第83話 家庭科 制服エプロンと調理実習
ある日の4限目、家庭科で調理実習をすることになった。
今回の調理実習では、2人から4人で1組の班を組み、各班ごとに学園祭で行うメイド喫茶の販売メニューを考える目的もあったりなかったり。
そんな中、僕と璃月は2人の班。隅っこの調理台を占拠していた。
目の前にいる璃月は、青色をベースに謎のクラゲさんがたくさん描かれたエプロンに身を包んでいる。エプロンを着ただけなのに、普段よりも家庭的な印象が強く感じられ、普段以上に同棲したい意欲が強くなってしまう。
新婚さながら後ろから抱き着いて、璃月が調理するところをめちゃくちゃ邪魔をしたい。あわよくば「邪魔しちゃだーめ♡おとなしく待ってて、ハウス♡」なんて犬のようにされたいまであった。もはや夫じゃない気がする。
おっと、ちゃんと言っておかなきゃだね。
残念だけど、裸エプロンではない。悲しきことに裸エプロンじゃない。
重要なので2回言っといた(学校だから当然)。
とはいえ、制服にエプロンも悪くない。
けっこう好きな僕がいた。
にしても、制服エプロンてアレだよね。
勝手なイメージだけど、両親が共働きで忙しくって、放課後は家事をしたり歳の離れた弟とか妹の面倒とか見てそうな、自分のことよりも家族を優先しそうな子がしてそうだよね。最終的には家族に「自分を優先していいんだよ?」なんて言われて夢に向かったり、恋人作ったりしそうだよね。絶対いい子だと思う。まず、人の悪口は言わないと思うもん。とかすんごく適当なことを思う僕。
「ま、璃月の制服エプロンには誰も敵わないけどね‼」
「私は一体、誰と比べられていたんだろ・・・・」
呟く璃月はジト目を送りつつ「ま、いーや」と言って切り替える。
それから僕に訊ねてきた。
「鳴瑠くん。今日のお昼、何が食べたい?」
「んー、璃月かな」
「鳴瑠くんのえっち‼」
「おっと間違えた。本音がでちゃったよ」
「隠す気ゼロだぁ」
「うん、だって僕。璃月のこと好きだし」
「私も好きだけど、違うの。お昼ご飯の話。いや、最初からそーゆってたよね?」
・・・・言ってた気がする。いや、言ってたな。
僕たちがするのはあくまでも家庭科の調理実習で、保健体育の実習ではなかった。まぁ、璃月にベット《まないた》の上で調理されたくないかと訊かれたらされたいって答えるけど。食べられたいまで言うけど。
何が言いたいかというと、やぶさかではない、ってことだ。
「うーん、と。どうしてそんなことを訊くの?」
「お昼休み前の調理実習でしょ。だからせっかくなら今日のお昼はここで作っちゃおうかなって思ったの。だから、見て見て、いくつか食材も持ってきたの‼」
璃月の足元にはクーラーボックスが。
ずっとそこにあったし、登校時には璃月の代わりに僕が持ってきたのでその存在は知っていた。とはいえ、まさかお昼ご飯だったとは、これは嬉しい誤算だ。
もちろん、普段から食べている璃月のお弁当は大好き。毎日食べても飽きないし。それが出来たての温かいご飯が食べられるとなればより嬉しいに決まってる。
だけど、ここで1つ問題がある。故に喜んでるだけではいられない。
何と言ったって、この世の主婦、主夫を持つパートナーが悩み続けるであろう難問を、今の僕は投げかけられているわけで・・・・・。
――お昼ご飯、何がいい?
これ、これね‼
ぶっちゃけ「遂に僕も訊かれるようになちゃったかー」なんて喜んでみたかったが、前情報(平日昼間のワイドショー)によるとこれはそんなに甘い質問ではないとのこと。
答え方を間違えば即死。1度たりとも間違えることができない地雷らしい。
嘘でもネタでも『なんでもいい』なんて答えてはいけないと聞く。
「鳴瑠くん?」
「待ってね、璃月。僕が何を食べたいか、だよね?」
「うん、そーだけど」
キョトンとした顔が可愛い璃月。
そんな彼女を絶対に怒らせたくない僕は普段よりも、人生で1番、慎重に行動と言葉を考える。一手、一手、悪手をしないように動くのみ。
まず必要なのは情報。
ここでの最大の悪手は、持ってきている食材で作れない料理を提案すること。故に彼女の持つクーラーボックスの中身を知ることこそ優先すべきことはず。
「璃月、まずはクーラーボックスの中身を教えてくれないかな?」
「う、うん。えーとね、ブタ肉、鶏肉、卵、キャベツ、レタス、玉ねぎ、にんじん、ジャガイモ、ニラ、スッポン、ニンニク、ウナギかなー。後は細々としたものがあるよ。小麦粉とか、パン粉とか、調味料とか」
「そっか、そっか、ありがと」
数回頷く僕。
ここからは聞いた食材で、あまり手間のかからないものをチョイスしなくてはいけない。もしも手間がかかるものを選べばキレられる。
いや、璃月はキレたりはしないだろうけどね。で、僕はある結論を導き出した。
うんうん、これで何が作れるのかさえ、さっぱりだ‼
このチョイスもよくわからない。
ジャガイモまでは、色んな料理に使えそう。けっこうな種類の料理に入ってるイメージあるし。だけど、ニラからわからない。スッポンとかどんな料理に使うの?
