12章

第115話 懐かしさと学びと代償

 2月3日、学校の教室。

 授業が終わって昼休み。

 僕は、大好物の璃月のお弁当を、僕の大好きな璃月と食べようと思って、可愛い璃月のもとに行こうと席を立つ。そんな時、僕の可愛くて大好きな璃月は、可愛く手招きと、甘い声で僕を呼んできた(璃月のゲシュタルト崩壊)。


「鳴瑠くぅーん、おいで、おいで」

「いまぁ、いくぅー」


 言われなくても行こうとしていた僕ではあるが、大好きな璃月に呼ばれればもっと彼女のもとに行きたくなってしまう。自主的に向かう時より、るんるん気分になる。

 僕の進行を止められる者は璃月以外にはいないだろう。

 また、るんるんし過ぎて言葉使いも幼くなってきているが、それも止められない。

 てとてと、彼女のもとに。

 その際、クラスメイトたちは、僕がちゃんと璃月のもとまで行けるか、ハラハラしながら見守ってきやがる。こんな状況がクリスマス前から続いてるんだけど、このクラスなんなの?

 このクラスの僕の立ち位置にツッコミたいが、璃月と合流するほうが大切。

 目の前まで行くと、僕は彼女に抱き着いた。


「璃月、来たよぉー、ぎゅー」

「わぁー、鳴瑠くんを呼んだら、抱き着く距離まで来てくれたぁ。ゆわなくても、この距離まで来てくれるなんて、鳴瑠くんは偉い子だね。私もぎゅーしたあげる」


 抱きしめ返してきてくれる。

 授業中はバラバラに座らなくてはならない。そのため、こうして自由に抱きしめあえるのがとても嬉しかった。授業中も自由に璃月を抱かせてくれればいいのにと思ってしまうが、たぶん無理なので置いておく。僕は代わりとばかりに訊ねた。


「それで、璃月」

「んー?」

「改めて、どーして僕を呼んだの?」


 先ほども言ったが、僕は璃月に呼ばれなくても授業が終わり次第、彼女のところに行った。それは璃月にもわかったはずだ。なのにも関わらず、璃月が僕を呼んだのには、理由があると思ったからである。

 まぁ、ここで理由がなく「鳴瑠くんのこと、呼んだだけだよ」なんて可愛いことを言われても僕的にはアリ。可愛くてちゅーするまであるので、どちらに転んでも僕はぶっちゃけいい。だが、僕の想いとは裏腹に璃月は珍しく答えてはくれなかった。


「鳴瑠くんを呼んだ理由については待って。先に鳴瑠くん、あーんしたあげる」


 突然のことだが、璃月は何かを食べさせてくれるよう。

 基本的にとっさの対応力には自信がない僕ではあるが、突拍子なことしかしてこない璃月に関しては慣れてきたところがある。そのため、自然に口を開けて「あーん」されることができた。その様はもはや、餌を待つひな鳥と言っても過言ではない。

 何を食べさせるのかはわからないが、璃月は何かを僕の口に入れてきた。

 ・・・・?

 口を閉じて、舌を使って試しに転がしてみる。

 形状としては、球体。

 転がし続けていると砕けて粉々になってゆく。

 瞬間、口の中に妙な懐かしさが広がる。

 昔、食べたことがある味というか。

 お菓子だということはわかるが、正式名称が出てこない。


「このお菓子、なんだっけ?」

「あと8個、食べてから教えたあげる」

「ほんと?」

「うん」

「璃月に食べさせてもらうの大好き。だから、食べるぅ」

「はい、どーぞぉ♡」

「あーん」


 謎にノルマがあることに対して、僕は何とも言えない嫌な予感が心を支配する。とはいえ、9回も璃月に『あーん』してもらえるのは悪くないので気にしないことにした。で、ちゃんと噛んで飲み込むのを見て、璃月はお菓子の正体を教えてくれる。


