第35話 迷走しながらも日常に戻るお話

 人の人生って、どうして1日ごとにリセットされないんだろ。嫌なことを忘れて生きていければ、楽なんじゃないだろうか・・・・。

 人との関係も悩まなくてもいい。寝るときにふと黒歴史を思い出し布団の中でもがかなくてもいい。みんなみんな幸せじゃないか。

 とくにどうやるのかはわからないけど、どーにかして。

 人の記憶容量が1日しかもたない――『リセットのセカイ』を創ろうと思うのだがどうだろうか‼


 そんなことを思う僕がいるのは休み時間の教室。そこにある自身のわり当てられた席に座りそんなことを思ってる僕は、控えめに言って異世界転生を夢見る男子高校生と同等だった。いや、夢と言えるほどキラキラしてないから、僕のが方が色んな意味で重症かもしれなかった・・・・。

 僕が闇おちしたような虚ろな瞳で見ているものは、ぴょこぴょこと左右にメトロノームのように規則正しく揺れる最愛のアホ毛。

 それを見続ける様子は誰が見てもいや、僕でさえ思う。

 コイツには関わらないでおこうと。

 最愛のアホ毛さえも、チラチラとこちらを見るばかり(アホ毛だから当然だった)。とりま思うことがあるとすればこれか。僕がアホ毛を見るとき、アホ毛もこちらを見ているのかもしれない。何もかもを拗らせていた。

 とりあえず、僕の『リセットのセカイ』について誰も意見を言ってはくれないので(口に出してないから当たり前だ)、セルフで答えるしかない。

 何も闇を抱えていなそうなもう1人の僕が答える。別に二重人格とかではなく、今の闇を抱えている僕がそれっぽく言うだけなので、ほんとーに茶番でしかない。

 

 きっと、昨日の記憶が、今までの積み重ねた記憶があるから、未来で過去を思い出したとき、大切な人と喜びを・・・・愛を分かち合えるんだ‼

 良い事も、悪い事も、消えていい記憶なんてない。何より、それは璃月との今までの否定になってしまう。だからこそ、僕は思うんだ。

 今は嫌なことでもそれが過去になって笑いあえる、そんな明日が来ることを信じて前に進むべきだってね‼

  

 もはや、僕の中では、過去を忘れたいラスボスと、過去も今も未来も全てを大切にしたい主人公ぽいヤツが戦う寸前感はんぱなかった。

 絶対最終決戦だよ、これ。終盤特有の名言製造機と言われても遜色ないね‼

 自画自賛が酷かった。

 これくらいしとかないと、どーにかなりそうだから許してほしい。

 綺麗ごとも汚いこともひっくるめて茶番はさておき。

 どーして僕がこんなにも闇を抱えているのかと言うと、昨日のお風呂の件が原因だった。時系列で言えば、1夜明けた翌日の学校だ。

 そのため。

 世界を懸けた戦いなど起こるわけもなく。ギャグ漫画のように次のコマになったらケガや前の出来事がなくなっていたり。特撮のように次の回になれば壊された町が元通りといったことももなく――。

 画面越しとはいえ、璃月に僕の下半身を見られた事実はどう頑張っても変わってはいなかった。何を隠そうそんな感じで闇ってた。文字通り何も隠せていなかったからこうなっていた。

 見られたことは恥かしかったし、そのことにぶっちゃけ快感も得た。だけど、何より事故って言うのが嫌だった。心の準備もなしにこんなことになってしまって、僕は璃月とどのように接していけばいいのかわからなくなっていた。

 で、見せられた璃月はといえば、こちらもこちらでヤバかった。

 机のフチに顔を隠すと、時々ひょこりと顔を出しては変な笑いをして顔を隠す。これを繰り返していた。ほら、今も。

――シュッ、と出てきて「チラチラ、きゃっ、なるくんだ、むふふー」サッ、と隠れる(この時、アホ毛は常にどこかしらにぴょこぴょこ動いてる)。 

 これをワンセットにして、出ては隠れるを繰り返していた。ちなみに顔を隠しているときはアホ毛は隠れてない。どうやらこれが『顔隠してアホ毛隠さず』ということわざらしい。これが僕が見ていたものだった。

 はぁー、この状態が可愛いってなんの――ではなく、普通に末期過ぎない?

 それは僕以外から見ても普通でないとわかる為か、数十回にわたり先生やら同級生たちから早退を勧められていた。ちなみに僕も勧められていた・・・・・。

 と、そんな感じが今の現状なわけだけど、いつまでも闇オチをしていてもダメだと思うんだ。

 もう1人の僕(僕自身)が言っていたことではないけれど、受け入れて前に進むのも大切だと思うんだ。画面越しに下半身を見られたくらいがなんだ。減るもんじゃないし。世に生きるヒロインたちは、不可抗力という名目で胸を揉まれたり、全裸を肉眼で見られたりしているんだ。僕なんてまだまだ生ヌルいほうじゃないか‼

 いつまでもうじうじしていられないと、自分よりも酷い被害に遭っている人たちを糧に鼓舞する。たぶん、元気の出し方としては最悪の部類だろう。でも、これぐらいじゃないとやってられない。僕もラッキースケベ被害者として、これからはたくましく生きていこうと誓った。


「璃月、僕はもう大丈夫だよ‼」

「ん、チラ。何が、チラ。どーしたの、チラ。可愛い顔してちゃんと男の子な、鳴瑠くん。そーいえばだけど、鳴瑠くんの鳴瑠くんてたくましかった♡特に二段階変形するところとか、見ててわくわくしちゃった♡いちゃった、きゃ、チラ」

「・・・・・・」


 たしかに、僕はたくましく生きて行こうと誓ったよ?

