4章

第31話 目隠し

 学校でのこと。

 休み時間、僕が廊下を歩いていると突然、腕をお腹に回され誰かに抱き着かれた。柔らかな膨らみが2つほど当たっていることから女の子だとわかる。

 もっと詳しく言うならば。

 この柔らかさ、このおっぱいは、うん、璃月だな。

 僕は既に顔を見なくても、おっぱいだけで璃月だとわかるほどになっていた。愛ゆえになせる技なのか、変態過ぎるゆえにそこまでの所業を成し遂げられるようになったのかはわからなかった。わからない方が僕の為である。

 抱き着いてきた璃月(まだ顔を確認してない)は、僕に訊ねてきた。


「だーれだ?」


 と。声からしてやっぱり璃月だった。

 確信していたものが、より強固になる。

 そもそも、僕に抱き着くような子は璃月かお姉ちゃんだけだ。

 とはいえ、お姉ちゃんが今回の璃月と同じようなことをした場合、身長的な問題で腕が回る部分が腰ではなく股間になるはずだ。恋人とのイチャイチャよりもお姉ちゃんとの遊びでよりえっちな展開になってしまうのは避けたいし、絶対にやらないでほしい。

 そんな謎の願いはさておき。


「手を回すとこ間違えてるよ。目が隠れてないし」

「抱きつきたかった。で、だーれだ?」


 正体を隠す気もなければ、目元を隠す気もないらしい。


「うーん、誰かなー」

「ふーん、わからないんだ」

「もうちょっときつく抱き着いてくれればわかるかも」

「仕方がないから、答えがわからない君にサービスをあげましょう。ぎゅー」


 もう少し強く抱き着いてくる璃月。

 おおふ、これはなかなか。良い感じにおっぱいが当たってニヤニヤが止まらない‼


「まだちょーとわからないかなー。お腹まわりをまさぐるように手を動かしてくれれば興奮するかも――じゃなくて、わかるかも」

「えー、ほんとはわかってるよね、君。ただのえっちな要求になってるよ?」

「ごめん、ほんとーにわからないんだよなー(ニヤニヤしながら)」

「君、彼女いるのに誰だかわからない女の子にえっちなこと要求するんだ。これ、実質、浮気だよね?」


 僕の恋人である璃月に対してえっちな要求をしているのに、疑われる僕とはいったい。すぐに正解を答えなかった為に、なんとも複雑な事態になっていた。

 くっ、浮気じゃないのに浮気を疑われる。なんて死にたくなる状況なんだ‼

 愛する恋人から(しつこいようだが顔を確認してない)浮気を疑われる。これは僕にとってはここで命を絶っても償い切れない過ちと同等のものだった。

 だから、背中越しのおっぱいを楽しむのをやめて正解を、そして浮気を疑わせてしまったことを謝ることにした。


「ごめん、実は声を聴く前から璃月だってわかってた。ずっと抱き着いていてほしかったから嘘ついちゃったんだ」

「それ、ほんと?」

「うん。璃月の彼氏だよ。それくらい簡単にわかるよ」

「ふーん、そっか。抱き着いてほしいなら、そう言ってくれればいつでもするのに」


 そっけない物言いだが、たぶん璃月の顔は絶対にやけてる。それが背中越しでもなんとなく感じ取れる。

 にやけていることが僕に悟られていないと思っている彼女は、さらに訊ねてきた。


「それで何が決めてで私だってわかったの?」

「決まってるよ。それはもちろん、抱き着かれたときのおっぱいの感触‼」

「あー、鳴瑠くん、ごめん。さすがにおっぱいだけで私のこと見抜くのは怖いかな」

「えー」

「そもそも触らせたこと、ないよ」

「確かに手で触ったことはないけど、顔面で感じたことは複数回あるよ」

「うわー。なにその経歴。むしろ手で揉んだことがある人よりもすごくない?」

「自発的に行動したわけじゃなくて、全部璃月に抱き寄せられた結果なんだよなー」

「さすがは鳴瑠くん。私のおっぱいの感触だけで見抜くとはあっぱれだよ」


 どうやら自分が変態だと思われたくなかったのか、下手くそな手のひら返しをしてきた。そんな彼女も可愛いかった。自分が変態だって僕に隠そうとしてるのが可愛い。なにより、変態なのがバレてるのに、今だに隠そうとしてるのがめちゃくちゃ可愛いかった。


「それで璃月。浮気の疑いははれたかな?」

「うん。そもそも君が浮気するとか思ってないし」

「へー、どうして?」

「そんなの決まってるよ。鳴瑠くんは私にぞっこんだからね」

「く、くぅぅぅ」


 堂々と言われ、僕は事実ながらも恥ずかしくなってしまった。

 たぶん、今の璃月はしたり顔をしているに違いない背中越しにそう感じる。そんな顔も可愛いこと間違いと思う。

 今すぐ振り返って顔が見たかったが、がっちり抱き着きホールドされている為に確認することは難しい。


「鳴瑠くん。君は見事、私の正体を見破りました。正解のご褒美をあげましょー」

「え、何、何をくれるの?」


 あれかな、おっぱい1年分かな。

 頭のおかしな景品を僕は思いついたが、その正体が何なのかは誰にもわからない。もうそろそろおっぱいのことから離れるべきだろう。

 抱き着かれてから今の今までおっぱいのことしか考えていないじゃないか。


「もちろんご褒美は、前からの抱き着きちゅーだよ」


 たぶん、いや確実に、どちらも璃月がやりたいことだと思う。普通に僕もやってほしいけど。

 彼女は僕の腰に回していた腕を1度とく。

 若干の寂しさが感じられる。

 それから彼女は正面にやってくる。ここでようやく璃月の顔が拝めた。あー、今も可愛い顔をしてるなー。なんて感想を抱いていると、璃月は「えい」と言って僕の首の後ろに腕を回す形で抱き着いてきた。

 おっと、これは。

 僕の胸に璃月のおっぱいが当たる。

 正直に言おう。

 やわらかくて最高。まじでふわふわ。

 その言葉に尽きた。もはやそれしかでないまである。語彙力の低下が著しい。


「どーぉ?」

「永遠にこうされてたい」

「ふーん。まだご褒美は途中だよ」

「そうだったね」


 キスがまだだった。

 璃月は「ん、んん」と唇を僕に押し付け、少し経つと名残り惜しくもあったが離してゆく。こうしてご褒美タイムは終わる。

 そう言えば忘れてたけど、ここって学校の廊下で今は休み時間だったんだっけ。そのことを思い出し僕は周りを見渡す。

 周りにはチラチラとこちらの様子を覗う生徒たちが多くいた。

 まったく、こんなに人がいるところでキスなんて興奮しちゃうじゃないか。

 もう僕はいろんなものが終わってる気がした。

 それはさておき。

 今日は手ではなく、胸におっぱいを押し付けられたわけだけど、僕はいつになったらこの手で璃月のおっぱいが揉めるのだろう?

 僕の夢が叶うのはまだまだ先のような気がしてならなかった。

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