第8話  船倉

 倉庫の中には所狭しと荷物が置かれている。

「そっちの樽の中に入ってるものは酒と油だ。あっちに積み上げられている袋の中に入っているのは穀物類、奥の端に束ねて置かれているのは織物と武器類だ」

 パントレは船倉入り口の壁に掛かっている台帳二冊の内の片方を手に取り、中身を見ながら説明していく。

「ここにあるものは全て商売道具だから積み下ろしの時以外おいらたちはお触り厳禁だ。いいか、ここは商品を保管する場所であって、商売をする場所じゃないんだからな。第一この台帳の控えが船長室に置いてあるからちょろまかそうったってすぐばれる。畜生。控えさえなければこの酒樽ちゃん達全員とニャホニャホしてやったのによ」

 本当によくこんな信用出来ない奴雇ったよな。倉庫の真ん中でくねくねしながら酒樽に語りかけるパントレを見ながら、礼一はこの人実は耳だけじゃなくて頭の中まで鳥なんじゃないかと考える。隣を見れば洋までもがパントレのことを可哀そうなものを見る目で眺めている。

「おっほん、それでだ。こっちの入り口付近に置かれているのが航行中のおいらたち乗組員の食料やら飲み物やらとその他諸々だ。こっちももう一冊の台帳にきちんと記帳されてるし、控えもあるから勝手にくすねたりなんてことは出来ないからな。変な気を起こすんじゃねえぞ。人間どんな奴よりも誠実な奴が一番良いに決まってるってのがおいらの家に代々伝わる家訓だ。全くその通りだってんだ」

 パントレは二人に白い目で見られていることに気付き、仕切り直すかのように咳払いをし、明後日の方向へ目を遣りながら、有難い訓示まで垂れる。先祖に謝れ。

「おっと、そういえば、お前たちその指に嵌めている翻訳の魔道具は出来るだけ外して生活するようにしろよ。さっさとおいらたちと同じように喋れるようにしないとまずいぞ。その指輪は唯便利なだけの代物ってぇ訳じゃないからな。頼り切ってると痛い目を見るぞ」

 こちらを振り返ると彼は何だか不吉な臭いのする警告してきた。

「それはどういう?」

 洋が怪訝な顔をしてパントレに尋ねる。

「たかがそれっぽっちの指輪に全ての言語を翻訳出来る機能なんて付けられる訳ないだろ。大体そんなすんばらしい魔道具だったらあんたさん達に易々と預ける訳ないってことよ。そいつの正式名称は〈魔力同調の指輪〉。装着者が大気中のマナを魔力に変換する際に、それを近くに存在する魔力の癖に近いものに変換し直す機能が組み込まれているらしい。おいらには難しいことはわからねぇが、魔力の癖を近づけることで考え方も近くなるようでな。正確には言葉が解るようになる訳ではなくて、近くの人間の考えが矢鱈と理解しやすくなるっていう魔道具だそうだ。ただ、考えが近くなるっていうのは良いことばかりじゃなくてな。下手するとその指輪の装着者は無意識に周囲の人間の考えを何の疑問も抱かずに鵜呑みにしちまう可能性があるらしい」

 急に恐ろしいことを喋り出しやがったと礼一は馬鹿のように口をポカンと開ける。つうか、そんな危険なものを何の説明もせずに渡すんじゃねえよ。何より怖いのは鳥頭先輩ことパントレと思考回路が同じになることだと慌てて指輪を抜き取る。

「———」

 それを見たパントレが何やら喚き出す。当然何を言っているのかわからないのでボケっと眺めていると、頻りに指輪を指に嵌めろというようなジェスチャーを繰り返す。あんなことを言われた後で嵌める訳ないだろと思い嵌めないでいると、尚もしつこくジェスチャーを目の前で繰り返してくる。あまりにも目の前がうるさいので、しょうがないと諦めて渋々指輪を嵌めなおす。

