第92話 誕生日 『永遠がないからこそ伝えたい言葉』

 冷え込む朝、お布団の中から出るのは少しばかり、いやけっこう困難を極める。

 とりあえず時刻を確認して、2度寝をするか起きるか決めたいところ。

 お布団から腕だけだして、手探りでスマホを探す。

 見つけると、すぐさまお布団の中へと入れて、顔が内カメラに映るように近づける。そうすると、自動的に顔認証がなされて画面が点灯した。

 時刻は6時50分。

 普段であれば、ルンルン気分で鳴瑠くんの喜ぶ顔を浮かべながら、2人分のお弁当を作り始める頃合い。だが、彼は今日は学校にこない。それすらできないので、私は二度寝を決行することにして目を瞑る。

 だけど、それはできなかった。

 もちろん、お布団の中はぬくいし、心地いい。

 だが、酔いしれ微睡むことができないほどに、私の心はどこまでもさめてしまっているようだった。それほどまでに鳴瑠くんと会えないのが心に来てる。楽しくない。


「はぁ・・・・」


 と、ため息をつき、二度寝を諦めた。

 私はお布団からはい出て、全裸の上からルームウェアのパーカーワンピースを着た。流石に全裸のままで、ずっとはいられない。風邪ひいちゃう。

 ピッとエアコンを付けてみる。

 けど、私の部屋は自慢ではないけど広い。そのため、部屋全体が温まるまでには少しばかり時間を有してしまう。寒さに耐えられず、ガウンをもう1枚羽織ってみた。

 ダメだ、寒い、特に下半身が寒い‼

 当たり前だった。

 私が着ているのは、パーカーワンピースと、ガウン。ようするに、下着やズボンのように、下半身を覆い隠すようなものは何一つ身に着けていないわけで。当然の事ながら下からの冷気に強いはずがないのは、誰が考えなくともわかると思う。

 でも、個人的には、ここで下着やらズボンを履いて下半身を守るのは、冷気に負けた気がするわけで。このままお部屋全体が温まるまでまってやることにした。

 謎の上から目線な私はさておき、ぺたんとベットの上に腰を下ろす。

 暇を持て余した私はスマホをいじることにした。

 先ほど同様、スマホを顔の前に持ってゆく。

 一瞬だけ暗い画面に映ったつまらなそうな私の顔は、顔認証とともにスマホの待ち受け画面に代わって見えなくなる。その画面には鳴瑠くんとのツーショット写真。

 その写真の私は楽しそうで、羨ましい。

 寂しくって写真の鳴瑠くんのほっぺをなぞってみる。

 けど、可愛い反応は返ってはこない。つまんない。

 そんな画面の右上には12月2日の文字。

 私の誕生日だと遅まきに気づく。

 いや、気づかないようにしていたという方が正しいか。

 とりあえず、はれて16歳になった日の朝は、こんな感じに始まりを迎えた。


 ☆ ♡♡


 16歳になったからとゆって、変わったことはない。

 ゲームと違い歳という名のレベルが上がろうと、進化するわけでもなければ、新しい技を覚えるわけでもない。目に見える変化はこれといってない。変化があるとすれば、鳴瑠くんの次の誕生日がくるまで、年下お姉ちゃんプレイが封印になってしまったことくらい。アレ、好きだったからお預けは残念。これからは同年代お姉ちゃんプレイをすることにしておこうと心に決めた。

 そんなことを考えながら、いじるのに飽きたスマホをベットに放る。

 学校へ向かう時間にはまだほど遠い。けど、ここから本を読む気にも、お弁当を作る気にも、ましてや学校に行く準備をする気にもなれない。

 とりあえず、私はリビングに向かうことにした。

 階段を降りて、リビングに。

 扉を開けると、パパとママが待っていてくれる。

 2人は私に「誕生日おめでとう」の言葉と、誕生日プレゼント代わりのお金をくれた。去年までは誕生日プレゼントとして、欲しいぬいぐるみとか家具とか本を買ってくれたりしたけど、今年からはお金に変更となった。鳴瑠くんと「好きなことをしなさい」って意味も込められてるんだと思う。

 無理矢理に笑顔を作って私は、お礼を言ってお金を受け取る。

 目に見える変化を1つ発見、お財布が少し温かくなった。

 話によると12月誕生日の子は、誕生日とクリスマスが一緒にくるとの話を聞いたことがあるけど、私のお家は別々にカウントされる。今年のクリスマスからお金になるみたいだから、12月はお財布の中がすんごいことになるみたい。

