第128話 不眠、姉がおらず 

 3月、季節はもう春だ。

 春で思い出す言葉が、1つある。

 それが何かと言えば、――春眠、暁を覚えず。

 端的に換言すれば、


「春の朝とか起きんの忘れちゃうよね?」


 という感じ。

 この言葉は、二度寝をしている状態を表している。

 ※諸説あります。

 そしてここから推察するに、二度寝文化は古くからある文化なのだ。

 ※諸説あります。

 故に現代社会を生きる僕たちは、古き良き伝統文化『二度寝』を後世に残さなければならない。ハンコを残す運動があるなら『二度寝』も残すべき。

 てなわけで、積極的に二度寝はしていくべきだと僕は思うの。

 更におばあちゃんは言っていた――、


「いやいや春どころか、朝起きるのって1年中つらいでしょ!?

「何より私たちは、身体が幼いまま成長しなくなる呪いもあるし。

「寝る子は育つ。

「呪いにうち勝ち、身体を成長させるためにも、いっぱい寝た方がいいね。

「二度寝どころじゃなく、お昼寝もするべき。

「てなわけで、家訓として『好きなだけ寝る‼』を追加しようと思うの‼」


 ――とかなんとか。

 何が言いたいかと言えば、僕の家系は『寝る』ことを大切にしているところがある。そんな環境で育ってきた僕だが、昨夜は諸事情により眠れていなかった。

 その為、今日1日、


「ふぁぁぁ」


 ずっとあくびをしていた。

 眠い為に頭が回らず、常にぼーっとしていた気がする。

 お昼だってお箸が自分で持てなくて、璃月に「あーん」してもらわなきゃ食べれなかったレベルだ(ちなみに「あーん」は毎日してもらってる)。

 それはさておくとして。

 あくびをこぼす僕を見て璃月は、心配そうに顔を覗かせた。


「鳴瑠くん。今日はずっとあくびしてたね」

「うん・・・・実は昨日の夜、眠れなかったんだ」

「え、それは心配だよ、私・・・・。あれれ、でも鳴瑠くん」

「ん?」

「今日は遠足じゃないよ?」

「遠足じゃないのは知ってるよ。ぼーっと璃月を見てたけど、授業には出てたし‼」


 普通の僕だけでなく、ショタな僕も大好きな璃月は、

 『僕が眠れない=遠足の前日でワクワクして眠れない系の不眠』

 という高度な図式を立てたようである。

 うん、うん、正直に言おう。

 遠足の前日は僕、ワクワクして眠れないから当たっている。

 もっと言えば、お泊りのある家族旅行の前日はもっと眠れない。

 さらに言えば、璃月の家に泊まった場合は、璃月が僕を寝かせてくれなかったりする。もうね、えっちぃことをねだる璃月が、とにかく可愛いんだ。えへへ。

 可愛い璃月を思い出しながら、僕は続ける。


「いや、確かに眠れなくはなるけど・・・・今回は違うよ」

「わぁー、眠れなくなっちゃう鳴瑠くん、可愛いー‼」


 先ほどまでの心配していそうな顔はどこへやら、璃月はえっちでだらしない顔をし始めた。それから僕の頭を撫でたり、ちゅーしてきたり、ほっぺをムニムニ揉んできて、好き勝手にしてくる。うん、璃月に好き勝手にされるの好きぃー、えへへ。

 とはいえ、そんな風に扱われるのも短い間だけ。

 璃月は何かに気づいたように「はっ‼」と我に返り心配そうな顔をする。

 そして、僕を抱きしめ言う。


「ワクワクして眠れないってのが違うとなると、もしかして悩みごとが・・・・。うぅー、鳴瑠くん、ごめんね。気づいてあげられなくて」

「え、え、僕、別に」


 僕のことが心配になった璃月は、話を聞いてくれない。

 それから続けて言う。


「悩みの種、私にゆって。私がそれを排除・・・・根絶させて生まれてきたことを後悔――いや、この世に最初から無かったことにしたあげるから。私の可愛い鳴瑠くんの寝顔を邪魔するモノは、ぜんぶ、ぜーんぶ消したあげるんだから‼」


