第70話 体育祭 プログラム3 パン喰い競争

 パン。

 それは世界を形成する〈世界樹:ユグドラシル〉の枝に実ったハートの形をした果実――恋果実のことだ。別名:黄金の果実、知恵の実、などとも言われたりする。

 約1年周期(もっと詳しく言うと体育祭の時期)に実るとされている。

 その実を手にし食したものに幸福な未来を与えられる。また、自身の幸福を捨て愛する者に贈ると、その者との永遠が約束される。

 パンを懸けた戦いが今、始まろうとしていた――


 深夜のテンションで考えたのか、しっかり裏の設定まで考えたのか。どちらなのか判断に困る謎なプロローグが、長々と数十分にわたって会場全体に流される。

 この物語を考えた人には悪いけど、ぜんぜん頭に入ってこない。言えることがあれば「中二病さんだなー」くらいだった。

 私、星降町璃月の感想はさておいて。

 この学校のパン喰い競争には、ある伝説がある。

 それはプロローグで軽く触れられていたやつで、中二病じゃない人のために要約するとこんな感じの伝説だ。


――ハート型のパンを好きな子にあげると永遠に結ばれる


 なんていう、どこにでもありそうでありふれた恋の伝説。

 別にそんな伝説に頼らなくても、鳴瑠くんは私にメロメロでラブラブ。だけどやっぱり、こーゆーのにも手を出したい私がいたりするわけで。

 この競技に参加をしてみたわけだった。

 したわけだったんだけど・・・・・。

 パン喰い競争待機所はおかしなことになっていた。

 何がおかしいって、参加者の様子だった。

 各々、ギラギラとした瞳でにらみ合ってる。少し間違えば大乱闘が起きるんじゃないのかって思うくらいの殺伐というか、世紀末というか。とにかくそんな空気がここら辺いったいを支配していた。

 めちゃくちゃ怖いよぉ、助けて鳴瑠くぅーん。

 心細くなり、大好きな鳴瑠くんを心の中で呼んじゃう。

 いないのはわかってるのに、キョロキョロと鳴瑠くんを自然と探しちゃう私。その中で見覚えがある人が。その人に話し掛けにいこ・・・・かと思ったけどやめた。

 だって、その人が待機所にいるはずがないからだ。

 その人というのは、私の友達でもなければ、この学校の生徒でもない。私の担任の先生で、パン喰い競争出場者の待機所にいるはずがないんだけど。

 ツッコミをしにすら行きたくない。

 なんか「手近な男にパンをあげれば結婚できる」とか不穏なこと言ってるし。私ができることと言えば目を逸らすことだけだった。それもやさしさ。

 ここまでの雰囲気、先生が競技に参加しようとしているこの現状。これを見てわかると思うけど、このパン喰い競争は何かがおかしいってこと。なにより、私の知っているパン喰い競争とは明らかに違いそうだった。

 こんなギラギラバチバチにらみ合ってるところにいたら、過失をよそおった攻撃をされそうで怖いし、緊張感にのまれてしまいそうになる。そのため、気分転換を兼ねて待機所から一端、離れることにした。

 少し離れたところで、身体を伸ばしたりピョンピョン跳ねて準備運動兼ストレッチをしたり、高いところにあるパンを咥えるイメージトレーニングをしていると、


「よーやく、見つけた‼ねぇ、あなた‼」


 私は声をかけられた。

 鳴瑠くんに近い可愛い声音をもっているその声。鳴瑠くんではないし、私に話しかけてきているとは限らない。そのため、無視を決め込むことにした。

 アホ毛を左右に揺らしてアホ毛のストレッチを始めつつ、素知らぬ顔をする。


「そこの世界の物理法則、人類の身体の構造上動かすことが不可能なはずなのに、ワンちゃんの尻尾みたいにブンブンとアホ毛を振ってるそこのあなただよぉ‼」


 この学校にアホ毛を犬の尻尾のように動かせるのは私くらいしかいない。たぶん、私を呼んでいるんだと思う(最初からわかってた)。

 でも、名前を呼ばれたわけじゃないから確信はない。これで振り返って別の子に話しかけていたってオチだったら、私はすんごく恥かしい子になっちゃう。

 というわけで、やっぱり無視を決め込むことにした(2度目)。


「無視しないでよ・・・・・無視はいじめのはじまりなんだからぁ」


 遂に声の主は我慢できなくなったようで、「ぐすん」と鼻を鳴らしながら訴えかけてきた。しかも私に存在を知らせるようにピョンピョンとジャンプしてきたり。

 こうなってくると、無視をすることもできなくなり、そちらに目をやる。

 その子は身長がとっても小さい子だった。

 どれくらいかというと、私のおっぱいくらい(正確に言うと下乳くらい)の背丈。かくれんぼで私のおっぱいの下に来られたら見つけるのは不可能と言っていい。この子とかくれんぼはしないでおこうと思う。たぶん、することはないと思うけど。

