第116話 買い物

 今日は、お母さんもお父さんも、仕事の関係で帰りが遅くなるとのこと。

 そんなわけで、なんと、なななんと、

 僕とお姉ちゃんが食べる夕ご飯を璃月が作ってくれることになったのぉー‼

 学校があったからお昼は璃月のお弁当だったし、夜も璃月の手作りご飯の予定。

 ようするに、今日のご飯は璃月づくし。

 あとは、デザートに璃月を食べれば完璧だね(何が完璧かは謎)‼

 言っててよくわからなくなった思考は置いておき。

 そんな僕がいるのは、スーパーマーケット。

 学校が終わってすぐ、夕ご飯で使う食材を買いに来たというわけであった。


「鳴瑠くん、何してるのー‼」

「あ、うん。今、いくぅー」


 物思いにふけってぼーっとしていた僕は、璃月の呼びかけに応じ、てとてとカートを押してゆく。僕が隣に行くと彼女は涙目で口を開いた。


「ダメでしょ、ぼーっとしちゃ。人多いからはぐれたら会えなくなっちゃうんだよ。はぐれたら寂しいんだよ。私、鳴瑠くんとはぐれたら泣いちゃうんだからね‼」


 今の時代、スマホやアホ毛があれば、連絡をとって合流することは簡単だ。

 特にアホ毛は電波とか電池とかいらないから、場所や時間を選ばずに連絡を取れるもっとも手軽で便利な連絡手段と言える。歩きスマホのような危険性もないし。

 アホ毛で連絡を取り合うのが僕のオススメだ(僕、嘘ついてないもん)‼

 そもそもの話、失礼かもだけど、店内の広さはたかが知れている。1周するだけで半日とかかかるような巨大ショッピングモールなら話は別だが、はぐれても合流することなど簡単だろう。だから、彼女の心配は杞憂でしかない。

 わかっていながらも、僕は璃月の考えを否定してあげることができはしなかった。

 だって、僕も璃月とはぐれたら一生会えないんじゃないかって不安になるもん‼

 もはや、はぐれたらガチ泣きするまであるもん‼

 気持ちがわかるからこそ、僕は安心させてあげるように優しく璃月に言う。


「ごめんね、どこにも行かないから、泣かないで。カート押してて手が繫げないから、その代わりに腕にずぅーっとくっついてていいから」

「うん、くっつく」


 璃月は言って僕の腕にコアラのようにしがみつく。

 それから僕の腕に頬ずりをして、えへへ、と安心したように笑ってくれる。


「これではぐれられないね、安心」

「璃月が安心できてよかった」

「あ、でもね、もしも次に私からはぐれたら考えがあるんだからね」

「ん、なに?」


 アホ毛で呼びかけてくるのかな?

 それとも、僕の身体に埋め込まれていると噂のGPSを使うのかな?

 璃月の考え(ツッコミどころ満載のラインナップ)を予想しつつ、璃月の答えを待つ。それから宣言するように言ってきた。


「次に離れたらサービスカウンターに行って、『私の9歳の弟、鳴瑠くんが迷子になちゃったんです』ってゆって店内アナウンスしてもらうんだから‼」

「璃月、趣味全開の営業妨害をしちゃダメだよぉ!?」

「なぁ、私の趣味は関係ない‼」

「ごめん、性癖だって言えばよかった」

「余計にダメじゃん、えっちじゃん、私、えっちくないもん‼」

「うん、そうだね」

「絶対にわかってないじゃん‼」


 僕は璃月を悲しませないように、あとお店の人の仕事を増やさない為にも、彼女から離れないことを心に深く誓うのであった。

 そんな誓いを密かにして璃月をなだめる。機嫌を直した彼女は僕に話かけてくる。


「それにしても鳴瑠くん」

「ん?」

「こうやってさ、夕ご飯のお買い物をしてると、結婚したみたいだよね‼」

「たしかに‼」


 言われてみればそうじゃないか。

 基本的に、夕ご飯って家で食べることが多いわけで外食やらお泊りがない限りは、璃月と一緒に夕ご飯を食べる機会はなかなかない。今後増えるとすれば、結婚してから。だからかわからないが、妙な新鮮さがあって、自然と頬が緩んでしまう。


