第93話 変化 前編
・・・・視線を感じる。
教室で自分の席に座っていると、僕はふとそれを感じとった。
位置的には、12時が前だから、・・・・そう、4時の方向‼
言ってみたかった。
それはさておき。
もっと詳しい位置を言うならば、教室の後ろの出入り口のところ。横にスライドして開閉するタイプのドアが少し開いており、その隙間から僕の方をジーと見ている女の子がいる。絵面的にはホラーが大嫌いな僕としてはちょっと辛いかったり。
もちろん僕が自意識過剰で、僕ってモテるんだよね、なんて話でもない。ここまで他人行儀な物言いをしてきたけど、その正体を僕は知っていたりするわけで。
特段、隠すようなことではないので、早速発表しよう。
毎度毎度、突拍子もなくおかしなことをしてくれる恋人、璃月だった。
その証拠に、ドアの隙間からアホ毛がでている。
アホ毛が、ぴょん、ぴょこん、ぴょぴょぴょん、ぴょこぴょこぴょん。
と、早口言葉のように揺れ動く。
可愛い。めっちゃ可愛い。近くによってわしづかみしたくなる。
もちろん、そんなひどいことはしないけど。
丁寧に扱わないといけない。璃月も、アホ毛も。
それはさておき。
無駄に設備がいい為、教室だろうが、廊下だろうが暖房はきいていて寒くはない。だが、ここは彼女の所属するクラスの教室で、かつ僕は恋人。ぶっちゃけ、中に入って間近で見ても問題ないはずなのだが。そもそも、普段の彼女ならそうするはず。
いや、えっちな璃月だ。ゼロ距離でちゅーしながら見てくるに決まっている。舌とか入れながら、僕の身体をめっちゃ触ってくるまであると思うし。
僕が視線を送ってみる。
そうすると、彼女は「きゃっ可愛いナーくんが私を見てる‼」とかぶつぶつ呟きながら、ドアの影に隠れてしまう。ちなみにアホ毛は見えたまま。身体隠してアホ毛隠さず状態だった。いやいや、そんな冗談を言っている場合じゃない。
璃月とお話できなくて、触れなくって、イチャイチャできなくって、心がもやもやしていた。これが欲求不満ってやつなのかもしれない・・・・。うー、寂しい。
こんな状態になったのは、昨日から。
もっと詳しく言うならば、璃月の誕生日の次の日――12月3日からだった。
どうしてこうなったのか見当がつかない。
誕生日の日は、普段通り愛を囁き続けてただけで、嫌われるようなことはしてないはず。もしかして、両親の前で「好き」って言い続けたのがまずかったとか?
考えてもわかんない。
昨日から様子がおかしいわけで、レインでメッセージを送り訊いてみたりもした。
けど、返信は「♡♡♡♡大好き♡♡♡♡」だけで詳しい詳細は教えてはくれない。しかも先ほどから『♡』ばかりが送られてきていて、通知の件数が999でカンストしたりもしてる。電池を喰いまくり、スマホの電源も落ちそうになっていた。
あ、『両親と寝たときも全裸?』って訊いたときだけ、『鳴瑠くんのえっち。お洋服だけは着てたもん‼』とか返ってきたっけ。ようするに下着は身に着けてなかったというわけで、僕はえっちだと思いました。という感想はさておき、ようするになんの進展もなかった。こうなってしまえば、正攻法は手詰まりと言える。
もちろん、裏技たるアホ毛も利用してみた。
が、璃月のアホ毛の守りが固くなっていて、情報を引き出すことはあまりできていない。読み取れたないようも好感度が爆上げ中とのことだけで、理由をしるところまでは辿り着けてはいなかった。むしろ、謎は深まっている。
嫌われているわけでないのに、避けられる理由がわからないし。
もう少し時間をかけて、彼女のアホ毛のセキュリティを突破するしかないようだ。