 また、思う。

 もしも雨が降ってきたとする。そうした場合、この子が私のおっぱいの下に入れば雨宿りができるんじゃないかと。うーん、おっぱいで雨宿り・・・・なんだかえっちぃな(何がえっちぃのかはわからないけど雰囲気がえっちぃ)。

 とりあえず、私はえっちぃ子じゃないので、おっぱいで雨宿りはさておいて。

 なんとゆーか。

 この子は『ロリ』という言語がとにかく似合うそんな子だった。ちなみにアホ毛は持ってない。そんな子に私はやっと返答することにした。


「ごめんね、無視をするつもりはなかったの」

「ほんとに?」

「うん。ただ返答する気がなかったの」

「それ無視してるのと変わらないじゃん‼」

「ばれちゃったか」

「隠す気なかったじゃん‼」


 じとーと私を見てくるロリちゃん。

 彼女には無視をする気がないとか言ったけど、事実として2回自分の意思で無視をしちゃってる。そのため、すんごく居心地が悪い。

 こんなときは無理矢理話題を変えちゃおー。


「そんなことより、ロリちゃん」

「む、ロリってお名前じゃないもん。いろはは、いろはだもん‼」


 無視をされるよりも、『ロリ』って呼ばれる方が嫌のよう。この子が年上なのか同学年なのかはわからないけど、適当にちゃん付けで呼ぶことにした。


「それじゃぁ、いろはちゃん」

「なに?」

「私に用があったんじゃないの?」

「そーだった」


 可愛い。

 鳴瑠くんとは天と地の差くらい。ううん、月とスッポンくらい。ううん、地球の内核から銀河の果てくらいまでの差はあるけど可愛かった(彼氏バカ)。

 そんなことを思いつつ私は失礼ながら思う。たぶんこの子は、3歩進むと嫌なこととか全部忘れちゃう系の子だろうな、と。


「いろはね、あなただけには負けたりしないんだからぁ‼」

「え、あ、ん?」


 言われた意味が理解できず、私は変な返答をしてしまった。

 どーして私は見ず知らずの名前しかわからない(自己紹介はしてない)ような子に敵認定をされてるんだろうか?

 初手で無視をし続けたから敵扱いされてもおかしくはない。けど、この子はそれよりも前から私を敵認定していたようだし。


「どーゆー意味かな?」

「ことばどおり。あなたは私の敵。大切なものを奪おうとしてる敵‼」

「大切なもの?」

「大切で大好きな男の子‼」


――大切で大好きな男の子。

 いろはちゃんのことはよくわからないけど、私にとっては1人しかいない。


「それって鳴瑠くんのこと?」

「そー‼」 

「なにバカなこと言ってんの?」

「バカっていうのは――」


 ようするに、この子は鳴瑠くんのことが好きってこと?

 たぶん、借り物競争の時のお姫様抱っこでゴールしたのを見たり、二人三脚でイチャイチャしてたのが気にくわなくて文句を言いにきた、と。

 私はいろはちゃんの文句を、冷たい声音で遮った。


「鳴瑠くんは既に私のもの。私以外のものにはならないし、私以外の人間が触っちゃダメだから。そもそも奪うもなにも最初から鳴瑠くんは私のだし。私と出会う前から鳴瑠くんは私のものだったってことになってるし。だから一時も、一秒たりともいろはちゃんのものだった時とかないから。鳴瑠くんのパパとママには少しは譲るけど、基本的に99.9%は私のものだから。冗談でもそんなこと言ったら存在ごと消すよ」

「ひぃっ!?」


 ちなみに、私は99.9%鳴瑠くんの所有物♡

 さておき。

 怒りに任せて目のハイライトを消して本音をぶちまけちゃったりしちゃった。

 いろはちゃんが怒らせるようなことを言ってきたのが悪いわけだけど、このままじゃダメだ。私が何をするかわからなし、ロリっ子を泣かせる酷いお姉さん的な印象がついてしまう。

 それに、ここは大人の対応というか、余裕感をだして正妻の余裕ってやつを見せつけたいし。私はありったけの優しい笑顔(目のハイライトは消えたまま)で言う。


「生意気なこと言ってると、ぶっ転がすよ?」

「こわいよ・・・・ぐす」


 とっても可愛くしたつもりだったのに、何が悪かったんだろ?

