第46話 夏休み 7月その2 スタンプ

 ミーン、ミーンと早朝から元気なセミたち。

 僕の隣には璃月がいて、これが言うところの朝ミン(朝チュンの亜種)なのかとくだらないことを思う。

 とはいえ、朝ミンはえっちな感じなものではなかった。僕たちは服を着ていれば、ここはベットの上ではない。ここは公園である。

 ここで何をしているかと言えば、背伸びの運動中。

 もちろん、えっちな背伸びの運動ではない(どんなのかは謎)。ラジオ体操における深呼吸前の背伸びの運動。終盤のやつだ。

 軽快なリズムとともに体を動かす。正直、夏バテの体には堪えるが、恋人の頼みならば断わることもできないということで参加させてもらってる。

 僕の視線の先には、誘ってきた上下に動く璃月の姿。

 上下運動よっておっぱいも揺れる。人体構造じょう揺れるのは仕方がないこと。しかも、今はジャージとTシャツ姿なわけで、普段よりも多めに揺れている気がする。サービス精神がおおせいで僕はとてもうれしい。

 こんな朝。一言で例えるならこれしかないだろう――、


「爽やかな朝だね、璃月‼」

「私のおっぱいを視姦し続けて、よく言えたね、それ」

「うん。璃月のおっぱいは不健全じゃないからね。もしも、乳首が出ていたとしても健全だから。もしそれを不健全というヤツがいたら僕は絶対に許さない。あ、でも璃月のおっぱいを見ようとしたやつも絶対に許さない」

「私のことが好き好きで堪らなくて仕方がないのはわかったよ。だけど、今はやめよーか。今だけはそーゆーのやめよーか。ここ近所のおじいちゃんおばあちゃんもいるし、子どもたちもいるから」


 顔を紅潮させる璃月は、僕の口を手で押さえ喋れないようにした。それによって注目を浴びるわけだけど、それが僕の興奮を加速させる。

 璃月の手、柔らかくていい匂い・・・・幸せ。

 だけど、どうせなら唇で抑えてくれればいいのに・・・・。

 幸福感と残念な気持ちが複雑に絡み合う。

 とはいえ、息ができずに苦しくなってきたので、コクコク頷いて僕は「もう言わないよ」と必死に伝えると璃月は解放してくれた。

 そんなことをしていると、ラジオ体操は終わりを迎えていた。


「ちょっと、鳴瑠くん。私いかなきゃ。待ってて」

「うん、わかったー」


 てとてと走ってゆく璃月。

 可愛くてしかたない。『てとてと』って言葉が璃月の可愛さを表していて、ほんといい。そんなことを思いながら見送る。

 どうやら、璃月はラジオ体操のスタンプを押す係をすることになったらしい。

 どうやってその仕事が回ってきたのかは謎で仕方がないけど、7月末までやることになっているらしい。その付き添いで僕もラジオ体操に参加しているというわけだった。璃月いるとこに僕がいるので当然のことだった。

 遊具のジャングルジムの頂上にのぼったり、ブランコに乗ったりして時間を潰す。そんなことをしていると、璃月はすぐに戻ってきた。

 周りを見渡すと、すでに解散されていて、僕と璃月しか残っていない。


「おまたせー」

「うん、おかえり」


 言ってから気づいたけど、「おかえり」って言うのが少し気恥ずかしかったりした。そのため、僕は少しばかり視線を逸らした。

 その様子を見てか璃月も伝染したように、顔を少しだけ赤らめて視線を逸らしつつ呟いた。


「・・・・た、ただいま」

「・・・・」

「・・・・」


 妙な気恥ずかしさ。

 普段、言わない言葉だからこそ照れが生じ、普段は僕たちにあまりない無言の時間ができてしまった。

 こうなると、普段どんな話をしていたのかさえわからなくなってしまう。話さなきゃという焦りと、話したいという焦りが、余計に僕の思考を蝕み頭の中を真っ白にした。


「はっ‼」


 璃月は何かを思いだしたかのように口にする。

 それから話題を紡ぎ出してくれた。


「そうそう、鳴瑠くんにもスタンプ押したあげよーと思ってたの」

「えーと、僕、台紙ないけど?」

「へいき――んー、ちゅっ」


 璃月の唇で、僕の唇にキス――スタンプを押される。とっても甘いスタンプだった。うん、これなら毎日、参加してもいいかもしれない。


「明日もまた、参加したらしてくれる?」

「うん、いーよ♡」

「じゃ、参加する」

「待ってる、スタンプさせてね」


 気恥ずかしさはいつの間にか消え、いつもの僕たちに戻っていったのだった。

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