第121話 ジャージと鳴瑠とルナ
次の授業は、体育。
制服から学校指定のジャージに着替えることに。
着替え終えると、僕は地毛とウィッグでお姉ちゃんと同じくらい長くなった髪(腰の高さくらい)を運動しやすいようにポニーテイルに束ねる。
ポニーテールは、璃月に何度かしてもらったことがあったので、自分でもなんとか再現することができた。動くたびに左右に揺れ動くのが楽しくってお気に入り。
ちなみに、この髪型で1番好きな遊びは、犬が自分の尻尾を追いかけてクルクル回るみたいに、クルクル回って自分の毛先を追いかける遊びだったりする。
思い出すとやりたくなるけど、今は我慢。ただでさえ体力が少ない僕は、少しでも体育までは体力を温存しておかなきゃいけない。
何はともあれ、準備を終えて僕は璃月の元に。アホ毛を使ったこともあり、すぐに見つけることができた。僕はそのまま彼女に後ろから抱き着くことに。
だが、流石は璃月とでも言うべきか。
僕の接近にいち早く気づき、こちらに振り返る。
彼女は正面から僕を抱きとめてくれた。
「璃月ちゃーん、だいすきぃー、えへへ♡」
「私も大好きだよ、鳴瑠くん――って、鳴瑠くんだけど、鳴瑠くんじゃなくて、ルナちゃんじゃん。え、なんで鳴瑠くんてば、ルナちゃんなの!?」
傍から聞いていると、少し混乱してしまいそうになる璃月の言葉。
ルナという名前について簡単に説明すると、僕が男の娘になっている時に使っている偽名のこと。僕がルナであると、この学校の生徒にバレルと説明を省くが色々と面倒なことになる。そんなわけで、僕は鳴瑠をひっくり返したルナと名乗っていた。
彼女は周りをキョロキョロ。
誰もいないことを確認する。
普段は大胆不敵かつ周りのことなどお構いなしの行動をとる璃月が、周りの目を気にするのは無理のないこと。ルナが他の生徒に見つかれば、軽くパニックになってしまうからだ。それだけ、ルナという存在はカルト的人気を誇っているので仕方ない。
確認して、ほっと息を吐く。
それから声をすぼめて、璃月は僕の名を呼ぶ。
「で、ルナちゃん」
「ん?」
「どうして、ルナちゃんになったのかな。もしかして、女の子の恰好をしたかったの?だったら、お休みの日に私がもっと、もぉっーと可愛くしたあげたのに。際どくてえっちぃ恰好させて、えっちな撮影会を開いたあげたのに、うへへ、今度しよっ」
だらしない顔をし始める璃月。
そんな彼女の顔も、すんごく可愛くて僕は大好き♡
にしても、際どい恰好で撮影会かぁ・・・・。
しかも、僕に何の了承も取らずに開催をすることが決まっているなんてヒドイよ、まったくぅ。まぁ、悪くないというか、したいまであるけどね。
だって、えっちぃ恰好を璃月に見られるとか、考えただけで興奮しちゃうもん。
かなりノリノリな僕。
とはいえ、思うところがないわけではない。
「ねー、璃月ちゃん。その撮影会ってさ、璃月ちゃんも際どいえっちな恰好、してくれるの?」
「え、私も!?」
「うん。僕、璃月ちゃんの可愛くって際どいえっちな恰好みたいもん‼」
「えっとぉ、私はえっちくないけど・・・・鳴瑠くんが見たい、なら・・・・いい」
「ほんとぉー‼」
「・・・・うん。私、嘘付いたことない」
ついさっき、『私はえっちくない』って嘘つかれたけど、そんなことはもはやどうでもいい。璃月とお揃いのえっちくて際どい恰好ができる方がまさるのだから。
僕は嘘をつかれたことと、呼び方が戻ってしまっている点に関しては言及せずにぴょんぴょこ跳ねて喜びを露わに。楽しみが増えるのはいつだって嬉しいことなのだ。
そんな僕に、璃月は訊ねてくる。
「それで、ルナちゃん。どーして私に内緒でルナちゃんになったの?」
「あー、そのことね。それにはね、のっぴきならない理由ってやつがあるの」
「のっぴきならない、理由?」
「そー」
