13章

第127話 進路相談と卒業とその後と

 3月上旬の放課後。

 夕陽が差し込む薄暗い教室。

 窓は換気の為か開かれており、自由登校となった3年生が卒業式の予行練習に登校したのか再会を喜ぶ声が春の風と室内に舞い込み僕の頬を撫でる。

 部活もしていなければ、個人的な付き合いのある先輩は僕にはいない。

 故に、懐かしいと思う声はなかった。

 けれど、はしゃぐ声を聞くとずっと遠いと思っていた――いや、ずっと来ないとさえ思っていた卒業というものが、不思議と実感させられる。

 僕が卒業するとき、彼等彼女等同様に誰かとの再会を喜ぶことがあるのだろうか?

 ふと疑問に思い、たぶんないだろうと断言する。

 自慢ではないが、僕には友達はいないし。

 璃月に関しては、学校があってもなくてもずっと一緒。

 再会を喜ぶという概念が無いに等しいのだから。

 ならば、卒業をするとき、何を思うのだろうか。

 答えはあっさりと出る。

 きっと、僕はこの学校から離れることは寂しいと思うだろう。

 ここは璃月と出逢った場所だ。

 卒業をすれば、制服に袖を通すこともなくなり、ここに来ることはない。

 敷地に足を踏み入れることさえもいくら卒業生と言えど難しく、気軽に何度も来れるような場所でなくなるのが学校。だから、彼女と出逢ったあの図書館の奥に行き「ここで僕が告白したんだよね」なんて思い出を語ることはきっとできなくなる。

 そしてよくよく考えてみれば、制服姿の璃月も見れなくなるではないか。

 卒業後に制服を着れば、ただのコスプレになってしまう。

 まぁ、コスプレ姿の璃月がえっちかえっちでないかと言えば、えっちだと思うけどね。うん、いい、制服コスプレの璃月もいい。えへへ、未来の璃月も制服がきっと似合ってて可愛いんだろうな。えっちなんだろうな、早く見たいまであったり。

 ここまでのしんみりとした気持ちの中、ちょっぴり未来に希望を持てたりしました、はい。小さな希望を胸に僕は外を眺める。

 先ほどから声と春風舞い込む窓からは、穏やかな海と、3年生たちを見送る卒業式を今か今かと待ちわび咲き誇ろうとする桜が伺えた。

 そうだ、この景色も卒業したら見ることはなくなってしまう。

 あと、何度、見れるのかな?

 目に焼き付けるように、卒業という言葉の意味を僕は考え続けるのだった――。


「いやいや宇宙町くん、他人の卒業よりも考えるべきことがあるでしょう‼」


 目の前にいるムスっとした顔が、僕の名を呼ぶ。

 それにより、意識は現実に無理やり戻されてしまう。

 最近の幼児退行ぷりを覆すべく、ちょっぴり背伸びしたモノローグをしていたというのに・・・・はぁー、ヒドイ人だ。これが教師のやることなのか、まったくぅ。

 途中、璃月の制服コスプレについて言及していたような気がするけど、気のせい。

 それはさておき。

 先ほども言ったが、僕の目の前にいる人は担任の先生である。

 放課後×誰もいない教室=璃月と一緒。

 というのが、僕の基本のはずなのだが、今回ばかりは残念ながら違う。

 僕に起こったことを説明しておくと、遡ること数分前――璃月と一緒に帰ろうとしていた時のこと。璃月がお手洗いに行きたいと言ったので、僕は忠犬が如くお座りをして待っていた。そこに璃月の写真を持った先生が現れ、まんまと誘拐されて進路指導室に閉じこめられたというわけであった。まったく、ヒドイ先生だ‼

