そいつを逃がすな!/タイチの気持ち



「突撃だ!! にゃーーーーー!!!!」


 突然、壮絶に寝ぼけたイチヤが叫んだ。


 それだけでも、タイチたち三人の心臓は、口から飛び出しそうになった。


 続いて耳をつんざく警報が、家中に鳴り響いた。驚いて猫みたいに、アイも飛び起きた。


 起こった事は単純だった。床に置いたエアガンの突起に、イチヤが付けていた防犯ブザーのストラップが引っかかり、ピンプラグが抜けてしまったのだ。


 律儀に電池まで補充されていたブザーの強音が、仲間たちの自由を奪う。


「なんだ!! 敵襲か!?」


「トシカズ! お願いだから、イチヤのブザーを止めるの手伝って! タイチ、あれ!」


 ブザーに負けない大声と身ぶりで、マリアがタイチに警告した。


 タイチは両耳を押さえていたが、あわてて部屋の中を見た。


 侵入者が逃げようとしている・・・・・・・・・・・・・! 


 相手もびっくりしたのか、最初は立ち止まってオロオロしていた。だがすぐに身の危険を察知し、窓の方へ引き返そうとダッシュをかける。身軽な族は逃げるのも素早かった。


 そうはさせるか! 私は背を屈め、誰よりもすばやく動いた。暗闇の部屋を走っていって、ベッドの上で一度跳ね、机の上に見事に着地した。


 ここは通らせない。私は窓の前に立ちふさがってそいつを威嚇した。


「よくやった!」


 タイチがガッツポーズをする。


 侵入者は慌てていたが、逃げることについては冷静だった。すぐに身を翻すと、もうひとつの脱出経路、部屋の扉の方へと猛然とダッシュした。


「きゃあ!!」


 目前に迫る黒い相手のあまりの勢いに、マリアがびっくりして思わず後退りした。


 タイチは侵入者のあとを追って部屋を出た。


 影は飛ぶように廊下を走り去ると、折り返しにある階段でくるりと向きを変えた。


 このまま一階に逃げる気だ。アイの家の間取りがタイチの頭に浮かぶ。そのままいったらすぐに玄関で、ドアを開けなければ行き止まりになる。


「待て!」


 タイチはサッカーで鍛えた強い脚力を発揮し、バネのように飛び出した。


「気をつけて!!」


 マリアも何とか立ち上がって、後を追おうとする。


 一階までの階段をたった三歩で降りきったタイチだが、着地で体勢を崩して尻を打ち付けてしまった。衝撃で尾てい骨がしびれ、タイチは顔をしかめた。


「ただいまー」


 玄関の鍵がカチャリと回る音、そして大人の男性の声。


「げげ! アイのお父さん?」


 そう。帰宅したアイの父親が玄関のドアを開けてしまったのだ。


「うわぁぁぁ、何だ!!」


 バサっという何か薄いものを打ち付けるような音がした。その黒い影はびっくりして、声を上げる父親の脇をすり抜けて外に出てしまった。


 タイチは靴もろくに履かずに、扉から外に出た。


 相手の姿はどこにもない。くっそー、いよいよ諦めなきゃいけないのか……タイチは今になって息切れしてきた肺に、ハアハアと空気を送り込んだ。。


 その時、タイチの頭上からバサッという音がした。大きな影――侵入者はひとっ飛びで、アイの家の前の道路を飛び越えた。影が落ち着いた先は、目と鼻の先にある大きな公園の、大木の枝の上だった。


「あ……もしかして……」


 タイチは目が良かったので、彼が移動した先にある物が見えた。


「そうか……なんだ、そうだったのか……」


 タイチの体から力が抜けた。少年はその場にペタリと座り込んで、力のない、けれど妙に納得した笑い声を上げ始めた。


「はは、何だよ。それならこんなに疲れるまで追っかけなくても良かったよ……」


 タイチの背後で玄関の扉がカチリと鳴った。


 ドアがゆっくりと開いた。追いかけてきたマリアだ。少女はタイチのそばに来てひざまずき、心配そうに尋ねた。


「大丈夫? タイチ」


「……ああ」


「容疑者さん、捕まえられなかったみたいね……」


「うん、そうなんだ」


 マリアはタイチの満足げな表情を不思議そうに眺めた。


「……なんか、その割にはスッキリした顔してない?」


 タイチは鼻頭をこすった。


「……うん。捕まえるとか、どうでも良くなってさ。世の中って、たまに仕方ないって思うコトあるだろ。今回がそうかも」


 タイチは起き上がろうとして、マリアに助けを求めた。少女が差し出した手をギュッと握る。


「わかっちゃえば、もう納得って感じ。あーあ、あんなもの見ちゃったら、捕まえられないよ! でもさ、マリア。何だか今日はいろいろあって楽しかったな!」


 そう言ってタイチはマリアに笑いかけた。


 マリアの心臓が高鳴った。屈託のない、本当にやるべき事をやったという満足そうな笑顔。ああ、私の好きなタイチの表情だ。


 マリアは胸に温かいものを感じて、頬を赤らめた。彼がもういいと言う理由は、マリアにはまだわからない。けれどこんな顔をされたら私、何だって従ってしまうわ。


 タイチはマリアの手を握ったまま、言った。


「さあ、部屋に帰ろう。戻ったらイチヤの双眼鏡を借りるんだ。その後は、みんなと宿題の答え合わせだ!」


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