第57話 夏休み 8月その7 花火 → 9月その1 残り火
ひゅ~、という少しばかり間抜けな音ともに空を龍のように昇る1つの小さな光り。それはある一定の高さまでゆくと宙で広がり夜空に炎の花を咲かせる。
綺麗だ。そう思った瞬間、後からドンという鈍い音が、鼓膜を含めた体の内側を揺らすように鳴り響く。何度か花火大会に来ているものの、この感覚には慣れたためしはなかった。
僕たちは現在、お祭りの会場から離れて水族館近くの海岸にやってきていた。人がまばらにしかいないので、レジャーシートをひいて並んで腰を下ろす。
チョコバナナだけではお腹が減ってきてしまった僕たちは、屋台で適当な食べ物を買ってきたりしている。
花火よりご飯とまではいかないが、空腹なのは辛いので見ながら食べることにした。幸いなことに花火が打ち上げられていることもあってか、トンビたちがいないのでゆったりと食事ができるのは嬉しいことだった。
隣に座って僕の腕にしがみつく璃月は、切な気な表情で打ち上げられた花火を見ると僕におねだりしてくる。
「鳴瑠くん。私・・・・たこ焼きが食べたいの。しかも、鳴瑠くんに『おいしくなーれ♡、おいしくなーれ♡、ふー♡ふー♡ふー♡』って言いながら中身を冷ましてくれたやつ。それが食べたいの・・・・・」
思考が停止する僕。
え、なんでメイド喫茶風にふーふーする条件付き?
ハート、多くない?
まだ璃月に『おいしくなーれ(以下略)』をしてもらってないのに、僕が先にそれをするの?というか、していいの?
なんてことを思ってしまう。
だが、僕は璃月のお願いならなんでも聞いてあげたい系の彼氏。僕にはやらないという選択肢はなかった。少しでも元気になってくれるならやってみせる。
たこ焼きを少しだけさいて、中身が少しでも冷えるように準備をする。次に僕は羞恥心を打ち消すように深呼吸をして覚悟を決めて、
「えー、とぉ・・・・行くよ」
「ん」
「おいしくなーれ♡、おいしくなーれ♡、ふー♡ふー♡ふー♡」
ヤバい。帰りたい。
璃月と一緒にいて、初めてそう思った。
心折れるな、宇宙町鳴瑠。これも全部、璃月のためなんだ‼
ギリギリのところで精神を保ち、うまい具合にたこ焼きをつまようじで掴むと、カメラを構えてる璃月の口の中に「あーん」とたこ焼きを入れる。
もぐもぐと租借する璃月がとっても可愛い。恥を忍んでやったかいがあったというものだ。僕の中の達成感が半端ない。
僕も自分でふーふーしてたこ焼きを1つ食べて、そこでふと思う。
おかしなところがあった、と。
「待って、ねぇ、璃月。ほんとに待とうか」
「なに?」
「カメラ構えてなかった?」
「動画とってた」
「え、なんの動画?花火の?花火のだよね。そう言ってほしいかな」
「花火・・・・て言いたいけど、ごめん、言えない。撮ってたのは花火くらい輝いてた鳴瑠くんの素敵で可愛い動画だよ」
え、帰っていい?
僕は初めて帰宅していいか、璃月に訊ねるか迷う。そんな想いを敏感に感じとったのか、璃月は僕の腕をぎゅうっとさらに強く抱くと涙目で言う。
「やだぁ・・・・鳴瑠くんはそばにいてぇ」
「うん、もちろんいるよ」
僕は決め顔で即答した。
寂しがってる璃月が東にいれば一緒にいるし、寂しがってる璃月が西いれば一緒にいる。寂しがってる璃月が北にいれば一緒にいるし、寂しがってる璃月が南にいれば一緒にいる。寂しがってる璃月が東西南北にいるなら分裂して一緒にいる。それが、僕だった。とはいえ、
「さっきの消してくれない?」
「やぁだ。あの動画を食前に見て、ご飯をおいしく冷ましてもらうの。それが私のこれからの日課になるの。私の日常を奪わないで」
まだ日常になってないよね?