 さて、1つ弁解させてほしい。

 先生の見せた写真は確かに罠だとはわかっていた。けれど、仕方がないのだ。

 だって、璃月の写真で、お姉ちゃんとのツーショット。しかも、写真とデータまでくれるという魅力的な餌だったわけで。引っかからない方がおかしな話だ。

 くぅぅぅ、伊達に1年、僕の担任をしているわけではないようだった。

 僕の釣られるツボを理解してやがるぅー。


「それで、先生・・・・・僕を誘拐して何が目的なんですか!?」

「誘拐って・・・・そんなことするわけないじゃない。私はただね――」

「あ、わかった‼」

「なにが?」

「誘拐した理由ですよ。もしかして先生、璃月と同じショタコンなんでしょう。だから、高校生でありながら心がショタな、合法ショタな僕を誘拐したんだ‼」

「失礼にもほどがあるわよ!?」

「わぁー、変態だぁー、助けてぇー、ここに変態がいるよぉー」

「宇宙町くん、落ち着きなさい。貴方の言い分では、回り回って星降町さんも変態扱いになってるわよ。そこはいいのかしら!?」

「璃月はえっちだから問題ありません‼」

「断言しないであげて、流石に可哀想・・・・。そもそも変態扱いして、宇宙町くんは怒られないのかしら?」

「怒られますけど、怒った璃月も可愛いんです、えへへ、めってされたい」

「・・・・貴方も人のことを言えない変態じゃない。というよりもよ」

「はい?」

「私がショタコンなら高校教師をしていない、小学校の先生になっているわ‼」

「そのツッコミはどうかと・・・・・色々と問題発言のような気が・・・・」


 胸を張り宣言した先生だったが、僕のツッコミを聞き「たしかに」と呟く。

 宣言を取り消すように咳ばらいを1つして、口を開いた。


「それで貴方を連れてきた理由は単純よ。進路の話をするためよ」

「なーんだ、進路の話ですか。それなら、普通に呼び出してくれればよかったのに」

「呼んでたわよ、2週間前からずっと‼」


 先生は我慢できなくなったようで叫びだす。

 それから続けて言う。


「貴方が今日まで呼び出しを無視したから無理やり連れてこなくちゃいけなくなったのよ、まったく。一応、訊くけど。呼び出しについては憶えているわよね?」

「あったような気がします。璃月のことじゃないから、自信ないですけど」

「貴方って子は・・・・」

「あっ、でも今、思い出しました。理由があって行けなかったんです」

「理由?」


 怪訝な顔をする先生。

 それから「話してみて?」と促されたので、僕は口を開く。


「先生から呼び出されると決まって璃月が『せんせーの呼び出し?それよりも、私とでーとしよっ、ね♡』って手を繋ぎながら言ってくれてたんですよね。璃月の方が優先度高いのは決まってますし、デートに行きたかったんで無視しちゃったんでした」

「とんだ確信犯がいたものね‼」


 叫びながら先生は、僕が来なかった理由に納得がいったように頷く。

 それからため息をついて先生は言う。


「はぁー・・・・もういいわ」

「やったぁー、もう帰っていいんですか。璃月の胸の中に帰るぞぉー」

「2週間無視してた件についての話よ‼」

「なんだー、ぶぅー」

「貴方が顔を膨らませて許してもらえるのは、星降町さんだけよ」

「お姉ちゃんも許してくれますぅー」

「あげあしをとらないで。・・・・というよりも貴方、これまで誰も言及してこなかったけれど、シスコンよね。お姉さんの方はブラコンだけど」

「ちがっ、てか、ライン超えたな、このヤロー。僕はシスコンじゃなくて、ただのお姉ちゃん子だぞぉー。勘違いするんじゃないぞぉー。お姉ちゃんはブラコンだけど」

「お姉さんの方はいいのね。はいはい、本題の進路の話をしましょうか」

「話はまだ終わってないぞ‼」


 意気揚々と文句を言う僕をなだめるように、先生は璃月の写真を渡してくる。

 何度もその手には引っかからないぞ。

 と、チラリと写真を見る。

 こ、これは、4月にとった学生証の顔写真じゃないか‼

 写真写りが悪いとかで、ちらっとしか見せてもらえなかった逸品。ふむ、これならシスコン呼ばわりしたことは許さんでもない。えへへ、写真写りいいじゃん。

 璃月はどんな写真でも可愛い。

 ポケットに入れながら、ようやく本題に入ることになった。


「それで、僕の進路に何か問題でも?」

「問題しかないわよ」


 言いながら先生は、2週間前に提出した進路希望調査票を差し出してきた。

 どれどれーと確認しなくても、僕が書いたものなので内容はわかる。

 内容としては、


 〈第1希望〉 アホ毛の研究者

 〈第2希望〉 璃月のお婿さん

 〈第3希望〉 空欄


 の3つ。

 ちゃんと書いたんだけど・・・・あ、でも第3希望がどうしても思い浮かばなくて、空欄にしちゃったんだっけ。きっとそこが問題だったんだ。

 問題点の目星をつけた僕。早く帰りたいので、適当に謝っておくことにした。


「ごめんなさい、先生。どうしても第3希望が浮かばなくて・・・・・」

「そこもだけど、むしろそこが1番マシよ!?」

「え、そうなんですか?」

「まずそうね、第2希望ね。これ、夏休み前の調査の時に同じことを書いて再提出になっていたわよね。憶えていないかしら?」

「憶えていますよ。けど、どうしても書きたかったんです‼」

「書きたかったって・・・・あー、もういいわ。これでこそ、貴方よね、うん」


 まだ何かを言いたそうにしたが、諦めた様子。

 人間、諦めも大事。

 先生はそんなことを教えてくれたのだろう。

 

