第34話 お風呂
昨日も雨で、今日も雨、どうせ明日も雨。
梅雨だから仕方がないことなんだけど、どうしてもうんざりしてしまう。そんな憂鬱な気持ちのある日の放課後。そんな気持ちを晴らしたのは僕の恋人だった。
「鳴瑠くん。今日のお風呂、一緒に入らない?」
なんて魅力的なお言葉なのだろうか。
あー、生きててよかった。ふふ、何して遊ぼうかな。お湯をかけあったり、湯船にもぐったり、体をじっくり見たり、洗いっこしたり、いろんなところを触り触られたり、夢が広がるな‼――と、待て僕。一端、落ち着くんだ。
あまりの嬉しさに気づくのがが遅れてしまった。
今だ時系列は高校1年生の6月だ。時間が一気に過ぎて同棲をしているわけではない(同棲したいな)。僕たちはまだ実家ぐらしなわけだ。
そうした場合、一緒にお風呂に入ることは容易ではない。どちらかのうちに泊まるか、または温泉旅行に行くしか混浴できる機会は訪れない。
そんなわけで。
「もしかして、璃月の両親今日いないの?それで僕に泊まりにきてほしいとか?」
「ううん。普通にいる」
6月に入る前の休みの日に互いの両親には挨拶をしている。そのため、親がいようと泊まろうと思えば泊まることは可能ではある。
ちなみに、お姉ちゃんには璃月を紹介していなかった。絶対にめんどーなことになりそうだし。ぶっちゃけ結婚する時まで隠そうかなと密かに思ってたりする。
「だとするならアレかな。璃月のパパとママに、『娘さんと一緒にお風呂に入ります』って宣言して反応を楽しむプレイ的な?僕は全然アリだよ。アリよりのアリだよ」
「ごめん、今回ばかりはなしよりのなしだよ。私のパパとママは一般的な考えの持ち主だから、私たちの性癖に巻き込んじゃ、めっだよ」
そう言いながら僕の唇を抑える璃月。
お、これいいな。ドキドキしちゃう。
これからもっとやってもらいたいので、やってもらえるようなことを言い続けるのもありかもしれない。
軽く決意して僕はふと思い返す。
璃月は気づいてないかもだけど、『私たちの性癖』って言わなかったかな。それって、彼女も人に見られながらイチャイチャするのが好きになってるってことだよね。
互いにひき返せない領域まで足を踏み出していた。ここまでくると、もう互いなしでは生きていけなくなるのも近いかもしれない。
もう僕は璃月なしでは生きてけないけどね。
それはさておき。
「それじゃ、僕の家に璃月が泊まる?」
「うーん、泊まりたいけど、今回は泊まらないよ」
「だったらどーやって一緒に入るの?」
「決まってるよ」
そう言いながら璃月は自分のスマホをちらつかせる。
もしかして・・・・――ッ!?
「ビデオ通話で璃月が体を洗ってるところが見られるの‼」
「どうして君は提案しよーとしてたのを超えるかな」
顔を赤くしながら、璃月は自らの身体を手で隠そうとする。
アレだね、身体を隠そうとしてる女の子っていいね。見たことないけど、脳内で裸だと思うと、うん、いい。
うんうんと頷く僕に璃月は僕の頬をむにむし始めた。ほっへがきもひいい・・・・。そんな感想を抱く僕に言い聞かせる彼女。
「私はただ電話しながらお風呂入りたいって話しがしたかった」
「な、なんらぁー・・・・」
「露骨にガッカリしないで。うんと、体洗うところは、画面越しじゃなくて、ほんとーに一緒に入ったとき、見せたあげるから」
璃月は僕のほっぺから手を離すと、か細く消えてしまいそうな声で言った。
たしかに、聞いた。たしかに聞いたぞ‼
「ほんとに‼絶対の絶対に!?」
「う、うん、絶対だけど・・・・、それにしても必死すぎない?」
「僕、璃月の体洗うとこみたことないんだよ。見たいじゃん、見られたいじゃん」
「普通の恋人は、そーゆーの見せあわないと思うの。知らないけど」
「よそはよそ、うちはうちだよ」
「私が駄々をこねてるみたいになってる」
「駄々っ子な璃月も可愛いな」
「何を言っても最終的には私のことが好きってなってる。私の彼氏、さいきょー過ぎてヤバい」