 璃月はとてつもなく僕を心配して、恐ろしく物騒なことを言い始める。とはいえ、根底にあるのは、僕に対する心配だ。そう考えると、とっても優しいね‼

 僕は璃月の愛情が感じられてうれしい限りである。

 にしても、どうやって歴史を改変するのかだけは、気になるかも。

 眠かったので、僕はツッコミを放棄しとく。

 とりあえず、僕が何かに悩み不眠になった場合は、僕の彼女の手によって歴史が改変される可能性が浮上したわけである。これはおちおち不眠になれない。

 睡眠の重要性を改めて学ぶことができた僕だった。

 それはさておき、ここまでツッコミを放棄していたわけだけど、璃月に言わなきゃいけないことはある。

 

「りつきぃー」

「ん、悩み事、ゆーきになった?」

「ううん、実はね、僕。悩みごとないよー」

「えっと、そーなの?」

「うん。だって、璃月と一緒にいると、悩みごとなんてどっかいっちゃうもん‼」

「嬉しいことゆってくれるナーくんは、ぎゅーしたあげる‼」


 言いながら璃月は、抱き着いてきてくれる。

 はわわ、眠くてフラフラして足元おぼつかないから、抱き着かれると身体が安定して安心する。うん、今日はずっと、ううん、これからずっと抱き着いててほしい。

 幸せ度が高まる僕に、璃月は言う。


「あれれ、でも鳴瑠くん」

「ん?」

「どうして寝不足になちゃったのかな。あ、ゲームのし過ぎとか?」

「ううん、違う。だって昨日はゲームしてない・・・・」

「珍しいね」

「だってお姉ちゃんがいないんだもん。1人でしてもつまんない‼」

「あー、そう言えば、昨日からいろはちゃんは、修学旅行に行ったんだっけ?」

「そー‼」


 昨日からお姉ちゃんは、4泊5日の修学旅行に行ってしまった。

 ここら辺の学校だと、選択肢は2つ。

 1つは、年中常夏の海が楽しめる南国都市――伊南榛市いなばりし

 もう1つは璃月のお気に入りの空飛ぶ家具を作っている魔法研究の本場。魔法大陸――パリラエッフェル。この2つのどちらかを選ぶこととなる。

 ちなみにお姉ちゃんが選んだのは、パリラエッフェルの方だ。

 前々から本場の空飛ぶ家具を見たいと言っていた璃月。彼女に修学旅行で行くことを自慢してマウントを取っていたお姉ちゃんが泣かされたりしたこともあったり。

 今は近くにいないお姉ちゃんを思い出すと、懐かしい。

 うぅぅ、昨日の別れを思い出して、泣いてしまいそうになってしまう。


「キャリーケースの中に隠れてみたんだけど、連れってってもらえなかったなぁ」

「そんなことしてたの!?」

「するでしょ‼」

「ズルい。私も本場の魔法みたいの鳴瑠くんは知ってたでしょ。彼女の私を置いて行こうとしないで。密入国するなら一緒にさせて‼」

「え、あ・・・・ごめん。配慮が足りなかったよ」

「そーだよ‼」

「次の機会があったら、璃月のことも誘うね」

「そーして‼」


 何かがズレている気がするが、気のせいだと思う。

 もしズレた会話をしているなら、僕が眠いせいだと思うの。いや、璃月って眠かったっけ・・・・まぁーいいや。僕は考えるのをやめる。

 にしても、璃月と1つのキャリーバックに入るか・・・・やってみたいかも‼

 これも眠いせいにしておく。

 そんな僕に、璃月は確信をついてきた。


「それで、鳴瑠くんはいろはちゃんがいない寂しさで眠れなかったの?」

「えっと、うんとぉー、そーです、はい・・・・」

「そっか、そっか」

 