「えへへ、璃月がお嫁さん、えへへ」

「えへへ、もぉー、鳴瑠くん、にやにやし過ぎ。ナーくんが旦那さんかぁ、えへへ」

「璃月もニヤニヤしてるよ」

「ナーくんと結婚後みたいなことができて、にやにやしない方がおかしいよぉ」


 気持ちが高ぶっているためか、璃月のアホ毛はぴょんぴょこ左右に動く。

 それから普段のように何か突拍子もないことを閃いたのか、アホ毛が‼マークへと変化。『目は口ほどに物に言う』というが、『アホ毛は目以上に物を言う』のだ‼

 アホ毛ことわざこと、アホ語はこれくらいにして、璃月の閃きを聞くことに。


「アホ毛を‼マークにして、どーしたの?」

「私ね、より結婚後ぽい状態にできるアイディアを閃いたの」

「なに、なに?」

「まず、鳴瑠くんの押してるカートを、車の形をした子どもが座れるやつにするの」

「うん、うん」

「で、そこにいろはちゃんを座らせると、なんと子持ち設定でお買い物ができるの」

「――!?」


 璃月、最近の突拍子なさが狂気じみてる‼

 僕をチャイルドシートに座らせようとした件から数日後、今度はお姉ちゃんを車型カートの小っちゃい子用の椅子に座らせて子ども役をやらせようだなんて。

 ・・・・・恐ろしい。

 とはいえだ。

 僕と璃月の子どもかぁ。

 どんな子だろ。でも、きっと可愛いんだろうな、璃月が可愛いし。

 えへへ、ちょっと、ちょっとだけしてみたい・・・・かも。

 結構、前向きな僕。

 何より、璃月がやりたいことは何でもやらせてあげたいのが僕という彼氏。


「いいかも‼」

「でしょ‼」


 ポロリとだしてしまったのは、賛成の言葉だった。

 それにより、実の姉と義理の姉になる年上の先輩を、カートの子ども用椅子に座らせて自分たちの子ども役をやらせようとする狂気のカップルが誕生してしまう。


「というわけで、いろはちゃん、カートの椅子に――あれ?」


 後ろを振り向く璃月。

 僕も彼女に続いて振り向くが、お姉ちゃんのいるはずの場所には誰もいない。

 言っていなかったが、買い物には僕と璃月とお姉ちゃんの3人で来ていた。なのにも関わらず、振り向くといたはずの3人目がいなくなるというホラーじみた展開になっているではないか。え、やだ、怖いよぉ、お姉ちゃんどこぉー(涙目)?

 普通のスーパーでホラーとかやだ。

 否、僕の日常にホラーとかいらない‼

 恐怖のあまり、普通の思考ができなくなってきてしまう。


「璃月、お姉ちゃんが‼」

「安心して、鳴瑠くん。いろはちゃんのことだから私の思考を先読みして、私たちの子ども役をさせられる前に逃げたのかもしれない。もしくはお菓子欲しさにお菓子コーナーにいる」

「いない理由の落差が何かヒドイの」

「たぶん、後者かな。ここまで1度も会話にまざってないところを見るに」


 璃月の言葉に、落ち着きを取り戻す。

 たぶん、当たっている。

 お姉ちゃんのことだから、食玩でも見に行っているんだと思うの。


「というわけで鳴瑠くん。いろはちゃん子ども役化計画は後回しにして、お買い物しよう。お買い物しながら店内を歩いてれば、きっと合流できるでしょ」

「僕がはぐれそうになったときの対応の落差がヒドイの」


 笑って誤魔化す璃月。

 と、そんなときのこと、店内アナウンスが鳴りはじめる。


『迷子のお知らせです。片隅市からおこしの宇宙町いろはちゃん8歳を、サービスカウンターにて保護しております。保護者様は、サービスカウンターまでおこしください』


 ・・・・・。

 僕と璃月は黙って目を合わす。

 あ、璃月、可愛い。

 現実逃避をしたくなるが、実のお姉ちゃんのことなので向き合わなくてはならない。僕は現実に向き合うことにした。

 ・・・・さて、いったいどこからツッコむべきか。

 高校2年生になって迷子になっていること、かな。

 それとも、実年齢を偽って8歳児を演じていること、かな。

 まぁ、とりあえず――、

 迷子にならないよう子ども役うんぬんの前に、車型カートの椅子に座らせることを決めた僕と璃月であった。

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