 私の気づかいなどむげにするように、泣きそうになりながら足をガクガクと震わせる。お漏らしとかしないよね?

 ロリっ子だから心配。

 このままじゃ、〈ロリっ子の上と下を同時に濡らしたお姉さん〉といった不名誉な称号をもらっちゃう。とりあえず、純粋なものを汚すのは鳴瑠くんだけがいい私だ。

 不名誉な称号を貰っても、今更な私がここにいる。

 で、いろはちゃんはというと。

 涙目で足を震わせながらも、私を指をさす。泣けないしの勇気を振り絞っている様子が見て取れる。これじゃ、私が悪者みたい。


「転がされる前に、いろはは・・・・・いろは、こちょこちょしちゃうんだから」


 全然、怖くない。

 すんごく無害。


「もうそんなに怖がらなくてもいいのに。ショタとか、おねショタとか好きな私のような女の子って、みんなとっても優しい子ばっかりだから。だって母性に溢れてなきゃ、おねショタとか成立しないじゃん」


 あー、おっぱいに鳴瑠くんの顔をうずめさせたくなってきちゃった。

 おねショタのことを考えてたら、欲望が止まらない。


「おねしょた?がなんのことかわからないけど・・・・・目がこわい」

「まぁ、優しい私でも許す気なんてさらさらないし、敵認定も外す気はないけどね。あ、ちなみに敵になったら徹底的に排除するけど」

「こわい、こわいよぉー、うわぁーん。おねしょたってなにー、うわーん」


 おねショタの良さどころか存在すら知らないなんて、さては非国民だな。なんてことを考えながらも「やり過ぎちゃったかも・・・・・」なんて思う。

 遂には泣き出しちゃったわけだし。

 けれど、私は反省はしていない。

 ここまでの言葉に偽りなどないし、慰める気はさらさらなかった。

 いろはちゃんが『ショタではないロリだから』というわけではない。それにショタ好きと言っても鳴瑠くん一筋なわけだし。

 そもそもいろはちゃんは身体が小さくロリぽい。だけれど学年がわからないくとも最低でも高校にいるのだから私と同じ高校生。また、鳴瑠くんを大切だと思ってる敵だ。

 1人の女として、1人だけの鳴瑠くんの恋人として、慰めるようなことは絶対にしないし、優しくしようとすら思わなかった。

 だから絶対に、鳴瑠くんが泣いちゃったときのように、頭を撫でたり、抱きしめたり、おっぱいを飲ませてあげたり、気持ちのいい慰めかたをする気は一切なかった。

 それが鳴瑠くん以外に対するスタンス。

 一途すぎる上の私の生き方であり、愛し方だった。


「泣いちゃったり、怖い思いをしたくないなら、鳴瑠くんのことは諦めなよ」

「ぐす・・・・ぜったいやだぁ‼」

「すぐ泣くくせに、強情なんだから」


 ここは仕方がない。

 私の顔を見るだけで泣いちゃうくらいのトラウマを植え付けておくしかないか。

 人としてどうかとさえ思うハイパー無慈悲なことも辞さない思考にシフトしようとしているなか、先に口を開いたのはいろはちゃんだった。


「勝負して。あなたが出る競技で勝負。いろはが勝ったらなーくんに近づかないで」

「え、やだけど」

「ふん、やっぱり受けるよね――なんで受けてくれないのぉ‼」

「勝負をしなくても、鳴瑠くんは最初っから私のだし。受けるメリットないし」

「普通、うけるでしょ‼」

「しらない、そんなの。なら、私が勝ったら鳴瑠くんに近づかないの?」

「それは・・・・むり」

「フェアじゃないじゃん」

「違うのぉ」

「何が?」

「物理的に近づけなかったら、いろは・・・・おうち、帰れなくなっちゃう」

「それって、どーゆー意味かな・・・・」


 まるで一緒に住んでいるみたいな、物言い。

 とっても羨ましい・・・・・じゃなくて、私は何か思い違いだったり、見落としていたりしてたりしてる?