 生々しい話はこれくらいにする。

 で、パパとママが私の誕生日にすることは終わりを迎えた。

 私の誕生日にすることはこれで終わり。パーティーなんかはしない。

 昔は夜に3人でしていたこともあったけど、いつの日からしなくなっていた。

 とはいっても、2人は日によってお仕事が忙しくて、帰ってくる時間やお休みが不定期なところがある。それでも別に家族仲が悪いわけじゃない。ましてや、パパとママの夫婦仲が悪くて離婚の危機でもない。

 なに不自由なく生活できているし。リビングの次に大きなお部屋を私にくれて、そこを私の大好きなもので埋めようとしてくれるし。私のやりたいことを何でもやらせてくれる。だからこそ、趣味も多くなったわけだし。嫌いな子にそんなことはしないはずだ。私がその証明になってると思う。

 何より、お休みが3人会えば必ずどこかにお出かけするし。パパかママどちらかのお休みが私とかぶれば、どこかに連れて行ってくれることもある。また、パパとママのお休みが平日にかぶれば、デートに行ったりしてるみたいだし。何より、2人の寝室は一緒で、私が部屋にいる時に何をしてるかわかんないし(想像したくない)。

 昔から1人でお留守番することが多かったけど、私は胸を張って愛されていると言える。だから、文句はない。ないはずなのに・・・・・。

 ぎゅっと奥歯を噛む。本当に言いたいことを私は隠し、別の言葉にした。

 そうして出た言葉は、


「行ってらっしゃい、私はいいから」


 というもの。

 フリフリと手を振る私を見て、2人は何か言いたげな顔をする。私はアホ毛から何が言いたいのかわかってしまう。本当に自重してほしい。今日だけでいいから。

 自身の人知を超えた能力に、心の中で文句を言う。

 読み取ったものとは別のことを考えて、相殺させることにする。

 きっと、下着を身に着けてないことを言及されるのかもしれない。このまま一緒にいたら、ダメ。パンツとブラジャーをお家で着せられちゃう‼

 自身でも呆れるほどに、空気の読めないことを、何より心にもないことを思う。

 そうして、2人の背中を強引に押して見送った。

 これ以上はダメ。

 毎年、あの顔をされて、させてしまって、こうして追い出している。

 当然のことながら、私は1人でお家に残ることに。

 時間を持て余す。

 今日は鳴瑠くんがお休みの関係で、いつもより遅くお家を出ても学校には間に合うし。待ち合わせがあっても、お家を出る時間にはまだまだ時間がある。

 朝ご飯を食べる?

 食欲がわかないために、食べれる気がしない。また、お昼用のお弁当を作ってもいいけど、お昼まで、いや今日1日こんな感じな気がして捨てることになる気がする。だから作らないことにした。もし食べたくなったら適当に買えばいい。

 とりあえず、お家に1人でいても、寂しさがつのるだけ。

 あまり学校に行く気はしないし、たぶんバックレても、今日だけはパパもママも何も言わない気がする。けど、それをしてしまうのが申し訳なくて行くことにする。

 シャワーを浴びて、髪を整える。もちろん、アホ毛はそのまま。

 下着を身に着け、制服に袖を通す。

 リュックの準備をする。

 今日は鳴瑠くんがいないことから絶対に暇になる。それを見越して、数冊の本を詰め込んでおくことにした。私は読むのが早いので数冊ないと1日もたないし、お弁当がない分、軽いはずなので、それくらいで持ち運べないことはない。

 また、教科書は電子化が進んで学校に置いてある端末で事足りるし、ノートと筆記用具に関しては学校におっきっぱだ。あれ・・・・宿題があったような気がする。

 うん、まぁ、時間はあるし学校に行ってからで十分だよ、きっと。何より鳴瑠くんと勉強するようになって、嫌いだった勉強も難なくこなすことができてるし余裕。

 とりあえず、必要な物――ほぼ娯楽のラノベを入れると、ダッフルコートを羽織ってマフラーを巻いた。誰もいないお家に「行ってきます」と言うと鍵を閉めた。

 そんな時のこと、どこかで「けほ、けほ」と咽る声がした気がした。周りを見ても誰もいなくって、気にせずに行くことにしたのだった。


 ☆彡 I♡♡


 遠回りして学校に。

 教室に着いても誰とも話す気になれなくて席に座って本を読んでいた。だが、いつもよりもページをめくるペースが遅い。1日で1冊読み終わるかどうかくらいの速さで、この調子なら数冊持ってこなくてもよかった気がしてできた。

 異様に時間の進むペースが遅い中、先生が教室に入ってくる。

 ほどなくして、ホームルームが始まった。

 さすがの私でも、話を聞かずに本を読むのは喧嘩を売っている気がしてならない。

 よくよく考えてみて「本はアウトだけど、勉強をしてる分にはセーフなのでは?」という結論にいたる。むしろ、褒められてしかるべきことのような気がする。いっぱい勉強する子って、偉いって思われるイメージあるし、これならセーフセーフ。

