第55話 夏休み 8月その5 夏祭り 彼女の怒るポイント
僕と璃月が休憩所から出ると見回りをしている担任の先生に出逢った。
その際、手錠を付けていることに気づかれ、なぜだかはわからないけど涙目に。しかもしまいには「もう嫌、この2人の問題児ぷりにはついてけない・・・・・」とか死んだ魚の目で言われた。教育放棄というヤツだろうか。
これ以上、絡まれるのは面倒だった為、手錠を外して首輪リードデートに切り替えようとしたおり、無言で泣き出した先生。
とりあえず、僕たちは今だ結婚できていない担任の先生に手錠デートのすばらしさを説いてみたんだけど失敗。泣きながら「成績がいいだけにほんとうに性質が悪いわ‼」と走っていってしまったのを見送ることになったのだった。
で、僕たちは一旦、手錠デートも、首輪リードデート(こっちはしてない)もやめて、手を繋いで歩くことにした。
「こっちの方が手錠よりは自由に動けるね」
「うん。私的には首輪にリード付けたかったんだけどね。せんせー泣いちゃったから罪悪感からできなかったね」
「だね。帯にリードを付けるくらいなら平気かな?」
「平気だよ。離れ離れになるよりは全然いいよ。せんせーも泣き止んでくれるはずだよ」
さすがの僕たちも教師(28歳)のガチ泣きを見ては気が引けてしまった。そんなわけで次に考案し、実践中なのは帯どめリードデートだった。手繫ぎとは言ったが、リードを持っていないとは言っていないので嘘はついていない。
現在の僕たちはと言えば、それぞれの利き手にリード、利き手ではない方で手を繋いでいた。お互いのリードを持つことで保険をかけていると言えばリードを持っている理由がわかりやすいかなと思う。
最近ではヒーローも認証してからじゃないと変身できないと聞く。そのため、デートで離れ離れにならないように手を繋ぐのとリードで繋がる2段構えにしておくのが安全だと思った次第だった。正直、天才だと思う。
「それにしても、このリードの先に璃月がいるんだー」
「こうしてると、ほんとーに君のものみたいで、えへへー、うれしい♡」
「僕もこうしてると璃月のものなんだなーって思って興奮しちゃうよ。しかも僕は璃月の所有物ですって言いふらしてるみたいでいい、えへへー」
「私のなりゅくーん、しゅきー♡‼」
感極まってか璃月が僕に抱き着いてきた。
めちゃくちゃ可愛い。なんだよ「しゅき」って。あーんしてもらってた時から思ってたけど、可愛すぎかよ。もっと言って。
「どーしたの、鳴瑠くん」
「いやね、もっと言ってほしいなーとか思ったりしちゃったりしてるんだよ」
「そっかぁ、しゅき。しゅーき。だーいしゅき♡」
「あー、もう可愛い‼世界一可愛い‼このまま一緒に暮らしたいくらい可愛い‼」
言葉だけではなく、璃月はアホ毛を巧みに動かし(どういった原理化は謎)、僕のほっぺをツンツンしてくる。このまま死んでも悔いはない。
「もう、鳴瑠くんたら、褒めてもしゅきしか出てこないよ♡」
そう言いながら璃月は照れが出てきたのか、僕についているリードを引っ張り歩いて行こうとする。僕は散歩中の犬が如くリードに引かれ、璃月に惹かれて追う。
「わんわん、じゃなかった。で、璃月」
「え、これスルーしていいやつ?」
僕の頭を犬をなでるように撫でながら戸惑う様子を璃月はみせる。それを気にすることなく僕は訊ねる。
「これからどうする?何か屋台で遊ぶ?」
「んー、鳴瑠くんはしたいことある?」
「うーん。特には。あ、でも、僕アレは得意だよ」
「なに?」
「射的」
「え、突発的な特技披露。え、でも鳴瑠くんって特技も趣味もない窓際の1番後ろに座ってる平凡極まりないつまらない人間だと自分のことを思ってるくせして、バリバリのチートを持ってたり、すごい血筋だったりする系のラノベ主人公みたいな部類じゃなかったっけ?ほら、鳴瑠くん、普通とはかけ離れた天才的頭脳持ちのアブノーマル性癖持ちだし。だから特技なかったよね?」
「これ1周回って、バカにされてるよね」
「いやいや、私は君のこと大大大しゅきだよ?」
「僕もしゅき」