正攻法もダメ。
裏技もダメ。
ようするに、僕はどうすることもできなかった。
そんな時、璃月は〈アホ毛式モールス信号〉を送ってくる。
アホ毛の動きで、言葉を伝えるやり方だ。
なになに。
『あ・い・し・て・る・♡』
「直接、言ってよ‼」
僕は思わず叫び近づく――が、璃月は僕の行動を予知していたようで、ぴゅーんとどっかに行ってしまう。もはや僕1人の手にはおえない状況にあるのだった――
「――てことがあって、困ってるんだ」
どうしようもなくなった全裸の僕は、対面に座る全裸のお姉ちゃんに、そんな相談をしていた。2人とも全裸なのはここがお風呂場だからだ。お母さんにお風呂に入るよう言われて入ってる途中である。ちなみに、お姉ちゃんと僕はともに先に身体を洗ってから湯船に入るタイプなので、順番に洗いっこして湯船に入っていた。
「なーくん」
「ん?」
「聞きたいことがある」
「相談を持ち掛けてるのは僕だし、なんでも答えるよ」
「それじゃ訊くけど、『アホ毛を調べる』ってなに」
「そのまんまだけど?」
そう答える他なかった
ちなみに、タオルも身に着けずに混浴している点に関してツッコミはない。僕とお姉ちゃんは約16年間、ずっと一緒に入ってきてる為に日常と化している。ぶっちゃけ、互いの代わり映えしない裸など親の顔よりも見ていた。もはや見飽きてる。
そんなお姉ちゃんは、不満が表れた顔をし始めた。
もちろん、お姉ちゃんのロリボディに、僕が興奮していないことへ不満を抱いているわけではない。僕たちの間に異性というものはないし、僕たちは姉弟だし。普通に僕の答えに納得がいっていないのだろう。
「えーと、それじゃ。アホ毛式モールス信号は?」
「決まってるじゃん。アホ毛の動きで言いたいことを伝える方法の1つだけど」
「知らない。そんなの知らない。絶対にないよ」
「お姉ちゃん」
「なに?」
「自分の知識だけが全てじゃないことを学んだ方がいいよ」
「これに関しては絶対にいろは、間違ってないよ‼」
お風呂場の為、声が響く。
反響によって天井からしずくが垂れ、それがお姉ちゃんの頭に当たる。
冷たかったようで「はうっ」と声を漏らした。
ブルブルと頭を振り、さらに続けるお姉ちゃん。
「そもそもの話、アホ毛って髪の毛だよね」
「だね」
「なのに動かせるの?」
「うん、アホ毛だからね」
「イミワカンナイ」
理解できない為に片言になるお姉ちゃんは、栗色髪の毛先をクルクルし始めた。
その後、現実逃避なのか、遊びたいのかわかんないけど、僕にお湯をかけくる。
僕もかけかえして、お姉ちゃんもかけかえす。
それが数回続けられて楽しむと、2人で満足した。
にしても、忘れてたけど、アホ毛ってただの髪の毛だったね。
ここのところ、アホ毛に超次元なことしか起きていなかったので完全に忘れていたし、慣れきってしまっていた。お姉ちゃんの反応は当然のものだけど、逆に新鮮だ。
「ね、なーくん。どーやったら動かせるの?」
「僕、心にしかアホ毛がないからなー。身体的なアホ毛についてはちょっと」
「なにその分野外だからわかりません的な反応」
「お、わかってきたね、お姉ちゃん。アホ毛には2種類の分野があるんだよ」
「何もわかってきてないし、ないと思う‼」
「あるよ、心のアホ毛と、身体的なアホ毛の2種類」
「ここまで何も理解してない。いろは、何もわかってないから。気づいてよ、なーくん。心のアホ毛ってのが、いろはの理解力を奪ってる‼」
「心のアホ毛にそんな力はないよ‼」
「そうゆー意味じゃなくて、もうわけわかんないってこと。いろはたち、学年主席のはずだよね!?なんで2人でこんな超次元な話してんの!?」