 話を聞かずに、勉強を始める私。

 そんな私に、先生が声をかけてきた。


「なんですか?」

「今、ホームルーム中なんだけど・・・・」

「あ、もしかしてアレですか。勉強してて偉い的な。私、思うんですよね。勉強は学生の本分。いくら自主的に勉強をしているからとゆって、先生に褒められるのは何か違うと思います。だから、褒めなくても大丈夫です。偉いのは自分で知ってるんで」


 ちょっと意識高めな、心にもないことをでっち上げる私。

 学生の本分が勉強?

 鳴瑠くんとの恋に決まってる。


「いやいや、そうではなくてね」

「では、なんですか。私、勉強に忙しいんですよね・・・・・」

「星降町さん。さっきから自主的に勉強をしている風を装っているけれど、やってるの宿題よね。どうして、そんな悪びれる様子もなく、やり続けられるのかしらね!?」


 なんてことをゆってくる宿題を出してきた張本人。

 文句をゆーなら出さないでほしいの。


「あとね、思うの。さっき、褒められるどうのこうの言ってたけど、ホームルーム中に宿題をやるのは褒められたことではないと思うわよ!?」


 ガチの正論。

 いつもの私なら、それっぽいことを言って乗り切るのに、今日は何も出てこない。

 黙っていると先生は心配そうな顔をしてくる。


「どうしたの?」

「・・・・」

「普段の貴女なら、可愛い顔して可愛くないことを言ってくるところでしょうに」


 心配してないな、この先生。

 というよりも、私の事なんだと思ってやがる。

 そんな文句すら今日は出てこない。それどころか、普段のような詭弁というか、だたの暴論というか、自分勝手なもの言いすらすぐには出てこない・・・・・。


「え、えーと。私、宿題は持って帰らない主義なんで」

「ただのダメな子じゃない!?」

「あ、えーと・・・・」


 先生との温度差が半端なくて、ついて行けない。

 この私が先生に後れをとるなんて。

 普段であれば、これくらい失礼なことを思うが、今日はそれすら思わない。


「いつもの説得力皆無な癖に、それっぽく聞こえて一瞬納得しちゃうような物言いはないのかしら?」

「・・・・」

「アレかしら。様子がおかしいのって、宇宙町くんがいないから?」

「もちろん、それもありますけど」

「そこはいつも通りなのね・・・・にしても、今日の貴女、張り合いがないわね」

「私、先生と張り合ったことありません。むしろ、眼中にないというか」

「貴女らしく可愛くない言葉だけれど、なんだかしっくりこないわね。そもそも、ただただ胸にくる酷い言葉だったし。泣きたくなるだけだわ」


 わけがわからなかった。

 罵倒されて、しっくりこないってわけがわからない。

 ドMなのかな?

 私には意味がわからなかった。

 少し考えた様子を見せる先生。そんな彼女は目を輝かせ私に言ってくる。


「そんな拭抜けた貴女に勝っても、言い負かせても何にも嬉しくないわ。もっと見どころのある生徒だったと思っていたけれど、私の見込み違いだったようね‼」


 ピシッと指をさして言ってくる。

 その様は、『普段は仲が悪く実力を認めてない風の発言しかしてこないのに本心では認めているライバルポジションの子が、拭抜けた主人公を見てガッカリしている』みたいな感じ。生徒に言う言葉じゃないし、ライバルポジションで来られても困る。

 だって、私と先生、そこまで仲良くないし。

 そもそも、仲いいとか思われたくないんですけど。


「うわー」

「引いた目でみないで!?」


 私の視線から逃れるように、コホンと咳払い。

 それから、先ほどの自身の行動が黒歴史化されたようで、別の話題に変えてきた。


「ところで、星降町さん」

「なんですか」

「どうして、貴女は、今日欠席のはずの宇宙町くんの席に座っているのかしら?」

「むしろ、私が訊ねます。ダメですか?」

「ダメでしょう!?」


 このことにツッコんでこないので、てっきりセーフなのかと思っていたけどダメだったみたいだ。当然といえば、当然のこと。


「うーん、私、数年後には宇宙町になってるかもですし、問題なくないですか?」

「大ありよね!?今はまだ、星降町でしょ!?」

「そうですけど・・・・・」


 普段であれば「私のモノは鳴瑠くんのモノ。鳴瑠くんのモノは私のモノ。その理論から言えば、この席は私の席でもあるんですが‼」なんて飛んでも理論を出す場面。

 だが、私はそれを言えずにいた。

 別の思考がそれを邪魔をしたからだった。

 ――数年後には宇宙町になってるかも。

 前々から言ってきた言葉であり、事実。

 だが、それにはっとさせられる。

 気づいてしまった。いや今日だからこそ気づいたのかもしれない。パパとママにお祝いされ、言いたいことが言えなかったからこそ。パパとママ、2人とのお別れとまではいかないけど、2人のもとを離れるときが着実に近づいていることに。