「まぁいいわ。さて、1番の問題に入りましょうか」

「まだダメなとこ、ありますか?」

「あるわ。アホ毛の研究者ってところよ。これは一体、何かしら?」

「決まってるじゃないですか。アホ毛を研究する人です。アホ毛を学びたいんです」


 アホ毛の研究について初めて知ったのは文化祭の日。

 僕と璃月が休憩している時に現れた『女装をした僕に似ている女の子』に教えてもらったのが始まり。それ以来、アホ毛の研究者になろうと心に決めたのだ。

 そのエピソードを伝えると、先生は言う。


「うーん、その聞いた話が嘘ってことは?」

「そんなことないもん。お父さんが第一人者だって言ってたもん」

「一応ね、先生も生徒の将来のことだし、調べさせてもらったわ。けれど、どこを探してもアホ毛の研究はおろか、研究者はみつからなかったのよね・・・・」


 小首を傾げながら先生は言う。

 半信半疑ながらも、学問について理解しようと調べてくれていたようだった。そこに教育者としての信念のようなものが見えて、先生に対する好感度が少しだけあがった気がしなくもないが今はさておく。

 言い返したかったが、僕は言葉を詰まらせてしまう。

 その理由は単純な事。

 僕もアホ毛の研究について調べてみた。

 その結果、研究はおろか、研究者が見つからなかった・・・・。

 きっと先生は、アリもしないものを僕が追いかけ続けないように言ってくれているのだろう。そして、ここで諦めるのが僕の正しい選択なのだと考えなくてもわかる。

 どんなに嫌われようが、生徒の夢を断つのも仕事、ということなのか。

 僕は立ち上がり、心にあるアホ毛を‼マークにして口を開いた。

 全て理解していても、僕の答えは――、


「それでも僕はアホ毛の研究者になるもん‼」


 ――変わらない。

 だって、璃月のアホ毛は動いてるし、璃月とアホ毛を交わせばおしゃべりもできる。アホ毛を通してどこにいるかもわかるし、僕の心にちゃんとアホ毛はある。

 自分にそれがあるからこそ、知ってみたい。

 璃月にあるそれを知ってみたい。

 それが僕を動かす原動力。諦めるなんて選択肢はなかった。

 何より誰も研究していないのなら、好都合じゃないか。

 だって、


「この世界は、誰も知らなかったことだらけだった。

「重力も、星が回ってることも、電気も、最初は誰も何も知らなかった。

「それをバカにされようが、否定されようが、研究し続け証明してきた。

「そうして今の世界ができてきた。

「なら、そんな人たちがいたなら、僕がそれになっても間違いじゃない。

「どんなに止められようが、大好きなアホ毛を研究して、初の研究者になる。

「アホ毛の凄さを、ううん、璃月のアホ毛の凄さを僕が証明してやるんだから。

「何より、僕が大発見できるチャンス。

「それを手放してやらない。

「うん、僕は絶対に、アホ毛の研究者になってやる‼」


 息をするのも忘れ、僕は素直な気持ちを先生に宣言した。

 それから捨て台詞のように付け加える。


「先生‼

「これから先、僕はきっと大発見して、有名になっちゃいます。

「その時の恩師インタビューは、先生にしてあげます。

「だから、その時のインタビュー内容でも、今から考えておくがいいです‼」


 言いたいことを言い終わり、挑戦的な笑みを浮かべてみる。

 全部聞き終えた先生が何を言ったかというと、


「あはは、なにそれ」


 とか笑ってきやがる。

 ここはアレか、どっかの主人公が如く「人の夢を笑うな‼」とかキレるところか?