 なんだか嫌な予感がしてならない。

 ふとよぎる。

 鳴瑠くんにはお姉ちゃんがいて、時々話しに出るたびにロリロリしい話ばかり聞かされていた、と。そして名前は――、


「とにかく、えーと、名前はわからないけど、いろはと勝負だぁ‼」


 あと少しで出かかったところで、思考を邪魔するようにいろはちゃんは宣言すると、どこかに歩いて行ってしまう。


「私、受けるなんて一言も・・・・・あ、行っちゃった」


 いろはちゃんに言おうとした言葉は、誰にも届きはしないかった。

 あれ、これってもしかして・・・・・。


「義理のお姉ちゃんになる子と、最悪の出逢いをしちゃったんじゃないかな」


 私の呟きは誰にも届かない。

 やってしまったことは仕方がない。そう自分に言い聞かせると、競技開始の時間が近いづいていたので、スタート地点に移動することにしたのだった。


 パン喰い競争スタート地点。

 待機所同様にみんな一様に殺気立ちにらみ合ってる。銃みたいので開始の合図が鳴らされるのを今か今かと待ちかまえる。

 周りをびくびくしながらキョロキョロ。私は先ほど会ったロリっ子いろはちゃんがいるかを確認しようとするが、見つけることはできなかった。

 勝負をする気がなくなったのか、ちっちゃ過ぎて見つからないのか、わからないけど見える範囲にはいない。一応おっぱいの真下も見たけどいなかった。

 そもそも、私がこの競技に出るとすら言っていないわけで。このまま、うやむやになってくれるととっても嬉しいけど。

 あ、目が合った人に睨まれた・・・・うぅぅ、こわい。

 とりあえず、周りに流されないように、パンをとることだけ考えておくことにした。そんなパン喰い競争のルールは至ってシンプル。

 パンがぶら下がってるところまで走ってゆき、手を使わずに口で取ってゴールする。特殊なルールは存在しないらしい。

 いたって普通のパン喰い競争だなって印象だった。

 ここまで競技の流れを見るに、何かの特殊ルールがあってもおかしくないような気がする。なのにそれが今回ないことに違和感を覚えざるおえなかった。

 私が神経質すぎるのかな?

 ただたんにネタ切れなのかな?

 とにかく、パンをとりに行くことには変わらないので気にしないでおくことにした。そして、先生が銃みたいので――パン‼と高らかにスタートの合図を鳴らす。

 誰よりもはやく私は地を蹴ると先頭に立った。

 参加者の誰よりも早く走ることができるのは、鳴瑠くんと特訓をした成果だった。当初していた女の子走りから、陸上選手がするようなスピードの出るフォームへと徹底的に矯正。そのかいあってか、はやく走ることができるようになっていた。

 また、今回はもう1つ秘策を準備していた。

 そのため、誰よりも早く走ることができる。思考を巡らせる中、私の背中では怒号が、悲鳴が、鈍い音が飛び交い始めた。

 どんなものか少し抜粋すると、「待て、アホ毛」とか「何か投げるものは?」とか「殴ったやつ、誰だ‼」とか「ここから先、お前を通さない」とか「今こそ決着をつけようか」だとか・・・・・――。

 ちょっと待ってほしいの。

 これ、パン喰い競争だよね?

 ツッコミが追いつかないほどの事態が後ろで起きてるんだけど、なにこれ?

 私の想像するパン喰い競争とやっぱり違う。

 これじゃまるで、何でもアリのバトルロイヤル。

 パン喰い競争と言う名の、恋果実争奪戦‼

 これってもしかして・・・・みんながみんな、特殊ルールがないことをいいことに、何をしても問題ないとか思ったりしてない?

 バカでしょ‼

 私はこのとき知った。

 騎馬戦とか、棒倒しとか、組体操とか、そんなのが引けをとらないほどに危険な競技。それはパン喰い競争なんだと・・・・・非人道的競技過ぎる。


「鳴瑠くんにぎゅーってされたいよぉー‼」


 叫びは後ろの競技参加者の怒号やら悲鳴やらにかき消され鳴瑠くんには届かない。

 そんな中、小さな影が隣にやってきた。

 もしかして誰かに追いつかれた!?

 叩かれ・・・・ううん、殴られる‼

 顔はやめて・・・・お腹もやめて・・・・肩も、腕もやめて。私の全部が鳴瑠くんの好きなところだからぁ。とりあえず、殴らないで‼

 私は生きた心地がしない。

 覚悟を決める中、隣にやってきた小さな影は私に話しかけてきた。


「あなた、まさかパン喰い競争にでるなんて、命知らずもいいとこ」

「いろはちゃん・・・・知らなかったの」

「それでも、どんなに怖くても、なーくんにぎゅーって抱きしめさせたりなんか、させないんだから‼」


 どうやらいろはちゃんは、この競技が何でもありのバトルロワイヤルだってことを知っていた様子。それも当然だろう。

 読みが正しければ、彼女は私よりも先輩なんだもん。


「恋の伝説にほいほい誘われちゃったんでしょ。この競技は男女とわはず、恋人にうえた人たちが集まるの。だからとっても危険なの」

「もっとはやく知りたかったよぉ・・・・」


 速度は落とさず、肩を落とす私。

 絶対に追いつかれちゃいけないから速度は落とせなかった。追いつかれたらどうなるかわからないし。私が傷つけられたと知った鳴瑠くんが彼等彼女等に何をするかわからないからだ。

