第122話 バレンタイン いろはの場合

 2月14日――朝。

 僕は目から上を布団から出すと、部屋の様子を確認する。

 部屋の中は真っ暗。

 ただただ暗い。

 そのため、部屋の明るさからある程度の時間を把握するのは、難しそう。

 二度寝するのにはいいけど、こういう時はちょっぴり不便だ。

 僕の腹時計はあんまり信用ならないし、見えるところに時計はない。

 見るとすれば、スマホになる。

 とはいえ、それを手にするには身を起こして、更に布団という名の楽園から出て、歩いて部屋の真ん中にあるテーブルまで行かなきゃならない。

 ・・・・。

 ・・・・、・・・・。

 ・・・・、・・・・、よし、時間を確認するのは諦めよう‼

 寒いのが苦手な僕は、諦めた。

 璃月に関すること以外は、基本的には諦めがいい僕だ。

 だからいーの、遅刻しようが、どーでも。

 普段であれば璃月と一緒に登校するので頑張って布団から這い出るところ。だが、今日は璃月に用事があるとかで一緒に登校はできない。故に学校へ行くモチベーションはかなり低かった。遅刻うんぬんはさておいて、僕は二度寝することにした。

 布団の中に潜り、ぬくい海をもぞもぞと泳いで寝やすい場所を探す。

 そうしていると、高熱原体を発見。

 寒さから逃れていた僕は、その高熱原体に思わず抱き着いてしまう。

 ぷにぷにとした柔らかな感触。

 高熱原体の正体は毎年僕が使っている湯たんぽ――お姉ちゃんだ。

 この湯たんぽね、すんごいの。どんなにぎゅーってしてても低温火傷はしなし、抱き着いてると璃月の次に安心するの。癒し効果もあってすんごいんだぁー。

 今は朝、しかも二度寝をしようとしていたので、目は完全には醒めてはいない。

 その為、璃月よりも固い胸に頬づりをしてしまう。


「ふへへ、おねえちゃーん」

「んー、ん?なーくん?」


 目をこしこしと擦るお姉ちゃん。

 どうやら、起こしてしまったよう。とはいえ、僕は寝ぼけてるので気にしない。


「ふへへ、おねえちゃーん、あったかぁーい」

「寒いよね、いーよ、抱き着いてて」

「わーい、ありがとぉー」

「いい夢が見れるように、いろは、頭も撫でてあげる。そのまま二度寝しちゃおう」

「するぅー」

「よしよし、そだ、なーくん」

「なにぃー?」

「いろはのこと、どう思ってる?」

「きまってるよ、ふへへ。おねえちゃんのこと、りつきのつぎにだぁーいす――って、お姉ちゃんの胸の中で撫でられながら二度寝してる場合じゃないじゃん‼」


 大切なことを思い出して、僕は一気に目が醒める。

 それはいいとして、さっき寝ぼけてお姉ちゃんに対する本音が出てきちゃいそうになってなかったかな。危ない、危ない。お姉ちゃんに、お姉ちゃんのことが璃月の次に大好きなのがばれちゃうとこだったよ。

 安堵のため息をつき、もう1回だけお姉ちゃんの胸に頬づりして離れる。

 とはいえ、布団からは出るつもりはないので、今だにお姉ちゃんと顔の距離はめちゃくちゃ近い。少しでも前に動くとちゅーしちゃうかも。それくらいに近さだ。

 そんな目の前にあるお姉ちゃんは、ちゅーするみたいに口を尖らせる。

 

「あとちょっとでなーくんの本音が聞けたのにさ、ぶー」

「んーと、本音?」

「そー、いっつもはぐらかされるから、寝ぼけてる間にいろはに対する本音を聞き出そうと思ったの。なのに、目を醒ましちゃうから良い所で終わっちゃったよ」

「いつも言ってるけど、僕。璃月の方が好きだよ?」

「はい、はい、いろはのことは璃月ちゃんの次に大好きなんだもんね、よちよち」


 むぅー、そうだけど、そんなこと言ってないのに、どうしてそんな勘違いするかな。けど、えへへ、お姉ちゃんに撫でられちゃったぁ。璃月の次に好きぃー。

 反論したかったけど、お姉ちゃんに頭を撫でられてその機会を失ってしまう。決して撫でられ続けられたかったから、反論しなかったわけじゃない。本当、だよ?