「それはお姉ちゃんが後ろ髪を引く的に、アホ毛を引くから・・・・」
「上手そうで上手くない‼」
ひどい。アホわざ(ことわざの亜種)を否定しなくてもいいじゃん。
実の姉に否定され、ふてくされる僕。
それはさておき、理解してもらえるように頑張ってみる。
「心のアホ毛はすんごいだから」
「・・・・。聞かなきゃダメ?」
「どのみち、お姉ちゃんの近くに行って勝手にしゃべるけど」
「うん、諦めた。聞く」
「まずね、能力その1」
「え、・・・・・いくつかあるの?」
「うん」
何故か絶望した顔をするお姉ちゃん。
僕は構わず続ける。
「でね。まずはアホ毛を持つ人の心が読める」
「心の底から思う。めっちゃ、こわっ!?」
「で、その2。位置がわかる」
「ねぇ、プライバシーって言葉、どこに消えたの?」
「あと、その3としては、アホ毛を重ねれば会話もできるよ」
「いろは、疲れた」
遂にお姉ちゃんはツッコむのを諦めた。
うーん、僕を通してお姉ちゃんにアホ毛の片鱗を見せてあげてもいいけど、お姉ちゃんの中に眠るアホ毛を覚醒させてしまう恐れがある。そんなことをしてしまえば、璃月がいないときに共に行動することの多いお姉ちゃんの心の中が読めるようになるだろう。また逆に読まれてしまうこともある。正直、それは避けたかった。
だって読まれてしまえば、僕が何やかんや思いながらお姉ちゃんのことが大好きなお姉ちゃん子だとバレてしまうかもなわけで。弟としては恥かしい。また心のアホ毛を見せるのには、お姉ちゃんの胸を触らないといけない。いくら胸が皆無だといえ、絵面的にヤバいと思う。いや、興奮するかでいえば、全然しないけど。
そもそもの話、アホ毛の話を振られて話し込んでしまったけど、僕の話したかった話じゃない。もっとも重要な『璃月がどうして僕を避けるのか』についてなんら話ができてはいないじゃないか。いけない、と我に返り話しを戻すことにした。
「お姉ちゃん、アホ毛のツッコミはこれくらいにしてよ」
「ごめんごめん、璃月ちゃんについてだったね」
「そうだよ。僕、めっちゃ悩んでるんだ。リツキニウムも不足してきて辛いんだ」
「え、知らない単語きた。え、リツキニウムって」
「幸福感がえられる謎の物質だけど」
「やっちゃいけない薬?」
「違うよ、璃月から出るの‼」
「璃月ちゃんはそんな危険な子じゃ・・・・無慈悲で容赦がない危険な子だった」
「お姉ちゃん!?」
この姉め、僕の彼女を何だと思ってやがる。
とはいえ、璃月とお姉ちゃんの出逢い方を思い出してみれば、トラウマになっていてもおかしくはないか・・・・。敵対してたわけだし。
納得してしまう僕がいた。
ごめん、璃月。
「そうやって話の腰を折らないでよ、お姉ちゃん」
「いや、なーくんが気になることばかっり言うんだもん」
「それでもダメ。人の話を聞かないのはいけないんだからね」
「うん、それは素直にごめん」
どこかで似たようなやりとりをしていたが、僕はそれに目を瞑った。
仕方ないよね、僕とお姉ちゃんは姉弟だもん。似ちゃうのは仕方ない。
「で、なーくん。何か心当たりはないの?」
「それがあったら自分でどうにかできるよー」
「だよね」
と、苦笑いをするお姉ちゃん。
それから続ける。
「気になるとこは、好感度は下がってなくって、むしろ爆上げ中なとこだよね。まぁ、アホ毛うんぬんはまだまだ信じられてないから、本人からじゃなくってアホ毛から感じ取ったってことだから、ほんとかは怪しいけど」
「アレだけ話して、まだ信じてないとは」
「そこは今はおいとこ」
「うん」
「で、なんだけどね。いろは思うの。乙女的に考えて」
乙女?