「そう僕を変え、僕の人生をいい意味で狂わせた女の子。ようするに璃月は〈男を狂わせる魔性の女〉ってやつだったんだね。2つ名が手に入ったよ、やったね」
「いらない・・・・それに私のせいで人生狂わせちゃったのって、後にも先にも鳴瑠くんだけでいいよ」
「そっか僕だけか。ふへへー。もっと狂わせられたーい」」
「もうダメだぁー」
「染められる感じがたまらない」
「あぁぁー・・・・・」
『何もかも手遅れ』みたいな顔をして璃月が呻いていると、いつもの分かれ道にたどり着く。どうやら今日はお別れの時間のよう。
とはいえ、今日は電話をする約束があるわけで。いつもの寂しさに比べたらいくらか軽減されている。
僕たちはいつものように「「ちゅ」」とキスをして帰っていった。
♡☆
で、時間は過ぎてゆき、お風呂の時間のこと。
――プルプル。
と、スマホを鳴らすと、いつものようにワンコールで璃月は出る。スピーカーモードにして、水没しなそうな場所にスマホを置いて話し始めた。
「もしもし」
『ひさしぶり、鳴瑠くん』
「ひさしぶり。声、聴きたかった」
『私も』
約3時間ぶりの声に、嬉しく思う。
普段と違って、電話からする声は少しだけ反響して聞こえる気がする。約束していたのだから当然なんだけど、相手もお風呂にいることが意識させられる。
お風呂ってことは裸なんだよね・・・・実質混浴か。ドキドキしてきた。
気持ちが抑えられなくて、気が付くと半自動的に訊ねていた。
「璃月ってさ、どこから体洗うの?」
『私ね、思うの。セクハラをさせたら鳴瑠くんの右にも左にも上にも下にも前にも後ろにも出るものはいないって。ちなみに、髪から』
「なんやかんや言いながら答えてくれる璃月のこと好き。僕も髪から洗う、一緒だね、えへへー」
『私が好きなの知ってた。鳴瑠くんも髪からかー、一緒だね、えへへー』
璃月の声は弾んでいる気がする。
服を着てない状態で話す非日常感に酔っているのかもしれない。
『私も好き』
「知ってた」
なんてやりとりを挟んで僕は再度訊ねた。
「それで、璃月。どーして急に、お風呂で電話がしたいって提案したの?」
『それは単純なこと。どんなときでもいっしょしたかったの。まだお風呂でいっしょしたことなかったからしたいなーって』
「璃月・・・・だったら、次はトイレだね‼」
『君、私のことが好きなのはわかるけど、もーすこしだけでいいから自粛しよ』
諭されてしまった。
さすがにトイレはまずかったか。どうやら僕も非日常感に酔ってしまったようだ。これは反省(平常運転な気もするけど)。
「ごめん。トイレ以外ですぐに一緒にしてなかったことが思い浮かばなかった」
『早押しクイズじゃないだから、ゆっくり考えればよかったのに。すぐに答えなかったからって怒ったりしないよ。むしろ、真っ先にトイレを言った方が怒るよ』
たしかに・・・・・。
少しえっちな話は自粛しようと思った。
それから璃月は僕としていないことをポツポツとあげ始める。
『まだ遠くに出掛けたこともなければ、お泊りもしたことないよ。お昼寝もしてなければ、映画にも行ったことないし、買い物もあんまり行ってない。これから来る夏にはお祭りに行きたいし、花火だってみたいよ。――いっぱいやってないことあるね』
「ほんとだね・・・・。よくよく考えると、まだ付き合い始めて1ヵ月くらいしか経ってないもんね」
『そーだね。ずっと一緒にいたみたいに感じるけど、まだまだなんだね』
「僕、ガチで反省してる。裸の璃月を考えて浮かれてたよ。もっと一緒に2人でやったことがないこといっぱいやろうね」
『うん。でも私に興奮することは仕方がないことだとは思うよ。むしろ、興奮されない方が嫌だし。なにより、私も心の中ではたいして君と変わらなかったりするしね・・・・』
「え?」
『え?』
さっき「私も心の中ではたいして君と変わらなかったりする」って言わなかった?