そんな風に返してから続ける。
「たしかに無趣味で特技なし系の男子高校生だったよ。だけど、最近、射的が得意なことに気づいた自分がいるんだよ」
「うーん、それって最近得意になったてことだよね。私、ずっと近くにいたのに射的してるとことか見てないよ?お姉ちゃんの自由研究の手伝いで輪ゴム鉄砲を割りばしで作ってたのは知ってるけど」
たしかに璃月が旅行中、暇だった僕はお姉ちゃんの自由研究の手伝いで、悪い妖怪退治用の輪ゴム鉄砲を割りばしで作った。だけど、それとこれとは話が別だった。
「違うよ。それは関係ないよ」
「え、でも鳴瑠くん。寂しくなったのか、輪ゴム鉄砲の動画を私に送ってきてくれたじゃん。かわいかったなぁー。あの動画、私、ダウンロードしたの。毎日寝る前に見てるんだー」
「う、ううぅ。消してくれないかな」
「やだよぉ。どんなに辛いことがあってもあの動画を見れば、私、これから何があっても乗り越えていける気がするんだから」
恥かしいぃ・・・・・。
璃月に構ってほしくて、送った何気ない動画をここまで大切にされていることが。
なにより、あの動画を心の支えにはしないでほしかった。支えにするなら、僕があげたものを支えにしてほしかった。あれ、よくよく考えたらプレゼントとかあげたことなかったかも。これは僕の落ち度のようだった。
「あの鉄砲の名前ってたしか、イロナークンバスターだよね。自分たちの名前を武器の名前に入れるの可愛い」
「名前考えたのはお姉ちゃんだよぉー‼」
む、ううう。話が進まないし、恥かしいし‼
こうなったら強行手段だ‼
このままだと璃月が動画を再生しかねないので、強行手段にうってでることにした。僕は思いっきり璃月に付いてるリードを引っ張る。
そうすると、言わずがな。
璃月はバランスを崩しながらこちらに引き寄せられる。「はわわ」と声を出しながら倒れそうになる彼女は、そのまま僕の腕にすっぽりおさまる。
「はむみゅ?」
よくわからない鳴き声を出しながら、璃月は目をぱちくり。
どうやら何が起きたのか理解できずに、僕の恥かしい話を言う余裕がなくなってしまったようだった。どうやら作戦は成功か。
これが帯どめリードデートのいいところと言える。先ほどのようにリードを引っ張ることで相手を引き寄せ、好きな時に抱きしめることができるのだ。こんなことができるリードデートを僕はオススメする。
そんなレビューをしている間に、璃月は何が起きたのか認識したように、僕の腰にぎゅーと腕を回す。手錠を付けたままではできないことだった。
「それで鳴瑠くん」
「ん?」
「話しを戻すけど、射的得意なんだよね」
「うん。璃月の心を一発で射止めたし。璃月をきゅんきゅんさせるのには自信あるよ」
「ふーん、そーゆー精神的な話かー。なら、私も得意だよ。さっきから何発も鳴瑠くんの心にヒットさせてるみたいだし」
えっへんと得意げな表情をする璃月。
そんな顔がどこまで可愛いかった。抱き合っていることもあってか、普段よりも顔の距離が近い。そのため得られる幸福感も普段の倍以上だった。
それからそっぽを向きながら彼女は小声で、
「ま、私もさっき、強引に抱かれてヒットしちゃったけど・・・・」
「璃月も強引にやられるの好きなの?」
「そゆーのは訊かないでよ。そこは『え、なんだって?』ってゆって聞かなかったことにするとこだよ、えっち」
ジト目を向けられて、僕は興奮してしまう。
そもそも僕は難聴系ではない。むしろ璃月の言葉はなんでも聞きたい系なので、僕が『え、なんだって?』とか言うはずがない。
「それで璃月。物理的な射的も得意か試してみない?」
「いいよ。私、負けないから」
「僕もね」
そんなわけで、切なさを覚えながら僕たちは抱き合うのをやめて射的の屋台まで行く。おじさんにお金を払って2人仲良く銃を構える。
棚にはお菓子やら、謎のキャラクターの置物、ぬいぐるみ、板に接着剤が付いていて取れないであろうゲーム機(個人の見解です)など、多くのモノがある。
正直、僕はたいしてほしいものがなかった。
