第56話 夏休み 8月その6 夏祭り 金魚

「ん、ん、むぅー・・・・・あー」

「あー」

「これアレだね。私の実力がダメなんじゃなくて、このポイがダメなんだよ。そうじゃなかったら、まだ1度しか敗北してないゲーマー『瑠璃』の片割れである私が金魚に敗れるはずないし。ポイだけに」


 今、僕たちがいるのは金魚すくいの屋台。

 璃月はポイに文句を垂れ、ポイからは水が垂れていた。

 ちなみにゲーマー『瑠璃』は、ゲームセンターのときから活動していない。そのため、戦績としては0勝1敗なままなため、彼女の言葉に偽りはない。ただただモノはいいようというだけだった。


「でも、1匹はとれたじゃん」

「うん。だけど、あと1匹とりたかったの」

「そっか。魚は見るのも食べるのも好きな璃月だけど、1匹じゃ食べるのに満足しない感じか」

「待ってよ、鳴瑠くん。私、さすがに金魚は食べない」

「え・・・・」

「心外だよぉ。もー、失望したみたいな顔しないでよ。そもそも金魚食べる彼女の方が嫌でしょ」


 ぷくーと頬を膨らませてとっても可愛い。

 僕が食べちゃいたいくらいだった。ちなみに、さすがの璃月も金魚を食べるとは1ミリたりとも思ってはいない。

 それにしても『さすがの』と付けると、とっても失礼な言い回しに感じるのは僕の気のせいなのだろうか。くだらないことはさておいて。


「冗談だけど、なら、どうして2匹にしたかったの?」

「え、だって1匹だと可哀想じゃん。きっと寂しいよ」


 想いの他、可愛い理由だった。

 え、ちょっと、一緒に暮らしてあげたくなっちゃう。もちろん、金魚じゃなくて、璃月とだけど。


「璃月、一緒に僕が璃月と暮らすから寂しくないよ」

「いや、普通に金魚の話。わかってるよね。まぁ、一緒に暮らしてみたいけど、するとしても高校卒業してからだよ」

「うん。そしたらずっとどんなときでも一緒にいよー」

「さすがにトイレはバラバラにしよ?」

「え・・・・・」

「もー失望した目、やめてよ。もー仕方がないから、たまにならいっしょしてあげなくもない」

「どうゆう意味かな。理解できない僕に詳しくお願い」

「ほら、金魚の話に戻るよ」

「えー」


 僕の文句は聞きいれてもらえず、璃月はトイレ・・・・ではなく、金魚の話に戻す。気になり過ぎて引っ張りそうになってしまった。


「水槽の中にナルくん1匹ってのもかわいそうじゃん。折角なら2匹にしてあげた方が寂しくないかなって。そう思って2匹とりたかったの」

「そっか、璃月。優しいね――ん?」

「どーしたの?」

「なんか変なとこなかったかな」

「どこ?」

「金魚の名前、僕の名前じゃなかった?」

「ううん、違うじゃん。だってこの子のお名前はナルくんだよ?」

「僕と一緒じゃん」

「読みはね。あくまでもこのナルくんはカタカナ。鳴瑠くんは『口ずさむ鳥は瑠璃色』で鳴瑠くんじゃん。違うじゃん」

「うん、たしかにそうなんだけどね。読みが一緒だったら、文字で起こさない限りは同一判定だと思うの」

「いやいや、字が違かったら別だよ。やだなー。ちなみに2匹目はナルくん2号にしようとしてた」


 あははー、とか笑う璃月。

 いやね、璃月のペットにされるのはいい。むしろ大歓迎。ペットにされたいし、毎日ナデナデされたいし、お風呂に入れられたい。

 でもそれはあくまでも僕がされるからいいのであって、同じ名前の金魚がペットになるのは別の話だった。


「璃月。僕というペットがいながら、どうして金魚に浮気するの‼」

「あ、私。宿題と浮気してきなよって言ってた自分の理不尽さがわかちゃった」


 自分に返ってきて初めてわかることもある。また1つ璃月は大人になっていた。とりあえず、僕をおいて1人で大人になるのはやめてほしい。