 これ以上、この話をしていても僕の本音がバレル可能性が高い。

 話を変えることにした。


「それはいいとしてだよ、お姉ちゃん。今日はすんごく大切な日なんだ‼」

「えーと、いろはによしよしされながら胸の中で二度寝をする朝よりも大切?」

「うん‼」


 ・・・・てか、なんて質問を僕は実の姉からされているんだ。

 元気よく返事はしたものの、そんなことを思ってしまう。

 ちなみに、『璃月によしよしされながら胸の中で二度寝をする』と比べた場合はそっちのが勝つ。あー、よしよし頭を撫でながら寝たいなぁー。

 とか思ってると、お姉ちゃんは考えるそぶりを見せずに口を開いた。


「なら、璃月ちゃん関係か」

「え、なんでまだ何も言ってないのに、璃月関係で大切な事だってわかったのさ」

「そりゃわかるよ。いろははなんたって、なーくんの『本当の』お姉ちゃんだもん」

「お姉ちゃん、すごい、すごーい‼」


 というか、お姉ちゃん。どうして『本当の』ってとこを強調したのかな。まるで『ニセモノ』のお姉ちゃんがいるみたいじゃん・・・・。

 心の中でツッコミを入れる。

 直接言わない理由としては『ニセモノ』に心当たりがあるからだったりするが言わなきゃバレナイ。僕のお姉ちゃんに対する気持ちと一緒だ。


「それで、何が大切なの?」

「おっと、そうだった。えっとね、今日は2月14日でしょ」

「あ、バレンタインデーだから、璃月ちゃんからチョコを貰えるから浮かれてんだ。いろはにはわかちゃった。なーくんてば、可愛いんだ」


 からかうようにお姉ちゃんはわき腹をこちょこちょしてくる。

 あはは、もぉーお姉ちゃん、やめてよぉー、楽しくなっちゃう。朝から楽しくなっちゃうよぉー、もっと楽しませて、あはは。朝からじゃれ合う姉弟がここにはいた。

 一通り楽しみ、息を整えると、言わなきゃならないことがある。


「ばれんたいんでぇー?」

「何でバレンタインデーを知らない風なの。空気感が変わり過ぎじゃないかな!?」

「バレンタインデーは知ってるよ。お姉ちゃんからチョコ貰える日でしょ」

「その認識も妙にずれてる気はする・・・・」

「でも、僕が今日になったのを喜んでいたのは違うの」

「そうなの?」

「あ、もちろん、お姉ちゃんからチョコを貰えるも嬉しいよ」

「うん、うん。わかってるよ。なーくんはいろはのこと大好きだもんね」


 またもや勘違いされてる。

 けど、これ以上ツッコんでいては、話が進まないので気にしないでおく。


「確かに今日はバレンタインデー。要するに璃月からもチョコを貰える日。けど、僕が期待しているものチョコ以外のものなんだ」

「ふーん、そうなんだ。けど、バレンタインデーにチョコ以外っていうと、なに?」


 バレンタインデー=チョコ。

 それがお姉ちゃんの考えのよう。

 仕方がないので、僕は璃月から貰えるチョコ以外のものを教えてあげることにした。それが何かというと――、


「――チョコを身体中に塗りたくった璃月に決まってるじゃん。食べる前からわかっちゃう。璃月がおいしいってこと。えへへ、早く食べたいな、楽しみだなぁー」

「・・・・」

「あれれ、黙ってどうしたの、お姉ちゃん?」

「いろはの知ってるバレンタインデーと違う‼」

「ふぇ?」

「バレンタインデーは女の子が好きな子にチョコをあげる日だよ。チョコを身体に塗って好きな子に自分をあげる日じゃないよ‼」


 もっともなツッコミ。

 更にお姉ちゃんは「知らない、そんな日知らない。食べ物で遊んじゃダメなんだよ」とか本当にもっともな事しか言ってこない。よく考えれば、その通りだった。

 お姉ちゃんのマジレスにより、楽しかった僕の気持ちは一転、しょんぼりしちゃう。そんな僕を見て優し気な声音に、お姉ちゃんは変えてくれた。


「まぁ、食べ物で遊ぶうんぬんはおいとくとして。そもそもの話なんだけど、璃月ちゃん、なーくんにチョコを塗りたくった璃月ちゃんをあげるって言ったの?」