「・・・・うーん、私に内緒にするほどの、のっぴぃちゃう理由・・・・」
アホ毛を?にして考える璃月。
それから、
「もしかして――ッ!?」
と、アホ毛を!にさせて大声を上げる。
慌てたように僕へと近づくと、そのまま僕のジャージのズボン、そしてパンツまでひぱって中身を覗き、何かを確認し始めたッ‼
「きゃっ♡」
「うへへ、可愛い声――もだけど、はふー、ちゃんとあるじゃん」
安心したため息を出す璃月は、ちょっとえっちな顔をしてる気がする。
彼女が一体、なにを確認して、なにに安心したのか、僕にはわからないなぁー。
そんなことはさておいて。
突然の彼女の行動によって、不覚にも可愛い声を出してしまった。
そのことがちょっぴり悔しいかったりする。
「もぉー、なんで急にズボンとパンツをひっぺがそうとするの。そうゆうことをするのはえっちな子がすることなんだからね。わかってるの!?」
「えっちくないもん。私はただ鳴瑠くんが女の子になちゃったのかなって心配で。それでズボンとパンツの中を見ればわかるかなって思っただけだもん」
どんな心配だ。
アホ毛が超常的な力を持っていても、性転換なんて簡単にはできないよ。
まぁ、たしかに、僕が本当に女の子になったらのっぴくほどの理由になるとは思うけどれども。とはいえだ、外でズボンとパンツの中を確認するのは注意しなくては。
「心配してくれたのは嬉しいけど、外ではやめてよ」
「さすがのルナちゃんでも、恥ずかしいよね。ごめ――」
謝ろうとする璃月。
それを遮るように、僕は外でひっぺがしてほしくない理由を告げる。
「冬だから外で下半身だしたら寒いじゃん‼」
「え、理由、それ!?」
「何よりだよ、学校で、しかも外で璃月ちゃんにそんなことをされたら僕、背徳的な気分で変な扉を開いちゃいそうだよ。この扉だけは開いちゃダメな気がするの‼」
「あ、うん、ごめんね」
「最低でも、やるなら室内にして」
「うん、気を付ける――いや、私は何を注意されてるの?」
至極当然なツッコミをされるが、気にしないでおく。
そんな僕とは裏腹に、璃月は気分を切り替えるように、口を開いた。
「にしてもさ、ルナちゃん」
「もしかして、どうして僕がルナになってるのか、ほんとの理由が知りたいの?」
「それもだけど、思ったことがあるの」
「ん?」
「さっき背徳的とかゆってたじゃん」
「うん」
「でね、私ね、思ったの」
あ、この後、えっちなこと言うぞ。
僕は思うも「何を?」と聞く他ない。璃月の話は何でも聞きたいもん。
促された彼女はまたもやだらしない顔をする。
それから、
「可愛い子にえっちぃのが付いてるのって、どえっちだよね。えへへ、これも背徳感ってゆーのかな。もぉー、ルナちゃんって存在がドえっちだよぉー」
ふぇぇん、璃月の脳内がドえっちだよ‼
共感しないでもないけど。
静かに共感しつつも、僕は聞かなかったことにしてあげる。
けほ、と咳払いをすると、僕はルナにならざる負えなかったのっぴきならない理由ってやつを彼女に教えてあげることにした。
「実はね、のっぴきならない理由が2つあるんだ」
「あ、ごめんごめん、ルナちゃんになった理由のお話だったね。もぉー鳴瑠くんじゃなくて、ルナちゃんという存在がえっちだったから忘れちゃってた。にしても2つもあるのか、のっぴく理由。それってけっこう大変じゃない?」
「そうだなんだ、大変なことなんだ」
「なら、何でもゆって。私ができることなら何でもしたあげるからね。もしかして、やなことでもあったのかな。私が甘やかして慰めたあげようか。それとも、その元凶をどうにかしてあげようか。とりま、世界、滅ぼしとく?」
璃月の優しさに涙がでそうだ。
とりま、このままでは璃月の勘違いから世界の危機が訪れることになるので、彼女の誤解を解いて世界を救っておくことにしよう。ふとした瞬間、人は誰でも