それってどーゆうことかな。璃月もえっちなことばっかり考えてるってこと?僕の聞き間違いかな?
疑問が渦巻く中、先に声を出したのは彼女だった。
『鳴瑠くん。もっと一緒にいよーね♡』
「あ、うん」
いい感じにはぐらかされてしまった。
シャワーの音が止まり、湯船に浸かる音が電話口からする。はふー、と艶やかな声が聞こえてきてドキドキしてしまう。
いくらえっちなことを考えていたことを反省しても、やっぱり好きな子が裸でいると思うとどうしてもドキドキしてしまう。
落ち着かないので、僕も湯船に入ることにした。張ってあるお風呂の湯がいつもより熱く感じた。僕の体温が上がっていてそう感じているのだろうか。
入ったばかりだというのに、すでに頭がぼーとしてきた。
「璃月、のぼせそー」
『そっか。残念だけど、今日はおしまいにしよ』
「ごめん、そーする」
少し重くなった体を無理やり立ち上がらせ湯船から出た。
もちろん、スマホも手に取った。それから、いったん通話を切ろうと操作をした。――のだが、誤ってビデオ電話のボタンを押してしまった為に画面が変わってしまう。
そこに映し出されたのは、鎖骨付近から上が映し出された璃月の姿で。
『もうそろそろラッキースケベが発動するかなと思い、すたんばってた』
なんとも用意周到な。
ラッキースケベ殺しか・・・・。
回らない頭で、そんなことを思いつつ僕は見惚れてしまう。
綺麗でナデナデしたい鎖骨。好きな子の顔、しかも今は裸なわけで―――、
「――璃月。僕は璃月にのぼせちゃう」
『そっか・・・・でも安心して、私とほんとーに一緒に入って倒れちゃったら看病してあげるから』
「楽しみにしてる」
『うん、とりあえず倒れる前提はやめよーか。・・・・あ』
少し顔を赤らめる璃月。
彼女の視線はある一点から動かない。もっと正確に言うなら、視線を離さなきゃいけないのに、目が離せないと言ったジレンマを感じているような視線、顔をしていた。一体、どうしたのだろうか?
「顔、赤いけどのぼせた?」
『うーん、そうかも。えーとね、鳴瑠くんを見てのぼせた』
そう言って、突然、通話が終了した。
えーと、どーゆう意味かな?
僕は1度、脱衣所に出る。
のぼせた体に、ここの温度は涼しく心地がいい。少し、頭が回るようになってきたので、先ほどのことを考えてみることにした。
璃月の視線は画面の下の方を向いていたような・・・・・。スマホのカメラ、さっきまでどこを向いてたっけ。
1度、カメラをオンにして、さっきと同じ状態に。もちろん、内側のカメラをオンにして僕が写るようにしてある。
あ、これは・・・・・。
全てを僕は理解した。
カメラは僕の下の方が映し出されていて――。
理解した瞬間、長風呂過ぎて心配になったのか様子を見に来たお姉ちゃんが扉を開けた。もちろんまだ着替えてはおろか、タオルすら身に着けてない全裸な僕がここにはいるわけで・・・・。
2度目のラッキースケベ。
もはや、僕がマンガなんかに出てくるヒロインな気がしてきた。だって、それくらいラッキースケベという理不尽すぎる概念の被害者になっているのだから。
たぶん、恋人にえっちなことばかりしてきた報いだわ、これ。
僕はそう確信した。
とりあえず。
「きゃー」と叫んでおく。
そして心に誓った。
――璃月にえっちなことばかりしちゃダメだな・・・・・。
――もっと、別のイチャイチャを模索しよう。
僕の新たなるイチャイチャへの挑戦が、幕を開けた瞬間だった。
とりあえず、ラッキースケベの感想としては、見られるのも悪くなかった。むしろ、興奮した。好きな子に見られるとか、うん、いいね‼
新たなイチャイチャよりも先に、新たな性癖をみいだしてしまったこの状況。もはや先行きは不安でしかなかった。
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