 別に鳴瑠くんと結婚したくないわけじゃない。むしろしたい。

 けど、それと同時に、愛し続けてくれている2人の元から離れるのが嫌だと思ってしまっている。寂しいと思ってしまっている。

 その思いがあるのにも関わらず、私は言いたいこと『一緒にいてほしい』という言葉を告げられずに、ワガママすら言えずに2人を強引に見送ってしまった。つまりは自ら離れてしまうまでの大切な時間を少なくしたりしてるではないか。

 頭の中がごちゃごちゃになって、脳が思考するのをやめるように言ってくる。

 そして、私の身体は正直なようで――、


「え、え?どうしたの、急に!?」


 目の前の先生はあたふたする。

 周りのクラスメイトたちも、驚きを隠せてはいない。

 皆が駆け寄ってきて、先生がヒドイことを言ったから、泣いたんだとか、宇宙町が恋しいからだなの、宇宙町人形作ってあげるからだの、口々に何か言って元気づけようとしてくれる。先生は「こういうキャラやってみたかったんだもん」とか言いながらも私の肩を揺すってる気がする。全部が他人事のように感じてしまう。

 思考が完全に停止し、ぼーとする私。皆の行動で遅まきながらに自分が泣いていたことに気づく。止まれとすら思えない。たぶん、周りからみたら落ち着いてるように見えたと思う。誰1人として、私の耳には声が届かない。

 仕方がなかった。

 私は気づいちゃったんだ。

 気づきたくなかったことに――私のもっとも嫌いなもの。

 ――この世には永遠がない。

 永遠に続くと思われた愛され続ける日々、それにもいつかは終わりが来てしまう。

 終わりなんてどんな時でも来て、永遠なんてないことは誰もが知ってること。だけど、それを誰も見ずに、私も見ていなかった。見ないようにしてきたのに。

 一度、気づけばなかったことにできない。

 何より、有限の時を、ワガママで自分勝手な私のはずなのに、無駄にしてしまっている。小さな頃に気を使って「無理をしなくていいんだよ」なんて言わなきゃよかった。素直にお誕生日を祝って、一緒にいてほしいと告げればよかった。それをした私が何よりも許せなかった。バカ、私のバカ。

 永遠じゃないからこそ、伝えなきゃいけないのに。

 それも、伝えられるうちに・・・・。

 素直な気持ちを相手に伝える行為。

 それは私の好きな鳴瑠くんが1番得意としていることで。

 私にできなかったことが悔しい。

 どーしてパパとママには伝えられないの‼

 私は鳴瑠くんといろはちゃんのことを言えないくらいに子どもだ。


 ☆ ♡彡  ♡


 私は授業を1つも受けることなく、早退することになった。

 お話していたらいきなり泣き出し、しかもその理由すら言わないのだから、こうなって当然の結果であると思う。皆が揃って鳴瑠くんがいてくれたらと、普段は私に厳しいクラスメイトたちも優しく接してくれるし、何かと言い合うことの多い担任の先生も気遣ってくれた。逆にそれが申し訳なくなってきてしまう。

 パパとママに連絡をするとのこと。

 どちらかが迎えにくることは明白。そんなことになってしまえば、もう1度泣いてしまうに決まっている。それは避けたかった為、拒否してみた。

 が、先生たちはそれを断固拒否。

 とりあえずは、迎えが来るまでは保健室にいるように言われてしまう。

 仕方がないので『探さないでください、帰ります』と置手紙を残して脱走することにしたのだった。とはいえ、行先なんてたいしてない私は学校前の砂浜にいた。

 ここに来たのは単純なこと。

 自分よりも大きくて広い海を見れば『自分の悩みがちっぽけに感じて忘れられる』なんて迷信を聞くから。体験して思う。忘れられるわけないじゃん、と。

 ここにはパパとママと3人で来たことが何度もある場所。

 だから、ここには思い出がいっぱいある。

 何度となく波がこようと、消えてはいない。

 はぁー、とため息をこぼす。

 どうして、ワガママなはずなのに、重要なところでそうなりきれないのかな。

 私は昔のことを思い出す。

 朝――序盤の方でも語ったけど、私は何不自由なく暮らしてきた。リビングの次に大きなお部屋を貰って、そこは私の好きなもので埋め続けてくれた。好きなことをいっぱいさせてくれて。好きなものをいっぱい増やせた。

