第82話 学園祭 ホームルーム
今月末は学園祭が行われる。
双ヶ丘十海里高校では、クラスや部活はもちろんのこと、各々何かやりたければ申請することで出店することも可能となっている。
僕と璃月は部活動に入っていないし、個人での出店をする気はない。というわけで、参加するのはクラスでの出し物のみとなっていた。
今現在、ホームルーム内でその出店の内容をどうするのか。話し合いがなされていた。なされていたんだけど・・・・、
「どうして僕がこんな苦痛を味あわなきゃいけないんだ・・・・」
「可愛いってきっと罪。騒がれるのが罰なんだよ」
「僕の彼女が何を言ってるのかわからないけど深そうなことを言ってるのはわかる」
黒板に書かれている出店候補を見てのため息交じりの呟き。それに答えたのは、1つの椅子に半分こで一緒に座ってる璃月だった。
ちなみに、璃月と僕の席は、先生の陰謀によって教室の対角線上に位置している。僕はラノベの主人公が座っていそうな窓側の1番後ろに、璃月は廊下側の1番前に座らされている。この席順だけはこの数ヶ月の間、幾度となく席替えをしても変わることはなかった。
そんな席順なのに璃月がどうして僕と同じ椅子に座っているのかというと、まぁアレだ。勝手に来ちゃってる感じ。他の生徒もバラバラに座っているし、先生も何も言わないので黙認されている。
で、重要な黒板に書かれた出店案なんだけど・・・・・、
「『アリスちゃん記念館』って・・・・」
アリスちゃん。
その女の子は、名前もわからなければ、どの学年なのか、どのクラスなのか、どこにいるのかもわからない、突如としてハロウィンに姿を現した謎の女の子。
栗色の髪をハーフアップにまとめ、アホ毛がきゅーと黒色のリボンを付けてる。胸がないのが残念だけど、ロリロリしい見た目が人気らしい。膝上丈の空色エプロンドレスを身に着け、足には白のハイソックス。裾とソックスの絶対領域が魅力的――てな感じの子らしい・・・・。
また、名前は不思議の国のアリスの恰好をしていたから『アリスちゃん』。
僕は間近で見たことないからわからないけどそうらしい。話しによると、小っちゃいお胸を気にしているとかいう知らない設定まで付けられてるし‼
おっといけない。僕は知らない体だったわ。
その子は今やクラス、いや学年のトレンドナンバー1入りしているみたい。そのあまりの人気から記念館と称して、初めてこの学校に現れたこの教室で展示会を開こうとしているみたいだった。
その展示の内容はと言えば、教室での隠し撮り写真や、数日前のお揃いデート(ハロウィン後もちょっとやった。我慢できなかった)、ファンアートに、等身大フィギュアが展示予定らしい。
・・・・・。
精神的に疲れてきてしまいため息をこぼす。
「鳴瑠くん、疲れてるね。私のおっぱいで癒したあげようか?」
「うん、癒して」
「はい、ぎゅー」
璃月のおっぱいが心地いい。
よし、少し回復。
というわけで、続きを話すことにする。
何やかんやあって、学園祭で僕たちのクラス1年θ《しーた》組の出店するものは、僕が女装をした姿の『記念館』が有力候補となっていたのだった・・・・。
「僕、疲れた。頑張ってここまでを振り返ることができたんだ」
「頑張った。鳴瑠くんは頑張ったよ」
よーし、よーし、と璃月は僕のことを抱きながら頭を撫でてくれる。
あまりの心地よさからこのまま眠ってしまいたくなる衝動に駆られる。それを僕は必死に抗うことにした。もしもここで誘惑に負けてしまえば、何の抵抗もできずに有力候補が本決まりになってしまうからだ。
ちっ、璃月の胸の中で寝たかったなぁ‼
「どうにかして、あの案を無くせなかな・・・・」
「なら、私が代案を出してあげようか?」
「何かやりたいのでもあるの?」
「うん‼」
ニンマリ可愛く笑う璃月。
あー、可愛いなー、ちゅーしたいなー、この笑顔を守りたいな。
そんなことを思いつつも僕は、嫌な予感しかしないので何を代案とするのか訊ねてみることにした。一応ね、一応、訊いとくことにした。
「ちなみに何を代案に?」
「え、決まってるよ。『鳴瑠くんミュージアム』だけど」
「やっぱり、期待を裏切らない‼」
「でしょでしょ、喜んでくれて嬉しぃー‼」
「違う、悪いけど、そっちの意味じゃない。期待を裏切らず、嫌な予感を的中させてくるってことね。あ、でもそんな璃月も大好きだよ」
「私もしゅきー♡」