「いやいや、待ってよ。鳴瑠くん。君はペットじゃなくて、恋人。私の大しゅきな彼氏。loverだよ‼だから、金魚に嫉妬しないで‼」

「璃月・・・・ごめん。僕が間違ってたよ。ついついペットになりたい願望と、腰についているリードのせいで、僕がペットなんじゃないかと錯覚していたよ」

「いいの、鳴瑠くん。私も腰に付けられてるリードを引っ張られる度に、ペットなのかもって思っちゃうときがあったもん‼」


 目を♡にして璃月は甘い声で言ってくる。

 僕は思わず、彼女の名前を呼ぶ。


「璃月」

「鳴瑠くん」


 両手を繫ぎ合わせ、見つめ合う僕たち。

 もはや、金魚すくいの屋台の前はカオスな状態となっていた。

 そんなとき。


「ふむふむ、リードを互いに付けるプレイ。はぐれないための実用性と変態度を兼ね備えた最新トレンドデートと言わざるおえませんね。22年後まで言い伝えられている伝説のデートなだけ、あると言いますか」


 顎に手を添え大きな瞳を細くしてこちらを見てくるアホ毛が1人。僕と璃月が同時にそちらをみて見ると、どこかで見たことのあるアホ毛がいた。

 うん、間違いない。どこからどうみても――、


「――アイアイ傘の時のロリ小学生のアホ毛だ」

「人をアホ毛でしか認識できないのって、病気だと思うの。鳴瑠くん、一緒についていったあげるし、絶対に見捨てずに面倒みるから、病院いこ?」

「その心配の仕方、嬉しくもありながら、やっぱり悲しいからやめてくれないかな」


 人を覚えるメモリに関しては、璃月にほぼほぼ全振りしている為に、ほとんど容量が残っていない。そのため、ロリ小学生の顔も背すらもほとんど記憶にはなかった。

 だが、1点。アホ毛に関してだけは自信があった。

 僕のアホ毛瞬間記憶能力や、アホ毛感知能力。こういった力があるからこそ、この子があの日のロリ小学生だと判別することができたのだった――のだが、


「何を言いますか。私はロリ小学生ではありません。たしかに、遺伝により背は小っちゃくロリに間違えられることも多々あります。ですけど、見てください。私にはないすばでぃーな、ママ譲りのおっぱいがあります。私はいわば最強のはいぶりっとごうほうろり『ろりきょにゅう(アホ毛持ち)』なんですよ。えっへん‼」

「いやいや、絶対に同じアホ毛だって」

「違いますって。私は小学生ではなく、中学生です。小中大の中学生です。次に中学を卒業して大学生になるのが楽しみで仕方がない中学生なんですよ?」

「残念なお知らせ。中学生の次は高校生」


 と璃月がツッコミを入れる。

 ピンと天高くアホ毛を伸ばし、中学生は驚きを表現する。


「なんと驚きです。ここきての規則外し。世間というのも中々に粋な計らいをしてくるようですね。クイズであるならば、引っかけ問題と言えばいいでしょうか」


 高校の存在を知らないとは、アホな子なのだろうか。たぶん、そうなのだろう。

 とりあえずは、ネタだと信じたい。

 それにしても、中学生か。ロリ小学生と、もっと正確に言えばポテトの時に出逢った幼女と同一アホ毛に感じられてどうしようもなかった。

 しかも、地味にアホ毛に関してはプライドがある為に引き下がるのが難しい。


「いやいや、絶対にロリ小学生が持ってたアホ毛と同一アホ毛だと思うんだけど」


 そう言う僕を止めたのは璃月だった。


「もー鳴瑠くん。違うって本人が言ってるんだから違うんだよ、きっと。そもそも見てよ。あのおっぱいの大きさは小学生のモノじゃないよ。それに私、憶えてるけどあの小学生は背がもう少しだけ小さかったよ。だからきっと、違う子だよ」


 言われてよく見て見る。

 たしかに、胸は大きい。

 小学生の胸ではないと思う(参考がロリ感満載のお姉ちゃんなので信憑性には欠ける)。というよりも、前に見た小学生(うる憶え)はぺったんこだった気がする。溢れ出る犯罪感。