 そのことに感謝しかない。

 ありがとう、と何度伝えても足りない。

 なのに、そんな2人に、私は嘘を1つだけ付き続けていた。


「1人でお留守番できる?」


 そんな問い。

 私は決まって「平気だよ、いってらっしゃい」と答えてきた。

 ほんとは「できない、行かないで」と答えたかったのに・・・・。

 ひらひらと手を振って見送るその逆の手は、痛いくらいに握りしめて。

 今日だってそうしてた。

 そして、いつの間にか2人に言えなくなっていたんだ。


「寂しいから一緒にいて」


 って。

 思い出していると、再び視界は涙によって、歪んでゆく。

 せっかく、晴れていて、気持ちのいい青空が広がってるのにもったいない。

 けど、見えないのだから仕方がない。

 ぺたんと、砂浜に座る。

 制服に砂が付くけど、気にしないでおくことにした。

 冬の冷たい風が、吹き抜け、アホ毛を揺らす。

 そんなアホ毛に1つ反応があって、思わず独り言のように訊ねてしまう。


「このあと、どーしよっか?」


 ザッ、ザッとバランスを取りながら、楽しそうにこちらに歩み寄る足音。それは1メートル手前で止まると、問いに答えてくれた。


「璃月のサプライズ誕生日パーティーが開かれるんだから、来てくれなきゃだよ」

「もしかして、今日学校を休んでた理由って――」

「そー、お姉ちゃんと準備してたんだ」

「・・・・ナーくん。嬉しいよ、すんごく嬉しい。けどね、これだけはゆわせてほしいの。ばか、ナーくんといろはちゃん、テストで100点とれても絶対にばかだよ」

「そうかなぁー、えへへ」

「褒めてない。でも、ありがと」


 私の為に2人して休むなんて、普通じゃありえない。

 学校ってそんなに気軽に休めるような場所じゃない。そう皆が思ってる。

 だって、1日でも休めば勉強に友達とのお話についていけなくなって、取り残されることになるかもだから。まぁ、私には鳴瑠くんがいるからどうでもいいけど。 


「僕とお姉ちゃん、なんと言っても、1年生と2年生の学年主席だし。少しくらい休んでも誰にも文句、言われないの。たぶん、有給すらあると思うんだ」


 学校に、そんなシステムないと思うの・・・・・。

 先生もあるのかな?

 あるよね?

 怖い話はさておき、すんごい戯言だった。

 それはもう、普段から適当なことを言っている私が呆れるほどに。


「で、準備は終わったの?」

「まだ」

「それじゃ、どーしてきたの?」

「そんなの、璃月が泣いたからに決まってるでしょ」

「サプライズじゃなかったの?」

「うん、そーだったけど、璃月が泣いてるのに、近くに居られない方がヤダし」


 彼はこういう子。

 私の為なら、好きなものの為なら、やりたいことを簡単に捨てちゃうんだ。

 わかってたし、知ってた。

 どうせ、私が泣いて早退することを知っている理由も『アホ毛にビビッときた』とかいうアホな理由だと思う。私は連絡してないし、彼はクラスの子たちの連絡先を知らないので当たってるはずだ。めちゃくちゃ嬉しい。心で繋がってるみたいで。

 ノーヒントで、どこにいるかもわかる。

 そんな芸当ができる理由すらも、鳴瑠くんだからで解決できる。

 私のこと好きすぎで、私も彼のことが大好きでしかたない。

 彼はそんなことを思う私の隣にやってきて、ちょこんと座る。

 そのまま何も言ってはこない。

 それでも隣に彼がいるだけで、自然と涙は止り落ち着くことができる。

 そこで先ほどまで見えなかった青空を見る。思った以上に蒼かった。


「何も、訊かないの?」

「うん」

「どーして」

「璃月は話したくなったら話すし、何よりアホ毛から大体の内容は聞いたから」

「・・・・」


 アホ毛、こわっ。

 ナチュラルに言ってるけど、めっちゃ怖い話じゃない、コレ。

 だってさ、私のアホ毛に内容を聞いたってことは、ようは私のアホ毛に私売られてるよね。アホ毛に裏切られてるよね。相手が鳴瑠くんだから全然いいけどさ。

 話の流れが変な方向に言っている気がしてきた。

 まぁ、鳴瑠くんとなら、どこにでも行くけど。

 そんなことを思い、私は鳴瑠くんが全てを知っている体で話はじめた。


「私、引くくらい寂しがり屋だよね」

「めっちゃ、可愛いよね。ずっと一緒にいてあげる」

「うん、その反応は予想してなかった。あと、ありがと」

「うん‼」


 めっちゃ元気のいいお返事。

 好き。

 でも、まだはしゃぐ気にはまだなれない。


「昔からね、1人でお留守番するの嫌いだった。夕方までは友達と遊べばいいけど、夜はどうしても1人になちゃって。本とかおもちゃとか、ぬいぐるみがあっても寂しかった。料理を作るようになっても、パパとママと一緒に食べれないことがあったりして。それで余計に寂しくなちゃったうの」