どこにいるの?
僕は素直にそう思った。
けど、我慢する。だって、相談を持ち掛けているのは僕だもの。
「璃月ちゃんはね、きっと。なーくんのことが好きすぎて避けちゃってるんだよ」
「え、璃月なのに?」
「ごめん、その理解不能な反論はよくわかんない。そもそも今日なーくんとお話してて9割方、話を理解できてないからね、いろはは」
悲しみにくれそうになる僕。
絶対に言わないけど、お姉ちゃん子な僕としては、お姉ちゃんに理解されないのが辛い。そんなことを思いながら僕は真意を告げる。
「何が言いたいかというと、璃月はえっちな子なんだよ」
「うん、それは知ってるよ。本人が言ってたし」
「ん?」
「なに?」
「いやなんでもない」
璃月が自分で「えっちな子」なんて言うかな。
僕はいささか信じられなかった。だって、ムッツリどすけべが璃月だし。
とりあえず、えっちな子という共通認識なので、話を続ける事にした。
「璃月ってみんなのいる教室で、平気でべろちゅーする子なんだよ」
「べろちゅーって?」
「なんでもない。ようするに、璃月は人前で平気でくっついてきたりする子なんだよ。今更、僕が好きすぎて避けちゃうようなこと、するかな・・・・・うーん」
「なーくん、いろはね、好き避けってモノをマンガで読んだの。璃月ちゃんも人間で、女の子。そういうことをするときもあると思うの」
「そうかな・・・・」
ソース元:マンガ。
それを『乙女的に考えて』などと、自分の言葉のように言っていたのか、お姉ちゃんは・・・・。とか思いながらも、僕はそれが言えなかった。
先に思ってしまったことがあるのだ。
僕はこの状況がどーしようもなく、
「寂しいな」
「・・・・なーくん」
お姉ちゃんは、心配そうに僕の名を呼ぶ。
どんな理由であれ、璃月が離れてしまっているこの状況は、現実に起きていることで、それがどうしようもなく寂しかった。きっと璃月にも考えがあるのはなんとなくはわかっているんだろうけれど・・・・。
そのような様子を見てか、お姉ちゃんがこちらに近づいてくる。それから、ぎゅっと抱き締めてきた。僕が寂しかったりすると、いつもこうしてくれる。
・・・・・お姉ちゃん。
昔からしてくれること、でも今は璃月を知ってしまった。
故に思ってしまう。
璃月に抱かれているときのような柔らかさがない、と。
いや、実の姉に求めることじゃないのはわかってるよ、もちろん。
けど、よぎちゃったんだよね、固いって。
固いなって・・・・。
そして、思う。
僕もちゃんと男の子なんだと。いくら女装をして、男の娘になろうと、ちゃんと男の子してた。変なとこで実感する僕だった。お姉ちゃんに失礼な僕だった。
「・・・・・ごめん、お姉ちゃん」
「ううん、いーよ」
僕の謝罪は、変なことを考えたことについてだったんだけど、わざわざ説明したりはしない。クズな僕がいた。ごめん、女の子を知ってしまって。
姉よりも成長してしまった弟がここにはいた。
「うーん、そーだ。ここは人肌脱ぐよ」
と、全裸のお姉ちゃん。
もう脱ぐの無いじゃん、とツッコミするか迷う場面。
めっちゃ、お姉ちゃん感が出ていたので、それを台無しにするのも悪い。僕はなにも言わないでおくことにした。それからお姉ちゃんは続ける。
「お姉ちゃんに、任せなさい‼」
「・・・・・」
小さなお姉ちゃんで、胸は固い。けど、僕にとっては大切なお姉ちゃんで、何やかんや思いながらも、固い胸は不本意ながら安心してしまうものがあって。
だからこそ、僕はこう言ってしまう。
「ありがと、お姉ちゃん」
「うん、いーよ」
こうして、僕と璃月の間に、お姉ちゃんが入ってくれることになったのだった。
――続く。
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