もし狙い撃ってまで欲しいモノがあるとするならば、隣で同じように銃を構える璃月だけだった。僕は1番欲しい彼女の方を見てみる。そうすると、台の上に身を乗り出し限界まで腕を伸ばしていた。
袖がめくれて伸びる白く細い腕はもちろんのこと。自身と台の間につぶれる大きなおっぱい。身を乗り出している為に浴衣が引っ張られていることもあり、突き出された可愛らしいお尻の形ははっきりと見てとれる。正直、おっぱい派の僕でもこのお尻は魅力的だった。また、一生懸命前に出ようとしている為に片足が浮いているのもポイントが高いし、なんと言っても、アホ毛を巧みに操って距離感を測っているのもとってもいい。
ようするに、何が言いたいかというと、この屋台に欲しいものはない。欲しいのはただ1つ、璃月だけだったようだ。
「だけど・・・・・僕に璃月を撃つことはできないよ・・・・・」
「ごめん、なんで射的で私を撃とうと一瞬でも思ったのか理解が追いついてないの」
顔だけこちらに向けてジト目を送ってくる璃月。
そんな彼女に説明する。
「射的って好きなものを撃って手に入れるゲームでしょ。なら、璃月を撃たなくちゃいけないんじゃないかと思ったんだけど」
「夏祭りにそんな闇のゲームはないよぉー」
「でも、僕は撃てなかった。代わりに僕を璃月が撃ってくれないかな・・・・」
「え、やだぁ」
ガチのトーンで拒否られる。
しかもじゃっかん、涙目になっていた。
「だって、私が撃ったら鳴瑠くん、痛いじゃん」
「たしかにそうだけど・・・・・僕は璃月にゲットされたいんだよ」
「鳴瑠くんはもう私のだよ」
僕の願いはもう叶っていたようだった。
さらに璃月は続ける。
「好きな人を痛くするのやだよ。私、痛くするよりも抱きしめてナデナデする方が好き。絶対に痛くするよりもダメにした方が幸せ」
「・・・・・璃月」
「あわよくば、私なしでは満足できない体にしたい。1人じゃ、楽しくないし、気持ちよくない体にしたいって常々思ってる」
「璃月・・・・・え、なんだって・・・・」
「鳴瑠くん。聞かなかったことにしなくていい場面」
「そしたら、すんごくえっちな子になるけど」
「えっちくはない。で、鳴瑠くんは?」
「もちろん、ダメにされたいよ」
僕は半ば、収拾がつかないこの状況で学んだ。
武器は悲しみしか生みはしないのだと。そして、人と人とが一緒にいるのに射的の銃は必要なくこの身と言葉さえあれば十分なんだと。
だんだんと、自分で何を言っているのかわからなくなってきた。
ともあれ、これだけはわかる。
もうこの射的の屋台に僕たちが欲しいものはないということだ。だって、もう僕たちは欲しいものを既に手に入れていたんだから・・・・。
このまま行き良く抱き合いそうになる僕たちを野暮な事に止めやがったのは、射的のおじさんだった。ぶっきらぼうに、それでもどこか優しい声音が含まれた声で「営業妨害だ。よそでやれ」と言いながらお金を返してきたのだった。
そんな僕たちは屋台を後にした。それから、
「こっちきて」
「う、うん」
リードで引かれるまま、頬を膨らませた璃月に付いてゆく。
人混みから離れて人気が少ない暗がりにやってくると、彼女は有無も言わさずに僕の頭を自らの胸の中に引き寄せた。
それから数回「わるいこなんだから、ほんとにわるいこなんだから」と、怒った口調ながらも優しく頭を撫で始めた。
「えーと、璃月?」
「私、怒ってます。だからこれは私からの罰」
「罰?ご褒美では?」
「罰です。私に君が撃ってって言ってきた罰です。とっても嫌だったんだから。君が私に痛い思いをさせたくないのはわかるけど、逆もそーなんだから」
どうやら怒りから好き勝手させろとのこと。
それにしても、僕の配慮が足りなかったのは反省するしかない。1番欲しいのが璃月で、撃てないから自分を撃ってほしいと言ったのはやりすぎだったようだ。
だから僕は、
「ごめん」
「許したあげる」
「ありがと」
「次もし同じようなことお願いしてきたら、鳴瑠くんが泣いてもずっと気持ちよくしちゃうんだから」
えっとそれは言うところの快楽責め?