「むぅー、なんで笑うのぉー」


 頬を膨らませる僕。

 そんな表情をみて「ごめんごめん」と適当に先生は謝ってくる。

 それから、


「本当は無理にでも止めるべきとこかしら。

「けど、止めないでおくことにするわ。

「熱意は伝わったし、何より教師をやっているのだから有名になった生徒の恩師ってやつになってもみたいしね

「というわけで、恩師インタビューまで貴方の進路についてはこれ以上は言わないことにする。だから、インタビューさせてね?」


 どうやら応援してくれるようだった。

 まぁ、ここで否定さようが、無理矢理なっていたけど。

 結果は同じでも、ちょっぴり嬉しかったりする僕がいたり・・・・。


「ちなみになんだけど、訊いていいかしら?」

「なんです」

「ご両親はなんと言ってるの」

「お父さんとお母さんは、璃月に任せるって言ってくれてますけど。で、璃月は僕に任せるって言ってくれてるから、実質将来のことは自分で決めていいんです」

「あー、あの子、ご両親にもうまく取り入ってるのね・・・・恐ろしい」

「んー?」

「何でもないわ。まぁ、貴方のお姉さんもかなり自由な進路を選んでるようだし」

「お姉ちゃんの進路?」

「聞いてないの?あの子はね」


 お姉ちゃんの将来の夢が聞けそうになった時のこと、それを遮るように突如として扉がガラガラと開けられる。開けたその人物というのは――、


「せんせー、私から逃げられるとでもお思いで?」

「――璃月‼」

「迎えにくるのが遅れてごめんね。久々に登校してきた3年生に再戦を挑まれたり、いろはちゃんにあったりしてお喋りしちゃってて遅れちゃった」

「ううん、迎えに来てくれたのがうれしー」


 んー?

 お姉ちゃんと話をしていたのはわかる。

 けど、3年生に再戦を挑まれた・・・・・え、なにそれ?

 よくわからないけど、僕は聞かないでおくことにした。ちょっぴりミステリアスなところがあった方が魅力的だし。

 自身を納得させていると、璃月はテトテトやってきて僕の頭を撫でまわしはじめてくれて思考は停止。撫でられる気持ち良さしかわからなくなる。


「もっと、もっと撫でてぇー」

「いーよ、ナーくんはちゃんと進路のことせんせーにゆえて偉いね」

「ふへへへー(思考停止中なので、いつから聞いていたのか疑問に思ってない)」

「なでなでー」


 とっても幸せ。

 もっともっとおねだりするように、僕はぎゅーって璃月に抱き着いちゃおっ♡

 ぎゅーってしていると、扉の方から視線を感じる。

 ・・・・あっ、お姉ちゃんじゃん。何してんの?

 うぅぅ・・・・璃月に甘えてるところをお姉ちゃんに見られるとか、ふぇぇぇん、興奮しちゃうよぉ。興奮にうちひしがれる中、璃月は一旦撫でるのをやめてしまう。


「どーしてやめるのぉ?」

「ちょっとね、せんせーとお話をしなきゃなの」

「うーん、そっか」

「お外にいろはちゃんがいるから遊んでもらってて?」

「わかったー、お姉ちゃんとあそぶー。お姉ちゃーん」


 てとてとお姉ちゃんの方に向かう際に、璃月をチラリ。

 彼女は僕が見たことのない類の笑顔を先生に向けていた。あ、これガチギレだ。

 急いで怯えているお姉ちゃんの元に行って、何もかも忘れて遊ぶことにしよっと。


「せんせー、よくも私のナーくんを誘拐してくれましたね、ええ」

「いや、誘拐って」

「はい?」

「そもそも貴女が宇宙町くんの呼び出しの邪魔を」

「それは私抜きの1対1でやろうとしていたからですけど。三者面談にしてくれればよかったのに。さて、せんせー。これから私とせんせーの進路指導をしましょう」

「え、やなんだけど。なんで私の?」


 その先、何があったのか僕はお姉ちゃんと遊んでいたので知る由もない。

 とりあえず、璃月は怒っても可愛いことだけは確かだった。 


 ♡♡☆


 僕と先生との溝はなくなり、璃月と先生との溝は深くなった進路相談も終わりを迎えていた。元気を無くした先生に見送られて僕と璃月、お姉ちゃんは帰ることに。

 卒業を意識したからなのか、いつもの通学路もあと2年しか通らないのか、なんて感慨にふけってみたり。まぁ、明日には忘れてる自信があるけど。

 何はともあれ。

 僕と先生は約束をしてしまった。

 卒業して研究者になれるかはわからないがなれたあかつきには、璃月を連れて卒業したこの学校を訪れ先生に報告しにくることになると思う。

 もしその時が訪れたのなら、僕たちを送り出してくれるであろう桜の花びらよりも、より多くの昔話に花を咲かせたい僕がいた。

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