「ようやく指輪を着けたか。脅かして悪かった。ちょっと悪戯心が疼いたってだけさ。確かにそういう効果はあるが、そもそも互いに言葉わからないなら両方この指輪付けるしかないんだから、どっちかがどっちかの言いなりになるなんて事態になる訳ないだろ。ほら俺だって今は指輪嵌めてるだろ」

 そう言って目の前に突き出された彼の手を見ると、確かに礼一達の嵌めている指輪と同じものがその指に嵌められている。

「洗脳みたいな碌でもない目的のために指輪を使うには、言葉が通じる上で片方に指輪を嵌めさせている状況を作り出さないと意味ないんだよ」

 取り敢えずは納得した。しかし無駄な心労を与えた鳥野郎には一言かましてやらないと気が済まない。丁度礼一がそう思っていると、洋が自分の頭を指し示しながらパントレに向かって一言。

「そういう人だと思っていたので問題ないです」

「誰が鳥頭だと。ふざけんじゃねぇぞ。」

「そんなこと誰も言ってない。逆に鳥頭な人?」

「手前絶対わざとだろ。喧嘩売ってんのか」

「ここは商売する場所じゃない。さっきあなたが言った」

「はあ、上手いこと言ったつもりか。全然上手くねぇからな。バーカバーカ」

 煽り耐性ゼロのパントレが見事に洋の言葉に釣られて騒ぎ立てる。

 対する洋はすぐに揶揄うことに飽きてきたのか、騒ぐパントレを放置してそこらのものを見て回っている。

「ところで先・輩・、ここにある魔道具は何に使うものですか?」

 乗組員のための物資の中に、おそらく魔道具であろう精緻に模様の刻まれた物体を発見した洋が、未だ騒いでいるパントレに声をかける。

「お、おう。おいらは先・輩・だからな。何でも答えてやんよ。どれどれ」

 この人、〈魔力同調の魔道具〉なんかなくて もいい様に人に操られて、周りの言うこと鵜呑みにしそうだな。鳥だけに。

「こいつは水を生み出す魔道具で、こっちは火を生み出す魔道具で、ええとこっちは何だったかな」

 パントレが魔道具の効果を説明していく。

「攻撃用の魔道具とかないんですか?」

 ふと疑問に思い礼一は尋ねる。

 やっぱりこう魔法を使ってドッカーンっていうのには永遠の憧れがあるではないか。

「攻撃用?そんな大層なもんがこんな小型のチンケな魔道具で出来るかよ。こういうのは単一の機構しか刻んでないんだよ。攻撃用ともなりゃあそれなりに機構を色々と複合しなきゃなんねぇだろ。第一攻撃用の魔道具ってのは扱いが難しくてよ、慣れない奴が握れば下手すりゃ敵を攻撃するつもりが自爆してドカンなんて笑い話にもならない結末が待ってるぞ」

 くわばらくわばらといった表情を浮かべながらパントレが答えを返す。

「そうなんですか?例えばこの火をつける魔道具だったら魔力を沢山込めればこのまま炎を飛ばしたりっていうのは無理なんですか?」

 猶も諦めきれずに礼一が尋ねる。

「あのな。そもそも魔力ってのは身体から出たらすぐにマナに還っちまうんだ。だからこういう小さな魔道具を装着して直接魔力を吸わせて現象に変えてるんだ。勿論魔道具もこの大きさだから一度に吸える魔力の容量にも限界がある。沢山魔力を込めようとしても、余分に出た魔力は魔道具にも吸収されずにさっさとマナに還るだけで無駄骨だぞ。おいらも説明が上手くない人間だけど、あんたも大概物分かりの悪い人間だな」

 鳥頭にこんなことを言われるなんて一生の屈辱、こんな時は洋のようにかましてやるぜ。

「そういう人だと思っていたので問題ないです」

「だからそう言ってんじゃねぇか。何言ってんだ?馬鹿なのか?」

、、、あれ?おっかしぃーなー

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