 そう言いながら、優し気な表情をすると璃月は、僕が寂しくないようにと頭を撫で始める。・・・・撫でられるのは嬉しい。嬉しんだけどぉ、ぐにゅにゅ~。

 今の僕はというと、すんごく言語かするのが難しい状況になっていた・・・・。

 お姉ちゃんに会えない寂しさを言語として認めさせられた恥ずかしさ。あとは、お姉ちゃんと会えない寂しさ。それらをよりも大きい璃月といられる幸せ。

 ぶっちゃけ、恥ずかしさなんていつかは消えるからどうでもいい。けど、言語化させられて今まで見て見ぬフリしてきたものを意識してしまうようになってしまう。

 幸せなのに、幸せになりきれない。

 どうしようもなく、幸せと共に寂しさも同時に感じてしまうこの感覚。

 うぅぅ、こんなの璃月に失礼な気がして、自分が許せない。


「璃月・・・・ごめんなさい」

「あー、もう、しょんぼりしないの。ナーくんがどうしようもないシスコ――お姉ちゃん子だってことは、知ってるし。そこもひっくるめて私は大好きなんだよ」

「りつきぃー・・・・今なんて?」

「私はナーくんの全てが大好きだよーってゆったよ」

「えっと、途中になんか変なのが・・・・」

「ないよ‼」


 宣言しながら璃月は抱きしめてくれる。

 僕が聞きのがしてはいけないことがあったような気もしなくもないが、今はいいや。眠たいしね。聞き間違えだったかもしれないし‼

 それから璃月は言う。


「とにかく、私はナーくんが大好きです」

「わぁー、ありがとー、僕も大好き‼」

「ありがと。でね、ナーくん」

「ん?」

「私がいろはちゃんの代わりに、お姉ちゃんをやろうと思うの、どうかな?」

「えっと、どうかなって・・・・」


 時々、自分をお姉ちゃんとか言い始めてるし・・・・今更、訊かれても。

 というよりもだよ。


「璃月を誰かの代わりにしたくないんだけど」

「あー、そこは平気、平気」

「えっとぉ?」

「いろはちゃんが帰ってくる間に、代わりじゃなくなってるから‼」

「――!?」


 どうゆーこと!?

 訳が分からな過ぎて、声がでなかったよ。

 ようするに璃月は、僕のお姉ちゃん枠をお姉ちゃんから盗ろうとしてるの!?

 お姉ちゃんのゲシュタルト崩壊をし始めてるため、思考が纏まらない。

 そんな僕に構わず璃月は呟く。


「恋人兼、お姉ちゃん。えへへー、いい」

「・・・・」

「何より、ニセモノが本物に勝てない道理はないしね‼」


 なんかカッコいいことを言ってる璃月。

 意味はわからないけど、カッコよすぎて惚れ直しちゃうよ‼

 そんな僕に璃月は言う。


「というわけで鳴瑠くん。今日からいろはちゃんが帰ってくるまでの間、泊めてもらってもいいかな。私のお姉ちゃん強化週間にしたいからさ‼」

「えっと、言葉の意味はわかんないけど、璃月が僕の部屋に泊まってくれるの?」

「うん、そうだよ。お泊りするの。そうすれば、鳴瑠くんは寂しくないでしょ」

「えへへ、やったぁ。ずっと璃月と一緒‼」

「こらこら、呼び方が違うよ、私のことは何てゆーのかな?」

「璃月お姉ちゃん‼」

「はい、よくできました。うへへ、良い響き」

「わーい、わーい、璃月お姉ちゃんがお泊りにくるぞー」


 何かよくわからないうちに、璃月が泊まりにくることになっていた。

 これは嬉しいぞ‼

 そうとなれば、すぐにお母さんに連絡しなきゃだ‼

 この時の僕は、嬉しさと眠さで気付いてはいなかった。

 過去の璃月とのお泊りの際、璃月が僕を寝かせてくれたことが少ないことに。

 どうやら、睡眠不足解消は長そうだ――。

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