 だけどね、璃月に見られたものがいくら「たくましかったよ」って言われても。あ、僕ってもうたくましかったんだ、変わらなくていいんだ。とはなれないよ・・・・・。むしろ、もっと辛くなるよ。

 そもそもだよ。さっきからチラチラ下半身を見てくるのをやめていただきたい。お話をするときは好きな人の目を見て話すのが常識でしょ‼

 学校で習わなかったの!?

 たぶん、学校では教えてはくれないことだった。

 あと周りのクラスメイトたちも璃月の発言に、いちいち反応してピンク色の声とかあげなくていいから・・・・。お願いだから僕の下半身の方に視線を向けないで。

 気を取り直して、璃月に愛を囁いてみることにした。


「このド変態‼そんなド変態な璃月が何よりも大好きだよ‼」

「んー、ん?罵倒されたの?それとも愛を囁かれたの?」


 愛を囁き、少しだけど調子を取り直してきた僕は、言いたいことを少しずつ伝えていくことにした。で、最初に伝えたいことと言えばもちろんこれだ。


「さっきからチラチラ僕の下半身を見過ぎじゃないかな!?」

「そーかな?でも、もしそーなら、これが私のチラリズム」

「璃月はチラリズムを学び直したほうがいいよ」

「ひどいよ、鳴瑠くんだってモロリズムじゃん。チラリズムとかできないじゃん」

「うわー、それだけはダメ。それだけは言っちゃダメ」

「でも、私はチラよりもモロのがいいから、鳴瑠くんすきー」

「うわー、うわー、モロとか恋人の口から聞きたくなかった、わーわー‼」


 今の璃月は僕が常識人に見えるくらいに変態でしかなかった。そもそも時々見え隠れしていたが、彼女には変態の素質はあった。

 それが小さなきっかけ――ラッキースケベによって表面化してしまったのが今の現状なわけで。それほどまでに昨日のことは、彼女にとって大きな出来事だったのだとわかる。

 彼氏としては、図らずとも彼女を染めた事実は背徳感というか、ゾクゾクとした快感はある。だけれど、今の僕はそのことにニヤニヤなんかしてられなかった。

 今の僕は璃月をいつもの彼女に戻したかった。えっちなイチャイチャも、これまであまりしてこなかった健全なイチャイチャも、まだまだやりたいことがある。

 だからこそ僕は、戻してみせる‼

 ド変態から、最低でもちょっとえっちくらいに僕はしたかった‼

 願望が漏れてるけど、気にしちゃダメだ。

 とりあえずは本人に現状を理解してもらうためように試みる。


「僕はどんな璃月でも好きだから、だからどんなにえっちでも好きだからね」

「え、あ、うん。鳴瑠くんがどんな私でも好きなのは知ってるけど。でも私はえっちくないよ」

「・・・・・・。さすがに嘘も大概にした方がいいよ?――おっと、危ない。口が滑りそうになった。どんな璃月でも好きだよ」

「全部言ってる気がするんだけど・・・・?」

「そんなことはないよ」

「で、どーしたの、急に」

「ちょっと話したいことがあるんだけど、いいかな?」

「いいけど、もしかしてアレかな。鳴瑠くんのおちん・・・・アレをみちゃったから、私も服を脱いで裸を見せて、とか?いくら鳴瑠くんの頼みでもみんながいるし・・・・・。どーしてもって言うなら・・・・・おトイレいこーか?」

「数秒前に言ったことを思い出そうか、一緒に思い出してあげるから、ね?」

「やめてよー。私が聞き訳のない子みたいな雰囲気ださないでよぉー」


 頬を膨らませる璃月。

 可愛いなー、今すぐにでも膨らませてるほっぺをつっついて空気を出したい。


「ぷしゅー、ほっぺつんつんされるのすきー」

「おっと、ごめん。無意識にやってた」

「たぶん、それ病気だよ」

「そうかも。恋の病だね」


 なんて話しを挟みつつ、僕は1度目を閉じる。

 どうやら、簡単な言葉では認めてはくれないらしい。

 ここは恋人であろうとも、言うべきことは言わなくてはいけないのだろう。僕は心苦しくもありながら覚悟を決めて口にした。


「よく聞いてほしいんだ。今の璃月はただのド変態だよ」

「ほえ?なにゆってんの。そんなわけないじゃん。いくら鳴瑠くんでも怒るよ?」


 怒られたい欲求はあるけど、今だけは性欲は封印だ・・・・ッ‼

 めってされたい気持ちはあるけど、我慢だぁぁぁああああ‼

 心の中のテンションとは裏腹に、今の璃月がどのように変態なのか伝えることにした。ビシっと指さして告げる。


「ずーっと、僕の下半身しか見てないよ‼」

「む、むぅ~ッ‼。そ、そんなわけないもん‼」

「いやいや、璃月。もう自覚した方がいいって。かなりの変態だから。恋人の下半身見てニヤニヤしたり、可愛い奇声を上げるの、ガチでド変態でしかしないと思うよ。むしろ、今日半日、それで終わってるじゃん‼」