「むー」
出てくるのは唸り声だけで、料理名の1つも出てこない。
よくよく考えると、僕の料理経験はお姉ちゃんとのおままごとで料理をしたことくらい(幼い頃のほっこりエピソード)。要するにしたことがないわけで。
恥ずかしながらカレーに使う材料すら全部言えるか怪しいレベル。ポケットの中のモンスターを全部いう方が自信ある。それくらい料理をしたことない。
「唸ってどうしたの?」
「璃月に何が食べたいのか訊かれても、僕って何も答えられないんだなって思ってさ。それがとっても不甲斐なくって・・・・・」
「普通に食べたいのを言えばいいかと思うんだけど」
「いやいや、よく聞くじゃん。夫婦間トラブルで『何が食べたい?』から喧嘩するやつ。『トイレの便座を下げない』の次に喧嘩とか離婚する案件らしいよ(僕調べ)」
3番目には室内温度、クーラーの温度設定だと思ってる。
璃月は納得したように頷く。
「あー、そーゆーことね」
「ちなみに僕はトイレの便座は下げるから離婚しないで」
「うん、ありがと。けど、鳴瑠くんがちゃんと便座を下げる子なのはみたことあるから知ってる。鳴瑠くんはおトイレ上手だもんね」
璃月が僕のトイレ事情を知っているのかはあえて話さないでおく。
「とりあえずね、鳴瑠くん。私は普通に『何か食べたいものとかあるのかなー』と思って訊いたの。だから深く考えなくてもよかったの」
「でも、作れないものとかもあるんじゃ」
「たしかにそう。そうなんだけど、どちらかというと『これはできるね』とか『これは難しいね、今度作ったあげるね』とか。2人で考えたいなーって思うの。だから、とりあえずは、何も考えずに食べたいのを言ってほしいかな」
「そっか・・・・」
深く考えすぎていたようだった。
くそー、平日お昼にやってるワイドショーでさんざんやってたのに。踊らされたみたいで悔しい。もう2度と信じるもんか観るもんか、僕が信じられるのはやっぱり、璃月だけ。若者のテレビ離れがまた一歩進んでしまった瞬間だ‼
僕が見なくても大して視聴率に変化がないのでどうでもいいとして。
「だったらね・・・・ハンバーグ。ハンバーグ食べたい‼」
「うん、いーよ。それなら作れるし」
「やったぁー‼」
「もう小っちゃい子みたいにはしゃいじゃって可愛いなぁ」
ほっこり顔で璃月は料理を始める。
あ、もうちょっと『できるできない』のやりとりをするべきだったかも。絶対に作れなさそうな超マイナー民族料理とか、マンガに出てくるようなやつとか。とはいえ、やっぱりネタを言えるだけの知識が僕にはない。
もう少し料理の勉強をしておこうと反省することにした。
で、僕はふと大切なことを思い出す。
「僕、調理実習してなくない?」
「なら、お箸でも並べる?」
「それ、調理してないけど!?」
「それじゃ、お姉ちゃんを呼んできて?」
「もっと遠ざかった。というか、さっきから小っちゃい子が手伝うって言い始めたときに、母親がお願いするお手伝いシリーズやめない?」
お姉ちゃんに関しては、呼ばないし。
呼ばなくても勝手に来そうだし。
そもそもだ。
この授業の主旨すら最初から無視している。
本来は『メイド喫茶に出せるメニュー考案のための調理実習』なわけで。僕たちは・・・・いや、璃月は僕たちのお昼を作っちゃってるのが現状。まぁ、いろいろ無視しつつ自由にやるのが僕たちらしいと言えばらしいけど。
そんな僕の心配はお見通しとばかりに璃月は胸を張る。
「鳴瑠くんのお悩みは解決済みだよ」
「そうなの?」
僕が知らないだけで、作っていたのかな。
いやいや、そんなことはない。
だって僕は、璃月からひとときも視線を外していない。視姦しつづけていたわけで、何かを作っている様子はみうけられなかった。作ってないと断言してもいい。
思考を巡らせるなか、璃月は答えてくれる。
「ふっふっふー。実はね、昨夜のうちに今日提出するクッキーを作っておいたの。この調理台に乗っている食材と、このクッキーを3分クッキングばりに差し替えればいいんだよ‼」
超自信ありげ。
やっぱり僕は調理実習をしていないことになる。
ま、いっか‼
璃月のご飯楽しみだなー‼
僕は考えるのをやめた。
「それじゃ、ご飯、作っちゃうね」
「うん‼」
ご飯ができるのを楽しみに待つことにした。
ちなみに、この後、先生へと差し替えクッキーを持って行ったんだけど、この時間に作ってないのがバレちゃって作るように怒られたのだった・・・・。
※璃月が昨日作ったクッキーは食後のデザートとしておいしくいただきました。
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