 これだけは確信できる。

 今よりももっと酷い戦争が起きるってこと。もし逆の立場なら、私はこの学校で戦争を起こす。だから、彼もそうするに違いないと確信できた。

 それはさておき、気になっていたことを私はいろはちゃんに訊ねる。


「それより、今までどこにいたの。スタート地点にいなかったよね?」

「うん。いろははこれに出る予定じゃなかったから」

「え、それじゃ、どーして今は走ってるの?」

「決まってる。あなたが走ってるの見えたから。勝負するためにきた」

「ルール無視もいいとこ‼」

「このパン喰い競争にルールなんてないもん。なんでもありだもん」

「なしだよ。それが適用されるのは参加者だけでしょ。いや、そもそもルールがないからって言って、後ろの子たちみたいに戦っちゃダメなんだよ‼」


 先ほどのお返しなのか、いろはちゃんは私の文句を無視した。


「勝負だよ。いろはが先にパンをとってなーくんに渡せたら勝ち。いい?」

「だから、勝負をする気なんてないって」

「あ、逃げる気なんだ。いろはに負けるのが怖いんだ」

「そんな安い挑発にのるわけ――」

「この勝負に関しても、なーくんに対する愛情も。所詮はお姉ちゃんのいろはには敵わないんだ。だから、勝負に参加しようとしないんでしょ。わかちゃったんだから」


 ・・・・・はぁ?

 今、この子。なんてゆった?


「・・・・・」

「何も言えないんだ。その程度の愛情で、いろはのなーくんにお姫様抱っこしてもらったり、二人三脚で抱き合ったりしてたんだ。てっきり好きどーしかと思って疑ちゃったけど、そんなことなかった。よかったぁ、なーくんはいろはの大好きな弟のままなん――」

「なわけないでしょ。勝負、受けたあげる」

「え、急に、どう――」

「だから、この決闘きょうぎでお望み通り決着つけたあげるってゆったの‼」


 さっきいろはちゃんは、『お姉ちゃん』とか『弟』とか言っていた。やはり鳴瑠くんのお姉ちゃんである『宇宙町いろは』ちゃんだった。

 だけど、そんなこと今はどうでもいい。

 将来的に義理の姉になろうが、仲直りできないくらいに関係が壊れようが、どーでもいい。私の鳴瑠くんに対する気持ちを疑ったコイツを許したりしない‼


「そ、そっか。よくわからないけど受ける気になったんだ」

「うん。それでなんだけど、私が勝った時の話、してなかったよね」

「いらないよ、そんなの。だって、キョウイ的な差で勝っちゃうもん」


 どうやらパン喰い競争に自信があるようだった。

 だけど、そんなことは些細なこと。

 だって鳴瑠くんがかかった勝負に『敗北』の2文字は私にはないのだから。 


「鳴瑠くん接近禁止令はやめたあげる」


 そう言って、私の勝利した際の要求を告げる。


「私たちのイチャイチャをすんごーく間近でみてもらうんだから」

「なんだ、そんなこと。別にいいよ」

「ゆっとくけど、とってもえっちぃやつだから」

「ふーん。どーせ、ほっぺにちゅーでしょ。それくらい、いろはだってなーくんにしたこと――」


 いつの話かはわからないけど、姉弟の過去エピソードで対抗してくるいろはちゃん。それを言い終わる前に「なわけないじゃん」と否定。

 挑発的な態度の笑みを浮かべると言ってやる。


「だって私、えっちぃもん」

「なぁっ!?」


 いろはちゃんのえっち度マックスは、たぶんほっぺにちゅーくらい。

 それを超えるものが想像できないようで、彼女の脳はショートしたように頭から煙を出し始める。それにかまわず続ける。


「実の姉にえっちぃイチャイチャを見られて、私の彼氏、興奮しちゃうかも」

「ど、どんなのかは知らないけど。なーくんは、なーくんはえっちくないもん。えっちぃのはあなただけだもん‼」


 私は反射的に「私、えっちくないもん」と言いそうになり踏みとどまる。

 その代わり、無言で目を逸らした。

 別に鳴瑠くんのことをド変態にしたり、特殊性癖を目覚めさせたり、調教したり、身体中を性感帯に開発して性感帯改造人間にしてしまったり、あらゆるもので彼の身体をドロドロにしてしまったあの日の夜のことを思い出したり――などなどに対して、後ろめたさのようなものを感じて目を逸らしたわけじゃない。断じて違う。