「んと、言ってない」

「・・・・なーくん」

「ん?」

「本人が言ってないのに、あげることになってるのは璃月ちゃんが可哀想だよ」


 珍しく璃月の味方をするお姉ちゃん。

 よくよく考えるとその通り、僕は反省。

 それからお姉ちゃんとお喋りをしたのだった――で、ふと思う。

 今は一体、何時だろう、と。

 お姉ちゃんもそれは同様のようで、姉弟仲良くぴょこんと布団から顔を出して、外を確認することにした。そこには信じられない光景が広がっているではないか。

 布団の外――部屋の中は、窓から射しこむ太陽の光により明るくなっている。

 嫌な予感が脳裏をよぎる。けれど、いつまでも布団に居ても解決はしない。仕方なく、僕とお姉ちゃんは布団から出て時間を確認することにした。

 スマホを立ちげて・・・・・、璃月からの大量の通知に目が先にゆく。

 その通知数は既にカンストしており、正確な数字はわからない。

 内容に関しては、『どうして、学校にいないの?』とか『1人は寂しいよぉー』とか『迎えに行こうか?』とか『いろはちゃんもいないみたいだけど?』とか僕を心配するものばかり。最後のは違う気がするけど、心配するものばかりだ。

 これは大変だ‼

 と、僕は急いで『寝坊しちゃった、遅刻してくね』と璃月に伝えた。

 それから1秒立たずに既読が付き、更には泣いてるウサギのスタンプが送られてきた。あれれ、おかしいなぁ、時間的に今は絶賛ホームルームのはず。しかも、璃月の席って1番前で、スマホをいじってたら先生に見つかっちゃうはずなんだけど。

 多く訊ねたいことがあるが、我慢。

 好きな子からすぐに返事がくるのは嬉しい。

 また、僕は遅刻してる身で何を言っても説得力が皆無過ぎるし。

 レインでのやりとりを終えて、僕は制服に着替えることにした。

 ちなみに、お姉ちゃんはゆったりと制服に着替えていたりしていて、焦った様子は皆無だったりする。余裕こいて、オレンジジュースとか飲んでるし・・・・。

 もしかして、遅刻することに慣れてるのかな?

 よくよく思い出せばお姉ちゃんの中学の卒業式以来、一緒に登校することはなくなっていた。だから、何時に出てるのかよくわかんなくなってきている僕いる。

 ・・・・。

 ・・・・僕の知らないお姉ちゃんがいて、ちょっぴりもやもやさせられていた。


 ♡♡


 仕事に出る前にお母さんが作っておいてくれた朝ごはんを仲良く食べて、食器を片付ける。それからようやく僕とお姉ちゃんは登校する為に家を出た。

 お姉ちゃんは家の鍵をしめると、ぱたぱた走って僕の右隣へ。

 僕の右手をきゅっと握ると、ようやく歩き出す。

 宇宙町家にはいくつかルールが存在しており、『姉弟で出かけるときは手を握らないといけない』というのもその1つ。これが作られた理由は主に2つあった。

 1つは、お姉ちゃんが迷子になりやすいということ。

 あともう1つは、知らない人に声をかけられないようにするため。

 お姉ちゃんはお姉ちゃんで、知らないおじさんに「お菓子あげるよ」とか「道を聞きたいんだけど」と声をかけられることが多々あるし。僕は僕で、知らない女の人に物陰に連れ込まれそうになったことが多々ある(もちろん、璃月じゃない)。

 さすがの不審者も防犯ブザーを首から下げた2人組に手は出さないだろう。

 ようするに、自分たちの身を守るためのルールというわけだ。

 そんなわけで、登校時間10分程度であろうと、手を繋いで僕たちは歩く。


「にしても、2人で学校に登校なんて久しぶりだねー」

「そうだね、最後に登校したのって、お姉ちゃんの中学校の卒業式のときだよね」

「だね。中学校と高校じゃ道が真逆だもんね。にしてもあの時のなーくんてば、泣いちゃってたよね。『1人で登校できないよー、卒業しないでよ』って。いっぱい慰めてあげるために撫でてあげたっけ。いろは、なーくんが泣いちゃったから、泣けなかったの憶えてる。なーくんは、今でも撫でられるの好きだよね、変わってない」