大好きって言ちゃったからか、璃月ちゃんは話を聞いてくれていなかった。
本気で言ってるのかな、璃月は。いや、本気だろうな。
「やめて、ほんとやめて」
「え・・・・」
「断られるとは微塵も思ってないその感じ。さすがだよ、璃月」
「うぅー、やりたかったんだもん・・・・」
叶えてあげたいけど、今回ばかりはできない。
それを代案にしたとしよう。
そうした場合、『男の僕』と『女の僕』のミュージアムがぶつかり合うわけで。どちらが残ったとしても結局は僕のミュージアムでしかない。
根本的な話だけど、『男の僕』のミュージアムに関しては璃月にしか需要がないという問題もあるし。代案としては弱い。
なにより最近の璃月の部屋は、僕との写真やら思い出の品、イチャイチャに使おうとしているものや、僕のものでありふれてるわけで。既にミュージアム化されているようなものなんだから、それで満足してほしい。
「あーあ、教室の真ん中に私全面監修のキャストオフ可等身大鳴瑠くんフィギュアを置きたかったなぁ・・・・」
残念そうに言ってるけど、絶対にやらせないからね。
めっちゃ恥かしいし、何より、
「監修してる時間は僕といてほしいんだけど」
「・・・・ナーくん。そっかそっか、そんなに私といたいのかぁ‼」
「・・・・うん」
「一緒にいたあげる。あ、そだ。寂しい思いをさせたから、私を感じられる座り方にしよう、ね?」
提案すると立ち上がり、僕も従う。
先に璃月が椅子に座って少し足を広げ、その広げた足の間に僕が座る。彼女は僕のお腹に腕を回してホールドした。璃月に抱っこされてる感じとでもいえばいいか。
太ももに挟まれるのもいいし、常時背中におっぱいが当たってるのもいい。何より、璃月の息づかいが耳のすぐ近くで感じられる上に喋られるとくすぐったい。
なんて言うのかな・・・・璃月に包まれてるのがいい(しみじみ)。
「どーお?」
甘い声音の吐息を交え、璃月は訊ねて来た。
確実にわざとだ。
「璃月に甘えてるみたいでいい。永遠にされたい」
「ふーん」
そっけなく言いながらも、嬉しそうなのが伝わる。
にしても、これで僕のミュージアム計画の1つ目は無くすことができた。半ばフレンドリーファイアというか、ラバーズファイアというか、味方からの攻撃の気がしてならなかったけど・・・・・。
本題はここから――『女の僕』の方も潰さなくてはならないわけで。
久々に前をむき、話し合いが行われている様子に意識を向ける。着実と何を展示するのかなどの細かいことが決められていっていた。
残念なことに悠長にしている時間はなさそう・・・・。
「うぅっ、諦めるしかないかな・・・・」
「いやいや、鳴瑠くん」
「ん?」
「諦めるのはまだはやいよ」
「何か言い案でもあるの?」
「うん。鳴瑠くんが直接『やめて』って言えばいいと思う」
「それは女装してみんなの前にでろ、と?」
「ううん、違う。もちろん、正体を明かすこともしないよ」
「それじゃ、どうやって・・・・」
「これを使うの」
そう言って、スマホをちらつかせる璃月。
えーと?
要領を得ない僕に、彼女は小声で説明してくれた。
「電話越しに言えばいいよ。レインなら名前を一時的に変えられるし、スピーカーでの通話にしておけば、教室内くらいなら聞こえると思うし」
「さすがに声とかでばれたりしないかな」
「うーん、平気だと思うけど。どっかの名探偵もすぐ近くで声を変えて推理しててもばれないんだよ。鳴瑠くんが似たようなことしてもバレないって」
「その例えはどうなんだろ」
「最悪、先生を眠らせて、先生の声で中止にするようなことを言えばいいと思う」
「ちなみにどうやって眠らせるの?」
「えーと、殴る?」
「・・・・うわー」
と唸る僕は、探偵の出番が来ないことを祈る。
茶番はさておき。
「別にここで喋らなくてもいいんじゃないかな。トイレ・・・・お花を摘みに行くフリしたりしてさ。ここじゃないとこで電話すればいいと思う」
「どうして言い直したのかはわからないけど、うん、それしかないかな」
「だよ」
「アレ、でもさ」
ふと先日のことを思い出す。
璃月のSNSアカウントは絶賛炎上中。
その理由は僕が女装した姿を『おばけじゃない?』とか適当にはぐらかしたことが原因なわけなんだけど。もしもここで僕が電話をして本当に存在していることがわかったら、璃月が嘘をついていた証拠になってしまうわけで・・・・・・。
いいのかな?