 普通に勝負に挑む為に前を向いただけだった。

 そう、目を逸らしたんじゃないの。前を向いたの。

 だって、鳴瑠くんをえちえちのえっちな子にしたことに関して一切、後悔はしていないし、反省もしてないもん‼

 とはいえ。

 純粋な鳴瑠くんを精神的にえっちく染め上げたこと、彼の身体をドロドロに汚したときの事、それらを思い出すとゾクゾクとした気持ち良さを感じちゃう。

 イケナイ、イケナイ、興奮しちゃダメだよぉ、私。

 今は勝負中だ。マジめにしないと。

 興奮を振り切るように、私は走るスピードを上げる。

 それを見てフライングをとがめるようにいろはちゃんは「ずるしたぁ‼」と叫びながら、私に追いついてこようとする。


「ずるくないでしょ。仲良く走るなんてありえないよ。私たちは敵同士で勝負をしてるんだもん」


 もっともらしいことを言っておく。興奮を振り切るためにスピードを上げたことはなかったことにした。


「そうだけど、『スタート』て言ってないもん」

「そんなルール知らない」


 さらにスピードを私は上げる。

 少しきつくなってき始めたけど、鳴瑠くんをかけた勝負だと思えば、これくらいの無理は大したものではない。


「あ、またそうやって‼」

「私の後ろでも走ってればいいよ」

「ヤダもん」


 そう言って、ちっちゃな歩幅を限界まで広げて速度を上げるいろはちゃん。息は切らせてはいないものの、無理しているのが見てるだけで伝わってくる。

 いつ転んでもおかしくない。小っちゃい子が走っているのを見ているときのような、そんなハラハラ感があった。

 推測では体力面で言えば、いろはちゃんにかなりの分があるだろう。

 だけど、体格では負けていない。

 彼女にはない2つの錘があるけど、歩幅――1歩で進む距離は私の方が長い。そのため、このまま走っていけば私が勝てる可能性は大いに高い。

 今の私に問題があるとすれば、特訓の際に全然とれなかったパンをとる部分。特訓のかいあって少し高く飛べるようにはなった。だけど、パンがある高さまでジャンプするには助走がなくては届かないという大変情けない問題があったりする。

 今回はいろはちゃんとの勝負もある。

 何度も挑戦できるほど余裕はない。チャンスは1度きりだと思ったほうがいい。

 パンがぶら下がるエリアが近づいてくる。

 私は目当てのハート型のパン――恋果実を探す。

 そして――、


「見つけた‼」


 恋果実の場所はトラックの端っこ。

 いろはちゃんとの勝負を考えるとそこまで行って取りに行くのは、負けるリスクが考えられる場所。それでも私は・・・・、


「無理してでもとってやるんだから」


 鳴瑠くんに恋果実をあげて、いろはちゃんにも勝つ。

 二兎追うものはどっちも得ず。

 そんな言葉があるらしいけど、どーでもいい。2つ欲しいならどっちも貰う。

 迷う暇などなく、足を恋果実に向けた。

 勝利を掴むことに必死のいろはちゃんは、進行方向にあるパンへと進む。

 気にせずに自分の道を私はゆく。

 頭の中でどこで踏みきり、飛べば最高到達点でパンの位置にくるのかを考える。おまけにダメ押しとばかりに私は、鳴瑠くんの唇がパンのところにあると想い込むと。

 力の限りジャンプした‼

 身体が宙に浮く。

 この数週間、何度となく、鳴瑠くんと練習した高く飛ぶ特訓。その度に高い位置にある鳴瑠くんにちゅーしたなぁ・・・・えへへー。

 頭の中が幸せでいっぱいになる中。私は、


「はむっ」


 恋果実を咥えた。

 それから着地しつつ、行き良いを殺さずにゴールを目指す。

 いろはちゃんの姿は前には見えない。

 後ろにいるかなんて確認している余裕なんてないから前だけを見て走る。遠かったゴールがようやく見えてきた。

 それが見えると殺気溢れるパン喰い競争だったり、鳴瑠くんをかけた勝負。色んなことがあったこの競技も終わりを迎えようとしていて、早すぎる安堵をしてしまう。

 その瞬間、


「まらまららね」


 隣から何を言ってるのかわからない声がかかる。

 安堵する心に付け入るように、いろはちゃんは現れた。

 どうやって高い位置にあったパンをとったのかはわからないけど、彼女の口にはパンが咥えられていた。

 う、追いついてきちゃったか。このまま後ろにいればいいのに。

 心の中でぼやきつつ、気持ちを勝負に切り替えた。

 私といろはちゃんは完全なる横並び。

 このペースで走り続けることはできるが、スピードをここから上げるのは少しきつい。もしもスピードを上げる余力が隣を走るいろはちゃんにあるとしたら最悪だ。

 アホ毛を限界まで伸ばして先にゴールするなんてどうかな?