 とはいってもだ。

 いくら変態と罵られることが多い僕であっても、年齢別胸囲平均なんて知るよしもない。もう少し詳しいことを璃月に訊ねてみることにした。溢れ出る犯罪感(本日2回目)。

 先ほどから犯罪ぽさしか感じていない僕であっても、璃月に訊ねるのが恥ずかしかったりする。なのでここは、一緒につるむことの多い、背徳感からくる興奮くんと一緒に聞いてみることにした。


「中学生であんなに大きくなるものなの?」

「私、中学の頃からあれくらいだったよ」

「ふむふむ、証拠を提出してもらいたい」

「あとで見せたあげる♡」

「ありがと。小学生の時もお願い」

「いーよ。代わりに鳴瑠くんのも見せて」

「しょうがないなー、いーよ」


 比較の為、小学生時代の璃月と中学生の璃月の写真を見せてもらうことを約束できたことが何よりも嬉しい。

 そんなわけで、ロリ小学生だろうが、中学生だろうが、同一アホ毛だろうがどうでもよくなってきた。最終的に、僕が興味があるのは璃月だけだったわけだ。


「どーやら、別アホ毛固体だと信じてくれたようですね」

「あ、うん。正確に言えば、どうでもよくなったって感じ?」

「ひどいです。もっと中学生に関心をもちましょうよ」

「犯罪臭がするのでやめておくよ。そもそも僕の関心は璃月だけで十分なんだよ」

「む、ラブラブですね」

「そうなんだよ。ん、でも。あっちにも同一アホ毛配(アホ毛の気配のこと)が4アホ毛(ここの『アホ毛』は単位)確認できる気が・・・・」

「気のせいです。気のせいったら、気のせいです。アホ毛の髪似です」

「うーん、そうかな」

「ちょっと鳴瑠くんと貴女。アホ毛言語、略してアホ語で話さないで日本語で話てよ。私だけその言語、学んでないから置いてけぼりじゃん。寂しいじゃん」

「「ごめんなさい」」


 僕と中学生は同時に謝った。

 にしても、アホ語ってただの暴言じゃないかな。

 そんなことを思いながらアホ毛察知にもう1つ気になるものを感じる。僕のすぐ近くから、同一アホ毛に近い、類似アホ毛を感じたのだ。

 もっとアホ毛について話しがしたい。

 だけれど、先ほど璃月が寂しさを覚えていた。そのため、これ以上アホ毛の話をするのはやめておくことにした。

 アホ毛よりも璃月。この優先順位はしっかりしなくてはならない。


「それで貴女。私たちのデートを見て、良いと感じたのはセンスあると思うの。手錠デートもやってみたんだけど、どー思う?」

「とても素敵です。好きな人と一緒に行動しなくてはならないその束縛感と言いますか、強制感と言いますか、そう言ったものが恋人の間にあったほうが愛が深まると思います。とはいっても、私、恋人いませんけどね」