「なわけ・・・・あっ――ないよぉ。だって、鳴瑠くんと違って私えっちくないもん‼」


 たぶん、変態ぽい言動に思い当たる点があったのだろう。「あっ」とか言ってたいし、一瞬、言葉に詰まってたし。

 それでも引けなかったようで、否定をしてみるもまるで根拠のない言葉しか出てきていない。そのことについては彼女自身もわかっているようで、ポカポカ僕を叩き始めることしかできない様子だった。特に痛くないところが可愛い。一生されてたい。


「これはアレだよ。私をえっちぃ子だって言って精神的に暴力するでぃーぶぃってやつだ。鳴瑠くんは可愛い顔して、カッコいいおちん・・・・アレなのに、でぃーぶぃおとこのこだったんだ‼」


 もはや言いがかりに等しかった。どちらかと言うと、痛くはないけどポカポカと物理的に叩いてるのは璃月じゃないかと言い返せた。

 だけど、僕はあえてしない。

 言い方も可愛いし、なにより『おちん』で言えなくなっちゃうのも可愛い。照れてる彼女を見せてもらっただけでも殴られる価値はあるだろう。

 冷静に僕は何を言っているのだろうか?


「とにかく。今の璃月は誰がどー見てもド変態のそれなんだよ。ほら、クラスの子たちにも聞いてみてよ」

「ふん、今日ばかりは鳴瑠くんのこと信じてあげないから‼」


 売り言葉に買い言葉。

 信じてくれないという言葉に少しばかりシュンとさせられる。

 そんな僕を見て、申し訳なさそうな顔をしてから璃月は、路上アンケートならぬ、教室アンケートを開始する。

 ま、結果としては皆がそれぞれ差異はあるものの、口を揃えていいズラそうに同じようなことを言っていた――「璃月はド変態である」と。

 現実を受け止めたような遠い目をした璃月は、しっかりと僕の目を見ると言う。


「鳴瑠くん。どーやら、このクラスではイジメがあるみたい。信じられるのは鳴瑠くんだけだった・・・・」

「現実を受け止めてなかったか・・・・」

「うわーん、なる・・・・くん。私を、私を慰めてー、ぐす」


 そう言いながら、僕のお腹へとぽふっと抱き着いてくる璃月。それを優しく受け止めてあげる。安心させるように、僕は背中を、頭を撫でてやる。

 どうやら、えっちな子と言われたのがショックだったのか、彼女は普段の彼女にもどりつつあった。

 そんな中、僕はあることに気づいていた。

 抱き着いてきた璃月が一切泣いていないということに。

 たぶん、僕に抱き着いて甘えたかっただけのようだった。その証拠にクラスメイトたちは気づいてないと思うけど、この子、めっちゃニヤニヤしてるもん。

 僕が影になってて見えないかもだけど、璃月のアホ毛がめちゃくちゃピョンピョン動いてるもん‼

 粗ぶりすぎて時々アホ毛が目に入ったりしていた。たぶん、これが(アホ毛を)目に入れてもいたくないの語源なんだと思う。スゲー、目痛い。

 とりあえず、普段の璃月が戻ってきて嬉しかった。

 口角が自然と上がりそうになる。それをどうにか我慢して、僕は優しい声音で璃月を慰める。


「ひどいね、璃月をド変態なんていう人。僕だけは璃月がえっちくない子だって知ってるからね。僕だけを信じてればいいんだからね?」

「そーだよね、私はぜーんぜん、えっちくないよね‼」

「そうだよ‼」


 璃月をえっちなド変態だと罵ったのは僕だった。だけど、そんな事実はなかったことにした。忘れてないから知らんフリする。

 彼女が僕に慰めてほしいなら僕は全力をだして甘やかす。だからこそ、僕はクラス中から「お前が最初に言ったよね?」みたいな痛い視線を受けながらも無視をし続けた。クラスで立場が危うくなることくらい璃月が悲しくなることに比べたらどうでもいいことだからだった。

 この後、この状態でチャイムが鳴るまで過ごしていたわけだけれど。ここまでの一部始終をバッチリ担任の先生に見られていた。

 不純異性交遊を疑われるかと思いきや意外なことに「お前たち、疲れてるようだな・・・・ごめんな気づいてやれなくて。今日は帰れ」と無駄に心に染みることを言われ強制的に早退させられた。

 何はともあれ。

 明日からは、健全なイチャイチャも、えっちなイチャイチャも、頑張って璃月と励んでいきたい。僕はそんなことを思いつつ、イチャイチャばかりのほのぼのとした日常に帰っていったのだった。

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