 鳴瑠くんみたいなことを思い始める私。

 もしそれで勝っても、いろはちゃんは負けたことを納得しないだろう。だからアホ毛で勝つのはダメだ。

 なら・・・・・――その瞬間。ゴールで待ってくれている鳴瑠くんの姿が。

 彼を見ていると、これ以上はやく走れないのに、勝てる気がしてきた。

 だって私の特技は『誰よりも早く鳴瑠くんのもとに行くこと』だもん。

 力が湧いてくる。

 そして、鳴瑠くんが私のおっぱいを凝視していることに気が付く。ちょっと目がえっちぃ。けど、見られてるのがいいよぉ♡

 興奮してきちゃう中、いろはちゃんが勝負開始前に言っていた言葉が頭をよぎった――『キョウイの差をみせつけて勝ってやるんだから』というもの。

 チラリといろはちゃんの方を見る。

 もうすぐゴールだと言うのに、ラストスパートの追い込みをかけてはこない。ということは、いろはちゃんも今の速度が限界。このまま僅差か、並走なら。

 勝てる可能性が1つ見えてきた。


「はぁはぁ・・・・勝利のひょうしょくはひはっは・・・・・いりょひゃちゃん」

「にゃに?」

「きょういのさ・・・・わらひがみせてあげるんらから‼」 

「ほへ!?」


 残り数歩でゴールというところ。

 このまま行けば同時にゴールすることになると思うけど、私にはもう奥の手が――ううん、奥のおっぱいがあるの。

 心の中で呟きながら上体を出来る限り逸らし、おっぱいを前に出すと先にゴール。胸囲の差を見せつけてやったのだった。


 ゴールしてすぐ、私は鳴瑠くんといろはちゃんを連れ立って誰もいない場所に。

 私は息をきらしているのに対し、いろはちゃんは全然息を切らしていない。すんごいスタミナだ。咥えたパンを口から放すと息を整えた。


「む、むぅー」

「ごめんねぇー、私が胸囲の差を見せちゃって」

「む、むきー、いろはがいろはがキョウイの差、見せるはずなのに‼」


 負けたことが悔しかったのか、いろはちゃんはそんな文句を。

 ことの事態についてきていない鳴瑠くんは、


「これはどうゆうことなの?なんで璃月とお姉ちゃんが勝負してるの?」


 と訊ねてくる。

 当然の反応だと思う。そんな彼に今回のいきさつを説明した。

 それを聞いた彼はというと、ため息交じりに言う。


「こうやって璃月にちょっかいかけてくると思ったから、お姉ちゃんに話したくなかったんだよ」

「だってぇ、だってぇ、なーくんをとられると・・・・・」

「いろはちゃん。鳴瑠くんは私のものだけど」

「むぅ・・・・」


 文句言いたそうに唸るいろはちゃん。

 とりあえず、鳴瑠くんは、私がいろはちゃんから勝負を吹っかけられるとわかっていた為、彼女に私の存在を知らせていなかったようだった。 

 それが今回、体育祭の競技に参加する形で私の存在をいろはちゃんは知った。弟を取り戻そうと仕掛けてきたってわけのようだった。

 だいたい流れがわかってきた。


「お姉ちゃん。改めて言っとくね。こちら、星降町璃月。僕の彼女だよ」

「か、彼女・・・・・やっぱりすきどーし」


 何やら衝撃を受けるいろはちゃん。

 そんな姉弟のやりとりに私は、


「鳴瑠くん、私はお嫁さんじゃん」

「僕的にはそれでもありだけど、そうしたいけど、これ以上話をややこしくしたくないから、彼女で今は我慢してお願い」

「うん。鳴瑠くんのゆーこと聞くぅー‼」


 私たちのやりとりを見て、いろはちゃんは何とも言えない顔をする。


「それでどうして私に勝負を挑んできたの?」


 問いにいろはちゃんは答えた。


「前はいっぱい遊んでくれたなーくんなのに、5月から遊んでくれないし、夏休みだってたまに遊んでくれたけど前ほどじゃないし。帰ってこない日だってあって。この子のせいだったんだってわかって。いてもいられなくなって。取り返したくって」