「貴女わかってる。せんせーに泣かれて困ったけど、間違ってたのはせんせーだよね。それに私と同じ考えなら、きっと私みたいにいい人が見つかるはず」

「ありがとうございます。とにかく私は自分の信じた道を好きな人と歩むのがいいと思うんです」


 中学生の意見を聞いた璃月は、目を輝かせてこちらを見てくると「この子、とっても良い子」と声を弾ませる。

 どうやら、先生に自分の考えたデートを理解してもらえなかったのが寂しかったようだった。「よかったね」と微笑みを返す。。


「おっと、忘れていました。イチャイチャするカップルさんは見なきゃいけないという使命感から忘れていましたが、私はそこの金魚すくいに用事があったんです」

「そーなの?」

「はい。幼アホ毛が、金魚を欲しいと言っていたので、とってあげようかと思いここに来たんです」

「うん、アホの子だと思ってたけど、とってもいい子じゃないか。幼アホ毛がどんな子かは知らないけど、アホ毛を持つ子に優しくするのは人類の義務だし、うんうん」

「どうして君と貴女は、日本語をすぐに忘れるかなー」


 そんな寂しさからくる文句を璃月は言いつつ、手招きして中学生をこちらに呼び寄せる。どうやら、この中学生のことが璃月は気に入ったようだった。

 ちょっと妬いてしまう僕がいる。


「私、いっしょーけんめー、頑張ります」

「うん、がんばって。鳴瑠くんも応援だよ。妬いてる場合じゃないよ」

「う、バレてて恥かしい。とりあえず、アホ毛中学生。がんばって」

「はい、中学生はすごいんです。だから、やっちゃいますよ」


 中学生の何が凄いのかはいっさいわからないが、浴衣を肩までまくるとポイを持つ手をぐるぐる回している。張り切っているのはわかった。

 で、結果としては、


「う、むー、1匹しか捕まえられなかったですー」


 1匹だけ捕まえたというどこかで見たことのある状況になっていた。

 とれなかったよりはマシだとは思うが、中学生は残念そうな顔をしている。

 僕と璃月が顔を1度あわせて、どうしたのか訊ねてみる。中学生は苦笑いを浮かべながら答える。


「たしかに幼アホ毛に、金魚をあげられますけど、この子が1匹で可哀想だなと思いまして。1人って寂しいですから・・・・・」


 なにやら実感のこもった、それでいてどこかで聞いたことのある言葉を呟いた。

 ちゃかしちゃいけないヤツだと僕たちはすぐに理解する。璃月は1度、金魚のナルくんを見るとため息をこぼす。

 そっけない様子で、彼女は中学生にナルくんの入った袋を突き出した。


「これ、あげる」

「え・・・・・でも」

「あげるったら、あげる」

「うーん」


 歯切れの悪い返しをしてくる中学生。

 遠慮しているのだと思う。ここは僕が後押しするしかないか。


「よかったら、受け取ってあげてほしいな。僕、その金魚のナルくんに嫉妬の炎を向けて焼き魚にしちゃいそうなんだよ」

「ふぉろーが下手くそだなー、鳴瑠くんは。気にしないでいいの。私はもう鳴瑠くん、持ってるから」


 と言って、手に持つリードを見せそれを引っ張ると、僕を無理やり引き寄せる。それから僕に抱き着くと頬にキスをした。

 それから思い出したように、僕をぎゅーと抱きしめ自身の体に隠すようにすると続ける。


「あ、こっちの鳴瑠くんはあげないよ?」


 その言葉に中学生は踏ん切りがついたのか「ありがとうございます」とお礼を言って金魚のナルくんを受け取った。


「この金魚、大切にさせてもらいますね」


 そう言うと笑顔を取り戻した。

 僕を抱いている璃月も心なしか嬉しそうだった。


「あ、もういかなきゃです」

「そ」

「ほんとーにありがとうございました」

「ん、ばいばい。また会えたときあおー、また色々なデート教えたあげる」

「はい。そうしてくれると助かります。それでは」


 僕も続けて挨拶をする。そうするとパタパタと走ってゆく中学生。たまにこっちを振り返っては、手を振ってお辞儀をして。アホな子でありながら、律儀な子だった。

 中学生もいなくなって、金魚のナルくんもいなくなって、再び2人きりになった僕たち。今だに璃月は僕を抱いたまま。胸板に頬づりをしているために彼女の顔は見えない。

 たぶんだけど、金魚のナルくんが手元からいなくなって寂しいんだと思う。まったく、そんな風になるならあげなければよかったのに。

 そう思いながらも。


「璃月のそうゆうとこ好き」

「知ってる」

「そっか。金魚すくいのおじさんに悪いから、いこーか」

「うん。このまま頬づりしたままでいい?」

「もちろん。僕、璃月のほっぺ好きだから」


 歩けるように璃月は僕の腕にしがみつくように抱きなおす。寂しさを紛らわすようにほおずりをし始めるのを確認すると、僕はゆっくりと歩き始める。

 それにゆったりと璃月もついてくる。

 もうそろそろ花火が始まる。夏祭りも終盤になろうとしていた。

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