黒と僕。

@kazunoob

黒と僕。

 「こんな日はもう二度とないと思うよ」


 黒が言う。


 「ああ、そうかもしれないね」


 僕が答える。


 町を一望できる小さな城の壁の上。


 僕たちはそこに寝そべって、町の中心部で行われているパレードをじっと見ていた。


 「つくづくさ」 


 また黒が言う。


 「人間ってバカだよね」

 「あはは、そうかもね」


 打ちあがった花火が、夕方の空を照らし出して煌々と輝く。

 遠く離れた場所なのに、かすかに震動と音が伝わってくる。


 「なんでさ、人間ってああやって群れるのかな」

 「んー?」

 「だってさ、そんなの意味がないじゃない。僕たち猫みたいに、小さな世界でゆっくりと生を全うして、次の世代に命をつなぐ。それだけでいいじゃない」


 黒がせわしなく尻尾を動かす。


 僕はじっと考える。


 「確かに、そうかもね」

 「だろう? つくづく、人間ってバカだと思うよ。必要のないことを考えて、それにあくせくして、嫌な気持ちになるんだから」

 「んー」


 それきり会話がとぎれる。


 そよ風に吹かれながら、じっとパレードを見つめる。

 打ちあがった花火の光で、隣の黒の顔が照らされる。


 「でもさ、人間って悲しいことばっかりじゃないんじゃない?」

 「例えば?」

 「うーん。でも僕にえさをよくくれる魚屋のおじちゃんはいつも笑っているよ」

 「ふーん。でもやっぱりつらいんだろうさ。ああやって無駄なことばかり考えるのは」

 「そうかな」


 パレードが行われている場所でひときわ大きな歓声が上がって、それから静かになる。


 「王様かな」

 「勇者だと思うよ」

 「確かに」

 「なにを話すんだろうね」

 「さあ。人間の考えることなんてわかんないや」


 すこしすると、また爆発的な歓声と、大きな花火が打ちあがった。


 「きれいだね」

 「まあね」


 黒は不貞腐れたような声を出す。


 静かに、時が流れていく。

 ゆるゆると夕日が山に半分吸い込まれ、今日が棺桶に片足を突っ込む。


 「お、やっぱりここが一番よく見えるところだ」

 「そうですね、あなた」


 そうしていると、声が聞こえた。人だ。


 後ろを振り向くと、一組の老夫婦が階段を上ってくるところだった。

 おじいさんはゆっくりと杖をつき、おばあさんは小さなバックを手に持っている。

 そうして、ゆっくりゆっくり、登ってくる。


 「ありゃりゃ。今日はもう帰るかい?」

 「いや、まだいようよ。あの人たちなら大丈夫さ」

 「ふーん」


 おじいさんとおばあさんは僕たちをみると、嬉しそうに笑った。


 「おやおや、猫さんたちに先を越されてしまいましたか」

 「そうですねえ。じゃあお隣に失礼しましょうか」

 「そうだね」


 そう仲良くしゃべりながら壁に寄りかかって、花火を見始めた。


 「ほら、笑ってたよ。人って楽しいんじゃないかな」

 「……」

 「黒?」

 「帰る」


 そう言い捨てると黒は壁から降りて、しなやかに階段を下りて行った。


 パレードに背を向ける黒の背中が小さく見えた。


 「黒」


 その背中に声をかけてみる。


 「なんだい?」


 僕は少し考えて、小さくあくびをしてから、口を開いた。


 「でもやっぱり、人間ってバカだよね」

 「……そうだよね」

 「うん、やっぱり猫に生まれてよかったよ」


 そう言うと、黒はいそいそと壁の上まで戻ってきた。そして、僕の横に寝そべった。


 「帰らないの?」

 「まあ」


 老夫婦が目を細め、空を焦がすパレードの光を見ている。


 「やはり、人混みは性に合わないなあ」

 「そうですね。もう私たちも歳ですから、こういうことは若い人たちに任せましょうよ」

 「そうだな。若い者は、世界の中心に居たがるもんじゃ」

 「ふふふ」


 黒の尻尾がぴんと立っている。


 「世界の中心、か」


 僕は小さくつぶやく。


 「そうだね」

 「でも、僕は世界の中心に居たいとは思わないな。地域の猫と仲良くできればそれでいい」


 僕がそう言うと、黒は何か考え込んでいるふうだった。


 なんとなく、僕は何かを言わなければ、と思った。


 「黒」

 「何だい白」

 「今度さ、うちの地域の猫でよその地域のボスを倒しに行こうよ」


 あまりに唐突だったのか、黒は目をぱちぱちさせた。


 「どうだい?」


 重ねてそう聞くと、黒はにっこり笑った。


 「ああ、それはいい」

 「あんまり考えすぎないほうがいいよ。僕たちは猫なんだから」


 そう僕が言うと、黒はパレードの方に視線を戻した。いつの間にか太陽が完全に沈んでいる。


 老夫婦は近くのベンチに座り、夜空を見上げている。


 パレードの光はだいぶ小さくなり、ざわめきがこちらまで伝わってくる。


 「パレードもお開きか。今日という日も終わったね」

 「そうだね」


 静かな時が流れる。


 「あのさ」

 「なんだい?」

 「なんで人が集まるんだと思う?」


 黒の問いかけは僕には難しい。


 「僕にはわからないなあ。そっちのほうが楽しいんじゃないかな」


 僕がそう言うと、黒は軽く笑った。


 そして、翌日、黒は自殺した。

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