このえっちな子め・・・・・。
痛いことをしないのが彼女らしいというか。ちょっとどんな内容なのか気になる僕がいたが、あまり怒らせたくないのでやらないでおく。
それから数分間ナデナデの刑は続き。満足したところで璃月は僕の名を呼ぶ。
「ねぇ、鳴瑠くん」
「なに?」
「私を傷つけたくないのはわかったけど。これから先、私に痛い思いをさせることがあるとするじゃん。そーなったら君はどーする?」
「・・・・・えーと、確認だけど。僕が痛い思いをさせるってこと?」
「そ」
「だとしたら、死にたくなるかも」
「そっか。だったら、そのときは私も死ぬときかな」
「死なれるのは嫌だよ」
「それは私も一緒。だから今回のことも同じことなの」
たぶんだけど、自分の嫌なことは、他人にしてはいけないってことに近い話なんだと思う。璃月の為なら簡単に命を投げ出せる自信はある。それは璃月も一緒だってことなんだと思う。
今回のことは、相手の気持ちを考えなさ過ぎた僕の落ち度。これからはもう少し気を付けて行きたいと思う。
それにしても、僕が璃月に痛い思いをさせることって例えば何のことなんだろう。ちょっと思いつかないので「どんなこと?」と視線で訊ねてみる。
彼女は目を泳がせながら答えてくれる。
「んーとぉー。説明は簡単なんだけどぉ、言うのが恥ずかしいと言うかぁ・・・・・私、しょ・・・・むにゅーで、はじ・・・・はにゅーだから、そのぉー、たぶん、その時はいたむにゅーで、くにゅー・・・・だと思うの」
「えーとぉ。10割方意味がわからない・・・・」
「いい、今はわからなくても。とにかく、痛みがないと愛情を育めない時もあるの。だから、その時は鳴瑠くん。私に痛い思いをさせようがやらなきゃいけないの‼」
「えー、全然わからないんだけど。まぁ、璃月にそう言われたら頑張るけど」
「そうして。むぅ‼」
璃月は力任せに僕の頭を思いっきりぎゅーっとする。そうすると顔がおっぱいに沈み気持ちがよかった。そしてまた、彼女の鼓動が聞こえる。すごい速さで音を鳴らしており少しばかり心配になってしまう。
それからぱっとはなされて『抱きしめなでなで』と称された罰は終わり迎える。
「終わり。いこー、何やかんやで、射的もやってないんだから。他のことやろー」
「う、うん」
僕に繋がるリードを引っ張り璃月は歩き出す。とりあえず、いつか訪れるというそれの意味を考えるのを今はやめて、彼女を追いかけることにしたのだった。
そして、この時はまだ知らなかった。
僕が覚悟を決めなくてはいけないときが、もうすぐそこまで来ていることに。
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