「そっか・・・・ごめん、璃月」

「ん?」

「僕にはずっとお姉ちゃんがいたからわかんない」

「うん、いーの。わかってる。ただ私が話したいだけだから」

「そっか」


 再び話を聞いてくれる鳴瑠くん。

 私は甘えて続ける。


「もっと早く、鳴瑠くんに会ってたら変わってたのかな」

「うーん、どうだろ?」


 考える様子を見せて、鳴瑠くんは難しい顔をする。

 で、口を開く。


「幼馴染の璃月か。それって自分勝手で、ワガママで、嘘つきで、ムッツリじゃない璃月ってことか。うーん、どんな璃月かな?」

「ごめん、前半2つに関しては認めるけど、後半2つは私じゃないと思うの」

「でもさ、璃月」

「え、鳴瑠くんのお話を続けるの?」

「でもさ、璃月」

「・・・・・うん」


 訂正させるのを私は諦めた。

 決して、嘘つきで、ムッツリであることを認めたわけじゃない。

 にしても、鳴瑠くんが私に会いに来てからというもの、シリアスになりきれていない気がする。心が元気になってる気はするけど、これでいいのかちょっと悩ましい。

 少し余裕が出てきた私が、そんなことを考えていると鳴瑠くんは続きを話す。


「他の璃月が想像つかないほどに。目移りしないくらいに今の璃月が大好きだよ」

「・・・・」

「?」


 やばい、このまま何も解決しないままでいいから、めっちゃ鳴瑠くんのこと襲いたい。ここ砂浜で、お外だけど、めっちゃ襲いたい。お洋服、脱がせたい‼


「な、なーくんはぁ、私のことが好きすぎて仕方がないんだからぁー」

「なんか、喋り方がぎこちないし、口の端に血みたいのついてるけど、平気!?」

「うん、こんなの、鳴瑠くん見てれば治る」

「民間療法にもほどがあるよ、病院、病院いかなきゃだよ」


 舌を噛んでやり過ごそうとしたけど、それがアダになってしまったよう。

 とりあえず、「ほんとにへーきだから」と鳴瑠くんを落ち着かせる。そもそも病院で「鳴瑠くんを襲うのを我慢する為に舌を噛みました」なんて言えるわけがない。

 1度、2度、3度、10度くらい深呼吸をして落ち着く。

 鳴瑠くんの方を見ないようにして、今度は私が口を開いた。


「私ね、鳴瑠くんに謝らなきゃ」

「ん、許すよ」

「結論決まっててもいいけど、とりあえず話を聞いてからにしてほしいの」

「えー」


 鳴瑠くんが聞き手として全然むいていないのはさておき。

 続ける。


「鳴瑠くんと結婚したい」

「普通にする。めっちゃする、むしろ100回くらいしたい」

「それ離婚してる。私、離婚しないから‼」

「で、それが謝ることなの?」

「ごめん、鳴瑠くんが話の腰を折りまくるから話が進まない」

「素直に、ごめん」

「許す」


 気を取り直して、私は話始める。


「でね、私はパパとママも好き。鳴瑠くんよりもちょっと下くらいに」

「そこは僕と同じくらいでいよかったような」

「私、嘘つけないし」 


 鳴瑠くんは何か言いたげな顔をする。

 けど、話しの腰を折らないためか、それ以上何も言ってはこない。


「私は好きな人とずっと一緒にいたい。鳴瑠くんも好きで、パパもママも好き。

 それでいて、私は鳴瑠くんと結婚したい。ずっとそう言ってきて、今も変わない。

 だけど、それって、ずっと遠い先のことだと思ってた私がいたの。

 今日、誕生日が来て思ったんだ。

 学生でいられる時間はもう少なくって、それが終われば鳴瑠くんと結婚できる。だけど、それってパパとママ、大好きな2人と離れることなんだって。今住んでる、大好きが詰まったお家を出ることだって。2人がくれた大好きなもので囲まれたお部屋が私のじゃなくなるかもって思うと胸が張り裂けそうで辛い。