女装をしていたことはあんまり知られたくはないことだけど、璃月が嫌な思いをする方がもっと嫌だ。ぶっちゃけ『璃月>女装がばれる』の順位だし。
・・・・うーん、どうしたものか。
僕が難しい顔をしていると、璃月は耳元で呟く。
「鳴瑠くん。私ね、炎上して嘘つき呼ばわりされても大してイライラしないし。別に嫌だとも思わない。だって、鳴瑠くんを独占してる気がして嬉しいし」
「えーと?」
言葉の意図を僕は考える。
それよりもはやく、璃月は僕を抱く力をより強めた。それは小っちゃな子が大好きなぬいぐるみを誰にもとられたくなくて、強く抱きしめ守る様子のよう。
だが、声音は低く、少女とは言い難い。
「いくら女装姿で、みんなが鳴瑠くんだって気づいてなくても。私の鳴瑠くんがみんなのものみたいに、楽しむコンテンツにされてるこの現状はぶっちゃけ気に喰わない。私以外が鳴瑠くんで盛り上がってるのがどーしてもおもしろくない。今のホームルーム見てたら、なんかむかむかしてきちゃった」
抱きしめられているため、僕から璃月の顔は見ることは残念ながら叶わない。だが、僕にはわかる。月のような綺麗な顔立ちで、夜の闇のようにハイライトを消した瞳で、何やら考えていることに――そして、
「――これでいこっと♡」
耳の近くで囁かれたからなのか、はたまた甘い吐息のような艶やかな声音だったからなのか、鼓膜に届いた瞬間、僕の身体に甘い痺れが走る。痺れに酔いしれ思考が停止している僕に、璃月が現実に引き戻すように言う。
「ナーくん。いいよ、電話しに行っても」
「う、うん」
生返事をしてしまう。
璃月のことだ。彼女の目指している未来――『全ての僕を独り占めすること』だというのわかる。だが、どのような過程を踏まえてそこまで行こうとしているのかまでは、残念なことながら読み切れないでいた。
それでも、どんな過程を踏むのかはわからなくても。
「僕は璃月の案にノルよ。だって、璃月が僕のことを1番に考えてくれてること知ってるし。悪い結果にはならないはずだしね」
「信頼してくれてありがと。うれし。にしても鳴瑠くんは本当に私にノルの好きだよね。甘えんぼーさんだなぁー。よく裸でも抱き着いてくるし」
「おい、変態」
「えっちくないもん‼」
なんてやりとりをしつつ、僕はお花を摘みに行くと言う体で教室を出る。そのままトイレに入って璃月に電話をかけて、みんなに「自分の記念館を開くのはやめてほしい‼」との旨を伝える。意外なことにクラスメイト達は素直に聞いてくれ、この出店案は中止の方向に進んでいったのだった――。
☆・・・・♡
――で、それから。
花を摘みに行ったとのことで教室を出たので、璃月にバラの花束でも買って戻りたかったが、買いに行く時間がなかったので諦める。
グラウンドに何か咲いてないかなー。
とか、見渡してもさすがは11月。驚くほどに花も草もない。
仕方がないのでトイレに行ってすっきりすると、教室に戻ることにした。
寄り道して長い時間、教室を出ていたから「大の方をじゃね?」なんて小学生レベルの疑われ方をするんじゃないかと心配するが杞憂に終わる。
ホームルームも後3分ほどで終わろうとしていた。
扉を開けて中に入り、璃月のもとに。
「よかったね、無くなって」
「うん。これも璃月のおかげだよ」
「うふふ、褒めて褒めて」
「偉いねー」
「えへへー」
頭を撫でると璃月は喜びをあらわにする。
特にアホ毛の付け根が気持ちいいらしく、そこを撫でるとよりいっそう可愛く笑ってくれて僕も嬉しい。
「そう言えば、クラスで出店するものって結局なにになったの?」
璃月にプレゼントする花を探すため、グラウンドをほっつき歩いていた僕は、もちろんホームルームも参加していなかったわけで何をするのか何も知らない。
「それならさっき決まったよ」
「何になったの?」
「メイド喫茶――」
「けっこうド定番なのになったんだね」
「うん。あと、私と女装鳴瑠くんのトークショーだよ」
「ん?」
「だから、トークショー」
「え、っと。誰と誰が?」
「私と、大好きな鳴瑠くん(女装した姿)だよ」
「はい?」
メイド喫茶はまだわかる。
学園祭とかでやられてそうなイメージあるし。
だけど、だけどだ。
トークショー?
声優さんとか、お笑い芸人さんがやってきて、そういったイベントをするのはなんとなくわかるけど。一般の生徒がするものなの、それ?
しかも、僕に限っては女装だし‼
「ふっふっふー、私は考えたの。女装した鳴瑠くんが私にメロメロだってみんながわかれば、私の女装鳴瑠くんにもちょっかいを出さなくなるんじゃないかなってね。だからね、鳴瑠くんが電話を切った後にみんなに提案してみたんだ。私とのトークショーをするって条件ならここに呼んでもいいよって」
「あのあと、そんなことが・・・・」
「でね、みんな2つ返事でOKしてくれた。本人が来てくれるのは歓迎みたい」
どんなだけ人気なんだよ、僕。
尚も璃月は続ける。
「めっちゃくちゃイチャイチャして、他の誰も入るスキがないってことを見せつければ、みんな女装鳴瑠くん熱も冷めると思うんだよね‼」
璃月は自身満々に言う。
まぁでも、やり方はともあれ、1学年に巻き起こる女装した僕への熱は冷ましたい気持ちはあるわけで。うん、どうにでもなれって感じ。
何より、みんなの前で女装をした状態で璃月とイチャイチャなんて・・・・、
「興奮しちゃう」
「抑えて。可愛いお顔がだらしなくなってるよ」
「ごめん、ごめん」
顔を引き締め思う。
そんなこんなで、僕と璃月の初めての学園祭においてやることが決まった。
これで噂に終止符を打ちたい、僕はそう密かに思ったのだった。
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