 冬の厳しさを忘れてしまうほどに、優しく温かな微笑みでお姉ちゃんは言う。

 だからこそ、だからこそ、そんな顔で僕の恥かしい話を言うのはやめていただきたい。ばっちり憶えてるもん。その後、僕はこう言ったんだ――、


「――『僕もお姉ちゃんと同じ学校に通う』とも言ってたよね」

「・・・・あぅー、お姉ちゃん、心が、心が限界なんだぁー。璃月には言わないで」

「うん、いーよ。いろはとなーくんの秘密」


 ウィンクをして、コロコロと嬉しそうに笑うお姉ちゃん。

 僕は正直、コロコロ地面を転げ回りたい。

 ちなみに、どうして璃月に言われたくないかというと、えっちな姉弟プレイ時に絶対に再現させられるから。そんなプレイをさせられた日には羞恥のあまり1ヶ月ただ璃月に甘えることになるだろう。

 それ悪いことなのか?と一瞬だけ揺れ動きそうになるが、絶対にやめておく。

 後から後悔するやつだから・・・・。


「そよりもさ、お姉ちゃん」

「んー?」

「お姉ちゃんは、僕と一緒に学校とか行かなくなって・・・・」


 寂しくなかった?

 と聞きたいのに、恥かしくなって最後まで聞けずにゴニョゴニョ言っちゃう。璃月になら聞けるのに、お姉ちゃんとは昔からずっと一緒にいたために逆に訊きづらい。

 見透かしたように、お姉ちゃんは言う。


「どーしたの、なーくん。いろはに聞きたいことがあるんじゃないの?」

「あるけど――」

「あるけど?」

「無理矢理聞こうとするなんて、お姉ちゃんのイジワル。璃月に言いつけてやる」

「やめて。それはやめて。倍どころじゃないくて、数億倍でやり返しが怖い」


 璃月に対して怯え始めるお姉ちゃん。

 まったく、僕の大好きな璃月のことを何だと思ってるんだ。

 言いつけるとか言った本人が何を言う感半端ないから言及しないけど。自分の都合が悪くなりそうだから、この話は置いておくことにする。

 それから、お姉ちゃんは自分の1年生の頃の話を聞かせてくれた。 

 机に落書きをした話。

 それから、僕が今、教室で使っている机が、お姉ちゃんが使っていたヤツだったと知ることができた。おさがりみたいで嬉しい。

 小っちゃいのに席順が一番後ろの窓側だったこと。

 黒板が見えなくても勉強はできる上に、先生から死角となっていた為、隠れてゲームをしていたらしい。クズだ。ま、バレナイなら、僕もしようかな?

 多くの話をしてくれる。

 僕を楽しませてくれるように、数々の話を聞かせてくれた。また、知らなかったお姉ちゃんを知れて、登校前に感じていたモヤモヤは少し晴れていた。

 お姉ちゃんに全て見透かされていたのだろうか?

 そんなわけがないと、思うことにしてそれ以上は考えないようにした。

 何はともあれ、家から学校の距離はたかが徒歩10分程度。

 久々の登校は終わりを迎えてしまう。

 そうなれば璃月とは違って教室の場所が違うお姉ちゃんとは、手を離して別れなくてはならない。2年前は簡単にできたのに、久々にするからなのか寂しさが強い。

 お姉ちゃんは、どうなんだろ?