 愛してくれてたのに、いいのかなって・・・・。

 何より、パパとママとの時間って、永遠じゃないんだって自覚した。ずっと一緒にいるのが当然だって思ったけど、目を背けてただけなんだって、今更気づいた。

 こんなことなら、『一緒に居たい』って、素直にゆってくればよかった。お仕事忙しいのはわかるけど、もっとワガママ言えばよかった。1人で留守番なんてできないって言えばよかったよ。後悔して、伝えられなかった自分が、気づかなかった私が嫌で。頭ん中、ぐるぐるして、いつの間にか泣いちゃってた」


 私は無意識に鳴瑠くんの胸に抱き着いていた。

 この悩みは贅沢で、私の愚かな部分。

 何より、私は何も返せてないような気がして、このままでいいのかもわかんない。何をすればいいのかさえわかっていない。また、好きなものから離れたくない気持ち。永遠に続いてほしい気持ち。これらが鳴瑠くんへの裏切り行為のように、感じてしまう私もいて。もうぐちゃぐちゃだった。


「私、ナーくんとずっと一緒にいたいの。結婚して、ずっと一緒に暮らしたい。けど、それの少し下くらいにパパとママと離れたくないって思いがあって」


 ただのワガママでしかない。

 欲しいものを全部、手に入れたいなんて。

 鳴瑠くんは、そんな私の頭を優しく撫でた。

 また泣いちゃって、顔もきっとぐちゃぐちゃで不細工になってると思う。


「泣いてる顔も、可愛いよ」


 見透かしたように言ってくる鳴瑠くん。

 そして、続けた。


「けど、笑ってる顔の方が、可愛いから僕は好きかな」

「うぅぅー」

「璃月。璃月の気持ちはわかった」

「ごべん。なーぐんと、げっごんしたぐないわけじゃないのぉ」

「うん、うん、知ってるよ」

「大好きなの」

「うん。それでも、璃月は同じくらいパパとママが好きなんでしょ」

「うん」


 鳴瑠くんは私のほっぺに手をやり、涙を拭ってくれる。

 汚れちゃうかもなのに、鳴瑠くんは気にしたりはしない。


「ならさ、これからいっぱい伝えなよ。『大好き』って、『一緒にいたい』って」

「遅いかも。何年もゆえてない」

「それでもだよ。璃月は永遠がないことに気づいたんでしょ」

「うん」

「なら、尚更いっぱい伝えなきゃ」

「うん」

「それでも璃月が形にこだわって今の苗字が変わるのが怖いなら、僕がお婿に行って変わればいいんだよ。今どき女の子がお嫁にいかなきゃいけない古い考えなんてどーでもいいじゃん。いつもみたいに、僕たちの価値観で生きてけばいいんだよ」

「そしたら、なぁぐんがぁ、なぐんのパパとママといろはちゃんと・・・・」

「りーちゃんってさ、バカだよね」

「うぅー、なぁぐんが、私のことばかってゆったぁー」

「さっき、僕とお姉ちゃんのことバカって言ったからお相子だよ」

「ゆったけどぉー」


 鳴瑠くんはぎゅっと抱きしめてくれる。

 いつもより強い気がした。そして、


「璃月は深く考えすぎだよ。きっと、苗字が変わるのって、書類とか、呼ばれ方が少し変わる程度のことでさ。変わるのは未来のことなんだよ。別に過去の小さな頃の記憶までは変わりはしないし。もしも璃月があの部屋を大切にしてるなら、残してもらって何度だって行けばいい。僕と結婚して、2人で暮らして新しいお家に住んでも、帰る家が1つ増えただけ。璃月の今の家が消えるわけじゃない。もしも帰りたくなったら、いつでも帰ってもいいんじゃないかな。なによりさ、璃月のパパとママが他人になって、知らない人になるわけじゃないんだもん」

「なぁぐん」

「ん?」

「わたじ、なぁぐんがゆった通り、ばかだぁ」

「うん、そうだね」

「ひでいしでよ」

「あはは」


 もう1人でお留守番していた頃の私じゃない。隣には鳴瑠くんがいて、どんな時でも一緒にいてくれて、間違ったら正してくれる。違う価値観をくれて前向きにしてくれる。こんなめんどくさいワガママな女の子になちゃったけど、よかったかも。

 こうして私は落ち着くことができるのだった。

 それから、泣き止んだ私に鳴瑠くんが言う。


「それで、璃月」

「ん?」

「今から伝えにいこっ」

「え、それはいいけど。学校にパパとママ来ることになってるぽくて。私、逃亡しちゃってるし、鳴瑠くんは学校さぼってるから見つかったらまずいんじゃ」

「そこは心配ないよ」

「どーして?」

「璃月のパパとママは、学校には来ないから」

「えーと?」

「2人は僕が説得して、パーティー会場にいる。璃月を迎えに来たのは僕。いち早く璃月の変化に気づいて連絡しておいたの。だから、会場に行こっか」

「うん。鳴瑠くんのお家?」

「いつから僕の家で、璃月の誕生日のパーティーをやると錯覚していた?」


 え、ちょっとカッコいい。

 じゃなくて、鳴瑠くんのお家でパーティーじゃないの?