でも考えようによっては、生活の一部に僕がなるわけでなんか素敵なことのように感じる。だけど、動画が動画だ。輪ゴム鉄砲のやつも個人的には辛いが、レベル的に言えば今回の方がキツイ。
だけど、僕は好きな子の楽しみを奪いたくはなかった。
璃月が楽しむ分にはいいかと自分を納得させる。
「他の人には見せない?」
「うん。私だけが知ってる鳴瑠くんだから見せたくない。観た人は私が生かしておかない。絶対に許さない。この動画は私だけのもの」
もはや、呪いの動画(呪いのビデオの亜種)になっていた。とはいえ、そこまで独占欲を出されては嬉しくないはずもない。
「よし、もう何も言わないよ。日常の一部にでもしてくれいいよ‼」
「ありがと」
そう言いながら、璃月は動画を見始めた。
僕の前で見るのは控えてもらいたい。
これから先、僕の恥かしい動画シリーズが増えていくんじゃないか、そんな恐怖が密かに僕を襲う中、璃月はさらにおねだりしてくる。
「鳴瑠くん。次、から揚げ食べたい」
「ふーふーは普通のでいいよね?特別なのでしてって言っても普通にするからね?」
小さな璃月の口でも入りそうなものを選んで串にさす。それから普通にふーふーして適温にすると璃月の口元に持ってゆく。
「はい、あーん」
「はむ、ん。鳴瑠くんに食べさせてもらってるからおいしい」
から揚げが中に入っていることによって、ほっぺが膨らんでいる。その様はとっても可愛い。璃月が僕にあーんするのが趣味だと言っていた理由がわかった気がする。
でも、僕は思ってしまう。
もっと楽しそうに笑って食べてほしかった、と。
「璃月、大丈夫?」
「ん。ちょっと寂しくなってきちゃっただけ」
微笑みを無理やり作ると彼女はそれを向けてくる。
作り笑顔を向けないでほしくなかった。
そのことにむっした僕は、1度、璃月に腕から離れてもらう。自由になった腕をそのまま彼女の細い腰に回すと、ぎゅっとこちらに引き寄せ抱きしめる。
先ほどよりも密着度や抱擁感が強いため、寂しさが軽減されるかもしれないと思いこっちにした。先ほどよりも彼女の体温が感じられて僕的にもこっちの方がいい。
一瞬、彼女は驚いた様子を見せたが、すぐに受け入れてくれる。
それから僕は璃月に何が寂しいのか話すように促した。寂しさは口に出した方が楽になるかなと思った為だ。
「鳴瑠くん。私の1番、好きじゃないことって終わりがくることなんだ。好きで楽しかったことが終わったり、好きだったことが嫌いになったりするのが嫌いで怖くて寂しいの。花火を見てたら、それを思い出しちゃった――」
ときおり、僕は軽く相槌を返した。
なおも璃月は続ける。
「――それに今日って8月30日でしょ。明日で夏休みも終わっちゃうんだって思ったら寂しさがいっぱいきちゃったの。特に今年は鳴瑠くんとずっと一緒で、楽しくて幸せだったから余計にそれが強くって。あ、もちろん、ナルくんがいなくなちゃったてのもあるよ。忘れてないよ」
最後に金魚のナルくんのことも付け足す璃月。
そこまでの話を聞いて僕は思った。
寂しさを覚えて辛くなっている璃月を見るのは嫌だと。だが同時に、それは僕と一緒にいて楽しかったということでもあるのだ。
そのことに少しばかり嬉しさが込み上げてしまう。酷い彼氏かもしれないが、よく鬼畜彼氏だと言われている僕なので今更だと割り切る。
では、僕はどうだったか考えてみる。
結論から言うなら、夏休みに終わりがきて寂しい。
去年までの夏休みは、家でゴロゴロしているか、お姉ちゃんの相手をしているかのどちらかだった為、たいして寂しいとも思わなかった。
もっと言ってしまえば夏休みなんて学校の時とは、家にいるか、学校にいるか。勉強しているか、していないかの違いでしかなかった。
そんな僕が夏休みを寂しいと思えるようになっていた。
それってすごいことのような気がしてきた。だから、寂しいけど楽しかったという証みたいで嬉しかった。そんな想いを璃月に伝える。
「璃月はこの寂しさが嫌いかもしれないけど、僕はこの寂しさがあるから幸せだなって思うよ」
「そっか・・・・鳴瑠くんは、ほんとーにドMさんだね」
「褒めてないよね?」
「褒めてる。それにしても私たちの意見が分かれるのって珍しいね」
璃月の言う通り、僕たちには珍しい意見の相違だった。
とはいえ、1つや2つそういうのがあってもおかしくないだろう。これまでが奇跡だったと言えるかもしれないけど。
それからちゃかすように僕は言う。
「たしかに。アホ毛に対する価値観くらいしか意見が別れてなかったもんね」
「それは鳴瑠くんが異常なだけ」
「あはは、そんなことはないよ」
「そこ、同意するとこだと思うの」
無理に作った笑顔ではなく、おかしそうにコロコロ笑う璃月。
こっちの顔の方が、僕は好きだった。
「鳴瑠くん」
「なに?」
「私、君が嫌いじゃないって言ったこの寂しさを、絶対に好きになることはないんだけど。それでも私のこと、好きでいてくれる?」
「もちろんだよ」
「よかった」
「今度は僕が訊いてもいいかな?」
「うん」
「璃月が嫌いだって言ってる寂しさを、僕は嫌いになれないんだけど。それでも僕のこと好きでいてくれるかな?」
