被害の状況/アイの母
「あーお尻、超痛い! それにアチチチチ!! 紅茶がかかったぁ……洋服びしょ濡れ! あ、髪の毛まで濡れてるしぃぃ……ふぇぇぇん」
「マジで……ちょっとタイチ、いつまで気絶してんだ! その臭い足どけろ!!」
「……あ! 白いブラウスなのに、紅茶の色が付いちゃった……早く染み抜きしないと、落ちなくなっちゃう」
「いてて、あ! 何も見えない。僕の眼鏡がどこかに飛んだ!!」
「……お尻が……一生トイレ行けない……」
部屋と四人の被害は大きいが、取り敢えず騒ぎは収まったようだ。全員が立ち上がって辺りを見回すと、本当に凄いことになっていた。
まず丸テーブルが足を上にして、逆さまに倒れていた。
当然その上に乗っていた教科書やノート、筆記用具、それにアイとマリアとをびしょ濡れにした紅茶のカップが床の上に散乱していた。
他にもトシカズのメガネケースは壁の方まで吹っ飛んでいたし、イチヤが大量に持ってきていたカードゲームの
無傷だった物もあった。それはタイチが開けた窓のそばの、勉強机に置いてあったものだ。
アイの母親が持ってきてくれたお盆の上のショートケーキはしっかり人数分、原型を留めていた(めちゃくちゃにならなくて良かったと、全員が思った)。
「おいおいおいおい、僕の大事なトレジャーサマナーのデッキセットが散らばってるじゃないか! わわ、紅茶で濡れてるなんて最悪! すぐ乾かさなきゃ!」
イチヤの物欲は痛覚よりも強い。彼はひとり這いつくばって、カードを集め始めた。特にラメが入ったレアカードを先に拾い上げると、ティッシュで吹いて、勉強机の上に綺麗に並べた。
「全部、タイチのせいだぞ! 乱暴者!」
トシカズは失われた視力でようやく見つけたメガネをかけ、メガネケースは勉強机の上に避難させた。
「あ! あった! 私のお気に入りのスプーン! これがないとケーキが美味しくなくなっちゃう!」
アイは柄の先にハートのマークが入った金属の子供っぽいスプーンに頬ずりし、勉強机のケーキのお盆の上に置いた。
マリアは胸に着けていた貝殻製のカメオのブローチを外し、勉強机の上に避難させた。取り出したハンカチで服の生地を挟んで、何とか染みを抜こうとひとり頑張っている。
さすがに反省したのか、タイチはひとり正座してシュンとしていた。お尻が痛くて動けなかったとも言うが。
「あ、マリアもだ! 髪の毛も服も濡れちゃってる! 体もベトベトだから、シャワーしない?」
その時、部屋の扉が開いてアイの母親が入ってきた。家を揺るがす振動に、何事かと駆け上がってきたのだ。
「まあ大変! コップが割れてるじゃない! 踏んだら危ないわ! アイ、お友達をすぐに下に連れてい行ってあげて。ここはママが片付けるから」
母親はそう言うと、私を含め全員を早々に勉強部屋から追い出してしまった。
どうして良いか分からず、顔を見合わせる仲間たち。
「はい、注目! ママが言ったでしょ? 男子たちは下のリビングに行ってて。私とマリアはお風呂行ってくるから。ねえ、タイチ……」
「何だよ、アイ」
疑いの表情で見てくる少女に、タイチが警戒した声で訊ねる。
「マリアがいるからって、のぞいちゃ駄目だゾ!」
「ふ、フン! おい、みんな。さっさと下に行こうぜ! ていうか、僕らもびしょ濡れだから、家もどって着替える? 僕ので良ければ貸すけどさ……」
階下に消えていくタイチの声。イチヤとトシカズを連れて、一階に行ってしまった。
「私たちも行こっか」
マリアはアイの手を引っ張って、着替えを探しに姉の部屋へと入って行った。
私は行き場を無くして立ちつくした。扉が少し空いていたので、アイの部屋の様子を伺う。
「あら、まだ掃除終わってないのよ」
アイの母親が振り向いて言う。しかしそこは何十年も家事を預かるプロ。あんな少しの時間なのに、もうほとんどの片付けは終わっていた。
「あなたは濡れなかったのね、良かった。大人しくしてくれるなら、部屋の中で待っていてもいいわ」
私はありがたく中に入り、ベッドの上でくつろがせてもらった。
そうしているうちに、うつらうつらとして、眠り込んでしまった。
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