「違うよ、璃月ちゃん。別に世界を滅ぼしてほしいことなんてないよ」
「そーなの?」
「うん。だって僕。毎日、璃月ちゃんと一緒にいられて幸せだもん。ヤなことないよ‼」
「もぉー鳴瑠くんてば、嬉しい事ゆってくれて。じゃぁなんでルナちゃんに?」
「それはね、体育が男女別だから。璃月ちゃんと離れたくなくて、考えたの。僕もルナになって女の子の恰好をすれば、璃月ちゃんと一緒に体育ができるぞって」
「・・・・ルナちゃん。実はね、私も体育で別々に授業を受けるのすんごく寂しかった。ナーくんも同じ気持ちだったんだって、うぅぅ、可愛い子め。その気持ちがすんごく、嬉しいよ。でも、今日の体育って――」
何かを言おうとした璃月。
僕はそれよりも早く、感極まって彼女に飛びついてしまう。
たかだか授業の時間は1時間程度。
されど、その短時間でさえ、僕に会えないでいてくれるのを寂しがってくれて嬉しくないはずがないではないか。寂しさを埋めるように抱き着かないはずがない。
ぎゅーっとしていると、寂しさも、冬の寒さも忘れられる。
ぶっちゃけ、心も身体もぽかぽか。
体育をせずに、ずっとこうしていたい。
「それでルナちゃん。もう1つの理由って?」
抱き合いながら、互いに背中をさすりながら話を続ける。
そして、璃月はそう促してきた。
「実はね、璃月ちゃん――」
「うん」
優し気な声音で相槌を打ってくれる。
僕は続けた。
「――今日の男子の体育って、持久走なの」
「ん?」
「僕って運動が嫌いで走りたくないじゃん。でねでね、いっぱい考えたんだ、どうしたら走らなくってすむのかなって。で、思ったの、ルナになって、女の子たちの体育に混ざれば、走らなくて済むんじゃないかって。すごいでしょ。褒めて褒めて‼」
「・・・・」
2つ目ののっぴきならない理由に、璃月は無言。
ヒドイよ。
けれど、僕のことが大好きな璃月のこと。
何か理由があるのかもしれない。
僕は思い身体を離して、先ほどまで抱き合ってた璃月の様子を覗う。
「璃月ちゃん?」
「むぅー」
「どうしたの」
「褒めて褒めてじゃないよ。むぅー、絶対にルナちゃんになった理由、そっちがでかいでしょ。私、わかんだから。泣いちゃうんだから。私が1番じゃなきゃ、やーあ」
「え、璃月と離れるのが嫌だってのが1番に決まってるじゃん‼」
璃月からのあらぬ誤解。
僕は思わず大きな声で否定してしまう。
「そもそも、ルナちゃんになって女の子の方に混ざっても、ルナちゃん――鳴瑠くんは体育の授業を欠席しちゃうことになってるじゃん。全然、妙案じゃないじゃん‼」
「あー、ほんとだぁー」
「頭いいのに、そういう抜けてるの可愛くて大好き‼」
「えへへ、そうかなぁー」
可愛くて大好きと言われて照れる僕。
あれ、褒められてなくない?
まぁ、璃月が大好きな僕の1つと思えば、いいか。気にしないでおく。
「そもそもだよ、ルナちゃん。・・・・いーや、鳴瑠くん」
「なに?」
あえて、僕の本当の名前を呼ぶ璃月。
それから重々し気に、彼女は続けた。
「本日の女子の体育は、持久走です」
「・・・・はぇ?」
「しかも、男女合同です」
「・・・・・」
「というわけで、男の子になろうが、女の子になろうが、さぼらない限りは持久走なんだよ」
「・・・・」
「・・・・」
「うわぁーん、やぁー、走りたくないよぉー、りつきぃー」
あまりに走りたくない僕は、体育から逃げるように大好きな璃月の着ているジャージの中に頭を突っ込む。それから、彼女のお腹に甘えたのだった・・・・。
ちなみに、この後、璃月から「走るとおっぱいが揺れて痛い」という話を聞き、おっぱい押さえ係を命じられ鳴瑠に戻って走ることにしたのは別の話だったりする。
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