「いーよ、好きでいたあげる」
「ありがと」
僕と璃月は互いに理解し合えない価値観を許し合う。それによって、仲が深まったような気がしたのだった。
とはいえ、璃月の寂しい問題は解決していないわけで。
「うーん、どうしたものかなー」
「いろいろ話したら、少しだけど、気持ちは軽くなったよ」
「そっか。ならよかった」
「あー、でも夏休みは終わってほしくないかなー。もっと鳴瑠くんと授業の時間に縛られずにイチャイチャしたいもん‼」
「それは僕もだけど。あ、でも夏休みが明けたら文化祭とか、体育祭に、クリスマス、ハロウィンとかあるよ」
「む、それは夏休みじゃ味わえないラインナップだぁ・・・・・」
むーと、難しい顔をしてから璃月は、
「よし、夏休みを終わらせることにしよう」
前を向いていた。
現金と言うか、前向きというか、なんというか、とにかく可愛かった。
「璃月のことがもっと好きになってきちゃったよ」
「私ももっと好き、しゅーき♡」
璃月が体をむにむにと押し付けて愛情表現をしてくる。
あー、もう可愛いな、この生き物‼
僕も負けじと体を押し付けたりしてイチャイチャしまくっていた。そんなうちに花火大会は終わりを迎えていた。こうして、僕たちの夏休みは終わりを迎えようとしていた――、
♡☆
――はずだった。
8月30日が終わろうとしていた時間の事。
数十回のキスをしたのちに家まで璃月を送り届けた僕は、シャワーを浴びてベットの中にいた。ここはクーラーが効いており、夏の暑さを忘れて眠ることができる。
幸せな空間だ。
ここに璃月がいればもっと幸せなのだが、それは実家暮らしの僕たちにとっては難しい注文と言えるだろう。
とりあえずは、無理なことは無理なので、クーラーにだけ感謝の念を送ってまどろみの中へと意識を預けることにした。そんなおり、電話が鳴りはじめる。
相手は璃月だった。
おかしい。
いい感じに夏休みのしめくくりも終わり、これ以上のイベントはないはずだ。なんともメタ的なことを適当に考えながら僕は通話に出ることにした。
「もしもし?」
『なりゅくぅーん』
呼び方が可愛い。じゃなくて、
「また寂しくなちゃったの?」
『うーん、それもあるけど、どーしよー』
「なにがかな。もし頼み事があるなら内容を聞かずに解決してみせるけど」
『それは不可能だよー』
「で、どうしたの?」
『えっとね、今日の私、寂しがり屋でしょ』
「うん。とっても可愛いことにそうだね。庇護欲をそそられて正直、部屋に閉じ込めておきたいよ」
『それ犯罪のような気がするの。あ、でも鳴瑠くんに養ってもらえるならあり』
僕の彼女は変態だった。
で、その彼氏は鬼畜だった。
『じゃなくて。お家に帰ったらパパとママに言われたの。明日はパパとママがそれぞれお泊りの出張に行っちゃうからお留守番よろしくって』
「うん、んん?」
その話を聞いて、璃月が僕にしたいお願い事が何なのか予想がついた。
えーと、それって、もしかして――、
『――鳴瑠くん。私、1人で寂しいから、そのぉ、お家に泊まりにこない?』
璃月が言ったそれは、僕の予想と一致していた。
んーと、それってつまり、僕たち2人でお泊りってことかな?
黙っている僕に、璃月は心配そうに訊ねる。
『鳴瑠くん?・・・・・もしかして、いや・・・・だった?』
「ごめんごめん。ちょっとあまりの急展開に脳が追いつかなかった」
『そっか。急にやだよね』
「そんなことはないよ。もちろん、全力で泊まらせてもらうよ」
『普通にお泊りしてくれると助かるんだけどぉ』
「あ、うん。ごめんごめん。えーと、ということは、登校日は璃月の家から行く感じでいいのかな」
『うん。それでいいよ。えへへー、なんかそれ同棲みたいでいい』
実質それだよ。
気が早すぎる僕。
「とりあえず、明日の午後くらいに、そっち行くね」
『うん。ごはん作って待ってる、ね』
「わかった。えーと、後は。明後日まで話をいっぱいするから、寝かさないよ‼」
『うん、楽しみ。鳴瑠くん、ありがと。しゅき』
そう言って、璃月は電話を切ったらしく、ツーツーという音だけが僕の鼓膜を揺らす。平静を保てていただろうか。たぶんできてなかった。
こんなイベント、心が踊らないわけがない。
「むにゅにゅにゅぅぅぅうう」
変な鳴き声を出してしまうが、仕方がないことだった。
だって、好きな子と夜までいや、朝まで一緒なのだ。浮かれないわけがない。
と、いけない。
浮かれすぎるのは何事も失敗に繋がってしまう。僕は1度、深呼吸して落ち着く。
明日のスケジュールを確認する。
えーと、明日の午前中に買い物に行って、午後には璃月の家にお泊り。あ、もうダメだわ。深いこととか考えられないよ。
とりあえず、頑張って寝ることにした。
夏休み最後のイベントが8月30日に決まり、そして――、
♡☆
――9月1日。
朝、6時30分過ぎ。
「・・・・・・璃月が怖い」
僕は璃月の家のリビングで膝を抱えて泣いていた。
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