 なら・・・・、


「うん、璃月の家だよ」

「どうやって入ったの!?」

「璃月のお母さまから鍵借りて」

「え、えー・・・・・いつから準備してたの!?」

「璃月が学校に向かったあたりかな。実は璃月がつまんなそうな顔をして学校に向かう姿を、お姉ちゃんと電柱の影から見てた。お姉ちゃん、あんぱん喉に詰まらせて大変だったんだから。牛乳飲ませたりしてさ」

「アホ毛の気配しなかったけど!?」

「うん。少しだけなら、僕の心のアホ毛を隠すことができるし」

「・・・・え、これってもしかして」

「うん。ほんとはサプライズで、璃月が帰ったらお祝いしようと思ってた」

「むー‼」


 してやったり。

 そんな顔を鳴瑠くんはしていて、私はなんだか悔しくって唸った。

 どこまで私の思考を読んでやったのか、それとも偶然なのかはわからない。けど、どこまで私は嬉しくって、生まれてきて、鳴瑠くんと出逢えてよかったと思える。

 はぁー、とため息をついて、自然と笑う。

 2人で立ち上がる。

 先に鳴瑠くんは歩きはじめた。

 それを追いかけるように、私も背中を見つめながら歩き始める。

 うーん、このままやられっぱなしってのも気に喰わない。

 この後、パパとママ、あと次いでにいろはちゃんにも伝えようと思った言葉を、誰よりも早く彼に伝えておくことにした。


「鳴瑠くん‼」

「なに?」

「大好き。ずっと、ずっと一緒にいて」

「うん、いーよ」


 笑顔で答えてくれる。

 そして、ここからは、3人には伝えない言葉も、恋人だからこそ伝える。


「あとね‼」

「うん」

「私を独り占めできないからって、嫉妬しちゃダメだからね」

「さすがに、璃月のパパとママには嫉妬しないよ」

「そっか、でもこれだけはゆわせて」

「なに?」

「私が特別な愛情表現・・・・・えっちなことしたあげるのは。ううん、したいのはナーくんだけだからね‼」

「璃月ってやっぱりえっちだよね」


 いつもの調子を取り戻してきた私。

 そんな私はいつもの決め台詞を告げる。


「私、えっちくないもん――、」


 何度となく言ってきた言葉。

 それを聞き、鳴瑠くんは嬉しそうにする。

 だけど、今日はこれだけでは終わりにしない。

 いつもは言わない続き、


「――ただ、鳴瑠くんのことが、大好きだからそう思っちゃうだけだもん‼」


 笑えるようになっていた。

 もう大丈夫。

 終わることの嫌いな私は、永遠を願いたい。

 けど、それはなくって、物事はいつか終わる。

 だからこそ、伝えていこう。

 有限の時を、私は精一杯、愛を伝えて生きていきたい‼

 そんな感じに16歳になった私は、新たに歩き出したのだった。

 

 ♡ ♡☆彡


 それから――、

 私はいっぱいいっぱいパパとママに気持ちを伝えて、楽しい誕生日パーティーを過ごすことができた。で、今日の夜は久しぶりに3人で寝ることになった。

 お布団に入ると、目を瞑る。

 そうすると、びっくりするくらいに、すぐに眠ってしまいそうになる。

 なんだかもったいなくて、眠らないようにしようとした。

 けど、やっぱり勝てなくて。

 私は規則的な吐息を立てて、微睡の中へと意識が消えそうになる。

 そんなときのこと、パパとママがちゅーしようとしていることに気づく。

 もちろん、私に――じゃない‼


「してもいいけど、私の前ではやめてぇー」


 私がいないところで何をしてるのか、ほんとにわかんないなー。

 らぶらぶなことは良い事だけどさー。

 とか思いながら、私も鳴瑠くんと暮らしたらどうなるかわかんないので、それ以上の文句を言わないでおくことにした。そんな感じに誕生日は終わりを迎えてゆく。

 ゲームと違い歳という名のレベルが上がろうと、進化するわけでもなければ、新しい技を覚えるわけでもない。目に見える変化はこれといってない。だけど、少しだけ素直になれるようになれて、パパとママとの仲がもっと良くなれた。

 そして、何より、私は。

 鳴瑠くんのことがどうしようもなく、好きになってしまっていた。

 結構、変わることがあるのかもしれない。

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