 先ほども気になったことが、再び気になってしまう。

 思いに気づいているのか、はたまた気づいていないのか、お姉ちゃんは口を開く。


「もう着いちゃったね。それじゃ、手、離さなきゃだよ」

「・・・・うん。・・・・いや、待って、お姉ちゃん」

「どうしたの、なーくん?」

「まだ、聞けてない話、ううん、聞きたい話がある」

「聞きたい話?」

「うん」


 僕が頷くと、お姉ちゃんは手を離そうとするのをやめて、握り直してくれる。

 どうやら、話を続けてくれるようだ。


「えっとね、お姉ちゃん」

「なーに?」

「お姉ちゃんはそのぉー・・・・」

「んー?」

「・・・・寂しく、なかった?」


 溜めに溜めて、ようやく口にした。

 お姉ちゃんとは昔からおはようからお休みまでずっと一緒だった為に、改めてこういうことを訊くことが妙に照れ臭い。証拠に、今だって心臓がバクバクだし。

 だけど、密かに気になっていたことだったりする。

 最後に一緒に登校した日は、僕がたた泣いてお姉ちゃんはそれを慰めることに徹してくれた。お姉ちゃんはあの時から今までのことをどう思っていたのだろうか。

 今更遅いかもしれないけど、知りたくなった。

 お姉ちゃんは、ようやく訊いてくれたね、とばかりに微笑む。


「そりゃー寂しかったよ。なーくんとはずっと一緒だったんだもん。高校に通うようになったらまた一緒に登校すると思ったら、璃月ちゃんと通うようになちゃって」


 口を尖らせて、拗ねるようにお姉ちゃん。

 更に続ける。


「それにさ、お休みの日だって璃月ちゃんとばかり遊んで夜しか遊んでくれないし。夏休みだって、いろはのことをほったらかしにしてたの忘れてないからね‼」

「あぅー、それは、ごめん」

「ほんとだよ。もっとお姉ちゃんを大事にするべきだよ。一緒に遊び続けてくれるお姉ちゃんなんて他にいないんだから。まぁ、でもね、もう1個思うこともあるの」

「うん」

「あんまり相手してくれなくなって寂しかったけど――」


 尖らせた口を弓なりにして、お姉ちゃんは微笑む。

 そして、


「――それと同時に安心もしたかも」

「安心?」

「うん。なーくんてば、いろはとばっかり遊んでくれるから、学校に仲いい子がいるのか心配だったから。だから璃月ちゃんと仲良くなって安心したかもってこと」

「・・・・お姉ちゃん」


 さすがにこのタイミングで、恋人ができても友達はいないよ、とは言えなかった。

 僕はお姉ちゃんの話を聞く。


「えっとぉー、何が言いたいかというと。一緒の時間が減って寂しくなったけど、それと同時になーくんが楽しそうでよかったってことだよ。今まで通りの時間を遊んでとは言わない。けど、少しくらいはいろはと遊んでね‼」


 そんな言葉を聞かされて、なんて答えるべきか迷う。

 今までのお姉ちゃんに対する可愛くない僕であれば、


「仕方ないから、遊んであげるよ‼」


 とか言う場面。

 けど、お姉ちゃんの真っすぐな言葉に、そんなのはふさわしくない。

 では何を言うべきか。

 考えずとも既に答えは持っていた。

 だから、いつもと違う空気感のままなら言える。そう確信して、口を開く。


「うん、僕もお姉ちゃんとは遊びたい。だって――」

「だって?」

「――だって、お姉ちゃんは璃月の次に大好きだもん‼」

「やっと言ってくれたよ。朝みたいなことしなくても、素直に言えるじゃん。お姉ちゃんにツンデレな弟もいいけど、今みたいな素直な弟の方がいいと思うよ‼」

「そーかなぁー、えへへ、お姉ちゃんに褒められた」

「褒めたかな?まーいいや、返事は返さなきゃだよね。大好きって言われたんだし」


 ちょこっと何かを考えて、お姉ちゃんは「ごめんね」と言って手を離す。寂しい。

 それからリュックを漁り始めた。

 目当てのものを見つけたのか、僕の胸に小さな箱をぽふっと差し出す。

 それは毎年お姉ちゃんから貰ってるおり、今日が何の日か考えればすぐにわかる。


「これって」

「うん、これあげる。いっつも遠回しにしか、いろはに好意を伝えないお返し‼」


 僕はそれを受け取る。

 それを見てお姉ちゃんはタッタと走り出す。

 振り返ってお姉ちゃんは手を振って言った。

 

「またお家でゲームしようね」

「うん、しよっ」


 そのままお姉ちゃんは楽しそうに、自分の教室に向かっていった。

 1人残された僕は、お姉ちゃんに渡された小さな箱を開ける。

 そこにはいっぱいチョコレートがあって、1つパクリ。

 毎年のことながら、これはお姉ちゃんの手作りで、甘くておいしい。

 今日はバレンタインデー。

 お姉ちゃん曰く、

 ――女の子が好きな男の子にチョコを贈る日。

 ようするに、お姉ちゃんは、僕に遠回しで「大好き」と伝えたみたいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る