 ホアン船長は礼一と洋を安心させるようにそう説明する。しかし一旦船長がヘンテコパンダのようになるかもしれないという可能性を知らされてしまうと、どうにも怖くなってしまい自然今のところ会った中で1番強そうなパントレの方ににじり寄る情け無い礼一であった。

「何でぇ、急にすり寄って来んなよ。気持ち悪いぞ」

 もっとも速攻で拒否される。

「取り敢えず説明は以上です。何か質問はありますか」

 ホアン船長が椅子から腰を上げる。

「いえ、ありがとうございます。」

 二人は丁重に頭を下げ、既にさっさと立ち上がって戸口の方へ歩き出したパントレに続いて部屋を出る。洋は先程の話に何か思うところがあったのか、下を向いて何か考え込んでいる。

「それじゃこの後は予定通り船倉を案内するぜ。基本的に海の上でおいらたちがする仕事はこれから行く船倉から荷物を取り出すことか、寄ってきた魔物の撃退か、食事の為の獲物の捕獲の内のどれかだ。魔道具方面のことだったり、船員の体調管理だったりは全部船長様がやってくれるんだから楽なもんだぜ」

 歩きながらパントレが喋る。確かに自分が考えていた船の乗組員の仕事よりも、随分とやることが少ないのでそう考えると楽なのかもしれないし、何より魔石に関わらなくて済むと思い礼一はホッとして肩の力を抜く。

「魔物と獣人はどうやって見分ける?」

 唐突に黙っていた洋がパントレに喋りかける。

「やっぱそう来るよな。確かにそうなんだよな。普通の人間からすりゃあ獣人だって十分異様な容姿に見えらぁ。マダル教国の人間もおいら達獣人を魔物と同じだと言って差別すっからな。」

 パントレはやれやれといったように帽子の上から頭をトントンと叩く。

「ただ言っとくとな。おいら達獣人はあくまで身体の一部に獣の特徴が現れてるくらいで、そんなんじゃあ全然魔物のあの禍々しい見た目には及ばない。お前さん達も島で見たんだろ。あれはそんじょそこらで見られる姿はしてない。後な、おいら達は体毛か目のどちらかが黒いが、現状発見されている魔物ってのには基本的に黒い色の奴はいない。だから黒色ってのは普通の人とは違うってのと同様に魔物じゃない証でもあるんだ。それを教国の奴らは、、、」

 ぶつぶつと教国の文句を言いながらパントレは歩いていく。教国の人間と過去に諍いでも有ったのだろうか。


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