「このお菓子はね、たまごボーロだよ」

「たまごボーロね、うん、たまごボーロ?」

「うん、たまごボーロ。赤ちゃんとか小っちゃい子でも食べれるお菓子だよ」


 璃月は言って無邪気な顔して、たまごボーロを見せてくれる。それは白に近い肌色で小っちゃな球体のお菓子。食べた感じすぐに砕けるから赤ちゃんでも食べれそうではある。と、そこで思い出す。幼い頃にお姉ちゃんと分けっこして仲良く食べていたことを。

 このお菓子、たまごボーロって言うんだ。よく食べていたが名前は知らなかった。たぶん、お姉ちゃんも知らないだろうし、あとで買って昔みたいに一緒に食べようかな、なんて思ったりする僕。懐かしさの正体を理解する。

 とはいえだ。

 なんで璃月は僕に食べさせたの?

 しかも、数まで指定して。

 1つ疑問は解消しても、まだまだ疑問は尽きない。

 むしろ、増えたまである。

 僕の嫌な予感が、また強くなってきた・・・・。


「えっと、それでさ、璃月。なんでたまごボーロを食べさせてくれたの?」

「今日は節分だからだよ。あ、もしかして、節分知らなかったりするかな。簡単に説明すると、地の果てまで鬼を追いかけて鬼滅の豆を投げて鬼を滅するの。そこでなんかよくわかんないんだけど、歳の数だけ豆を食べるそんな感じの行事だよ」

「僕の知ってる節分と違う!?」

「え、どこら辺が?」

「ほぼ全部だよ‼」

「ふえ?」

「例えば、地の果てまで鬼を追いかけたり、鬼滅の豆とかいう謎の武器があるところとか。あとね、豆を投げられると痛いんだよ。豆をぶつけられる鬼が可哀想だよ。だから、話しも聞かずにただ豆を投げて追いかけ回すのなんて、だめ‼」


 幼稚園、小学校と、節分という日が来るたびに学校の行事という理由で、豆を投げさせられた。けれど、僕とお姉ちゃんは『豆が当たる鬼が可哀想』という理由で断固として投げてはこなかった。そんな節分エピソードがあったりする。

 それを聞き、璃月はというと、


「鳴瑠くん、ついでにいろはちゃんが優し可愛い‼」


 テンションが上がりまくっていた。

 よしよしと、僕の頭を撫でまくり、おっぱいでも撫でてくれて、更に続ける。


「そうだよね、豆が当たったら痛いよね。節分で豆を投げる機会とかこの歳になったらないかもだけど、もうやめるね。痛いの可哀想だもんね」

「え、あ、うん。で、璃月。節分の『歳の数だけ豆を食べる』という風習に従ってたまごボーロをたべさせたの?」

「うん、そーだよ。大豆ってあんまりおいしくないかなって」

「璃月・・・・」

 