 シュンとしながら全部話してくれた。

 その気持ちに近いものはよくわかる。私は鳴瑠くん好きの第1人者だし、極度の寂しがり屋だから。だからと言って、鳴瑠くんをあげる気はないけど。

 私が言葉を返すよりも前に、鳴瑠くんが口を開く。


「寂しい思いをさせてごめん。だけど、璃月にイジワルするのは間違ってるよ」

「それは・・・・」


 私の方を見て顔を伏せるいろはちゃん。

 小っちゃい子がイタズラして、それを怒られてるみたい。

 ちょっと可愛い。そにしても、鳴瑠くんがお兄ちゃん感を出してるなぁー。私的にはショタ感出してほしいだけどなー。

 なんて、今の真面目な雰囲気にそぐわないことを思っているといろはちゃんは、


「璃月ちゃん。ごめんなさい」


 と謝ってくる。

 私の返事は決まっていた。


「私の鳴瑠くんへの気持ちを疑ったいろはちゃんのこと。許す気ないよ」

「あぅ・・・・・」

「でも、寂しくなったら鳴瑠くんをかけた勝負なんてしなくても、遊んであげなくもないんだから」


 私の言葉に鳴瑠くんはニヤニヤする。

 たぶん、ツンデレぽくて可愛いとか思ってるんだと思う。

 で、いろはちゃんはと言うと、


「ほんとに?」

「うん」

「ありがと」


 そう言って満面の笑みを作るいろはちゃん。

 何はともあれ、これで義姉妹関係もなんとかうまく行きそうでよかった。

 あ、でも呼び方とか変えた方がいいのかな?

 敬語とか・・・・・うーん、そこはおいおいでいいか。

 そんなことを考えてる中、いろはちゃんは満足したようにどこかに行こうとする。

 それを肩に手をおいて阻止。

 まだ逃がす気はない。

 また勝負を挑まれてもめんどくさいし、2度がないように徹底的にやっとかなきゃいけない。ようするに、いろはちゃんに次はない(無慈悲)。


「まだ行っちゃダメでしょ」

「ん?」

「約束」

「やくそく?」

「ん。初めて聞いたみたいな顔をしないでよ。私が勝ったら鳴瑠くんとイチャイチャしてるところを見てもらうって話したじゃん。ちゃんと敗者には、敗者に相応しいエンディングを見せなきゃダメじゃん」

「え、あ、うん。そーいえばそんな約束してたけど。なにするの?たしか、ほっぺにちゅーよりもすごいことだよね?」

「うん、そ。いろはちゃんが知らないもっとすんごいこと」


 ちょっと興奮してきた私は、恍惚な表情を鳴瑠くんに向ける。

 そうすると、鳴瑠くんは「え、何されるの?」とか口では言いながらも心躍らせている。そんな彼に抱き着いて身体をくっつけると、彼が興奮しているのがすぐにわかっちゃう。

 全部が正直で、とっても可愛い変態さんで、大好き過ぎるよ。


「鳴瑠くん、あーん。あーんして」

「うん、あーん」


 そう言いながら、指示通り鳴瑠くんは口を開けてくれる。

 私は先ほど手に入れた恋果実。それをカプと少し噛みちぎり口の中に留めておく。ちらりといろはちゃんを確認。顔を真っ赤にしながらも、何が起きるのか期待に胸を躍らせて、ちゃんとこちらを見てる。

 その様子はどこかの誰かに似ている。流石は姉弟か。

 再び鳴瑠くんの方へと視線を戻す。

 そして、鳴瑠くんへとキス。

 舌先を使い私は恋果実の欠片を彼の口へと無理やりねじ込んだ。

 ようするに、私は口移しってやつを見せつけたのだった。


「おいしい?」

「う、うん・・・・とっても」


 いろはちゃんの様子が気になるのか、そっちの方ばかり見てる。

 それにちょっと寂しさを感じちゃうけど、彼がいつも以上に興奮しているのがわかる。喜んでもらえてくれているのは素直に嬉しいよぉ♡


「もっとあるよ♡」

「ありがと」

「はむ・・・・・ん」


 私は有無を言わさずに、2口目をあげる。

 食べさせてあげるのが趣味な私だけど、これははまっちゃいそう。


「おいちい?」

「うん」


 実姉に見られながら、彼女に口移しされてる。

 とってもえっちぃ。これに興奮するなんてほんとに大好きな変態ナーくんだぁ♡

 えっちくない私でもちょっとのっちゃうよぉ~。

 だんだんと乗ってきちゃう私。

 それを見せられているいろはちゃんはと言えば「ほへ~」と脳の処理が間に合わず、途中からフリーズしていた。

 勝負とかあったわけだけど、何はともあれ。

 ラブラブの中、2人で迎える初めての学校行事は終わりを迎えたのだった。

 ※恋果実は全部、私が口移しで、鳴瑠くんがおいしくいただきました。

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