待ち伏せ
結局イチヤ以外誰も家には帰らず、そのままアイの部屋の見張りを始める事になった。
「今は午後三時過ぎだから、せめて夕方の六時までは張り込もう」
しかし、何も起きなかった。それから二時間は過ぎただろうか。見張り役をしていたタイチとトシカズの顔に、眠気と疲れの色が見え始めた。
待機組の三人は、見張りの後ろで会話もなく静かになっていた。
アイは持ち込んだピンクの掛け布団をはだけさせ、床で仰向けに眠っていた。イチヤは銃を枕にして軽いイビキをかいていた。壁に寄りかかってうつむくマリアからは、スースーと大人しい寝息が聞こえてくる。
「トシカズ、疲れたか?」
タイチは目をこすっているトシカズに喋りかけた。
「うん、ちょっとね……。もうずいぶん見張っているけれど、本当に犯人くるのかな……。イチヤには悪いけど、正直来て欲しいわけじゃいんだ。来たら怖いし……マジで危ない人かもしれないから。やっぱり警察を呼んだ方が良いんじゃないかなあ……」
トシカズの口数が多い。不安なのでいつもよりたくさん喋っているのだ。イチヤから借りた野球のバットを握る手が、小刻みに震えていた。
「まあ平気だろ。子供の物を盗む悪者なんて、僕がやっつけてやるよ」
タイチはすぐに強気になる癖がある。トシカズはふっと笑って、肩の力を抜いた。
「根拠のない自信だね。でも、タイチが言うと何だか馬鹿らしくて安心するよ」
「……それ褒めてるのか?」
「うん、一応!」
「そんな気しないぞ」
「はは……ん? あっ、タイチ!!」
言われなくてもタイチは気づいていた。部屋の奥からカチッ・カチッという音がしたのだ。
二人は一斉に身を低くした。タイチは扉の右側から、目を細めて中を覗き込んだ。トシカズが胸のあたりにバットを短く構えて、それに続く。
「……どうしたの……?」
二人の様子から場の緊張を感じたのか、マリアが自然に起きてきて、目をこすりながら聞いた。
(シーーーー!!)
トシカズが振り向いて、口に戸をたてる仕草をした。部屋の中を二度、指さして侵入者が現れたことを知らせる。マリアがはっと息を呑んだ。
三人は扉のわずかな隙間にはりついた。上からトシカズ、タイチ、マリアの順。形の違う耳が、縦一直線に並んだ。それぞれが部屋の中を様子を探ろうと聞き耳を立てる。
二度目ともなると、侵入者に迷いはないようだ。タイチたちが見張っていた『忘れ物』に向かって、一直線に足音が近づいてくる。それもタッ、タッと小刻みにジャンプを繰り返しながら。
(おい、イチヤ!)
タイチが爪先でつついて友人を揺らすが、イチヤは夢の中から返事をする。
「むむ……戦況は我に有利ナリ~、むにゃむにゃ」
(くっ! 何でいちばん重装備のやつが役に立たないんだ! なあ、お前も付いてきてくれ!)
私が? そう思ったが、まあいい。私も立ち上がって、彼らの後ろについた。
もう足音はそこまで近づいてきて、廊下から差し込む蛍光灯の範囲にも入ってきそうだった。
(落ち着けよ、僕が合図するからな……1、2の3で一気に行くぞ)
(う、うん)
(ふぅ。よし、いいよ!)
三人の緊張感が一気に高まる。
(イチ……)
容疑者の足音が、ついに止まった。
(ニィ……)
ビニールのガサガサ音。
(のぉぉぉ……)
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