 僕は璃月の配慮に涙しそうだった。

 そもそもそこまで節分にこだわりがないというか、忘れてたまであったけど。とりあえず、僕のことを考えてくれたことが何よりも嬉しい。


「豆乳にするって案もあったけど、あれ、大豆が何個分なのかもわかんなかったし。歳の数だけ豆乳のパックとか飲んだらお腹が痛くなっちゃうかもだしね」


 僕は璃月が配慮してくれなかったら、トイレで泣くことになっていた。

 よかった、たまごボーロで。

 ――って待って。

 僕はここまで流していたことがあることに気づく。

 それが何かというと、


「・・・・」

「鳴瑠くん?」

「ねぇ、璃月。1つだけ、おかしなところがなかったかな」

「おかしなところ・・・・たまごボーロはお菓子だよ」

「そういう話じゃなくて」

「はにゃ?」


 璃月はわかっていない様子。

 僕はその部分について、言及することにした。


「僕にたまごボーロを9個しか食べさせてくれなかったのはなんで!?」


 ここのことだ。

 よくよく思い出してほしい。

 璃月が僕にそれを食べさせたのは、節分の風習の『歳の数まで豆を食べる』というところからきているはず。なのにも関わらず、16歳の僕は9個しか食べていない。

 ようするに、16個からは、7個ほど足りていないのだ。

 もしかしてだけど・・・・・、


「璃月」

「ん?」

「僕の精神年齢で、食べる数を決めたり――」

「したよ‼」


 元気な返事だった。

 そんな璃月が僕は大好きです。

 けれど、言わなくてはいけないことは、ちゃんと言わなきゃならない。


「璃月、チャイルドシートに乗せようとした時から、何も学んでない‼」

「何かしらはちゃんと学んでるもん、たぶん、きっと、恐らく‼」

「絶対に学んでないやつじゃん、具体的に言って‼」

「とりあえず、もうチャイルドシートに座らせようと絶対にしないから。なるべく私の膝の上に座らせて抱っこするって決めてるもん‼」

「僕が間違ってた、めっちゃ学んでるじゃん」

「でしょ」


 もはや、変なテンションになりつつある僕たち。

 話を戻すことに。


「でも、精神年齢で計算するのはイジワルが過ぎると思う」

「うっ、それはその通りなんだけど・・・・」

「僕、もっと璃月に食べさせてもらいたい。もっと『あーん』されたい。実年齢ならあと7回は『あーん』してもらえるじゃん。損じゃん。大損じゃん‼」

「・・・・。んーと、文句ゆってる理由って、『あーん』の数問題だったの?え、精神年齢を9歳にされたことじゃなくて?そっちだったの?」

「おっと、本音が出てしまったか」

「隠す気ないな、可愛いい子め」

「えへへ、璃月のが可愛いよぉー」


 正直に言おう、精神年齢を9歳にされたことなど、どうでもよかった。

 僕の要求はただ1つ。

 璃月にあーんしてもらうことだけに他ならない。

 それをしてもらうために、僕は怒っている体を続けておく。


「こほん、僕は怒ってるんだから」

「その体で行くのね」

「うん‼」

「で、私はどーすれば許してもらえるのかな?」

「決まってるよ。残り24回『あーん』して。拒否権はないんだからね」

「あれれ、計算が違うような。あと7回分『あーん』すればいいんじゃないの。もっとしてほしいなら、普通にしたあげるけど」


 確かに璃月の言う通り、実年齢なら7回しか『あーん』してもらえない。

 そこである理論をでっちあげ、僕は『あーん』回数を増やすことに成功したのだ。

 そのでっちあげ理論を僕は説明することにした。


「璃月は僕のだから、璃月の年齢も僕のなの。だから、璃月の分のたまごボーロも食べなきゃいけないと思うの。だから、抱っこして『あーん』しなきゃダメなの‼」

「鳴瑠くんの超理論。とりあえず、いっぱいしたあげる。あと、さりげなく条件つけたしてるし。ほら、お膝の上においで。抱っこしたあげるから」

「わーい、璃月のだっこぉ♪だっこぉ♪だぁーいすきぃ♡」

「また、ナーくんが16歳児になった、お姉ちゃんがたまごボーロを食べさせたあげるからね。よく噛むんだよぉ、できるかなぁ」

「でるよぉ♪」


 クラスメイトの目がある教室で、狂気の16歳児になる気はなかった。

 にも関わらず、なってしまうのにはちゃんとした理由がある。

 だから、その理由をちゃんと聞いてほしい。

 こうなってしまうのは〈璃月への愛でできていた(アンリミテッド・リツキラブ・ワークス)〉を使った副作用というか、代償。

 1度捨ててしまった羞恥という枷を、中々取り戻せてはいなかった。そのため羞恥心がバグって周りのことなど忘れて、こうなってしまう。

 大きな力を使うのには、それに応じた代償があるもの。

 僕は、バトルマンガに出てくるような戦いの最中に自分の持ちうる限界以上の力を使った主人公の末路みたいな状況になっていた。ぶっちゃけ、学びたくなかった。

 何はともあれ、頭を撫でながらたまごボーロを完食、またお昼ご飯まで食べさせてもらった。そんな僕が思うことがあるとすれば、ただ1つ――。

 最初に食べさせてもらったたまごボーロの数である9個でも、食べ過ぎだったかもしれない。

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